箱根駅伝は日本マラソンにとって悪影響か? 世界基準との乖離と新たな時代へ
REAL SPORTS / 2021年1月5日 10時0分
今回で96回目を迎える、箱根駅伝。日本の正月の風物詩として国民的なスポーツイベントが、日本マラソン界にとって悪影響、弊害になっているという議論が沸き上がって久しい。大正の時代に始まり、昭和、平成を経て、令和となった今、あらためてこの伝統ある大会の是非を考えたい。
(文=花田雪)
「20km」という距離は、五輪や世界陸上では行われない箱根駅伝は、悪なのか――。
近年、メディアを中心にこういった議論がたびたび起こっている。
その最大の理由が、箱根駅伝と「マラソン」との関係性にある。
かつて日本のお家芸とまで称された男子マラソンは近年、世界で苦戦を強いられている。アフリカ勢を筆頭に高速化の波が押し寄せ、五輪や世界陸上といった国際大会でなかなか結果を出せない現状が続く。
この現状を呼んだ理由の一端に、箱根駅伝の存在があるのではないか――。そんな仮説が、まことしやかにささやかれているのだ。
東京・大手町から箱根・芦ノ湖を2日間、10区間にわたって走破する箱根駅伝の総距離は217.1km。区間によって多少の差はあるが、1区間につき、20km前後を一人の選手が走ることになる。
この「20km」という距離が、大学卒業後の選手育成に大きな影を落とす――。これが、箱根否定派の言い分だ。
五輪や世界陸上などで行われる長距離種目は、1500m、3000m障害、5000m、10000m、マラソン(42.195km)がメイン。20000mを走る競技は、ほぼ行われていない。
国内でも最大級の注目を集める箱根駅伝が関東の学生ランナーにとって最大の目標であることは言うまでもない。箱根を制するためにはシンプルに言ってしまえば「20km前後を速く走れる選手」の育成が不可欠になる。しかし、いくら20kmを速いタイムで走る選手を育成したとしても、大学卒業後、その能力を発揮できる国際大会は皆無。国際大会を物差しにして考えた場合、箱根駅伝の「約20km」という距離は、はっきり言ってしまうと中途半端なのだ。
それならば、フルマラソンに対応できるように大学生の段階で30km、40kmといった長い距離を走る方がいいかというと、そうではない。世界的に見て、10代後半~20代前半といった年齢で20kmのレースに出るランナーは決して多くはない。
現在は、若い世代ではより短い距離でスピードを身に付け、年齢が上がるにつれ徐々に距離を伸ばしていく育成プランが主流になっている。
20kmを走る身体をつくるためには、当然ながら練習でさらに長い距離を走る必要が出てくる。箱根を目指すランナーの中には、1カ月で数百km走り込むランナーもざらにいる。
世界基準と照らし合わせたとき、箱根駅伝が距離的にも、育成面でもその反対を向いているのは間違いない。
箱根駅伝の計り知れないメリットは?しかし、である。
それだけの理由で箱根駅伝の存在を果たして否定できるのだろうか。
ご存じの通り、箱根駅伝は今や日本の正月の風物詩だ。2019年に行われた第95回大会では、往路で30.7%、復路で32.1%という驚異の視聴率をたたき出した。
これはリオ五輪の男子マラソンが記録した23.7%(※数字はすべて関東地方、ビデオリサーチ調べ)よりはるかに高い。
今や箱根駅伝は4年に一度のスポーツの祭典よりも、少なくとも視聴率という面においてははるかに価値のあるモンスターコンテンツとなっているのだ。
これほどの影響力を誇るスポーツは、現代の日本を見渡してもそう多くはない。箱根で結果を残せば、大学、そして選手たちにとっても大きな影響がある。「箱根駅伝を走った」といえば、極端な話、就職に有利に働くケースもあるだろう。大学にとっては格好のアピールの場にもなる。
こういった話になると当然、「学生を大学の宣伝に利用するな」といった反対意見が生まれるが、生徒を集めたい大学、箱根を走ることでその後の人生(スポーツの枠にとどまらず)に好影響を期待できる学生、双方にWinWinの関係性が生まれる以上、これを否定する理由はないはずだ。
確率論で考えても、選手にとって箱根駅伝のメリットは計り知れない。4年に一度しか行われない五輪でマラソンに出場できるのは男女各3人ずつ。それ以外の長距離種目を含めても、代表選手は30人程度の狭き門だ。
しかし箱根駅伝には毎年、20校+関東学生連合チームの計21チーム×10人=210人が出場できる。箱根駅伝には卒業後、競技を続ける選手もいれば箱根を最後に引退し、社会人として新たな人生をスタートさせる選手もいる。卒業後のキャリアも含めて考えたとき、五輪を目指すよりも箱根を目指すことを考える選手が多くても、何ら不思議ではない。
競技を続ける選手にとっても、「箱根駅伝」の存在は非常に大きい。社会人で競技を続ける場合も箱根での実績は大いに進路に影響する。近年は企業の枠にとらわれず「プロ転向」を表明する選手も増えてきたが、彼らにとっても箱根での知名度は大いに役立つ。
新たな時代へと歩み出した日本マラソン界もちろん、知名度だけ高くても結果を残せなければアスリートとしての大成は難しい。ただ、箱根出身者は社会人でもしっかりと結果を残している。
フルマラソンの日本記録は、2002年に高岡寿成が打ち立てた2時間6分16秒という記録が実に10年以上破られてこなかった。記録の停滞に加え、高岡自身が箱根駅伝に出場していなかった経緯もあって、「箱根不要論」に拍車がかかったのも事実だ。
しかし、2018年にはこの記録を設楽悠太、大迫傑が相次いで破り、日本のマラソン界はようやく次のフェーズへと歩み出すことになった。
ちなみに、設楽も大迫も大学時代は箱根駅伝で「エース」として活躍したランナーだ。
2018年はこの二人以外にも箱根出身の井上大仁、服部勇馬といった選手がフルマラソンで歴代ベスト10に入るタイムをたたき出すなど、低迷を続けた日本男子マラソン界は今、間違いなく変わりつつある。
2019年9月15日に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)では、箱根経験者の中村匠吾が1位と、2位の服部勇馬とともに東京五輪の出場を決めている。
箱根は、悪なのか――。
もちろん、96回も続く歴史と伝統あるこの大会に、世界の水準に反する部分があるのは事実だ。しかし、現在の国内トップ選手のほとんどが箱根で結果を出し、それを後の競技人生に生かしていることも否定はできない。
長距離ランナーという存在そのものの在り方も、昔とは大きく変化している。
視聴率30%超えのモンスターコンテンツ、箱根駅伝。競技の普及、選手人口の拡大など、まだまだ箱根には大きな可能性が残されている。
であれば、「箱根は、悪だ」と断罪するのではなく、日本長距離界としていかに箱根駅伝を活用し、競技の発展へと結びつけるかを考えるべきではないだろうか。
<了>
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