阪神・岩崎優、「真のセットアッパー」へ極秘トレ! 向かった先は、話題の美術館?
REAL SPORTS / 2020年1月6日 19時10分
プロ野球選手にとって、長く険しいシーズンを戦い抜くため、この時期に決して欠かすことのできないのが、“自主トレ”だ。走り込みやウェイトトレーニングで体をつくり、キャッチボールやバッティングを行う……。
だが、そんな一般的な自主トレのイメージとはかけ離れた場所、「美術館」へ向かう選手がいる。阪神タイガース、岩崎優だ。
一体何のために? そこには、貪欲なまでに進化を目指す28歳の向上心があった――。
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
芸術鑑賞が、思わぬひらめきにつながる?レオナルド・ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ゴッホ、フェルメール……世界の名だたる画家たちの遺した作品が教科書をめくるように次々と目に飛び込んでくる。阪神タイガースの6年目左腕・岩崎優は12月某日、徳島県にいた。本拠地の甲子園球場から150km以上離れた場所に一体、なぜ……。鳴門市にある大塚国際美術館は、陶板複製画を中心に1000点以上の展示数を誇る国内最大級のアートミュージアムだ。
観光で足を運んだわけでないことは、眼差しの強さと真剣な表情を見ればすぐに分かる。愛車のハンドルを握り、鳴門名物の「渦潮」には目もくれず、約2時間かけてたどり着くと、こう言った。
「こういうことはオフにしかできないことなんで。自分ではこういう時間が野球にもつながると思っていますから」
真意を聞けば「ひらめき」や「直感」をつかさどる右脳を刺激するための真剣なトレーニングだという。
球団の管轄から離れるオフシーズンは「自主トレ」という括りで各選手が2月のキャンプインまで逆算しながら調整に励む。もちろん、長く厳しいシーズンを戦い抜くための体力強化、プロ野球選手としてさらなる進化を目指して取り組む技術的、肉体的鍛錬がメインとなることは言うまでもない。ただ、限られた時間の中でシーズン中は踏み入れることができない「異世界」で学びや刺激を求めることも岩崎にとっては、選択肢の一つ。事実、美術鑑賞も今回が初めてではなかった。
「(芸術鑑賞で)右脳を鍛えるというか、ピンチの場面でのひらめきにつながる可能性だってあるかもしれないので」
明確な目的と効果を口にして、美術館の扉を開けた。
地下3階から2階まで全長4kmにも及ぶ展示ルートを丁寧にたどりながら、1000点以上の作品すべてに目を通すと、時計の長針はゆうに2周していた。タブレット端末を手にした美術系学校の学生や、多くの外国人客にも交じって鑑賞。一昨年の紅白歌合戦で米津玄師がテレビ初の生歌唱を披露した舞台となって話題となった「システィーナ・ホール」も見上げた。
「昔の人はどうやってこんな絵を描いていたんですかね」
古代壁画への素朴な疑問もつぶやくなど、インプット、アウトプットを繰り返しながら、右脳をフル回転させていた。
感銘を受けた1枚の絵に、自分自身を重ね合わせるプロ野球選手が美術館で何を真剣に……と冷たい視線を送られそうだが、この“芸術トレ”も、貪欲に進化を目指す28歳の向上心の表れに感じる。6年目の2019年シーズンは中継ぎに専念し48試合登板で防御率1.01と驚異的な数字をマーク。球速は140km台ながら、下半身の粘りを生かした独特のフォームから繰り出される強烈なバックスピンのかかった直球を武器に打者をなで斬り、今やブルペンに欠かせぬ存在にまで上り詰めた。プロ1年目で開幕ローテ入りするなど、先発の経験もあり、過去はキャンプ中に先発調整しながらシーズン中は中継ぎ起用される「ユーティリティー」としての強みも兼備していたなかで、一昨年までは2年連続60試合以上登板と中継ぎ専任で一気にポテンシャルが開花した。
チーム内でも一定のポジションを築き、来季目指すのは本人の言葉を借りれば「真のセットアッパー」。今季はシーズン中盤からリードした展開の7回に起用される、いわゆる「勝ちパターン」の一員に名を連ねたものの、対峙する相手打者によっては8回を担っていたピアース・ジョンソンが前倒しで登板することが何度かあった。
「ジョンソンと打順の兼ね合いで自分が下位(打線)とかを任されることもあって、真のセットアッパーになっていないと思う。中軸でも安心して任されるようになりたい」
アスリートの共通意識ともいえるが、岩崎も「現状維持」を良しとしない。たとえ、防御率1点台と最高の1年を送っても「今年と同じぐらいの数字を残すと言っても、成長はないので。ポジションはもちろん数字も向上させていけないといけない」と言い切る。ジョンソンの退団が決まり空席となった「8回の男」を狙うのは当然で、成績もキャリアハイを見据えている。
だからこそ、日々のトレーニングで培う技術面とは別次元の話で、今まで表出していない“第六感”のような力を発揮する可能性を「絵」に求めたのだろう。
「厳しい場面でも信頼されて送り出されて、そこで抑えられるような投手になっていかないといけない」
来季、チームの窮地でマウンドに送り込まれた時に今までにない発想、ひらめきが生まれ“ビッグアウト”を奪うことはあるのだろうか――。たとえ無かったとしても、真のセットアッパーとして、時に実力以上のものをプラスしないと乗り切れないようなしびれる勝負のシチュエーションを想定していることがうかがえた。
「モナリザ」や「最後の晩餐」など2時間超の鑑賞で目にした作品の数々で、特に印象に残ったものがあったという。米国人画家のトマス・コール作の「建築家の夢」。人間の想像を上回る大きさの建造物の建築を目指す男の様子が描かれており、壮大な世界観に感銘を受けた。
「あの絵は印象的でしたね。想像の範囲外の目標を持てということですね」
気づき、学び、ひらめき……球場では得がたい力を蓄えた貴重な時間を過ごした。「岩崎優」×「芸術」の化学反応の導く「答え」が来季のマウンドで見られるかもしれない。
<了>
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