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「一流と二流の差を分けるのは…」井上康生が語る「勝ち続ける組織とリーダー」の哲学

REAL SPORTS / 2020年1月29日 12時0分

リオオリンピックで52年ぶりの全階級メダル獲得という偉業を成し遂げ、日本柔道を再建に導いた、全日本男子監督の井上康生氏。「出場する全選手の金メダル獲得」を目標に掲げる東京オリンピックを目前に控え、今の心境を聞いた――。

(インタビュー・構成=野口学[REAL SPORTS副編集長]、撮影=たかはしじゅんいち)

一度成功した組織が勝ち続けるためには?

ついに2020年を迎え、東京オリンピックが目前に迫ってきた。ロンドンオリンピックでまさかの金メダル0個という屈辱を受けた日本柔道は、井上康生氏のもとで改革を断行し、リオオリンピックで復権を果たした。

2度目となる自国開催のオリンピックではますますメダルへの期待が高まるが、一度、成功した組織が勝ち続けることは、スポーツの世界に限らず、どの分野においても決して容易なことではない。

いかにして「真に強い組織」をつくるのか――。

自身がアンバサダーを務める「HEROs」が主催する、アスリートの社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD 2019」の後、組織づくりとリーダーの極意を聞いた。




――2020年、ついに東京オリンピックが目前に迫ってきました。井上さんは柔道全日本男子監督として、出場する全ての選手が金メダルを獲得することを目標に掲げていますが、その理由を教えてください。

井上:単純なことで、選手たちに「目標は何?」と聞いたとき、全員が「金」と答えます。選手たちがそういう目標を掲げている以上、「おまえは銀」とか、「おまえは1回戦でいいよ」と言うのは監督として失格ですから。また、人は目標や目的を持つからこそ、そこに向けて努力をし、引き上げられていくものだと思います。

 もちろん、結果は別です。結果はもう結果ですので、それはもう終わったことで、みんな頑張った中での結果ですから、そこは受け止めていけばいいかなとは思います。ただそこに向かう過程においては、やるからには、やはり究極の目標(=金メダル)を持ちながら進んでいくことが、我々の能力を最大限に引き出してくれるものじゃないかと思っています。選手たちの能力を見て、私はそれができると心から信じていますので、全力で戦い抜きたいなと思っています。

――金メダル0個に終わったロンドンオリンピック後、監督に就任した井上さんは日本柔道の改革を断行しました。リオオリンピックでは52年ぶりの全階級メダル獲得という偉業を成し遂げ、日本柔道は復権を果たします。しかし、一度結果を出すこと以上に、連続して結果を出し続けることにはさらなる難しさがあります。東京オリンピックに向けたこの4年間はどのようなことを意識していましたか?

井上:私の中ではそんなに大きく変わることはなかったんですけど、一つは、成功を収めたことによって絶対に守りには入らない、いい意味で強気を持って挑戦し続ける、進化を止めない集団であり続けること、これが非常に大事なのかなと思っています。

 もう一つは、原点に戻ること。これがやはり大事なのかなと。4年経つと“当たり前”になってくるんですよ。我々は負けていた集団からの立ち上がりなんですけど、もう勝っている集団だと、そういう錯覚に陥ることがあるので、やはり原点に戻る。あの時のままの心境になるのは難しい部分もありますが、負けたものと逆算した上で、我々はどんな準備していかなければいけないか、何を心持ちとしてやっていかなければならないか、そういった意識を持ちながら進めています。

――“原点”という言葉が出ましたが、選手には具体的にどのようなことを意識させているのですか?

井上:心というところにおいて、我々日本代表として戦うための心持ちはいつの時代においても変えてはいけないということです。おのおのが日本代表としての誇りを持ち、その責任を感じながら戦いを全うしていくこと。これは東京オリンピックだろうが、リオだろうが、パリだろうが関係ありません。どのオリンピックにおいても、我々は使命を持ちながら戦わなくてはいけないと思っています。そうした原点というものを練習、準備においてもしっかり持つこと、一流と二流の差を分けるのはここにかかっていると私は思っています。ほどほどの、まあまあの準備では、絶対に無理だと。もう一度やはり自分自身に対して気を引き締め直した上で、最高の準備、そしてまた最悪を想定した準備をやっていく。そうしたことを選手たちと話し、強くて、隙のないチームを求めながらやっています。

――チームが強くあり続けるためには、リーダーはどうあるべきだと考えていますか?

井上:やはり柔軟性が必要になってくるのかなとは思います。どの組織においても、どの時代においても、リーダーはしっかりとした理念と信念を持ち、明確なビジョンを持って現場に当たっていかなければなりません。これを一つの柱として持ちつつ、しかし時代は動き、いろいろなものが変化している中で、それに対応していくための情報量、柔軟性を持たなければならない。柔軟性には多様な目線を持つことも含まれてきますが、そういう能力も必要になってくると思います。

――原点となる理念や信念と、時代に合わせていく柔軟性。どちらかだけではなく、その両方が重要だということですね。

井上:バランスが必要になってくると思います。

リーダーが替わっても強い組織・チームであり続けるには?

――井上さんが監督を務めた8年間で、日本柔道が再び強さを取り戻したことは非常に素晴らしいことであると同時に、井上さんが監督を退任した後も強くあり続けることが、ある意味ではもっと大事なことだともいえると思います。

井上:もちろん、そうです。

――井上さんという個人、リーダーに頼りきるのではなく、日本柔道界自体が、強い組織、強い集団であり続けるためには何が必要になってくると思いますか?

井上:それはやっぱり理念だと思います。我々柔道界が掲げている理念には、“最強”かつ“最高”の選手、組織の育成というものを掲げながらやっています。“最強”であるというのは、どんな時代だろうが、どんな環境だろうが、どんな相手だろうが、勝ち続けるチームを作ること。これがまず一つ目として持っていきたいものです。

  もう一つはやっぱり、“最高”であること。これは、子どもたちが柔道って楽しいと、柔道って素晴らしいと、人々にも柔道は家の中で価値のあるものだと言ってもらえるような、そういう選手や組織、選手だけでなく人材を育成していくこと。これが、50年後、100年後にもつながっていくのではないかと思います。

 こうした理念を掲げた上で、その中でビジョンについては、より細かく今の時代のニーズに合った形で取り入れつつ、また、欠いてはならない伝統というものも取り入れながら、進めていくと。これが、これからも柔道界が存続していくために非常に必要な要素じゃないかなと思っています。

――柔道には、武道としての側面と、スポーツとしての側面、両方あると思います。その中で、日本だけではなく国際的な普及を考えたとき、日本柔道界は今後どういった役割を担っていくべきだと考えていますか?

井上:私自身はやはり、今後の世界の柔道の発展のためにも、日本柔道が「これが柔道」というものを示していくことだと思います。柔道界には今、“柔道”と“JUDO”の2つがあるのは間違いない。だから我々にとっての柔道というものをしっかりと理解した上で、世界に発信していくこと。これが今後、柔道界の発展、国内においても国外においても非常に必要なことじゃないかと思っています。「柔道の魅力は何か」というと、反則してでも勝つことかといえば、それは違うでしょうと。やはり技で勝負を決めるからこそ、人々が柔道の面白さに引かれていくと私は思っています。そういう面では、やはり日本の選手たちが立ち技においてもそう、寝技においてもそう、また、柔道においての立ち居振る舞いにおいてもそう、我々が求める柔道を体現していくことが大事です。

 そういう精神というのは時代によって変わっていて、難しいところがあるのも確かです。例えばガッツポーズの問題においても、あれは一種の形だけであって、ガッツポーズをすることで相手を侮辱しようと思ってやっているわけでは決してない。選手たちは試合が終われば間違いなくしっかり礼をして、相手のことをいたわり、重んじて、思いやる、そういう心を忘れないようにしていく。これは欠いてはならないことだと思いますので、しっかりと体現していくこと。特に海外の選手の中には、負けたら柔道着をバーッとはだけて礼をせずに会場から出ていくとか、そういう行為はやはりやるべきではないと思います。我々としては、我々が求める柔道を体現していきつつ、「これが柔道なんだ」と発信していくことを使命に持ちながらやっていくことが大事かなと思います。

――東京オリンピックで、全日本の柔道を通して発信したいメッセージというものはありますか?

井上:一つはもちろん、メダルの数、色、そういう期待に応えられるように全力で頑張っていきたいなと思っています。

 もう一つは抽象的なことになるかもしれませんが、世の中の人たちは、柔道、オリンピックに対して、大きな期待を持っていると思います。それはただ単に勝った、負けただけじゃなく、そこに多くの人間ドラマがあり、またその人間ドラマに対して共感を持ったり、今後の人生に生かせるものを見いだしていけるからこそ、皆さんが応援してくださるものじゃないかなと思っています。我々は柔道を通して、畳の上でそういうものを表現していくこと。そして、本当に柔道って素晴らしいと、柔道というものが世の中にあり続けてもらいたいと、スポーツもオリンピックもそうだと言ってもらえるようなオリンピックにすることがとても大事なのかなと思っています。

――1964年の東京オリンピック・柔道無差別級で、印象的な出来事がありました。優勝を決めたヘーシンク(オランダ)は、祝福のために土足で畳に上がろうとしたオランダ人を制止しました。その行動はまさに「柔道の精神」を示していたように感じます。

井上:そうだと思います。あのとき日本は、柔道でも、JUDOでも敗れたといえるでしょう。しかし逆をいうならば、それだけ柔道という競技を通して、「柔道の精神」が世界的に認められたといっても過言ではないと思います。ヘーシンクさんの行為は、我々日本柔道界にとっても、世界の柔道にとっても、大きな財産を残してくれたのではないかなと。

 そうした中で、柔道はやはり、日本から始まった伝統の文化、スポーツです。その柔道で、日本人の底力を示していくような戦いを見せることを使命感に持ちながら戦っていきたいと思っています。


<了>






PROFILE
井上康生(いのうえ・こうせい)
1978年5月15日生まれ、宮崎県出身。2000年、シドニー五輪・柔道男子100kg級で金メダル獲得。世界柔道選手権で、1999年、2001年、2003年と3連覇を達成。2008年、現役引退。
2012年、全日本柔道男子監督に就任。2016年、リオデジャネイロ五輪で金メダル2個を含む全階級メダル獲得を達成、1964年東京五輪以来52年ぶりの快挙で日本柔道を復権に導く。2020年、東京五輪では全階級での金メダル獲得を目標に掲げる。
国際柔道連盟殿堂入り(2013年)。東海大学体育学部武道学科准教授。HEROsアンバサダー。著書に『改革』(ポプラ社)など。

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