紀平梨花、四大陸連覇で示した勝ち切る勝負強さ。「貫いた信念」と「成功の原動力」
REAL SPORTS / 2020年2月21日 12時0分
その表情からは、充実感がにじみ出ていた。小さく、だが確かに見せたうなずきは、自らの演技に納得しているようだった。
男女を通じて初となる大会連覇を飾った紀平梨花が示した、「勝ち切る勝負強さ」。それは必ずや次なる戦い、世界選手権の表彰台へとつながっていくだろう――。
(文=沢田聡子)
17歳とは思えぬ緻密な努力が、時に紀平を悩ませてきた今季の紀平梨花は、どんな状況でも勝ち切る勝負強さを手に入れた。
紀平が初優勝を果たした今季の全日本選手権、女子の最終グループは大荒れの展開となった。通常、全日本の女子最終グループといえばノーミスの演技が続き、観客はスタンディングオベーションを繰り返す展開が多い。しかし今回はメダリスト候補の選手が次々とミスをして崩れていき、会場の国立代々木競技場第一体育館は異様なムードに包まれた。
しかし、最終滑走で登場した紀平には、ミスの気配がまったくなかった。冒頭のサルコウは4回転ではなく3回転を選択してきっちりと決め、トリプルアクセル2本を含む構成をほぼ完璧に滑り切る。負の連鎖を見事に断ち切った紀平には、リンクに立った瞬間から風格すら漂っていた。
当然のように全日本初制覇を遂げた紀平だが、フリー後のミックスゾーンでは、実は気持ちに動揺があったことを明かしている。
「(全日本では)まだ一度も優勝していないし、本当に去年もすごく重要な大会と感じて……絶対一試合も外したくないという思いが強かったので、今回本当に気持ちがやばかったんですけど、なんとかこらえたなという感じがします」
原因は「最近ずっと寝られなかった」という睡眠の問題だった。紀平は、十分な睡眠をとれずに臨んだ今季グランプリファイナル・ショートプログラムで、珍しくコンビネーションジャンプで転倒、最下位発進となる苦い経験をしている。
「寝られない、というのがすごく不安で……ファイナルで寝ていなかった時に調子が上がらなかったので、それが多分トラウマみたいになってしまった。眠る時に“ビクッ”てきたりして、全然寝られなくてやばかったんですけど……そういうところがすごく不安になっていた。(全日本は)夜の試合ということで、自分の睡眠の課題があった。どんな状況でもできるかを試されているんじゃないかなと思ったので、どんな時でも絶対そこに合わせる気持ちで頑張りました」
紀平は、17歳とは思えないほど緻密な努力を重ねて今までの試合に臨んできた。周到に行う試合前の準備が、現在に至るまでの紀平の強さを支えていることは間違いない。しかしその一方で、「完全な準備をして臨みたい」という完璧主義が、時に試合に臨む紀平を悩ませてきたともいえる。2位に終わった昨季全日本の公式練習で、紀平が問題を抱えていた靴をしきりに気にしていた姿は、強く印象に残る。そして初優勝した1年後の全日本では、紀平は次のようにコメントした。
「最後、すごくいい感じでメンタルを持っていくことができたので、そういうところも調子に表れていたと思います」
「あまり昼寝ができなかったからといってどう(なのか)ということは、これから考えないで済むかもしれないので、そういうところは一番いい収穫だった」
今季の全日本で紀平は、初の栄冠とともに「どんな状況でも勝ち切る」強さを手に入れたのではないだろうか。
4回転時代を勝ち抜くために必須なこととは?また、自分の感覚を信じて4回転サルコウを跳ばなかったことも、全日本で見せた紀平の強さといえる。今季の女子シングルは4回転時代到来といわれており、確かに世界で勝つにためにはトリプルアクセル・4回転といった大技が必須になってきている。しかし、大技と同時に大切なのは、ミスを最小限に抑え、完成度の高いプログラムを滑り切ることだ。失敗を恐れずに多種類の4回転に果敢に挑むアレクサンドラ・トゥルソワ(ロシア)ではなく、まだ試合では4回転を組み込んでいないアリョーナ・コストルナヤ(ロシア)がグランプリファイナルと欧州選手権を制したことが、その事実を示している。トリプルアクセルを跳ぶだけではなく、すべての要素をミスなく高いレベルで滑ることができ、演技構成点でも高い評価を得るコストルナヤこそが、今の女子シングルで勝てる選手なのだ。
代名詞のトリプルアクセルと4回転サルコウへの挑戦が注目されがちな紀平だが、彼女の真の強さはオールラウンダーであることだ。そういう意味で紀平はコストルナヤと同様、現在の女子シングルで強さを発揮できる選手だといえる。大技だけでなく滑りを磨くことも怠らず、曲を表現することに長けている“踊れる”スケーターである紀平は、一つのミスがプログラムを台無しにすることを熟知していると思われる。全日本フリー後のミックスゾーンで語った「一つもミスをしたくなかった」という言葉からは、プログラムを完全な形で滑り切りたいという紀平の信念がうかがえる。
連覇を果たした四大陸選手権でも、紀平は見事に勝ち切った。世界選手権に向けての大きな収穫は、全日本後「四大陸あたりには入れていけるぐらいに回復していければ」と語っていた3回転ルッツを、実際にプログラムに戻せたことだ。9月に左足首をけがしたため今季試合で跳ぶことができなかった3回転ルッツは、本来紀平が得意とするジャンプで、世界選手権でも武器となるはずだ。
ショートプログラム1位、フリーの最終滑走で登場した紀平の演技は、トリプルアクセルがシングルになるという思いがけないミスから始まった。しかし、そこから紀平は圧巻のリカバリーを見せる。「フリーで繰り返して跳べる3回転ジャンプは2種類まで」というルールの中で、最大限に点数をとる方法として3回転フリップ―3回転トウループを2回(1回目は2回転トウループをつけた3連続ジャンプ)跳ぶことを選択したのだ。2本目に予定していたトリプルアクセルは成功させたことに加え、この冷静なリカバリーが紀平に勝利をもたらした。試合後、紀平は次のように語っている。
「今日、後半に3回転フリップ―3回転トウループを2本成功できたのですが、それは今までの試合でも初めてのことだった。しっかり頭の中で計算して、それが点数に表れていたのが、すごくよかったと思います」
「フリープログラムで1つ目の(トリプル)アクセルがシングルになってしまって、すごく焦りはあったんですけど、後半リカバリーをしっかり(した)。大幅な構成変更をしてそれがうまくいったのが、すごくいい収穫だった」
また、四大陸でも紀平は4回転サルコウを跳ばない選択をした。自分の体調と真剣に向き合って出した結論であることを、紀平は語っている。
「今日(フリー当日)の朝、結構疲労もあった。あとは練習で調子がそこまで上がらず、(4回転)サルコウまでいかなかったので『リスクがあることはしたくない』と思って、安定感のある演技でノーミスを目指そうと考えました」
メダリスト会見で、紀平は「2度目の優勝は、狙っていたものだった」と話している。
「狙っての優勝をすることができて、そしてショート・フリーともに課題と収穫もすごくあった大会だったので、よかったと思います」
また、成功の原動力となっている自身の性格・資質について質問されると、紀平は「結構何事もポジティブに捉えるようにしていて」と口にした。
「何かちょっと不安なことがあっても、それは自分に与えられた試練で、それで成功できる人なのかを試されていると思っている。『どんな試練でも絶対諦めずに乗り越える』というふうにいつも思いながら、過ごしているからかなと思います」
どんな状況でも活路を見いだし、勝利を意識しながら勝ち切ることができる紀平は、さらに強くなるはずだ。四大陸のメダリスト会見の最後に、紀平は弛まず鍛錬する姿勢を見せている。
「帰ってすぐまた練習して、試合もどんどん続くので……しっかり世界選手権でいい状態に持っていけるようにして、トリプルアクセルの安定感とか、4回転の練習や、他のスピン・ステップの強化、たくさんやることがあると思う。まったくいつも通りで、練習が休みというのは、あまりないと思います」
「しっかり世界選手権に向けて練習する計画を立てていけたら」と言う紀平が目指すのは、4回転を入れた上での完璧な演技だ。
「4回転サルコウを入れて、ショート・フリーで(トリプル)アクセルを3本、ルッツも3本入れて、自分史上最高の構成で自己ベストを更新できたらいいなと思います」
準備を怠らない紀平には、今は勝ち切る強さも備わっている。
<了>
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