王会長提言、なぜ「16球団構想」は進まないのか? “球界のドン”と「変わらなくて当たり前」の呪縛
REAL SPORTS / 2020年3月3日 19時40分
王貞治ソフトバンク・ホークス球団会長の「プロ野球を16球団に」という発言以降、ファンの間では「プロ野球16球団構想」が再びクローズアップされるようになった。自民党の日本経済再生本部の「再生ビジョン」でも言及され、地域活性化の期待もかけられる球団増計画だが、実現どころか日本のプロ野球界が具体的な検討に動いた事実はない。作家・スポーツライターの小林信也氏は、16球団構想が俎上に上らない「二つの阻害要因」があると指摘する。
(文=小林信也、写真=Getty Images)
ソフトバンク・王会長の提言王貞治さんが、1月11日に放送されたTNCテレビ西日本の報道番組の中で、「野球界のためには、できるものなら16、あと4つ球団が誕生してほしい」と語り、メディアが一斉にこれを報じた。
まず驚いたのは、王さんの発言がこれほど影響力を持っている、という事実だ。他の誰が言っても、これほど大きな扱いにはならなかったのではないか。
『16球団構想』自体は新しい提案ではない。以前から多くの人たちが語っている。2014年には政府の成長戦略に関する自民党の提言で、『地域活性化の一環で16球団に拡大する構想』も出された。
その時も一定の話題にはなったが、政治家主導の提案に野球界が抵抗を示した感もあり、そのまま実現せずに今日を迎えている。しかし、王さんが言ったことで俄然、現実味のある方向性として世間は捉えた。王さん自身、反響の大きさに驚いたかもしれない。
同じ番組の中で王さんは、「チームは多い方がいい。選手たちにとっても、小さい人も、高校、大学でやっているような人にとっても受け皿があった方が絶対にいい」とエクスパンション(チーム増)に賛成した上で、「16チームならCS(クライマックスシリーズ)もあれこれ言われなくてすむ。12だから変なやり方になっていると言われる」と語った。
ファンの思いを代弁する王さんの指摘セ・リーグ、パ・リーグ、各6チームの現在は、公式戦の上位3位までがCSに出場する。日本シリーズがセ・パの3位同士の対戦になる可能性もあるし、公式戦で優勝を逃したチームが日本一になる現象はしばしば起こっている。
昨年はパ・リーグ優勝を逃したソフトバンク・ホークスが日本一に輝いた。当事者である王会長は、これを疑問視する声に忸怩たる思いを抱いているのかもしれない。だが、もしセ・パが各8チームになり、それぞれ東西2地区に分けて順位を決めたなら、4デヴィジョンの優勝チームがCSに出る、あるいはワイルドカードの各1チームを加えてやることができる。それならば、3位が日本一になるおかしさは消える。
王さんの指摘は多くのプロ野球ファンの思いを代弁している。
その後、王さんは、週刊誌上で次のように語っている。
『12から16球団に増やすのは大変だと思いますが、地方に行くと「(新規参入が認められれば)手をあげたい」と話す人がたくさんいる。(中略)彼らの立候補を待つのではなく、NPBから「手をあげてくれるか?」と投げかけてもいいんじゃないかな。すべてを受け入れるのではなく、条件を精査する必要はあるが、少なくとも門戸を広げる意思をNPBが示すべきだと思いますね。』(週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号)
王さんの発言に対して、NPB(日本プロ野球機構)の斉藤惇コミッショナーも、宮崎市のソフトバンク春季キャンプを訪れ、王貞治球団会長と工藤公康監督と会談した際に「前向きに検討させてもらい、参考にさせていただいた」と16球団構想に言及した。
キャンプ訪問時のリップサービスの色合いも感じられるが、コミッショナーの発言は決して軽いものではないはずだ。
プロ野球チーム誕生を期待する新潟や四国、沖縄など、多くのファンが実現の期待に胸躍らせただろう。だが、残念ながら、「オーナー会議が真剣な検討に入った」という報せはない。
改革を阻害する要因の一つは“球界のドン”?取材してみると、野球界の改革を阻んでいる理由はいくつも見つかる。最も大きな要因といえる二つについて、今回は指摘しよう。
一つは、球界の盟主「読売」の存在だ。中でも「ドン」と呼ばれるナベツネこと渡邉恒雄氏がいるかぎり、「誰も変化を提案できない」という、もはや迷信だろうと思われる権力構造が残念ながらいまも生きている、と球界に詳しい人がため息交じりに言う。
渡邉恒雄氏は93歳のいまも株式会社読売新聞グループ本社代表取締役主筆を務める。巨人軍のオーナーなど正式な職務からは離れたが、政界でもメディアでもフィクサーと呼ばれ、自ら「独裁者」という呼称を好んで使うという人らしく、隠然とした影響力を行使し続けている。ナベツネは、プロ野球界でも依然として支配者の立場を譲っていないらしい。
表面上、読売グループ本社・山口寿一代表取締役社長が巨人軍のオーナーでもあり、山口氏が意思を持って改革を進めることが可能に見えるが、渡邉恒雄氏の同意なしには何も進まないのが現実だという。
私は渡邉氏の発言に共感するところも多く、まったく否定的な立場ではない。だが、沈みゆく野球界を救わずに権力ばかり振りかざすのは、根っからの「野球少年」として許すわけにいかない。
なぜ野球界の公職に就いていない、一球団の元オーナーがそれほど大きな院政を敷けるのか。それが二つ目の要因とつながっている。
12球団のそれぞれの意思を優先する日本のプロ球界プロ野球界には「オーナー会議」はあるが、12球団の結束は構造上、それほど強いわけではない。アメリカのメジャーリーグ(MLB)は、全球団がいわば「メジャーリーグ株式会社」とも言える組織になっていて、MLBの決定を主体として運営(経営)されている。
各チームはMLBの方針のもと、それぞれに任された範囲で自主的な経営や広報・チーム作りを行う。放送権料もMLBが受け取って分配する。日本は違う。各球団の経営判断に任される部分が大きいと同時に、12球団の意思より「読売の意思」が優先する。パ・リーグはMLBにならって「パ・リーグTV」など、6球団共同でさまざまな施策を講じてきたが、読売のいるセ・リーグはそのような動きにならない。
日本プロ野球(NPB)のコミッショナーは「法の番人」的な色合いが濃い。MLBのコミッショナーは「最高経営責任者」、報酬も桁外れだ。かつて統一球問題でコミッショナーの見識や職責が問われたとき、NPBのコミッショナーが「年俸2000万円だ」と報じられ、「高すぎる」と非難された。ちなみにMLBのコミッショナーは? と参照され、当時のコミッショナーが「約20億円」とわかって度肝を抜かれたことがあった。それだけコミッショナーがMLBのビジネスを活性化し、儲けさせている証と言えるだろう。
日本も早く『NPB株式会社』を設立し、リーグ全体でひとつの方向性を築き、共存共栄を図る道が必然だろう。そんな議論さえ、影のドンがいるせいでできないのだという。
そんなバカなことがあるだろうか?
プロ野球は多くの国民のものだ。それなのに、たった一人の、もはや時代とずれている支配者を恐れ、誰も何も言えない、行動できない。それは本来、改革を担う立場にいる人たちの不実でもある。彼らは、ファンに対してどう責任を取るつもりか? ファンよりナベツネの顔色を見て、自らの地位を守り続けるのか? それをやって、社会的に恩恵はない。野球はどんどん“ゆでガエル”になっている。
「無観客試合」に見る哲学の有無最近、こうした野球界のリーダーシップのなさを象徴する出来事があった。
新型コロナウイルス感染症への対応だ。NPBは、今後のオープン戦全72試合を「無観客でやる」と決めた。公式戦ではなくオープン戦だから無観客の選択もありだろうが、サッカー、Jリーグの明確な姿勢を見せられると、野球界の哲学や経営感覚の曖昧さが浮き彫りになる。
すでに開幕した後だが、3月15日までの公式戦全94試合の「延期」を決めたJリーグの村井満チェアマンは延期を発表する会見で記者から「無観客試合も検討したか」との質問を受けて、こう答えた。
「単純に勝った負けたの試合結果を決めるだけではなく、サポーターに届けるために存在している。無観客はギリギリまで行うべきではない。試合日程を変更してでも、お客様の前で試合を行うべきだと考えている」
本当は野球界も、今回の発言で大きな注目を集めた王さんがリーダーシップを執って、改革の輪を広げてほしいとも期待する。
そうした行動力やリーダーシップを持っていた星野仙一さんが旅立たれた。長嶋茂雄さんは体調的にもタイプ的にも論理的に改革のリーダーシップを執る柄ではないだろう。
先ごろ、野村克也さんも亡くなった。いま国民がみな納得する球界改革のリーダーは王さんではないか。もちろん、王さんもそうした役職からは引退する年齢だから、多くを依存するのではない。あくまで旗頭になって、新しい機運を盛り上げてほしい。
同じ日本にいながら、他の分野、他のスポーツの当事者や愛好者は活発な議論を交わしているのに、野球ファンまでが呪縛を受けて語らない体質に染まっている。
野球界はいま改革の狼煙を上げなければ、過去の遺物になってしまう。
非常事態に際して見えた改革の兆しこの原稿を書いている途中で(3月2日)、新たなニュースが飛び込んできた。新型コロナウイルス対策に関連して、NPBとJリーグが共同で記者会見を開き、3月3日に感染拡大から観客や選手、チームスタッフなどを守ることを目的に、「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立すると発表したのだ。
報道によると、Jリーグから働きかけによって、「感染状況を的確に収集、分析した上で試合の開催やスタジアム運営の在り方、対策などを正確に共有し、適性な判断に役立てる」共同会議設立に合意したとのこと。
連絡を取り合った上で、判断はそれぞれが行うことを事前に確認し合っているので、今回の連携は、実質的にはそれほど意味はないかもしれない。
しかし、プロ野球のトップと、Jリーグのトップが肩を並べて記者会見する光景は、日本スポーツ史上においては画期的な出来事だ。こんなことで喝采すること自体が本来は滑稽なのだが、実際、こうした交流や提携がなかったのだから、『歴史的な壁を打ち破った出来事』と表現するのもやむを得ない。
これをきっかけに、野球界とサッカー界が連携し、中心となって日本スポーツ界の健全な発展、きっちりしたインテグリティーの共有を実現してほしいと心から願う。
今回の連携の何より大きな意味は、首相や政界の一方的な要請や圧力にただ追従するのでなく、スポーツ界が独自の情報収集を行い、自分たちで責任ある決断をする意思を明らかにしたところだと私は感じている。
すでに書いた懸念に照らせば、今回のサッカー界との提携を影のドンは事前に知らされたのか、承知したのか。いずれにせよ、かたくなに守り続けた壁の一つが崩れかけたことは間違いない。
これを大きな始まりとして、野球界全体が変革に向かって動き出すことを心から願う。
王さんには、ぜひ、このままの勢いで改革の先頭に立っていただきたい。
<了>
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