「降格無し」は正しい決断なるか?「問題発生してから判断」を選択しなかった理由とは
REAL SPORTS / 2020年3月21日 9時30分
Jリーグは3月19日、臨時実行委員会を開き、今季のリーグ戦において「降格なし」「昇格あり」とする特例ルールを適用すると発表した。これにより、J2・J3とも上位2チームが自動昇格。来季J1は20チーム体制で臨み、降格を4チームにすることで翌シーズンに再び18チームに戻す見込みだ。
現状では4月3日からの再開を目指している段階での決定に「早すぎるのでは?」「問題が発生してからの判断でいいのでは?」といった声もある。それでも村井満チェアマンは、なぜこの時点で、前例のない決断を下したのだろうか?
(文=藤江直人)
どんな困難、不公平があっても、全てのクラブで飲み込んで向かっていくパソコン画面の向こう側から発せられたトップの言葉は、決して小さくない衝撃を伴っていた。
「カテゴリーごとに昇降格というルールがありますが、降格に関しては今シーズンにおいては行いません。降格対象チームを今シーズンは特定しない、ということを決めました」
オンライン形式で3月19日午後に行われたJリーグのメディアブリーフィング。自宅から参加した村井満チェアマンが午前中にウェブ会議方式で開催された臨時実行委員会で、中断・延期されている今シーズンの公式戦の再開へ備えた緊急の決定事項を発表した。
実行委員会は各クラブの代表取締役社長らで構成され、最高議決機関である理事会から委嘱された事項などを審議する機関となる。しかし、直近の理事会で競技運営ルールに関しては、実行委員会における承認事項が理事会における決定事項と同じ位置づけになることが承認されていた。
世界中で感染拡大の一途をたどる、新型コロナウイルスの脅威に直面している今シーズンの時限措置となる。権限を付与された実行委員会の承認により、J1で最大3クラブ、J2で自動的に2クラブが下のカテゴリーへ降格するシステムが、今シーズンにおいては廃止されることが決まった。
降格クラブなしでリーグ戦が実施されるのは、J1が16クラブから18クラブへ拡大された2004シーズン以来となる。一方で昇格制度に関しては、J2とJ3のそれぞれ上位2位までのクラブを対象に継続させる。歪(いびつ)にも映る方式を採用した理由を、村井チェアマンはこう説明した。
「厳密な議論でいえば、すべての試合がイコールコンディションではない状況で行われる可能性があるときに、昇格と降格の両方を封印することが理論上では考えられます。表現は難しくなりますが、我々としては目標に向かって選手たちが頑張っていく姿を推奨したいし、結果を残した選手たちに対しては報いていきたい。だからこそ、こういう状況でも頑張った象徴となる昇格は残し、ある意味で競技結果に対する大きな罰則とも捉えられる降格は、今回は保留しようとなりました」
村井チェアマンが言及した「イコールコンディションではない」とは、公正公平なもとで公式戦が開催されない状況を指す。YBCルヴァンカップのグループリーグ初戦と、J1およびJ2の開幕節だけを消化した状態で、Jリーグの公式戦は計163試合の開催延期が決まっている。
当初は3月18日に設定された再開目標は4月3日に繰り下げられた。しかし、新型コロナウイルスを取り巻く状況は予断を許さない。デッドラインとして定められた「4月中旬か、もう少し深いところ」を過ぎれば、何らかの障害が発生する恐れがあると村井チェアマンは覚悟している。
障害とは一部クラブに偏った過密日程や、ホームまたはアウェイでの連戦。選手に感染者が出て、さらに濃厚接触者が多数確認されて隔離されたクラブ。現状は中断期間となっている、東京五輪の開催中にカードを組み入れるケースもある。あるいは、緊急事態宣言が発令されたエリアをホームタウンとするゆえに、試合の中止や延期、無観客での試合開催を余儀なくされるクラブが考えられるだろう。
「Jリーグとしてはどのような困難があっても、不公正があっても、あるいは不公平があっても、それらをクラブ全体で飲み込んでスポーツに向かっていこう、と目線の高さを合わせました」
臨時実行委員会で確認されたリーグ全体の意思を、村井チェアマンはこう説明する。目線を同じ高さで保つ手段として、不公正さや不公平さがもたらすリスクの象徴となる降格を、再開を前にして事前に排除したことになる。村井チェアマンに次ぐナンバー2、原博実副理事長もこう補足する。
「どうしてでもリーグ戦を成り立たせ、Jクラブを維持させていくためには、不公平が生じてでも試合をしていくというモチベーションをつくりたかった。それを考えたときに、今シーズンに限っては降格という要件をなくそう、ということを実行委員の皆さんに理解してもらいました」
過去の事例に則って対策を練ることができない「国難」で新型コロナウイルス禍において、Jリーグが大きな決断を下すのは今回が初めてではない。さかのぼれば2月25日の午前中に同じくウェブ会議方式による臨時実行委員会を開催し、開催が翌日に迫っていたルヴァンカップのグループリーグ第2節、計8試合の延期をチェアマン権限で決めた。
続いて午後に開催された月例理事会で、3月15日までの公式戦をすべて延期することも決めている。日本国内における主要プロスポーツの興行が、新型コロナウイルスの影響を受けて延期される初めてのケース。村井チェアマンを動かした理由は、前日24日にテレビ越しに見た光景にあった。
政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議による緊急会見で、尾身茂副座長が「これから1、2週間が急速な感染拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際になる」とする見解を発表。村井チェアマンは日本を取り巻く状況を「国難」と認識した。
「昨日からステージが一つ変わっている、という認識をすべてのクラブで共有した結果、極めてイレギュラーで緊急な意思決定でしたが、明日のルヴァンカップから日程を変更し、政府の取り組みにサッカー界およびJリーグとして最大限の協力していくことを全会一致で確認しました」
理事会後の記者会見で、村井チェアマンはこんな言葉を残している。開催前日で急きょ延期されたルヴァンカップで損害が生じているクラブには、政府が認定する激甚災害で被害を受けたときに適用される大規模災害時補填規程を、柔軟に運用・補填していくことも併せて決めている。
中国を発生源として北半球に広まった重症急性呼吸器症候群(SARS)の直撃を受けた2003年5月から6月を振り返れば、日本国内では東アジアサッカー選手権(現・EAFF E-1サッカー選手権)が延期され、キリンカップに参加予定だったポルトガル代表が来日を固辞する騒動が起こっている。
しかし、当時は東アジアサッカー選手権の代わりに韓国代表との国際親善試合を旧国立競技場で開催。ポルトガルの代わりにパラグアイ代表へ急きょ来日を打診し、予定通りに埼玉スタジアムでキリンカップを行っている。国内の活動がすべて休止に追い込まれたわけではなかった。
ウイルスという目に見えない脅威にさらされた同じような状況のなかで、村井チェアマンが「国難」と位置づけた理由がよくわかる。先行きが不透明な緊急事態の真っただ中にいるからこそ、過去の事例に則って対策を練ることもできず、必然的に大胆かつスピーディーな決断力が何よりも求められる。
すべての前提として、スポーツが持つ可能性や力を信じる前例がないからこそ、否定的な視線を向けられる。実際にJ1とJ2はリーグ戦の開幕節を消化した段階で、J3においては開幕すらしていない状況で決定された「昇格あり、降格なし」にはさまざまな意見が寄せられた。今回の臨時実行委員会でも、こんな声が寄せられたという。
「4月3日の再開であればすべての試合を消化できるわけだから、昇格や降格もこれまで通りに、という考え方もぎりぎりまで確保していた方がいいのではないか」
問題が発生するたびに、その都度対応していけばいいのではないか、という考え方にも理解を示しながら、村井チェアマンは実行委員会や理事会の席上でリーダーシップを発揮してきた。
「一つずつ『これは公平だ』とか、あるいは『これは不公平だ』と挙げていっては、今回の非常事態のもとではきりがない、という判断もありえます。日々状況が変わっていくなかで、本当ににっちもさっちもいかなくなったときに降格なしを示すのではなく、あらかじめ方式を決めておいたうえで再開に備えた方がいい、という考え方を最終的には皆さんの総意で承認しました」
この先も不測の事態が起こりうる。そのたびに考え方が右往左往してしまうような状況では、J3までを含めて56を数えるJクラブ、約1500人のJリーガー、クラブのスタッフ、そしてファン・サポーターも戸惑うだろう。必要となるのは荒海を前へ進んでいくための明確な羅針盤となる。
サッカー界においては、村井チェアマンの決断力が羅針盤となっている。ただ、強引なトップダウンで決めているわけでない。降格制度の時限的廃止も、再開へ向けてフル稼働させている4つのプロジェクトのうち、試合日程と競技の公平性を検討する2チームから合同で答申されたものだ。
難局を乗り越えられる、と思わせてくれるリーダーシップの源泉は、2月の理事会後に村井チェアマンが残したこの言葉に凝縮されていると言っていいだろう。
「すべての前提として、このようなタイミングにあっても、プロスポーツは国民へ勇気や元気を与えられる可能性や力を持っている。それを信じながら、万全の準備だけは怠らないように進めていきたい」
横への連携も図られている。日本野球機構(NPB)に働きかけて「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立し、東北医科薬科大学の賀来満夫特任教授(感染制御学)を座長とする専門家チームの助言を仰ぐ会議をこれまでに3度開催。プロ野球以外の競技のオブザーバーも増えている。
降格がなくなったことで、終盤戦になれば優勝争いやAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の出場権争いに関係がなくなったクラブ同士による、ピッチ上から熱量が伝わってこない消化試合が増えるかもしれない。一方で上位勢に対しても黒星を恐れて守りに入ることなく、攻撃的な姿勢を全開にする下位クラブも現れるだろう。
さまざまなデメリットやメリットが考えられるし、もちろん現段階では正論も正解も何なのかもわからない。一つだけ言えるのは、ぶれないリーダーシップのもとで降格というリスクが排除された結果、すべてのクラブが迷うことなく、明確な目標を持って再開への準備を積めることとなる。
今後は連休明けの3月23日に、都内で「新型コロナウイルス対策連絡会議」の第4回会議を開催。専門家チームの助言も判断材料のなかに加えながら、25日には再び臨時実行委員会を招集し、目標通りに4月3日に公式戦を再開できるかどうかを最終的に決断する。
同時進行でJ1のクラブ数が最大で20に増える2021シーズンにおける、昇降格制度をはじめとする付帯細則も早急に詰めていく。そのなかには今シーズンを成立させる、ミニマムの試合数も含まれる。試案では75%以上が、例えば年間34試合を戦うJ1ならば26試合以上を戦うことが記されている。
<了>
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