なぜ日本球界は喫煙者が多いのか? 新型コロナ、健康増進法、「それでも禁煙できない」根深い理由
REAL SPORTS / 2020年4月15日 12時15分
「日本野球界の悪習」として古くから指摘されてきたのが、喫煙の問題だ。米球界、他のスポーツと比べても圧倒的に喫煙者が多いといわれている日本野球界。法改正、条例制定などで、喫煙、受動喫煙がマナーではなくルールで縛られる時代が到来し、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染、重症化への悪影響の可能性が指摘されている。スポーツライターの広尾晃氏は、日本のプロ野球、野球界全体に根強く残る“喫煙文化”に疑問を呈し、「いまこそ日本野球界は全面禁煙を」と訴える。
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
新型コロナ禍に改めて注目される「喫煙リスク」新型コロナウイルス禍は、とどまるところを知らない。もはやNPBもJリーグもいつ公式戦をすることができるのか、見通せなくなっている。
このところ、話題に上っているのは、新型コロナウイルス感染症への「喫煙者に対する煙のリスク」だ。
日本を代表するコメディアン、志村けんさんの死は日本中を悲しませたが、彼は数年前まで1日60本というヘビースモーカーであり、2016年には肺炎で入院していたことが報道され、COPD(慢性閉塞性肺疾患)ではなかったかともいわれている。
COPDは、長年にわたる喫煙を主因として、肺が炎症を起こしてその機能を損なう病気だ。COPDの病歴を持つ人は、新型コロナウイルスに感染した時に重篤化しやすいとされる。
日本のプロ野球はいまだに「愛煙家の巣窟」そういうことを考えるにつけ、筆者は憂鬱になる。取材対象とする「日本野球界」は、今に至るも「愛煙家の巣窟」だからだ。
NPB各球団の本拠地は、すべて禁煙となっている。観戦者が喫煙したければスタジアム内の喫煙スペースに行く以外に手はない。東京ドームなどはビニールのカーテンに仕切られた半ば屋外で、人々は肩身が狭そうにたばこを吸っている。
しかし、選手たちはそうではない。多くの球場ではダッグアウト裏には小さな喫煙スペースが設けられている。そこには灰皿が設置され、換気扇が回っている。選手は試合の合間にここに立ち寄っては、一服していくのだ。
およそ今時のスポーツで、試合の最中にたばこを吸うことができるのはプロ野球だけではないか?
球団は、誰が喫煙しているかを明かさず、新聞系のメディアも報道しない。以前、巨人の原辰徳監督が「岡本和真は禁煙しないと」と発言したことが報じられたが、そういう形で漏れ聞こえるだけだ。しかしプロ野球選手の喫煙率はいまだに高い。
筆者は各球団が催す野球教室や普及教室の取材をよくする。選手や指導者たちは、子どもたちの目線になって、本当に熱心に指導をする。その光景は感動的ですらあるのだが、彼らの多くは休憩時間になると喫煙室にたむろして、一服するのである。
筆者に喫煙習慣はないが、いい歳だから、大人がたばこを吸う姿は見慣れている。しかし平成この方、人前で堂々とたばこを吸う姿を見る機会は、どんどん減ってきている。プロ野球のユニホームを身にまとった偉丈夫たちがたばこをくゆらせるのを見ることに、ちょっとしたショックを受け、「子どもたちやお母さんにこの姿は見せられないな」と思う。
「昭和」には日常風景だった喫煙習慣昭和の時代、喫煙は大人の男のたしなみという風潮がたしかにあった。新幹線でもたばこが吸えたし、ホテルのロビーにも灰皿が設置されているのが当たり前だった。
当時の雑誌では選手に「好きなたばこの銘柄」を聞くことがあった。記憶している限りでは「吸いません」という選手は少なかった。
スポーツ紙のインタビューで、殊勲打を打った選手がロッカールームでうまそうにたばこを吸った後で、口から煙を吐きながら記者の質問に答えるのは男の美学のようなものだった。
JT(日本たばこ産業株式会社)の全国喫煙者率調査によると、巨人のV9が始まった1965(昭和40)年、日本の成人男性の喫煙率は82.3%だった。5人大人の男がいれば4人以上がたばこを吸っていたのだ(2018年の喫煙率は27.8%)。当然、スポーツ選手もほとんどが愛煙家だった。
プロゴルフのトーナメントでは、スタート前に選手たちがパターの練習をしながら喫煙していた。付き人が灰皿をもって立っていたりした。当時のゴルフコースには四阿(あずまや)に灰皿が置いてあった。
大相撲の巡業でもテントの中でたばこを吸いながら出番を待つ力士がいた。
筆者が通った大学の大学野球の公式戦では、応援する学生がたばこの煙を一斉に吐き出す「煙幕攻撃」が名物だった。スタンドには春がすみのように紫煙が漂ったものだ。
「喫煙者への配慮」が行き届く時代錯誤しかし、その当時から、日本のアスリートの喫煙習慣は、世界的にみれば非常識なものだった。
1988年にスポーツジャーナリスト、マーティ・キーナート氏は、『ニッポン野球一刀両断』(パンリサーチインスティテュート)の中で、「日本のプロ野球選手は7、8割が吸っているようだが、大リーガーは喫煙は自殺行為だと知っているので、9割以上が吸わない」と書いている。また「それでいて、たばこを吸っているシーンを撮影すると選手は怒るんだ」とも書いている。
30年以上前でも世界のアスリートは、たばこを吸わなかった。日本に来る外国人選手の多くが、ロッカールームで喫煙する日本選手にカルチャーショックを覚えたという。
ゴルフ、大相撲の例を見てもわかるように、その時期、おそらく他のスポーツのアスリートも現在よりも喫煙率は高かったはずだ。しかし、スポーツの国際化とともに、他のスポーツでは選手の喫煙は減っていった。
選手たちは海外で「アスリートはたばこを吸わない」ことを身をもって知った。また、たばこは心肺機能を損ね、運動能力を低下させるなど、実害があることも認知するようになった。Jリーグの選手の喫煙者は皆無ではないようだが、日本のプロ野球の喫煙率は、私見だがいまだに50%を超えているのではないかと思う。
プロ野球の春季キャンプ地でも近年、分煙が進んでいる。しかし多くのキャンプ地ではメイングラウンド、サブグラウンド、室内練習場、ブルペンの周辺などいたるところに「喫煙スペース」が設けられている。
“喫煙者への配慮”が実に行き届いているのだ。そういうスペースで、ユニホーム姿の球団関係者と記者やカメラマンが煙をくゆらせながら話す姿もよく見られる。スポーツ紙などの記者の喫煙率もまた高い。また、キャンプ地によっては「電子たばこ」のブースが出店していることもある。
もちろん、喫煙は違法でも何でもない。しかし社会全体が「禁煙」へ動き出している中で、野球界の対応は時代錯誤、ひいき目に見ても「遅れている」と言わざるを得ない。
日本野球界が禁煙できない理由は指導者?なぜ、日本野球は「禁煙」できないのか?
筆者はその根本には「野球指導者の喫煙習慣」があると思う。
高校野球の指導者には、いまだに喫煙者が多い。学校そのものが全面禁煙になり、職員室でのたばこはご法度になっても、監督は、喫煙室などで吸っていることが多い。報道陣や部外者のいる前では吸わないが、隠れて吸っている。
そういう監督は、選手に対して「たばこを吸うな」と強く言うことができない。日本学生野球協会は、高校球児の不祥事を定期的に発表するが、必ずと言っていいほど「選手の喫煙」が上がってくる。
ある高校の監督は「昔は『ばれないように吸え』と言っていたけど、今はスマホで撮ってすぐに通報されるから、『やめとけ』と言ってるよ」と言った。
さらにいえば、伝統的に「野球と喫煙」の親和性が高いこともあるだろう。少年野球の指導者の中には、たばこを吸いながら子どもたちを指導している人がいる。
グラウンドでたばこを吸う監督の姿に、周囲はドン引きしてしまうが、当人はいたって平気である。なぜなら、それを容認する保護者がいるからだ。
子どもたちの付き添いでグラウンドに来て、お茶当番などをする保護者の中には、練習を見ながら喫煙する人がたくさんいる。冬場などはドラム缶で焚火をしたりする。火を囲みながらたばこを吸う人の中には、お母さんの姿もある。
少年サッカーでは「禁煙」は当たり前になっているが、少年野球では連盟や団体があえて「禁煙」を通達しているという話は聞かない。せいぜい「分煙」か「たばこは決まった場所で吸いましょう」というのが精いっぱい。「禁煙」を通達したら、少年野球は成り立たないのだ。
近年の研究では、少年の野球肘(OCD=離断性骨軟骨炎)が、受動喫煙によって治癒が遅れたり、症状が悪化することが報告されている。整形外科医の中には「野球肘の治療をした子どもを車で迎えに来たお父さんが、たばこをくわえているのを見ると、本当にがっかりする」と嘆く。
残念なことに「野球改革」を目指す指導者の中にも喫煙者はいる。野球界の変革を唱え、新しい指導を志向する指導者が、野球やスポーツとは縁遠い喫煙をやめられないのは、根が深い問題だ。
あらゆる面で変革が必要な日本野球界はいまこそ「全面禁煙」を!今年の2月、千葉ロッテマリーンズは「勤務時間中の全面禁煙」を発表した。つまり、それまで「勤務時間中に喫煙していた」ことを図らずも露呈した形だ。しかし「勤務時間中」であり、それ以外の時間の「禁煙」ではない。また他の11球団がこれに追随したとの報もない。
4月1日には大阪近鉄バファローズ、北海道日本ハムファイターズ、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を歴任した梨田昌孝さんが新型コロナウイルスに感染、集中治療室に入った。喫煙とウイルスの関連性が完全に証明されたわけではないが、梨田さんも喫煙者だった。志村けんさん同様、症状は重いようだ。日本野球界を代表する指導者の一人だけに、非常に気がかりだ
4月から「改正健康増進法」が施行されて、飲食店など屋内での喫煙は、原則禁止。指定の喫煙スペース以外では一切できなくなる。受動喫煙防止条例が施行された東京都では喫茶店の「喫煙席」もなくなり、「喫煙者」の余地はいよいよ狭まっている。
新型コロナウイルス禍によって、おそらく日本人の「喫煙」に対するまなざしは、一層厳しくなるだろう。
「野球離れ」が進行する中、野球界は、いろいろなことが変革できずに足踏みを続けている。「禁煙」は、わかりやすい上にメリットが非常に大きい改革だ。プロ、アマが連携して野球界からたばこを一掃すれば、世間はその大英断に拍手喝さいを送るはずだ。
<了>
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