なぜ美誠&水谷ペアは圧倒的に強いのか? 卓球、混合ダブルス独特の「速さ」と「早さ」
REAL SPORTS / 2020年5月3日 11時30分
現在、卓球女子の世界ランキング2位・伊藤美誠選手と、日本の卓球界を牽引してきた水谷隼選手とのコンビが内定している東京五輪の混合ダブルス代表。男子と女子が交わって試合をする特殊な「ミックスダブルス」の最大の魅力とはなんだろうか? 男女が独特のリズムで交互に打つ「スマートさ」と、男子の「速さ」と女子の「早さ」に秘密があるという。
(文=本島修司)
「世界一の男女」となった吉村・石川ペア卓球のミックスダブルスの魅力を、強烈に世界中へ発信した試合がある。
2017年世界卓球選手権ドイツ大会。混合ダブルス決勝戦。
吉村真晴・石川佳純ペアが、世界一になった試合だ。石川選手は左利きである利点も生かしながら、激しい横の動きを見せる。吉村選手は石川選手より一歩引いた位置から、長いドライブを使ったり、チャンスボールと見るや素早い前後の動きを見せて、前に飛び込んでラリーを決めたりする。この2人がつくる独特のリズムとコンビネーションは、最後の最後まで崩れることなく、2人は「世界一の男女」となった。
多くの場合、同じスポーツでも、男子と女子が交わって試合をするのは大変なものだ。そんな中で、「男女混合」で世界の頂点まで競い合うことができる競技として、すぐに思いつくものは何か。それが、「ミックスダブルス」である。テニスや、バドミントンでも、ミックスダブルスというのはさかんに行われてきた。
そんな中、近年、特に注目度が上がっている競技「卓球」も、ミックスダブルスの文化を長きに渡り発信してきたスポーツの代表格だ。卓球のミックスダブルスという、唯一無二の魅力。その中身を見ていこう。
ミックスダブルスができる条件、そして競技として成立する条件。それは「他のスポーツよりは『パワー』において、決定的な差がつかない」ということがあると思う。この点は卓球だけでなく、バドミントンやテニスでもやや近いものがあるだろうか。
しかし、これが野球やサッカーとなると、なかなか「混合で世界のトップを目指す」という形はとれない。それだけ、野球やサッカーは男女がそれぞれのカテゴリーでパワーとスピードを突き詰めているということだ。
伊藤美誠選手も使う男子に人気のラバー卓球も練習量によって、技術、集中力、筋力強化など、すべてを突き詰めていくことに変わりはない。ただ、パワーだけではなかなか得点しにくいという特徴がある。
ボールは40mmプラスチック製のものだ。使用するラケットやラバーも公認のJTTA(日本卓球協会)/ITTF(国際卓球連盟)の刻印が入っているものしか使用することができない。過去にはスピードを増強する接着剤が使われていた時代もあったが、今では、それも禁止となっている。
つまり、公認の用具に限られていて、しかもそれが男女ともほぼ同じものを使うため、スピードとパワーを最大限に生かす道具選びにも限界があり、速さや力だけでねじ伏せるような現象はあまり成立しない。
例えば、伊藤美誠選手がフォアハンドに貼っている「ファスタークG-1」というラバーは、男子にも大人気のラバーだ。ダブルスの名手として知られる森薗政崇選手も同じものを使用している。
卓球をプレーしたことがない人にとっては、普通に考えれば男子のほうが重いラケットやラバーを使っているだろうと思うかもしれないが、決してそうとも限らないというわけだ。「剛力」というブレード(ラケットの板)は、かなり重量が重いことで知られている。しかし、これはむしろ女子に人気があるラケットで、この剛力に薄めのラバーを組み合わせて貼り、全国大会で躍進した女子選手がたくさんいる。かつて、福岡春菜選手も剛力開発のモデルとなったラケットである「PF4」を使用していた。
確かに男子のほうが筋力があるぶん多少は球が速いが、用具がほとんど同じなのだから、それが決定的な差にはならない。男女でほぼ共通の、小さな板とラバー。軽いボール。そこに、回転という要素も加わる。そうした要素から、パワーと単純な球速だけでは勝つことができない競技。それが卓球であり、だからこそミックスダブルスが成立するのだ。
男子は球が速く、女子は打点が早いパワーの差がある・ないよりも、さらに大きな特徴の差がある。それが「速さ(早さ)の差」だ。単純なボールの速さではない。そこが、卓球におけるミックスダブルスの最大の魅力となる。
男子は、確かにボールの速度自体が速い。ドライブの伸びもある。それに対し女子は、打つまでの打点が早い。ボールの弾道が、上がり切る前に打ってしまうイメージすらある。これはもともと、女子卓球の特徴の一つである「ピッチの速さ」からくるものだ。
女子卓球の試合を見てもらうとわかりやすいが、カットマンなどの戦型を除けば、女子の卓球というのは、基本的にはあまり台から後ろに下がらない。その代わり、「打点が早い」。そして、フォアとバックハンドの切り替えが早い。これらが、プレー全体のピッチの速さを生んでいるのだ。
伊藤美誠選手が、元世界ランキング1位、長く中国卓球界のトップに君臨してきた女王、丁寧選手を0点で封じ込めた一戦、2020年3月に行われたITTFワールドツアー・カタールオープン、女子シングル準々決勝を例に見てみよう。
伊藤選手は、台にしっかりと張りつくようにして、あまり後ろには下がらない。中国卓球は「女子の男子化が進んでいる」といわれるほど恐ろしいまでのパワーを繰り出す卓球をしてくることで有名だが、その象徴ともいえる丁寧選手は、身長の高さとリーチの長さを生かし、女子選手の中では、わりと中陣くらいまで下がる卓球もできるタイプ。女子選手としては、珍しいスタイルだ。
この一戦でも、丁寧選手が自ら下がってプレーするシーンが見受けられる。しかし、女子卓球の最大の特徴である、ピッチの速さを極めたような伊藤選手の打点が早い前陣での切り返しと連打に屈してしまった。
多くのスポーツにおいて、「背が高いほうが有利」「リーチが長いほうが有利」というのは、当然の定説だと思う。しかし、卓球にはそれすらも凌駕するスタイルが存在するということだ。それこそが、女子卓球の一流選手たちが魅せる、台に張りついての前陣での卓球。ピッチの速さで圧倒するというプレーだ。
男子の試合にも目を向けてみよう。水谷隼選手がリオデジャネイロ五輪にて、男子団体戦決勝で1勝を挙げた試合などは、安定感がある男子卓球の見本のような試合だった。水谷選手は、中陣から後陣を華麗なフットワークで動き回る、男子の王道といえる卓球スタイルで、抜群の安定感をもった日本の王者だ。この試合でも、たとえ後方に下がっても「不利になった」とは感じさせない卓球をしている。そして、ロビングを上げたり、カーブドライブで球を曲げたりしながら、常に逆襲の機をうかがっている。まさに「下がっても強い球を打ち込める男子卓球」を体現した戦い方だ。
リズムと軽快さ、スマートにすら見えるのが「ミックスダブルス」こういったことから、卓球のミックスダブルスは、独特の「リズム」を生む競技である。必ずではないが、女子が前陣でピッチを上げて相手を左右に動かしてかき乱し、男子が後ろから援護射撃を叩き込む。そういうシーンが多い。この独特のリズムは、とてもスマートなものに感じる。男女が独特のリズムで交互に打つ「スマートさ」という魅力が盛り込まれているのがミックスダブルスなのだ。
プロだけではない。ミックスダブルスは、アマチュアの選手が集まるオープン大会でも人気だ。通常のボールよりも球が大きいラージボールの大会などでも、ミックスダブルスが最も盛り上がっている場面をよく見かける。
卓球は年代別マスターズなどの部門もあり、40代の部、50代の部、60代の部と、何歳になっても楽しめるスポーツとして知られている。その中でもミックスダブルスというのは、人の輪をつくるコミュニケーションの場としても機能している光景を、見かけることが多い。
2017年世界卓球選手権ドイツ大会で吉村・石川という優勝者を出した、卓球におけるこの部門。東京五輪(開催延期が決定)での混合ダブルスの代表は、現在、世界を席巻しながら女子の世界ランキング2位まで上り詰めている伊藤選手のパートナーに、長年、日本の卓球界を牽引してきた水谷選手とのコンビが内定している。今年3月に行われたカタールオープンで見事優勝を果たすなど着実に結果を残している。独特のリズムとスマートさを奏でる卓球のミックスダブルスから、今後も目が離せない。
<了>
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