新庄剛志、48歳の現役復帰に夢を見たくなる理由。不可能を可能にした「5つの伝説」
REAL SPORTS / 2020年5月6日 18時0分
昨年11月、自身のInstagramで「現役復帰」を表明した新庄剛志。その挑戦に対しては、応援の声があがると同時に、「無謀」「不可能」ともささやかれている。引退から13年、48歳という年齢を考えても、確かにその可能性は1%もないかもしれない。それでも、期待してしまう理由がある。新庄剛志がこれまでに、不可能を可能にしてきた「5つの伝説」を振り返りたい。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
どれだけ無謀と言われても、「新庄剛志」だから期待してしまう「みんな、夢はあるかい?」
2019年11月12日、かつて阪神タイガース、ニューヨーク・メッツ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、北海道日本ハムファイターズでプレーし、2006年限りで現役を引退した新庄剛志氏は自身のInstagramに一つの動画を投稿した。
頭髪を鮮やかな金色に染め上げた新庄は、さらに続ける。
「1%の可能性があれば、必ず、できる。今日からトレーニングを始めて、もう一回、プロ野球選手になろうと思います。みんなも何か挑戦しようぜ」
現役引退から13年、47歳(当時)での突然の現役復帰宣言。
この一報はすぐさま日本を駆け巡り、多くの反響を呼んだ。
「新庄なら、やってくれる気がする」「待ってます!」といった挑戦を後押しする声もあれば、「さすがにもう無理だろう」「いくらなんでも現実味がない」といった否定的な声もあった。
当たり前といえば、当たり前の反応だろう。過去にも一度現役を引退したプロ野球選手が「現役復帰」を宣言したケースはゼロではないが、13年間もプレーから離れていた選手の現役復帰など、記憶にない。47歳という年齢も、はっきりいって非現実的だ。
筆者はもともと、新庄氏のInstagramをフォローしていたので、この投稿をほぼリアルタイムで見ることができ、純粋に興奮したクチだが、振り返ると「予兆」はあった。
現役引退以降、バリ島に移住してからは野球と一定の距離を置きながら生活していた新庄氏だが、その少し前からYouTubeやInstagramで積極的に自身の技術論やプレー解説を行うようになった。
現役時代はその天真らんまんなキャラクターもあり、「理論派」とは正反対のイメージだったが、いざその解説を聞いてみると、驚くほどわかりやすく、ふに落ちる内容ばかりだ。
しかし、いくら「頭」がさびついていなくても、年月を経れば「肉体」は間違いなく衰える。突然の現役復帰宣言は、野球を深く知る者であればあるほど「無謀」に映っただろう。
筆者も当然、現役復帰の「無謀」さは重々承知している。ただ、これを宣言したのが「新庄剛志」であることに、意味がある。
「不可能を可能にする」、そんな姿を見せ続けてきた不可能を、可能にする――。
新庄剛志はこれまで、そんな光景を幾度となく我々に見せてくれた。
2000年オフ、当時阪神に所属していた新庄は、取得したFA権を行使。阪神、横浜、ヤクルトの3球団による争奪戦が展開され、その動向が大いに注目された。一部では5年総額12億円(推定)といった大型契約が提示されたとの報道もあったが、彼の下した選択は誰もが予想できないものだった。
「やっと自分に合った野球環境が見つかりました。その球団とは、ニューヨーク・メッツです」
メジャーリーガー・新庄剛志の誕生だ。
今でこそ日本人のメジャーリーグ移籍は当たり前となっているが、当時は状況も違った。野茂英雄の成功により、日本人「投手」の多くがメジャーリーグでプレーする環境は整っていたが、「野手」の壁はまだ厚かったのだ。
日本人野手初のメジャーリーガーは、同じく2000年オフにシアトル・マリナーズへの移籍を発表したイチローだ。ただ、イチローの場合は同年まで日本プロ野球界で7年連続首位打者を獲得するなど、この時点で「球界最高の打者」の地位を確固たるものとしていた。
そんなイチローですら、メジャー移籍に際しては「3割打てるかどうか」「打順は下位だろう」「パワーが圧倒的に足りない」など、一部ではその活躍に懐疑的な目が向けられていた。
移籍前年、阪神で打率.278、28本塁打、85打点とキャリアハイを記録していたとはいえ、それまで主要打撃タイトルの獲得はおろか、打率3割も、シーズン30本塁打も記録したことがない男のメジャー移籍には、当然のように厳しく、冷ややかな視線が向けられた。
「通用するわけがない」
「1年間、マイナーで過ごして終わりだ」
しかし、新庄はそんな周囲の評価を、結果で覆す。開幕メジャー入りを果たすと、開幕戦で代走として初出場。初打席初安打も記録した。結果、この年は123試合に出場し、打率.268、10本塁打、56打点を記録。得意の守備ではたびたび強肩ぶりを見せつけ、日本人初となる4番も経験した。日本ではこの年、イチローとともに新庄のプレーが毎日のようにスポーツ番組で報道され、そのスター性も相まってかつての「虎のプリンス」は国民的な人気を得るまでになった。
日本ハムでの3年間、次々と奇跡を起こしたメジャーリーグで3年間を過ごした後、新庄は同年から本拠地を北海道へと移転した日本ハムに入団し、日本球界復帰を果たす。札幌ドームのグラウンドで開催された「異例」の入団会見で、新庄は再び高らかに宣言する。
「これからはメジャーリーグでもない。セ・リーグでもない。パ・リーグです!」
当時はまだ「人気のセ、実力のパ」という言葉が色濃く残っていた日本球界。ましてや日本ハムは前年まで読売ジャイアンツと同じ東京ドームを本拠地としながら、主催試合での観客動員の少なさがたびたびネタにされるようなチームだった。
この会見で新庄はほかにも「札幌ドームを満員にする」「チームを日本一にする」と目標を掲げたが、そもそも巨人ファンの数が圧倒的だった北海道という土地柄、さらには移籍時点で実に22年間もリーグ優勝から遠ざかっているチーム状況もあり、多くのファンはこの発言を「新庄らしいリップサービス」と受け取るにとどまっていた。
しかし、現実は違った。
移籍1年目にはオールスターに出場し、ホームスチールでMVPを獲得。同年9月に起こった球界再編騒動に端を発する史上初のストライキが明けた試合では、9回裏、2死満塁の場面からフェンスオーバーのサヨナラ打。しかも、走者を追い越して「本塁打」が幻に終わるというオマケ付き。プレー以外にも、かぶりものなどのパフォーマンスで大いに観客を沸かせ、現在の「パ・リーグ人気」の礎を築いた。
その集大成が、日本ハム移籍3年目に巻き起こった「新庄劇場」だ。2006年4月18日、のオリックス戦。この試合で第1号本塁打を放った新庄は、この一本を「28年間思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニフォームを脱ぎ増す打法」と命名。同試合終了後のヒーローインタビューで、同年限りの現役引退を電撃的に発表した。
後に新庄は、開幕直後の現役引退発表を「チームを一丸にさせて、優勝するためにやった」と語っているが、このもくろみは見事に的中。日本ハムはこの年、25年ぶりのリーグ優勝、44年ぶりの日本一に輝いた(※編集注:1962年の日本一は、前身の東映フライヤーズ時代)。
パ・リーグ人気をけん引し、「チームの日本一」「札幌ドームを満員にする」という、入団時の目標を達成し、自らはユニフォームを脱ぐ。
これほど「出来過ぎ」な引退劇があるだろうか。
コロナ禍で元気が失われた今こそ、「新庄剛志」が必要だこれは個人的な意見だが、新庄はそのキャラクターとパフォーマンスで国民的な人気を得たが、その弊害でプレーヤーとして正当な評価を得ていない印象がある。もちろん、彼のファンを喜ばせたいという姿勢とそれを実行する行動力は「プロ野球選手・新庄剛志」の最大の特徴だ。ただそれも、野球選手としても球界最高といわれた守備力、ここぞの場面で勝負を決める一打を放つ集中力とパンチ力があってこそ。
現役引退から13年――。
世間を驚かせた「復帰宣言」以降も、新庄氏はSNSを通して日々のトレーニング風景を惜しげもなく公開している。「実戦」でどうなるかはわからないが、少なくともその肉体、パワーは48歳のそれではない。
奇しくも現役復帰を目指すと公表して迎えた今季、日本のスポーツ界、プロ野球界は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、過去に経験したことのない窮地に立たされている。シーズン開幕は延期を余儀なくされ、現在も開幕時期のめどは立っていない。最悪、「シーズン全休」も覚悟しなくてはならないだろう。
だからこそ、思う。
今のプロ野球界には、「新庄剛志」が必要なのではないか。
人気が低迷するパ・リーグを救い、北海道移転元年という重要な局面にあった日本ハムを救ったヒーロー。
本人も「1%の可能性があれば、必ず、できる」と語っているように、今回の現役復帰が成功する確率は、確かに低いかもしれない。
恐らく、新庄以外の選手が現役復帰を目指したとしても、私はその挑戦を心から応援しただろう。その上で、可能性が低いことがわかっていても、たとえ挑戦が失敗したとして、その「挑戦する姿勢」こそが素晴らしいと称賛するだろう。
ただ、新庄氏についてだけは「挑戦する姿そのものが素晴らしい」「たとえ失敗しても」などという言葉は使いたくない。
挑戦するのであれば、プロ野球選手にもう一度、なって欲しい。その上で、窮地のプロ野球界、スポーツ界を救って欲しい。
不可能を、可能にする――。
私も含めたすべての野球ファンに、もう一度、夢を見せて欲しい。
それが出来るのは、やはり「新庄剛志」しかいない。
<了>
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