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「高校野球の世界に残って改革は難しかった」名門・高知高校前監督が「ヴェルディ入り」した理由

REAL SPORTS / 2020年5月25日 11時46分

5月22日、東京ヴェルディクラブは、高知高校硬式野球部の前監督で、侍ジャパンU-18の分析担当コーチだった島田達二氏の、『東京ヴェルディ・バンバータ』のベースボールチームアカデミー統括ヘッドコーチ就任を発表した。春夏合わせて9回甲子園に出場を果たしている名将のクラブチームへの転身は、いち指導者の動向以上に大きな意味を持つ。島田氏と東京ヴェルディ・バンバータ代表で、野球界に新風を送り続ける熊本浩志代表に話を聞いた。

(インタビュー・構成=広尾晃、写真提供=東京ヴェルディ・バンバータ)

高校野球の名将が「東京ヴェルディ」へ? 新たな変化の兆し

島田氏は高知県出身の48歳。高知高校時代の1990年には春の甲子園(第62回選抜高等学校野球大会)に出場。高知大学を経て高知中学、高知高校の監督を歴任。高知高校監督時代には、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)に4回、春の甲子園に5回出場し、2013年の春はベスト4、2006年明治神宮野球大会では全国優勝している。

その後、U-18侍ジャパンの分析担当コーチとなり、昨年9月のWBSC U-18ベースボールワールドカップでも相手チームの情報分析や作戦立案を担当した。現在の高校球界を代表する指導者の一人だった。

一方、東京バンバータは、デザイン家電の「amadana」を率いる熊本浩志代表が創設した軟式野球チーム。軟式野球界では屈指の強豪だ。2018年には総合的なスポーツクラブを目指すJリーグの東京ヴェルディと提携。東京ヴェルディ・バンバータとなった。

同時に熊本代表は、ヴェルディグループのクリエイティブセンターのディレクターとなり、50周年でリブランディングを担当。男女サッカーからバスケットボール、バレーボール、さらにはeスポーツまで、15あるカテゴリーのユニホームをすべてデザインするなど、グループの「総合スポーツ事業」も推進する立場だ。

高校野球の本道を歩んできたエリート指導者が、スポーツ改革を掲げるスポーツベンチャーへのチャレンジの道を選んだ。これは、野球界にとって大きな衝撃を与えるニュースだ。

その経緯について、島田氏と東京ヴェルディ・バンバータの熊本代表にリモート取材で聞いた。

「こんな状況で、同じ仕事を続けていていいのか?」という葛藤



――島田先生のご経歴なら、野球指導者として他にもいろいろな選択肢があったと思います。なぜ、東京ヴェルディを選んだのですか?

島田:監督を退いて、世の中を見渡す時間ができ、もう一度、今まで自分がやってきたことを振り返りました。そして人材育成の観点から見れば、視野が狭くて力不足だったと痛感しました。それに高校野球は競技人口が減っています。自分の足元の高知県でも危機的です。こんな状況で、同じ仕事を続けていていいのだろうか、と思うようになったんですね。

学校にいれば中学以下の子どもにアプローチしようとしても、勧誘行為に当たるので思うようにはできないなど、制約もいろいろありました。この決断をするに当たって、恩師の岡本道雄先生(高知高校元監督)をはじめ、球界の先輩の方々にも思いを話しました。でも、なかなか理解は得られませんでした。

僕自身、できることなら高校野球の世界に残って改革をしたいと思っていたのですが、それは難しいなと思うようになったのです。悩みながらも自分なりに本を読むなど勉強をしたり、セミナーに出掛けたりしていたのですが、今年の1月に東京ヴェルディ・バンバータの活動を知り、熊本代表のやっていることは面白い、こういう世界も見てみたいと思って、メールを送ったんです。

――熊本代表は島田先生から連絡を受けて、どう思いましたか。

熊本:うちには入団希望者とか、取材依頼とかいろんなメールが来ます。島田さんからのメールを読んで最初に感じたのは「それってすごいリスクだ」ということでした。僕も宮崎出身で東京に出てきたのでわかるのですが、そもそも高知から東京へ出てくるのは、大変なことです。もちろん、東京は勝負する場所ではあるけども、家族のこととか、収入のこととか、そのリスクがわかっているのかな、と思いました。

あとは、失礼な話だけど「何かあったんじゃないの」とも思った(笑)。僕も経営者だからストレートには受け取れなかった。島田さんの実績はもちろん知っていましたし、すごい人だとは思っていましたが、一度会わないとわかんないな、というのが正直な気持ちでした。

「ひょっとするとその子の可能性をつぶしたんじゃないか」

――そこで、2月初旬に島田氏が東京に行って、熊本代表と話をしたんですね?

島田:まずは「怪しくないぞ」というところをアピールしまして(笑)。感じていることとか、僕の思いを伝えました。熊本さんの発信するメッセージで一番響いたのは、「東京ヴェルディ・バンバータの活動が多様な人材育成につながっている」ということです。僕は、高知高校の監督になって、400人くらいの選手を送り出しました。でも、その中でプロに行ったのは4人だけ(元阪神タイガース・二神一人、北海道日本ハムファイターズ・公文克彦、東北楽天ゴールデンイーグルス・和田恋、中日ドラゴンズ・木下拓哉)です。あとの99%はプロの世界には進まなかったわけです。彼らもしっかり育てたいと思いながらも、現場にいるときは勝負を優先させてしまった部分もある。もちろん、すべての高校野球指導者は、野球を通して人材育成を考えています。でも、勝負と育成のバランスのなかで、目が届かない子どもも出てきます。

 僕の甲子園の実績は、ベスト4が最高ですが、その時のメンバーでも大学に行って野球をしない子も出てきた。みんなを生かすことを目指してやってきたけど、ひょっとすると僕がその子の可能性をつぶしたんじゃないかとも思いました。東京ヴェルディ・バンバータは、僕らが思いつかなかった部分の可能性も広げて、社会につなげているんじゃないかと思ったんです。

――熊本代表の印象は?

熊本:お目にかかって、島田さんは僕らの方向性を理解しておられるなと思いました。私はベンチャーの経営ですからね。単純にチャレンジする姿勢に心を打たれました。東京ヴェルディ・バンバータは、トップチームからアカデミーまでを運営していますが、われわれが踏み込めないのは「学校」の部分ですね。「進学」なども含めて。でも子どもの育成という点では、そこはすごく大事だと思っていた。教職をもって子どもたちと接してきた島田さんが入ることで、その部分でかなり大きなサポートが受けられると思います。

 また、野球の面では、今年から中学(U-15)の硬式と軟式のチームを始めたんですが、島田さんは高校野球で豊富な経験をお持ちな上、先入観にとらわれない自由な野球ができる点が大きいと思いました。

指導者・島田達二の輝きが、バンバータ、東京ヴェルディの未来につながる




――アカデミーの統括ヘッドコーチという役職は?

熊本:中学以下の硬式、軟式の野球チームをトータルで見てもらいます。それからGMである僕の補佐というか、強力な右腕になってもらおうと思います。ただ、それだけだと僕らが島田さんの持っているものをいただくだけになってしまうので、チャレンジする環境も作ります。サッカーやバレーボール、バスケットボールなどほかの競技のアカデミーも見てほしいと思っています。スポーツが違えば言語も違うし、考え方も違います。そういう中で、自分が培ってきた経験を言語化して、共通のメソッドも作ってもらいたいと思っています。

――島田さんにとっては、これまでやったことがない、未知へのチャレンジになると思いますが?

島田:私も野球がもともとうまくてここまできたわけではなくて、失敗続きの中で挑戦を続けてきました。いろいろなスポーツを見ることになりますが、高校でもいろんな部活の先生と接してきましたし、スポーツの根底の部分は同じだと思います。不安な部分も多いですが、失敗を恐れていたらそもそもここにきた意味がありません。経営の部分は全く素人ですが、思い切ってやってやろうと思います。

熊本:今回の新型コロナウイルス禍に際して、選手やスタッフに今後の方向性について話しました。従来は、選手がクラブから恩恵を受けてプレーをしてきた。でも、今後は、選手一人一人が活躍し、社会にアピールすることで、クラブを輝かせるようにならなければならない。MLBなどは、選手がブランドになってビジネスをしています。

 そういう意味では、東京ヴェルディ・バンバータで「島田達二」という指導者のブランディングをするのが、僕の役目だといってもいいですね。彼を輝かせることで、東京ヴェルディ・バンバータもさらに輝かせたいと思います。


島田氏の息子は高知県でラグビーをプレーする高校生。夫人も高知市で教員をしているので、当面は単身赴任となる。「安定」の二文字が約束された「教員」の座を捨てて、スポーツベンチャーの世界へ。それは、かなり大きな冒険ではある。

しかし筆者は、高校野球の現状について問題意識をもっている若手、中堅の指導者を島田氏以外にも何人か知っている。彼らは状況が改善されないことに焦燥感を抱いている。この状態が続けば、島田氏の後に続く人材も出てくるかもしれない。

東京ヴェルディ・バンバータには、島田氏の高知高校時代の教え子である左腕投手・榊原響が在籍している。22日の夜には、公式Youtubeで島田氏の入団記念トークライブが行われたが、その間、多くの高知高校野球部OBから祝福の声が寄せられた。

新型コロナ禍が明ければ、野球界の景色も大きく変わるはずだ。従来の枠組みにこだわらない、東京ヴェルディ・バンバータの存在感は、アフターコロナにはさらに大きくなるだろう。そんな中で島田氏の「冒険」の行方に注目したい。

<了>







[PROFILE]
島田達二(しまだ・たつじ)
1972年生まれ。高知県四万十市(旧中村市) 出身。1996年より高知高校野球部部長を務めた後、1998年から高知中学校野球部監督。2004年には高知高校野球部監督に就任し、2006年明治神宮野球大会 優勝、2013年全国選抜高等学校野球大会 ベスト4など数々の実績を残す。2013年、2015年、2015年には、侍ジャパンU-18のコーチも務めた。2020年、東京ヴェルディ・バンバータU-15カテゴリーを新設に当たり、アカデミー統括ヘッドコーチに就任。

[PROFILE]
熊本浩志(くまもと・ひろし)
1975年生まれ。宮崎県宮崎市出身。大学卒業後、家電大手『東芝』へ入社。2002年に退社後、『株式会社リアル・フリート』(現・『amadana株式会社』)を立ち上げる。現在は、デザイン家電ブランドamadanaグループのCEOとして辣腕を振るう一方、2008年に創部したアマチュア野球クラブ、東京バンバータ(現・東京ヴェルディ・バンバータ)では、代表兼監督を務める。2019年に「東京ヴェルディ」のリブランディングを実現させ、クリエイティブセンターのトップに就任。


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