DeNA佐野恵太、ラミレスが周到に進めた“4番・主将”抜擢の理由。“ポスト筒香”の稀代の才能
REAL SPORTS / 2020年8月3日 18時28分
横浜DeNAベイスターズの“4番・キャプテン”、メジャーリーグへ移籍した筒香嘉智の後を継いだのは、昨季までレギュラーではない男だった。3年で10本と、決してホームランも多くない。それでもアレックス・ラミレス監督が大抜擢(ばってき)を決断したのは、その類いまれなセンスにほれ込んだからだ。新たな時代の到来を感じさせる蒼き戦士、佐野恵太に刮目せよ――。
(文=石塚隆、写真=Getty Images)
昨季までレギュラーではない選手の異例の大抜擢。DeNAの新4番・キャプテン4番打者は一夜にしてならず――。その準備は昨シーズンから始まっていた。
「4番で初めてヒットを打ったな。おめでとう!」
聞いた瞬間、鳥肌が立った。2019年8月20日の阪神戦、佐野恵太は、筒香嘉智から掛けられた言葉を決して忘れない。
今シーズン、4年目の佐野は横浜DeNAベイスターズの新たな4番打者として、そしてキャプテンとしてチームを牽引(けんいん)している。
昨季までレギュラーではなかった選手の異例の大抜擢。その重圧によりシーズンが始まるまでは、どうなるかと思われていたが、ふたを開けてみれば佐野は、日々快音を響かせている。DeNAが誇る重量打線の4番打者として開幕から9試合連続安打を放ち、8月2日現在、50安打でリーグ最多を誇る安定感。またホームランに関してもともと多い方ではなかったが(昨季は5本)、7月22日のヤクルト戦で116打席目にして待望の1号が飛び出すと、3戦連続して本塁打を放っている。特に24日の広島戦では逆転サヨナラ満塁弾を打ち、ファンやチームメートから祝福を浴びた。アレックス・ラミレス監督は、大きな影響があったと、あの一撃を振り返る。
ラミレス監督がほれ込んだ、類いまれなセンス「しっかりとコンタクトができれば結果は出ると考えていた。難しい場面だったが、結果が出て彼にとってもチームにとってもよかった。キャプテンに指名をしたのも、こういう仕事ができると信じていたからこそ。少しずつですが彼の役割を果たしつつあるし、今日のホームランで、佐野自身のカラーがやっと出たと思うよ」
佐野はいわば“ラミレスチルドレン”だ。明治大学から入団した佐野ではあるが、2016年のドラフト会議で順位は9位という下位指名。大きな期待を背負っているわけではなく、ともすればライバルたちとの争いに埋もれてしまう可能性もあった。
だがラミレス監督の慧眼(けいがん)が、そのセンスを見いだすことになる。ルーキーイヤーのオープン戦で積極的に起用されると3割以上の打率を残し、開幕1軍の切符を手に入れた。
ラミレス監督がほれ込んだのは、その類いまれなセンスだった。
「選球眼が良く、スイングのスピードが速い。なによりもタイミングの取り方がチームの誰よりも素晴らしい」
以後、佐野は代打を中心に1年目は18試合、2年目は73試合、そして3年目となる昨季は89試合に出場した。
「すごい重圧でした」 4番で数字を残すプレッシャーもはや“信頼の4番”といった雰囲気を醸し出しつつある佐野だが、他の選手とは若干異なる出世街道を歩んでいる。なによりアピールポイントが一つしかないのだ。しかもそのチャンスは限られている。佐野はかつてこんなことを語っている。
「僕の場合、守備がうまいわけではないし、足が速いわけでもない。だから打つところからスタートできる代打という立場を利用して、上を目指すしかないんです。とにかく打ちまくってレギュラーを取るつもりです」
打撃+守備や足でアピールする選手は多くいるが、佐野の場合は打撃のみ、しかも代打でしか自分をアピールするすべがなかった。一打席の重さや大切さを身をもって痛感することになるが、佐野は昨季、代打率.344(得点圏.421)と結果を出し、アピールに成功した。
そしてラミレス監督は、昨年の8月の中旬、2番に入った筒香に代わり、佐野を4番に抜擢した。「すごい重圧でした」と佐野は振り返るが、11試合で打率.316という成績を残し、これもラミレス監督の起用に応えている。普通ならば委縮してしまう4番で数字を残すことが、どれほど大変なことか想像に難くない。冒頭の筒香の一言がどれほど佐野の心にしみたことか……。
「ただ試合を決められるヒットを打ったわけでもないし、まだまだ4番を打てるような力は自分にはなかったのかなって」
そう佐野は謙遜していたが、一方でラミレス監督は筒香がポスティングで翌年メジャーリーグへ移籍する可能性があると考え、準備を周到に進めていた。
昨季から周到に進められていた、“ポスト筒香”の座「本人には言っていませんでしたが、佐野を将来的に4番・キャプテンにすることはイメージしていました。彼を育てるためにレギュラーとして打席に立たせるという方法はあったのでしょうが、私は佐野を代打として、しかもチャンスに行かせることで、成長を促した面はあります。そのポテンシャルはあると思っていましたし、結果、彼は答えを出してくれました。チャンスでの代打は非常に難しい仕事ですし、メンタルが強くなければ務まりません。また彼の明るい性格も含め、それらの要因からキャプテンと4番を任せると決めることは難しいことではありませんでした」
キャプテンに関しては、奄美大島で行われた秋季キャンプにおいて“キャンプ・キャプテン”に任命されており、ある意味、伏線が張られていた。
そして昨年末、ラミレス監督から食事に呼び出され、キャプテンを拝命することになる。
「正直、ひょっとしたらという思いはありましたが、実際に監督からキャプテンと言われ驚きました。僕より実績のある方や長くプレーしている先輩方がいるなかでやらせてもらうのは恐縮なんですけど、監督からは『変わらなくていい』と言われていますし、特にやりにくさは感じていません」
筒香の後を継ぐ大変さは本人ばかりでなく、チームメートたちも理解している。宮﨑敏郎は「自分らしさを失わずやればいい」と語り、今永昇太は「投手陣まで目を行き届かすのは大変だから、僕たちがフォローする」と述べている。コロナ禍で開幕が延期された際には、選手たちのモチベーションを上げる映像を作ってほしいと球団に掛け合ったり、選手会長の石田健大と共に『心をひとつに』というスローガンを作り、選手はもちろんスタッフ、裏方、そしてファンに大同団結を呼び掛けた。
「恵太は恵太らしく」。名実ともに“4番・キャプテン”にふさわしい選手にまた今季、7月中旬に6連敗というチームにとって苦しい時期があったが、ベンチはもちろんバックヤードで声を出し、悪い雰囲気を排除していたのが佐野だったという。1学年上の先輩である柴田竜拓は、その様子を教えてくれた。
「恵太はキャプテンとして、こういう時期だからこそベイスターズらしく頑張ろうと声を掛けてくれて、それでまとまって戦うことができた感じはありますね。きっと僕たちにはわからない苦しさだったり、プレッシャーはあると思いますが、それを見せない強さが恵太にはあるんです。ゴウ(筒香)さんとよく比べられることがあると思いますが、恵太は恵太らしくやってくれていますよ」
キャンプのときに佐野がぽつりといった一言を思い出す。
「“キャプテン佐野”が独り歩きしないようにしないと……」
まだまだシーズン序盤ではあるが、バットでも十分に結果を出しており、名実ともに“4番・キャプテン”の称号にふさわしい選手になりつつある。巧みなバットコントロールと選球眼、カウントによって狙い球や打撃の質を変えることのできる臨機応変さ。“つなぎの4番”と呼ばれることがあるが、“勝負強い4番”と言った方がいいだろう。
「リーグ優勝や日本一を目指すなかで、僕個人としても中心選手として活躍したいですし、キャプテンとしてもチームが1年間、前を向いて戦えるようにしていきたい。自分にとって野球人生を左右するような時間になると思います。まあとにかくファンの方々も含め、皆で楽しめるようなシーズンにしたいですね」
チームの顔となった佐野には、ポジティブで明るい言葉がよく似合う。
<了>
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