迷走する広島の根本的問題は、目指すべき方向性が示されないことだ。佐々岡監督への提言
REAL SPORTS / 2020年8月19日 17時0分
広島カープが迷走している。シーズン前の下馬評は決して高くなかったとはいえ、ここまで苦労するとも考えにくかった。2年前までの3連覇チームの栄華も“今は昔”か、いやいやまだまだこれからなのか……。もがく広島の現状と、佐々岡真司監督への提言をつづる。
(文=小林雄二、写真=Getty Images)
“こんなはずじゃなかった”フラストレーションしかない戦いぶり特別なシーズンがスタートして、2カ月が経過した。セ・パ12球団、下馬評通りの戦いを繰り広げるチームもあれば、苦戦の続くチームもあるが、なかでも特別な迷走感を醸し出しているのが広島カープだ。
8月18日現在、チームは最下位。開幕当初はまずまずのスタートを切るも、不安定な救援陣で逆転負けを繰り返し、ごくまれに広島らしい集中攻撃で激勝するも勢いは続かず。6試合を数える延長戦での勝ちはゼロ(1敗5分)と接戦にも弱く(1点差では1勝7敗)、ファンにとってみれば“イライラする”戦いのオンパレードといっていい。
特に“こんなはずじゃなかった”的なフラストレーションを感じさせるのは、もともと不安要素のあった投手陣よりもむしろ、攻撃面にあるようにも思う。かつては勝機とみるや、一気呵成(かせい)に畳み掛ける攻撃を展開した打線は迫力を欠き、拙攻続きで残塁の山が当たり前。これが貧打線であればある種の納得もできるのだが、チーム打率はリーグトップの.270、出塁率.337もリーグトップ。215得点は同3位ながら、トップの巨人が220得点、2位のヤクルトが216得点だから、数字上はリーグトップクラスであることに違いはない。打線の柱である鈴木誠也をはじめ、西川龍馬、堂林翔太が打撃成績のトップ10に名を連ね、鈴木と西川、さらに松山竜平の得点圏打率は3割を優に超えている。規定打席には達していないものの長野久義も、売り出し中の坂倉将吾も3割を大きく超えるアベレージだ。これに加えて、菊池涼介、田中広輔の実績組がいるラインナップはリーグ屈指のはずなのだが、それらの数値が疑わしくなるくらいに、覇気がないのだ。
「勇気を与える1番打者」とは? 3連覇時との違い思い返せば、そもそもの違和感は開幕当初の「1番・ピレラ」から始まっているように思う。この起用に対して朝山東洋打撃コーチは「一番初めに打席に入る。みんなが見ているし、勇気をもたらしてくれる打者を」という理由を語っていたのだが、その「勇気」とはなにか。ピレラのスタイルからして、おそらく「迷いなく、強く振れる」といったことを朝山コーチは言いたかったのだろうが、結果的にこの起用ははまらなかった。
さてさて、ここでちょっと、時を戻させていただく。
春先にREAL SPORTSで筆者は「打のキーは1番・田中広輔の復活」だと書いたのだが、その理由の一つに田中の考え方があった。例えば、最初の打席は続く打線に少しでも先発投手の球筋を見せるために、なるべく多くの球数を投げさせるのが田中のスタイルだ。あるいは2アウトで打席が回ってきた場合、投手を少しでも休ませるために、これまた“待ち”の姿勢を貫くのも田中流だ。これを前提とした好球必打のスタイルは、打線に勇気を与えるにふさわしい……と考えていた。そしてそれがチームプレーではないかとも思うのだ。
加えて田中は出塁率も高い。ケガと不振に泣いた昨年はともかく、2016年は打率.265に対して出塁率は.367。2017年は打率.290で出塁率は.398(リーグ1位)。そして2018年は打率.262で出塁率は.362。8番を打つ今季は打率こそ低調な.225だが、出塁率は.357を誇っている(27四球は鈴木誠也に次ぐチーム2位)。ついでに2016年の田中は“被けん制球ランキング”で堂々の両リーグトップ(NHK番組調べ)を記録するなど、相手投手に揺さぶりをかけるすべもある。“相棒”の菊池涼介も体調が万全ではないものの、ここ数試合を見ると少しずつらしさを取り戻してきた感がある。なにより、3連覇をけん引し、それこそ打線に「勇気」とリズムを与えていたのは結局、この1・2番コンビだった。
日替わりの「2番問題」、“打ってくれれば”では解決しない翻って現状はどうか。
現在、1番を打っているのは西川だが、そもそも西川を3番から1番に配置転換したのは、ピレラが機能しなかったことと、西川も開幕当初はいまひとつ波に乗れなかったからだ。その西川もバットのほうはすっかり調子を取り戻してはいるものの、膝が万全ではなく機動力を使いにくい現状を考えると、元に戻して3番打者として一皮むけさせるのも一考ではないかと思うのだ。
「2番問題」もある。8月以降は菊池の不調もあって、佐々岡真司監督は堂林、羽月隆太郎、ピレラ、そして坂倉を配置。ここ最近こそ堂林は調子を著しく落としてはいるものの、8月頭はまだ好調そのものだったことから、2番には「打線の起爆剤となりえる選手を」と考えた佐々岡監督の思惑は見て取れる。だが、これらの起用も結局はほぼ日替わりで、“打ってくれれば打線にリズムと勢いが生まれる”ことを期待した、“吉か凶かは選手次第”の起用にすぎず、このところ顕著な得点力不足はむしろ拍車が掛かっているような状態だ。例えば初回の無死一塁で“打ってくれれば”ではなく、つなぎの打撃を期待するのであれば、右打ちの意識も技術も高い長野を2番に据える手もあるとは思うのだが……。
黄金時代を支えた、失われつつある2人のコーチの“イズム”この、打線がつながってくれさえすれば勝てるというふうに見えてしまうベンチワークは、前任の緒方孝市監督時代にもいえたこと。それでも打って、勝てたのは2017年シーズンまで打撃コーチを務めた石井琢朗(現巨人コーチ)の存在があったからこそ。当時、石井コーチは“意義ある凡打”“意義ある選四球”を推奨。打者の考え方を変え、積極性と勇気を打線に注入して強力打線をつくり上げた。その石井イズムが昨年あたりから薄れてきているような印象は否めない。例えば今季は、好機における“初球の甘い球”を見逃すシーンが目立つのも、その一つの表れではないか。これでは士気も上がらない。
肝心の機動力野球も、すっかり息を潜めてしまった。チーム盗塁数21はリーグ4位。チームトップは堂林の7個ではいかにも物足りない。走れる選手がいるのに……だ。
打撃面で石井イズムが浸透していたように、「走り」と「守り」に関しては、これも前任の河田雄祐守備走塁コーチ(現ヤクルト)の存在もまた、チームの活力に大きな影響を与えていた。同コーチは多少のリスクを冒してでも次の塁を狙う走塁と攻撃的な守備を提唱し、それを選手に求めた。そこに生じるミスはOKというスタンスだ。この河田イズムがチームの走力に活力と躍動感をもたらしていたのだが、現状はどうか。がむしゃらなまでに本塁を目指した積極的な走塁は影を潜め、むしろ消極的に映り、明らかな走塁ミスも増えた。ついでに内野守備の凡ミスも、同じく「増」だ。
守備について、河田コーチのスタンスをよく表しているこんな話がある。
時は2017年5月17日、地元でのDeNA戦でのこと。同点で迎えた9回表1死一、二塁の場面でDeNA・宮﨑敏郎の放った右翼前方への打球を、鈴木が後逸(記録は2点適時打)した。このプレーについて試合後、河田コーチは「俺はああいう教え方をしている。“捕れると思ったら突っ込め”と。打球の切れ方とかは誠也もまだ若いし、これから成長してくれればいい。絶対に(後ろに)そらしちゃいけないとか、いろんな意見の人がいると思う。チームにとっては痛いけど、誰がなんと言おうと俺は(方針を)曲げない。捕れれば投手も救える。これからも反応よく突っ込ませて、捕れるボールを捕れるように指導していきます」と。
こういったスタンスがチームの方向性、選手の姿勢をつくり上げたのではないか。
少し話をそらす。
かつて広島の第1次黄金時代の切り込み隊長を務めた高橋慶彦氏へのインタビューで、氏はこんな話を聞かせてくれた。当時コーチを務めていた故・寺岡孝氏の指導について「寺岡さんは塁に出たら、アウトになってもいからとにかく『走れ!』。僕はいっぱい失敗したけど、実際に怒られたことなんか一回もないからね。面白いのは“失敗は成功の母”みたいに考える人が僕の周りにいたということよね」
その方針の裏には、当時の古葉竹識監督の思惑もあったという。
「監督は僕を1番バッターとして育てたかった。それを寺岡さんに伝えてたわけよ。だけどその分、監督には『ベンチにいても野球しなさい』って言われたし、教え込まれた。“こういう状況はこうだろ?”って。例えば無死二塁でランナーが僕。打席はヤマ(山崎隆造)、次打者の誰々の調子はいいから僕が三塁に来れば、次のバッターで点入る確率上がるな……っていうことでヤマはセーフティーかましてくるわけ。これ、ランナーも打者も同じ考え方持っているから、サインじゃなくてもできるんよ。だから面白い(笑)。それが古葉野球よ」
「一体感」をつくるにはなにが必要なのか、示し直すべき時今のチームにはそういった部分が、どうも見えてこないのだ。
佐々岡監督はスタイルとしては「守りの野球」を標榜(ひょうぼう)するが、前述したように守備の凡ミスは年々増えているような印象しか受けない(32失策はリーグ5位。ちなみに1位の巨人は12失策)。「1点を守りきる」のであれば、その前に「1点をもぎ取る」すべを攻撃陣に植え付け、その能力も備えていなければいけないはずだが、それもない。
佐々岡監督にお願いしたい。
現状を踏まえたうえで、目指すべき方向性はどこにあるのか。そして、チームに勇気と勢いを与えるプレーとはなんなのか。そもそも、監督の掲げた「一体感」とはどういうことなのか。そして「一体感」をつくるにはなにが必要なのか。それをいま一度、示し直してほしい。それよりほかには、ないのではないか。
坂倉や羽月、大盛穂といった可能性を感じさせる若手も出てきているうえに、まだシーズンは半分以上も残しているわけだから、このあたりで現状をしっかりと受け入れたうえで、腰を据えて、形を描き直してもいいのでは、と思うのだ。そしてそれを首脳陣と選手全員で共有することが、佐々岡監督の掲げるチームの一体感につながってくるのではないだろうか。
勝たなくていい……などと言うファンはいないだろう。だがしかし、方向性も、選手の一体感も見えないままに低空飛行を続けるくらいであるならば、明確な方向性を示したうえでのトライ&エラーを繰り返すほうが、未来はあると考える。3連覇の最前線にいた多くの選手がくすぶっているような野球で、歯がゆい現状を打ち破れるとは思えない。
<了>
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