なぜ「松坂世代」は特別なのか? 名球会入りゼロも、愛され続ける理由
REAL SPORTS / 2020年9月30日 11時54分
松坂世代――。実に94人ものプロ野球選手を輩出してきたこの世代は、甲子園、プロ野球の舞台でファンを熱狂させ、日本球界をけん引してきた。だが40歳となる今季、現役を続けているのは、わずかに5人だけ。うち、藤川球児(阪神)、渡辺直人(楽天)は、今季限りでユニフォームを脱ぐことが決まっている。
数多くの名選手を生み出しながら、意外にもこれまでに名球会入りした選手はゼロ。それでもファンにとって、松坂世代は“特別”な存在だ。なぜ松坂世代は、これほどまで愛され続けるのだろうか――?
(文=花田雪、写真=Getty Images)
1998年の高校野球で「無敗伝説」をつくった怪物・松坂大輔「1983年1月生まれなので、松坂世代の2学年下ですね」
自身の年齢を聞かれた時、何度この言葉を使っただろう。
仕事でもプライベートでも、「野球好き」の人と年齢の話をする時、もっとも分かりやすい共通の時間軸が、「松坂世代」だ。
今年、藤川球児(阪神)と渡辺直人(楽天)の2人が今季限りでの現役引退を発表。その報道にもやはり「松坂世代」の文字が目立った。
1980年度生まれの彼らも今年で40歳。
当たり前の話だが、プロ野球でプレーを続ける選手は年々減っている。
2020年現在、NPBに選手として所属する「松坂世代」は藤川、渡辺と、張本人の松坂大輔(西武)、久保裕也(楽天)、和田毅(ソフトバンク)の5人だけ。2021年はこの人数が、多くても3人になることがすでに決まっている。
1998年、春夏の甲子園、国体を制覇し、「公式戦無敗」の伝説をつくった松坂大輔は、プロ入り後も1年目からいきなり最多勝を獲得するなど、伝説の続きを紡ぎ続けてきた。
その後も続々と同級生たちが頭角を現し、いつしか彼らを総称した「松坂世代」という言葉が生まれた。
彼らのプロでの活躍は、あらためて振り返る必要もないだろう。
ただ、プロ野球界には松坂世代以外にも、同世代に多くの一流選手を擁する「○○世代」は意外と多い。
下の学年にも名選手をそろえた世代は数知れず。それでも松坂世代は特別例えば松坂世代の1学年下にあたる「1981年度生まれ」には、すでに名球界入りを果たしている青木宣親(ヤクルト)、鳥谷敬(ロッテ)の他に、岩隈久志(巨人)、糸井嘉男(阪神)、川﨑宗則(栃木ゴールデンブレーブス<ルートインBCリーグ>)、田中賢介(引退)らがいる。
また、田中将大(ヤンキース)、前田健太(ツインズ)、秋山翔吾(レッズ)、坂本勇人(巨人)、柳田悠岐(ソフトバンク)、大野雄大(中日)、宮﨑敏郎(DeNA)、石川歩(ロッテ)ら現在、メジャーリーグ、プロ野球で中心選手として活躍する1988年度生まれの彼らは、甲子園を沸かせた斎藤佑樹(日本ハム)と同学年であることから「ハンカチ世代」と呼ばれていた時期もある。
「ハンカチ世代」の1学年下には、中田翔(日本ハム)、菅野智之(巨人)、丸佳浩(巨人)、菊池涼介(広島)、中村晃(ソフトバンク)、鈴木大地(楽天)、井上晴哉(ロッテ)といった各球団の「顔」がズラリと並ぶ。
また、もう少し若い世代でいうと1994年度生まれに大谷翔平(エンゼルス)、鈴木誠也(広島)、藤浪晋太郎(阪神)、大山悠輔(阪神)、近本光司(阪神)、京田陽太(中日)、田中和基(楽天)ら、すでに主力を張る選手、これからチームをけん引していく選手たちもいる。
野球に限らず、スポーツ界にはこのように特定の世代に優秀な選手が集中するケースが多々ある。ここで名前を挙げた面々は、実績、知名度を考えても決して「松坂世代」に引けを取らない。
ただそれでも、「プロ野球で○○世代といえば?」と言われたら、おそらくほぼ全員が「松坂世代」と答えるだろう。
それは、なぜか――。
高校時代のライバルたちが、プロの世界でもしのぎを削るあらためて松坂世代のこれまでを振り返ってみて感じるのは、世代を彩った豪華な面々だけでなく、その「ストーリー」の魅力だ。
物語の主人公はもちろん、松坂大輔。ドラフト1位でプロ入りし、高卒入団から3年連続最多勝。わずか数年で、甲子園のスターからプロ野球界のスターへと変貌を遂げた。
ただ、物語を盛り上げるためには、主人公に匹敵する「ライバル」が必要だ。
プロ入り以降の松坂は当初、イチロー(当時オリックス)や黒木知宏(当時ロッテ)といった「先輩プロ野球選手」としのぎを削っていた。
しかし、イチローは2000年を最後に海を渡り、黒木は2001年前半戦で肩を痛め、2年半もの間、1軍の舞台から姿を消すことになる。
そこに現れたのが、高校時代に戦ったライバルたちだ。1998年夏、2回戦で松坂擁する横浜と対戦した鹿児島実のエース・杉内俊哉が三菱重工長崎を経て2002年にプロ入り(ダイエー)。2年目の2003年には10勝を挙げると、以降は2018年の引退までプロ通算142勝を積み重ねた。
さらに杉内の入団翌年には、「大卒の松坂世代」が一挙にプロ入りを果たす。
高校時代、松坂と共に「高校生史上初の150キロ」を記録した新垣渚(ダイエー入団)や、センバツ3回戦で投げ合った東福岡の村田修一(横浜入団)、甲子園では松坂との直接対決こそなかったが、早稲田大で江川卓の持つ東京六大学リーグ奪三振記録を塗り替えた和田毅(ダイエー入団)らが、4年遅れで松坂と同じプロの舞台に立った。
彼らは皆、1年目から結果を残し、松坂と共にプロ野球界をけん引していくことになる。
まるで漫画の世界のような“ストーリー”が続く…見る者を魅了する「松坂世代のストーリー」はまだまだ続く。
2005年、松坂がプロ入り7年目にして6度目の2桁勝利を記録したこのシーズン、同期入団の藤川が「火の玉ストレート」を武器に大ブレイク。同じく「松坂世代」の久保田智之にジェフ・ウィリアムスを加えたJFKトリオで、チームをセ・リーグ優勝へと導いた。
また、同年には松坂とセンバツ決勝で投げ合った久保康友が、「松坂世代最後の大物」として自由獲得枠でロッテに入団。いきなり10勝を挙げ、新人王も獲得している。
その後、松坂は2006年を最後に海を渡るが、5年後の2012年には和田、翌2013年には藤川も、後を追うようにメジャーへと移籍を果たしている。
高校時代から世代をけん引し続けてきた松坂に、次々と現れる同級生のライバルたち。
その出来過ぎのストーリーは、まるで『ドカベン プロ野球編』のようだ。
野球漫画界の巨匠・水島新司先生が描いた『ドカベン プロ野球編』では、『ドカベン』『大甲子園』の主人公・山田太郎が西武ライオンズに入団し、チームメートや当時のライバルとプロの舞台で再び相まみえる。
「松坂世代」も、そうだ。
毎年のように強力な「松坂世代」が現れ、プロの舞台でしのぎを削る。
主人公だけが突出した野球漫画が面白くないように、松坂世代もまた、個性あふれる選手たちがそれぞれのストーリーを紡いだからこそ、20年たった今でもプロ野球ファンに愛され続けている。
いつかは最終回を迎える。その結末をしっかりと見届けたいただ、『ドカベン プロ野球編』が『スーパースターズ編』『ドリームトーナメント編』を経て2018年で完結したように、物語には必ず終わりがくる。
「松坂世代のストーリー」も、そろそろ最終回が近づいてきているのは間違いない。
1998年に始まった超大作が大団円で終わるのか、予期せぬ最終回を迎えるのか――。
おそらく誰にも分からないだろう。
ただ、その物語を高校時代から、リアルタイムで見続けてきた身としては、どんな結末であろうが、最後までしっかりと見届けたいと強く思う。
<了>
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