卓球強豪国・中国選手の強さの理由とは? 「ダブルみゆう」長﨑・木原の指導者が語る日中の差
REAL SPORTS / 2020年10月9日 12時0分
石川佳純を指導して日本チャンピオンに育て上げ、JOCエリートアカデミーに移ってからは平野美宇を世界トップレベルに覚醒させた名指導者・中澤鋭。その後は長﨑美柚、木原美悠らを指導し、2人が組んだ「ダブルみゆう」ペアは2019年のITTFワールドツアーグランドファイナルで女子ダブルス優勝。共に10代の若き2人の初出場優勝の快挙に世界中が驚いた。中国から日本に渡って以来、指導した選手を次々と世界の舞台に送り出す中澤が見据える、現在の教え子・長﨑美柚と木原美悠について、そして中国トップ選手の強さの理由とは?
(インタビュー・構成=田端到、写真=国際卓球連盟[ITTF])
「スマイリング・アサシン」誕生秘話中国で卓球選手として活躍した後、コーチとして来日した中澤鋭。中学・高校時代の石川佳純を指導して日本チャンピオンに育て上げ、JOCエリートアカデミーに移ってからは平野美宇を世界トップレベルに覚醒させた。
そして現在指導しているのが長﨑美柚、木原美悠ら。この2人は「ダブルみゆう」としてダブルスを組み、昨年のITTFワールドツアーグランドファイナル(ワールドツアーの年間成績が上位の選手しか出場できない大会)で優勝。試合中も笑顔を絶やさず、ニコニコしながらプレーする姿は海外メディアでも話題になり、「スマイリング・アサシン(笑顔の殺し屋)」と恐れられた。
──現在はJOCエリートアカデミーの女子監督として、長﨑美柚選手や木原美悠選手を指導していますね。2019年のグランドファイナルの女子ダブルス準決勝。中国ペアを相手に敗色濃厚の第4ゲーム、リードされた場面で中澤さんがタイムアウトを取り、何か作戦を授けたのち試合の流れが変わり、大逆転勝ちしました。あのときはどんなアドバイスをしたんですか。
中澤:2人のダブルスは、長﨑が攻撃メインで、木原がコースをうまく突くという役割でやってきた。でも、この日は長﨑の調子がよくなかったので、タイムアウトを取って2人の役割を逆にしました。長﨑は安定して入れることに専念して、木原が思い切って攻めるように指導した。どっちも苦手分野だと思いますが、これが成功しました。
──そして決勝戦は完勝して優勝。長﨑選手は2019年の世界ジュニア(卓球選手権大会)のシングルスチャンピオンにもなりましたが、選手としての良さはどんなところでしょうか。
中澤:攻撃力ですね。女子の中では抜群で、中国選手を含めても長﨑以上の攻撃力はいないんじゃないかと思います。
──それはパワーとか、力があるということですか。
中澤:力より、彼女はしなりが優れている。腕のしなりがあるから、球質が高いのです。
──木原選手の良さはどんなところでしょう。
中澤:木原はいろんな種類のサーブができる。それから柔軟性があり、守備力が高い。試合の変化に対応できる選手です。
──攻撃力があって左利きの長﨑選手と、守備力と柔軟性があって右利きの木原選手。2人は寮の同じ部屋で生活してコンビネーションも良く、最高のペアですね。10代の女子選手を指導するのに苦労することや、最近の若い世代の特徴はありますか。
中澤:思春期ですから、一番大変かなと思います。でも、みんな努力家です。反抗期があったり、指導を受け入れたり受け入れなかったり、もちろんあります。そこに上から目線で、ああだこうだ言っても効果はない。理解させるために指導法を変えたり、同じ目線で話したり、練習をやらせるのではなく、内発的な動機づけを身につけさせて練習するように工夫しました。中国で合宿中に木原の誕生日だったことがあり、一緒に食事したり、そういうコミュニケーションも取っています。
──9月14日の(2020 JAPAN オールスター)ドリームマッチ、長﨑選手があまりいいところがなく、試合後に涙を浮かべる顔がテレビに映っていました。あの試合は何があったんでしょうか。
中澤:あの試合は1ゲームマッチだったので、合わなかった。相手の出澤杏佳は異質の選手(ラケットのフォア側とバック側で違うラバーを貼った変則型のプレーヤー)なので、ボールの変化に慣れるまで時間がかかります。異質選手には普段も1ゲーム目を取られることが多い。あの1ゲーム勝負の敗戦は仕方がない。ただ、ああいうふうにいいプレーが出ないときにどうやって工夫するか、どうパフォーマンスを上げていくか。長﨑はそれを自分で調整できるようになれば強くなれる。
孫穎莎は「一番新しい世代の卓球」2021年の東京五輪。伊藤美誠、石川佳純、平野美宇の3選手で挑む日本にとって、堅固な壁となるのは卓球帝国・中国だ。中澤は中国・河北省の出身で、現在の中国卓球を指導するコーチ陣に知り合いも多いという。
──中国の中心選手、何人かの特徴を教えてください。まず劉詩雯(リウ・シウェン)選手。抜群の速さとフットワークで知られています。
中澤:速さもそうですけど、劉詩雯は総合的な能力が高い。世界(卓球)選手権もオリンピックも金メダルを取って、経験値も高い。前陣の両ハンドに隙がないですね。
──孫穎莎(スン・インシャ)選手。伊藤選手や平野選手と同じ2000年生まれで、今や実力は世界ナンバーワンという声も多い選手です。
中澤:一番新しい世代の卓球です。中国でも新しいスタイル。サーブから3球目、5球目で鋭く攻める。ラリー戦も強い。要注意です。
──陳夢(チェン・モン)選手。現在の世界ランク1位。伊藤選手が唯一、勝ったことのない相手でもあります。
中澤:陳夢も孫穎莎とプレースタイルが似ています。
──陳夢選手が強くなったのは、何かが変わったからでしょうか。
中澤:やっぱりサーブから3球目、5球目で鋭く攻めるところが、すごく変化したと思う。この得点確率が高い。彼女のコーチになった馬琳(マ・リン)さん(2008年北京五輪・男子シングルス金メダリスト)もそういうプレースタイルの精度が高いので、それを教えていると思う。
──これらのトップ選手と試合をするときはどんな対策をするんですか。
中澤:中国のトップ選手は王道の卓球です。みんな強いので、相手の弱点を探るより、自分の特徴を出したほうが勝つという指導をします。
──相手によって変えるのではなく、こちらの長所を出す、と。
中澤:はい。日本人選手はそれぞれ特徴を持っているので、選手がその特徴を伸ばしていけば勝利をつかめる。
──よく「中国のトップ選手は9点より先を取らせてくれない」と言われます。日本選手も9点までは取れるんだけど、10点、11点目が取れない。これは戦術的な理由なのか、それとも精神面の強さによるものなのでしょうか。
中澤:それは戦術面です。精神面ではない。戦術と技術です。
──とっておきの得点パターンを残しておいて、最後の競った場面に使うとか、そういうことですか。
中澤:得点パターンの熟練精度です。ナインオール(9対9)になると、普通は勝ちたい気持ちが強くなって、多少ぶれたりするけど、中国選手はいつものプレーを変わらずにできる。こういうサーブを出したら、こう来るからこっちへ持っていく。そういう得点の流れを、目を閉じてもできるような技術の精度がある。
──中国流の秘伝のメンタルトレーニングがあって、精神的に強いというような話ではないんですね。
中澤:違います。もちろんメンタルの強さもあるでしょうけど、それは技術の上に立つものです。すべてを「メンタルの強さでやられた、負けた」で片付けたら、話が終わってしまう。それより大事なのは技術や戦術の精度です。
──では、最後に。東京五輪で日本が中国以外に警戒すべき相手はいますか。団体戦で強敵になりそうな国は。
中澤:女子は、いません。
──中国以外に、日本が対戦して危ない相手はいない?
中澤:はい、いないです。
<了>
前編はこちら⇒
PROFILE
中澤鋭(なかざわ・るい)
1979年生まれ、中国河北省出身。卓球選手として活躍した後、2002年に来日。四天王寺中学・高校で石川佳純を指導し、その後はミキハウスのコーチに。2008年に日本国籍を取得。2015年からJOCエリートアカデミーのコーチとして平野美宇を担当し、飛躍させた。2017年から女子監督になり、長﨑美柚、木原美悠らを指導している。
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