「下位指名なら入団拒否」への批判は真っ当か? 知られざる“ドラフト順位格差”の現実
REAL SPORTS / 2020年10月23日 13時2分
10月26日、いよいよ今年もプロ野球ドラフト会議が行われる。プロを夢見る者にとっては、まさに“運命の一日”。だが過去には“下位”であることを理由に入団を拒否し、「指名されたのに入団しないなんて生意気だ」「順位は関係ない、プロに入ってから勝負すればいい」「そんな気持ちじゃどうせ大成しない」といったバッシングが起こったこともある。こうした批判の声は、果たしてまっとうだといえるのだろうか? プロ野球の世界には、思っている以上に“ドラフト順位格差”が存在するのだ――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
毎年1割の選手が戦力外通告を受ける厳しいプロ野球の世界プロ野球は、厳しい「実力社会」だ。
今年も10月26日にはプロ野球ドラフト会議が行われ、多くの選手がプロの門をたたく。
ドラフトでは毎年、育成選手も含めて100人程度が指名を受けるが、同じくらいの選手が毎年、クビを切られているとも言い換えることができる。
ちなみに昨年、2019年のドラフトでは育成も含めて107人の選手が指名されているが、同時に102人が戦力外通告を受けている(※育成での再契約選手や他球団への移籍選手も含む)。
NPB12球団に所属する選手の数は、2020年10月20日現在で932人(育成契約を含む)。今年も例年と同じ程度の新入団、戦力外があると仮定すると、実に9人に1人がユニフォームを脱ぐ計算になる。
これが毎年行われるのが、プロ野球という世界だ。
そして、「誰がクビを切られるか」の判断基準は「実力」に他ならない。
チームの戦力になる選手は10年、20年とユニフォームを着続けられる一方で、「実力がない」と判断された選手が数年で戦力外を告げられることは、プロの世界では珍しくない。待遇も、得られる報酬も、実力と実績による「格差」が間違いなくある。
これからプロの世界に飛び込むであろう多くのドラフト候補選手は、来年以降、そんな世界に身を置くことになる。
しかし、プロにおける「格差」は、何もプロ入り後の成績と実力だけで決められるものではない。
すべての新人選手が最初にぶち当たる「プロ野球における格差」。それが、ドラフト順位だ。
2016年のドラフトで日本ハムの指名を拒否した履正社・山口裕次郎よく、「プロに入ればドラフト1位も最下位も同じ。実力があるものは上に行く」という言葉も耳にするが、それは半分正解、半分不正解だと思う。
そもそも、1位で入団するような選手はアマチュアで抜群の実績を積み、鳴り物入りでプロに入団してくる。一方の下位指名選手は、もちろん「プロ入り」の基準をクリアしてはいるものの、上位指名選手ほどの実力や実績を持たないことがほとんどだ。
だからこそ、同じ新人選手でも契約金や年俸にも差が生まれる。
実は「ドラフト候補」と呼ばれる選手の中には、そういった現実を加味して、「指名順位」にこだわる選手も少なくない。過去には実際に「ドラフト候補」といわれ、各球団から獲得の意思表示があった選手でも、「下位で指名したい」という話を聞いてプロ志望届を出さずに大学や社会人に進んだ選手が大勢いる。
また、プロ志望届自体は提出しても、「●位以下なら入団しない」と、指名順位に条件をつける選手もいる。このケースが生んだ事件が、2016年に起きている。
巻き起こった激しいバッシングは“まっとう”か?この年のドラフトで日本ハムから6位指名を受けた山口裕次郎(履正社高、現JR東日本)が、日本ハムへの入団を拒否して社会人に進んだのだ。
山口はドラフト前、調査書が届いた球団に対して「4位以下の指名ならJR東日本に進む」と通達。しかし、日本ハムは山口を翻意できると踏んだのか、希望順位以下の6位で強行指名。結果的に「日本ハムへの入団拒否」という騒ぎに発展した。
この件で山口は激しいバッシングにさらされ、履正社にも抗議の電話が殺到する事態となってしまった。
その多くが「指名されたのに入団しないとは生意気だ」「プロに入れば順位など関係ないんだからわがままを言うな」「下位なら入団しないなんて気持ちじゃ、どちらにしても大成しない」といった、心無い声だった。
プロのOBの中にも「社会人経由でプロ入りできる保証もないんだから、指名されたら入団するべき」というコメントをする者もいた。
ただ、本当にそうだろうか。
ドラフト1位なら積極的に起用する。指名順位というバイアス先に書いたように、プロ入りする選手にはその時点でアマチュア時代の実績や「ドラフト順位」という格差が存在する。
NPBの支配下登録選手枠は70人。
そのうち、1軍登録枠は29人、試合に出場できるベンチ入りは25人と制限されている。(※ただし2020シーズンに関しては特別ルールとして、1軍登録枠は31人、ベンチ入りは26人と拡大している)
つまり、それ以外の最大41人+育成選手は2軍(もしくは3軍)に籍を置くことになる。
ご存じのとおり、野球の試合に出場できるのは一度に9人まで。2軍、3軍では41人+αが9人しかいない「試合出場」を争うことになる。
当然、実力のある選手が試合に出場できるわけだが、そこで「指名順位」のバイアスは間違いなくかかってくる。
まずは、与えられるチャンスの数が違う。例えば1位指名選手の場合、当たり前のことだがチーム内ではその年の新人選手の中で「1番の評価」を受けて入団している。当然、指導者も積極的に起用することになる。将来の主軸候補であれば、多少の実力差には目をつむって、「2軍で我慢して起用する」ことも少なくない。
下位指名でも少ないチャンスをつかんでブレイクする選手もいるが…一方で下位指名選手にはそんな「特別扱い」はほとんどない。彼らにとってチャンスは与えられるのではなく、つかむものだ。もちろん、そんな少ないチャンスをつかんで1軍の主力にまで上り詰めた選手も大勢いる。例えば、今季大ブレイクを果たした巨人の2年目右腕・戸郷翔征がそうだ。
昨年、彼がまだ2軍でプレーしている時期にインタビューする機会があったが、こんなことを話してくれた。
「僕はドラフト6位入団なので、そこまでチャンスを与えてもらえる立場ではない。だからこそ、少ない機会でしっかりと結果を残さないといけないし、そのための準備はしています」
戸郷自身、「下位指名でチャンスは少ない」ということを自覚した上で、そのチャンスをつかむという強い意志を持っていた。
実際にその後、「勝てば優勝」という大一番で1軍初登板・初先発。勢いそのままに日本シリーズにも出場するなど、「少ないチャンス」でしっかりと結果を残し、今季の飛躍へとつなげている。
戸郷の例からもわかるように、下位指名だからといってチャンスがもらえないわけではない。ただ、「少ない」のは事実だ。戸郷はそれをつかみ取ることができたが、そのチャンスをつかめず、結果的に2軍でくすぶったまま現役を引退する選手も大勢いる。
3年で戦力外となった選手を比較すると…また、「出場機会」だけでなく、選手としての「寿命」にもドラフト順位は大きく影響してくるといっていい。
以下は昨年戦力外通告を受けた選手の中で、プロ入り3年目以内だった選手と、入団時のドラフト順位を示したものだ。
=======================================
[西武]
廖任磊(3年目/ドラフト7位)
[楽天]
池田隆英(3年目/ドラフト2位) ※育成再契約
鶴田圭祐(3年目/ドラフト6位)
野元浩輝(3年目/ドラフト7位)
耀飛(2年目/ドラフト5位) ※育成再契約
西巻賢二(2年目/ドラフト6位) ※ロッテに入団
井手亮太郎(2年目/育成ドラフト1位)
[ロッテ]
島孝明(3年目/ドラフト3位)
[日本ハム]
森山恵佑(3年目/ドラフト4位)
高山優希(3年目/ドラフト5位) ※育成再契約
[オリックス]
黒木優太(3年目/ドラフト2位) ※育成再契約
岡﨑大輔(3年目/ドラフト3位) ※育成再契約
山﨑颯一郎(3年目/ドラフト6位) ※育成再契約
[巨人]
坂本工宜(3年目/育成ドラフト4位)
[DeNA]
水野滉也(3年目/ドラフト2位)
大河(3年目/ドラフト3位)
狩野行寿(3年目/ドラフト7位)
寺田光輝(2年目/ドラフト6位)
[広島]
長井良太(3年目/ドラフト6位)
岡林飛翔(2年目/育成ドラフト1位)
[ヤクルト]
沼田拓巳(2年目/ドラフト8位)
=======================================
「3年で戦力外」というのは、プロの中でもかなり早く見切られたといっていい。顔ぶれを見ると、やはり下位指名選手が多いことがわかるだろう。
1位指名は一人もおらず、2位指名も楽天の池田とDeNAの水野だけ。池田は育成で再契約しているし、水野の場合は故障で2年目からの2年間、公式戦で登板できていなかったことが大きな要因だ。
もちろん、他の下位指名選手も退団の理由のほとんどが「故障がらみ」ではある。
一般社会でも同じ。何を条件にどんな選択をするかは自由ただ、そういった場合、例えばドラフト1位選手の場合は球団が「待ってくれる」ことが多い。手術、リハビリで長期離脱しても「待ってくれる」し、なかなか結果が出なくても「待ってくれる」わけだ。
ただ、それにも当然理由がある。素質を高く評価されている上位指名選手は、球団にとっても「待つ価値」がある。加えて、1年目から年俸1000~1600万円、契約金1億円が相場のドラフト1位選手を数年で戦力外にしてしまうのは、経営的にも理にかなっていない。
評価も、投資額も大きい分、ドラフト上位選手は下位選手よりも「猶予」が与えられるケースが多い。
そう考えると、「下位指名ならプロには行かない」と考える選手や、日本ハムの指名を拒否した山口の思いは至極当然のものに思える。
一般のビジネスパーソンも、就職活動で憧れの会社から契約社員やアルバイトといった非正規雇用での入社を打診されれば、迷う人も多いのではないだろうか。確かに入社してから結果を残せば正社員になれる可能性もあるし、夢を追ってその会社への入社を選択する人もいるだろう。だが生活の安定を求めて、正社員で雇用してくれる会社を選ぶこともまた、決して間違った選択ではない。
彼らを批判する理由など、どこにもないのだ。
ちなみに山口はJR東日本に進んだ後、ドラフト解禁年となった昨季は指名されていない。今年のドラフトの結果はまだわからないが、そもそも「プロに行けるかどうか」だけが成功の基準ではない。
もちろん、下位指名を奮起の材料にしてプロの舞台で大きく成長する選手もいる。ただ、だからといって「指名順位にこだわる」ことは悪ではないし、選手には選択の自由がある。
ただ一つ、周囲やファンが考えている以上に「ドラフト順位」はその後のプロ生活に大きな影響を与えることだけは、伝えておきたい。
<了>
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