阪神・藤川球児“最後の挑戦”が始まる。別れのその日まで、魂の投球を目に焼き付けよ
REAL SPORTS / 2020年10月24日 12時0分
この男がマウンドに立てば、勝敗は決したも同然だった。強烈リリーバーの一角として2005年にリーグ優勝、歴代4位の通算243セーブ、唯一無二のストレートで築いた三振の山。22年間のプロ野球人生を振り返れば、数え切れないほどの思い出がよみがえる。タテジマのユニフォームに別れを告げるその瞬間まで、残された時間は決して長くはない。だからこそマウンドで伝えたい想いがある。阪神タイガースの22番、藤川球児は、ファンとともに最後の道を歩む――。
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
藤川球児が最後に見せる、渾身の一球、一球を目に焼き付けて……今まで手をつける暇も、余裕もなかった。それは走り抜けてきた時間と積み重ねた偉業の数だけ分厚い。ボロボロでもずっしりと重い“アルバム”をようやく自らの手で開き始めたのかもしれない。
阪神タイガース・藤川球児の「最後の挑戦」が始まった。
10月20日の広島戦。5回終了時のグラウンド整備が終わった一瞬の静寂を切り裂くように、おなじみの登場曲をバックに背番号22がマウンドへ上がった。8月31日に今季限りでの現役引退を表明してから初の1軍マウンド。喜び、悲しみ、感動、興奮……表現しうるすべての感情が渦巻いているようだった。
投じた12球のうち11球がストレート。最速は147キロで数字上では「火の玉」と称された全盛期のスピードはなくても、スタンドやテレビから見守った数え切れないファンが自らの胸に刻まれた“球児の記憶”を呼び起こすように渾身の一球、一球に視線を送った。
「結果はもちろん良いに越したことはないですけど、今、現状でできる精いっぱいを。今日見に来られたお客さんであったり、テレビとかラジオを聞いている人たちに最後まで頑張る姿というか。何とか感じてもらえたらなと思っています」
過去を振り返る余裕なんてなかった。一瞬、一瞬をかみしめたい
右上肢のコンディション不良を理由に8月中旬に登録抹消となって以降、懸命に調整を続けてきた。ファームでも実戦登板は1度だけ。本来ならば手術しなければいけない状態だという。それでも、キャリアの終点を決めた今、時間は有限。カウントダウンは打ち鳴らされた。11月10日の巨人戦で引退セレモニーが行われることも決まり、その約1カ月前に1軍へ帰ってきた。昇格した10月15日は、敵地での中日戦。今季最後のナゴヤドームだった。練習後、広報に託した言葉はある意味、新鮮だった。
「もちろん残りの一試合、一試合でファンの人たちに(投げる姿を)見せたいものもありますけれど、自分自身が一つひとつのこの球場での光景というのをこれが最後になるのでかみしめたいという思いはあります」
マウンドでは、チームの勝利のため一つでも多くのアウトを奪うことに徹する一方、これまで口にすることのなかった個人的な「感慨」の部分に触れた。セットアッパー、クローザーと白星を決定付けるポジションで、文字通り、身を削って腕を振ってきた。極端にいえば、毎日出番がやってくる仕事。後ろを振り返っては務まらない……そんな選択肢すらなかった日々。だからこそ、今は駆け抜けてきた過去を思い返すことが許された最初で最後の時間なのかもしれない。
「今までは目の前の試合に立ち向かってきて、目の前のことで必死だったから、試合中に“昔こんなこともあったな”とか考える余裕もなかったけど、“今日で名古屋最後だな”とかそういう感情は自然と浮かんでくる」
ナゴヤドームで登板機会はなかったが、試合後には幾度も対戦を重ねてしのぎを削ってきた中日・荒木雅博内野守備走塁コーチから花束を渡された。よみがえったのはリーグ優勝した2005年をはじめ、熾烈(しれつ)なペナント争いを演じたライバルとの激闘の記憶に他ならない。
「ドラゴンズといえば、落合(博満)監督(当時)であり、井端(弘和)さん、荒木さん。本当に一緒に戦ったメンバーでファンも、スゴく分かってくれていて。何とか、この日に間に合わせて……。良い時間を頂きました」
「その日にしか来られないファンに……」一度でも多くマウンドに上がる決意“終演”へと向かう歩みはファンも同じだ。これから転戦していく東京ドーム、横浜スタジアム、マツダスタジアム、そして甲子園。それぞれの球場で「藤川球児」というフィルターを通して、何万通りもの記憶や思い出が復元されることになる。背番号22と一緒に“アルバム”をめくり過去をたどっていく時間は、別れを決意する瞬間にもなる。
藤川は、1軍合流に合わせTwitterの公式アカウントも開設。秘蔵写真や本人の口でしか語れないエピソード……。これまでSNSでの情報発信をまったく行ってこなかった右腕が、最後にマウンドで投じるボールに言葉も添えてファンに恩返ししているようにも感じる。
10月22日の広島戦は9回1死の場面でマウンドへ。ホセ・ピレラに左翼へ3ランを被弾した後輩・岩貞祐太をリリーフしての登板になった。強くなった雨の中、難なく2つのアウトを奪取。スタンドには応援タオルを握り締め、雨ではなく、涙で頬を濡らす人もいた。これが今年最後の観戦だったのかもしれない。「その日にしか来られないファンの方にお見せできたらなと」。1軍合流の際、あらためて口にした。
連投は難しく万全でない中でも、残された試合で一度でも多くマウンドに上がる。その一球、一球を周囲もミットで受け止めるように目に焼き付け、胸に刻む。ファンとともに“最後の道”を歩む。
<了>
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