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ドラフトで乱用される「即戦力」報道の愚。選手の未来を潰す“悪魔の言葉”と自覚せよ

REAL SPORTS / 2020年10月25日 13時33分

いよいよ開催が迫ってきた、プロ野球ドラフト会議。例年この時期に近づくとドラフトに関する報道量が増え、「即戦力」という言葉を頻繁に目にするようになる。ファンの期待を煽り、重圧を生み出すこの3文字は、選手の未来をつぶす危険性すらはらんでいる。まだアマチュアの選手たちを「即戦力」という物差しで測ることは、果たして正しいことなのか。今こそあらためて、ドラフトのあるべき姿、あるべき報じ方、あるべき見方を問う――。

(文=花田雪、写真=Getty Images)

「即戦力」という言葉が近年、あまりにも短絡的に乱用されている

今月26日に行われるドラフトを前に、各スポーツメディアは注目選手や各球団の順位予想などを続々と報じている。これは、今年に限ったことではなく、もはや毎年の恒例行事といっていい。

そんな中、「ドラフト報道」において、もう何年も、気になっていることがある。

それは、おそらく多くの方が嫌というほど目にしてきたであろう「即戦力」というフレーズの使われ方だ。

上位指名が有力視される、特に大学や社会人選手に多用されるこの「即戦力」というワード。その意味は、読んで字のごとく「プロ1年目から即、1軍の戦力になれる」ことを指す。もちろん、過去をひも解けば実際にプロ1年目から1軍で活躍した「即戦力」の選手は大勢いる。その意味で、この言葉にうそ偽りはない。

ただ、近年はこの言葉があまりにも短絡的に、乱用されているように思える。

プロで一球も投げていない、一打席も立っていない、あくまで未知数の選手たち

私自身、ドラフト関連の記事で「即戦力」という言葉を使うことは決して少なくなかった。報道する側からすれば、選手の実力を表現するのにこれほど使い勝手の良い言葉はない。「どんな選手」か「どんなプレースタイル」かにかかわらず、たったの3文字で「すごい選手」であることだけは伝わるのだ。

ただ、この言葉を使うときは、ある程度吟味して、本当の意味で「即戦力」という表現がふさわしいのかどうか、考える必要がある。ここ数年のプロ野球を見てそう感じるようになったのも事実だ。

ドラフトとは本来、高校生、大学生、社会人、独立リーグの選手など、将来チームの戦力になるであろう選手を指名し、獲得する場だ。入団する選手はアマチュアでどんなに実績を挙げていても、一部の例外を除いてプロでは一球も投げていないし、一打席も立っていない。143試合の長丁場を経験したこともなければ、プロの高いレベルでプレーしたこともない、いわば未知数の選手たちだ。

そんな選手たちに、やみくもに「即戦力」の称号を与えてしまうのは、果たして選手個人、メディア、野球界にとってプラスになっているのだろうか。

球団も「即戦力」という言葉にとらわれ過ぎている。待ち受ける故障のリスク

ここ数年、特に気になっているのはメディアの「即戦力」乱用だけではない。選手を受け入れる側であるNPB12球団も、「即戦力」という言葉にとらわれ過ぎているように思える。

ドラフト前、スカウト会議などを経て、「今年は即戦力の戦力を指名する」といった方針を打ち出す球団は少なくない。もちろん、チーム事情などを加味すれば「すぐに使える戦力」が欲しくなるのは理解できる。ただ、前述のとおり、ドラフトとはあくまでも中長期的な視野でチーム編成を考え、そこに足りないピースを埋めるためのもの。本当の意味で「即戦力」が必要なのであれば、その手段はドラフトではなくトレードやFA、外国人選手の補強であるべきだ。

例えば「即戦力」でも、1年目から継続してチームの戦力になり、主力として長くプレーできる選手であればそれでもいかもしれない。ただ、中には1年目から1軍の主力として起用されて結果を残しながら、2年目以降に故障やコンディション不良に悩む選手もいる。

近年でいえば、東克樹(DeNA)や甲斐野央(ソフトバンク)がそうだ。2人とも、「即戦力」と呼ばれてドラフト1位でプロ入りし、1年目から1軍で主力として活躍。東は2018年に11勝を挙げて新人王を獲得し、甲斐野も2019年に主にセットアッパーとしてリーグ3位となる65試合に登板した。

しかし、プロ1年目から抜群の結果を残したこの2投手は、2年目以降、相次いで肘を故障。東は3年目の今季、トミー・ジョン手術に踏み切り、甲斐野は今年7月に実戦復帰したものの、10月24日現在、まだ1軍のマウンドには上がっていない。

プロとアマチュアの一番の大きな差とは?

プロ1年目の彼らは間違いなく「即戦力」と呼ぶにふさわしい投球を見せた。

持っている能力は間違いなくプロでもトップレベル。しかし、あくまでも結果論にはなってしまうが、わずか1年で故障を発症してしまったことからも、プロで1年間、投げ続ける体力はまだなかったといえるのではないだろうか。

実はこの「1年間戦う体力」こそが、プロとアマチュアの一番大きな差でもある。

私自身、過去にインタビューした多くのプロ野球選手からもその難しさは何度も聞いてきた。高校、大学、社会人では、1年間通して143試合もの試合数をこなすことはまずない。おそらく、東も甲斐野も、プロ1年目のような登板数、投球数を実戦でこなした経験は初めてだったはずだ。

プロの世界には「3年やって一人前」という言葉があるが、それこそが1年間戦い続け、それを何年も続けることの難しさを物語っている。

しかし、右も左もわからないプロ1年目のルーキーに、いきなり「1年間戦い続ける体力を身に付けろ」というのは酷というもの。「いけ」と言われれば、いってしまうのがアスリートのさがだ。

そこをコントロールするのが、球団であり、指導者の役目でもある。実績ゼロのアマチュア選手を「即戦力」という視点で見てしまうことは、東や甲斐野に起こったことと、決して無関係ではない。

「即戦力」報道の近大・佐藤は……専門家が見た率直な評価

また、故障やコンディション調整だけでなく、選手へのハードルが上がり過ぎてしまうのも「即戦力」という言葉の弊害だろう。

今年のドラフトでも、事前に「即戦力」といわれる選手が大勢いる。例えば、オリックスやソフトバンクがすでに1位指名を公表し、巨人、阪神の指名も濃厚とされる佐藤輝明(近畿大)は、巨人の1位指名が報道された時点で「即戦力の左打者」の肩書付きで紹介された。

筆者は佐藤のプレーを映像でしか見たことはないが、確かにあれだけ強く振れる打者はプロでもなかなかいない。打球速度や飛距離はすでに1軍レベルといってもいいかもしれない。

しかし先日、ある雑誌の企画でスポーツライターの西尾典文さんと話をした際に、佐藤について意外な評価を聞くことができた。

「確かに、スイング、打球スピードには非凡なものがあります。ただ、一方で変化球への対応にはまだ荒っぽさがある。素質は間違いなくありますが、いきなりプロの変化球を捉えることができるレベルかというと……。だから『即戦力』という報道のされ方はちょっとかわいそうだなとも思いますね。むしろ、3年後くらいに1軍でホームランをガンガン打つ姿の方が想像しやすいかもしれません」

西尾さんは毎年、全国のドラフト候補たちを「現場」で観続けており、私自身が最も信頼するライターの一人だ。そんな人の口から「即戦力といわれるのはちょっとかわいそう」という言葉を聞いて、軽い衝撃を受けた。

メディアも、球団も、ファンも、ドラフトの本質に立ち返るべきとき

もちろん、佐藤が1年目から「即戦力」らしい成績を残す可能性もあるだろう。ただ、そうでなかったときにどうなるか――。

周囲から浴びせられた期待と結果が比例しなかったとき、苦しむのはほかならぬ選手自身だ。それをバネにさらに成長できればいいが、過去にはドラフト1位や即戦力といった言葉に押しつぶされてしまった選手も大勢いる。

そう考えると、「即戦力」という言葉はメディアにとっても球団にとっても、強い中毒性のある危険な言葉のように思える。

報道する側からすればこれほど使い勝手がよく、キャッチ―な言葉はない。
獲得する球団からすれば、手っ取り早く1軍の戦力になってくれるのであれば、こんなに楽なものはない。

だからこそ、そろそろ「即戦力」という悪魔の言葉を乱用することの危険性を、自覚しなければいけない。

ドラフトは、あくまでも「育成」を主眼に置いた場所。

自戒も込めて、あらためてそれを胸に刻みたい。

<了>







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