藤川球児が引退試合で笑い続けた理由。決して“泣かない”最強守護神「強さ」の証
REAL SPORTS / 2020年11月13日 19時33分
甲子園は形容し難いような空気に包まれていた。22年間のプロ野球人生に終止符を打ち、タテジマのユニフォームに袖を通すことは、もうない。それでも男は、涙を流すことはなかった。その姿を、その強さを、決して忘れることはないだろう――。
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
信念を貫き通した、オール直球勝負の12球360度、甲子園のスタンドが悲しみに包まれる中、マウンドには晴れやかな「笑顔」があった。10日に行われた巨人戦。阪神タイガースの“象徴”藤川球児が、現役最後の登板を迎えていた。特別な時間であることは言うまでもなかった。8回裏の攻撃が終わるとバックスクリーンのビジョンには、ブルペンで最後の1球を投じ、力水を口にする背番号22。早くも聖地のボルテージは最高潮に到達した。岩貞祐太、岩崎優、能見篤史らブルペンの“戦友”たちに拍手で送られ、リリーフカーに乗り込むと、マウンドでは矢野燿大監督が待ち構えていた。
歓喜、試練……バッテリーとして全てを一緒に受け止めてきた相棒から手渡された“最後の1球”。ついにラストダンスが始まろうとしていた。敵将の粋な演出も花を添えた。原辰徳監督が先頭打者で送り出したのは、スタメンから外れていた坂本勇人。「打倒・巨人」に執念を燃やしてきた絶対守護神にとって8日のヤクルト戦で通算2000本安打も達成した強打者はライバルでもあり、次代の日本球界を託す存在でもあった。
148キロ、148キロ……渾身(こんしん)の直球で追い込むと最後も148キロの直球で空振り三振。こちらも対戦を重ねてきた中島裕之も内角高めで2者連続奪三振。最後は重信慎之介を二飛に仕留め、最後のアウトを奪った。12球のオール直球勝負。信念を貫き通し、22年間の戦いに終止符を打っても、穏やかな表情は変わることなく、大粒の涙は流れなかった。
引退試合のその日まで、高みを目指して投げ続けた「自分にとって野球というのは本当のしびれるような戦い。その中で敗れたり、勝ったり。そういう思いでやってきた中での悔しさ、うれしさというものが本当は大事だった。なのでチームのために涙を流すことはあるかもしれませんが、個人が野球を離れるということで涙するということは一度もなかった」
スタンドで、テレビで、ラジオで……見守ってくれた人たちに「別れ」を告げるよりも「感謝」を届けることに力を注いだ。12球連続で投じた「火の玉ストレート」にその答えがある。引退セレモニーのスピーチで力強く言った。
「僕の投げる火の玉ストレートには、甲子園球場のライトスタンドの大応援団の皆さま、チームの思い、そして全国のタイガースファンの熱い思いが全て詰まってます。打たれるはずがありません」
唯一無二のウイニングショットには聖地の希望が詰まっていた。最速は149キロ。中島への4球目にはワインドアップで腕を振った。その後も1度だけ、振りかぶった。
「150キロを狙ってたんですよ。今まで普通に投げていたフォームが自分の答えなのに……。なのに、違うことをしてスピードを上げようとするっていうのは、自分もまだ自分にチャレンジしていたんだなと思います」
もっと速く……高みを目指す視線は、最後の1球まで下を向くことはなかった。
修羅場と隣り合わせだった野球人生、最後に見せた「強さ」の証し引退セレモニーでは、城島健司氏、上原浩治氏、ジェフ・ウィリアムス氏、久保田智之氏……盟友、かつてのライバル、女房役と稀代のクローザーを知る数々の人物から動画メッセージが届けられた。そんな中、「藤川球児」をつくり上げたといっていい、清原和博氏も登場。「藤川投手との思い出といえば、東京ドームでの物議を醸した、あの事件」と2005年4月21日の阪神戦で藤川の投じた変化球に空振り三振し厳しい言葉を投げかけた試合を切り出し、「サインを出したのは矢野監督。藤川投手ごめんなさい」と頭を下げた。藤川は直後のスピーチで「あなたがいなければ今の僕は存在しません。僕をここまで成長させてくれたのは清原さんとの対戦、そして存在です」と“返答”。清原氏のVTRでの登場は知らされておらず、引退会見で「あのサプライズがあるとは知らずに」と明かしたように、スピーチでの言葉は事前に準備していたもの。それだけ、最後に言葉を伝えたい……プロとして生きる道を示してくれた「恩人」だった。
「涙が出なくて。自分自身に勝てましたよ、僕は。絶対泣くなよって言われてたんで、恩師からは。自分でユニフォームを脱げるわけだから。そうだよなと。最高に楽しかったし、幸せな時間でした。(今後は)もっと幸せが見つかったら皆さんにお返しします。待っててください」
日米通算245セーブ、164ホールドをマークし、リーグ優勝を成し遂げた2005年には80試合に登板。その身一人で修羅場と隣り合わせの最終回のマウンドに立ち、数々の偉業を成し遂げてきた。その裏には想像を絶する苦しみ、絶望もあったはずだ。それでも、最後まで笑い続けた右腕。“泣かない”引き際こそ、最強守護神の「強さ」の証しでもあった。
<了>
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