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大波乱の箱根駅伝で見えた、新時代の“山の神”の条件とは? 走りの専門家が分析した未来予想。ヒントは”3代目”

REAL SPORTS / 2021年1月5日 8時30分

2021年、1月2日、3日に行われた第97回箱根駅伝は、優勝候補の相次ぐ不振、創価大の往路優勝、10区での大逆転と波乱含みの大会となった。厚底シューズが席巻し、“高速化”に注目が集まっていた近年の箱根のトレンドに変化はあったのか? 箱根駅伝を陸上競技の要となる「フォーム」から分析しているランニングコーチ、細野史晃氏に、今年の箱根の「なぜ?」をぶつけた。

(解説=細野史晃、構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=KyodoNews)

史上最遅? 超スローペースのスタートの「なぜ」

1kmの通過タイムは3分33秒。2021年の箱根駅伝は、「史上最も遅いのでは?」と誰もがザワつく出だしになった。ここ数年のトレンドである「高速化」に肩透かしを食ったのはファンや識者だけでなく、多くの強豪校がペースを乱す結果になったともいわれている。

『マラソンは上半身が9割』などの著書を持ち、物理や解剖学、生化学などの観点から多くの選手のランニングフォームを科学的に解析しているランニングコーチ、細野史晃氏は選手たちの走り方は、明らかに互いに様子をうかがうような特徴が見て取れたという。

「序盤からどの選手も腕の振りがゆっくりで、フォーム全体にも緩さが見られました。普通に走っているときは、硬式のテニスボールが弾むようなリズムなのですが、1区の選手たちはボールから空気が抜けたような弾み方。かと言ってそれが全力というわけではなく、周囲の様子をうかがいながらいつでもスイッチを入れられるような緊張感がフォームにも見えました」

細野氏もここまで極端なスローペースは予想していなかったというが、お互いをけん制し合った理由については、一つの推論が立てられるという。

「改めて1区の出走メンバーを見ると、納得できることがあります。それは、1区における1年生の存在です。大会前から大注目選手としてマークされていた三浦龍司(順天堂大)選手を意識していたチームは多いと思いますが、そのスーパールーキーに対し、駒澤大、明治大、国士舘大、山梨学院大の4校が同じ1年生を起用しています。ただでさえも初めての箱根で緊張がある中で、同年代のスーパースターが同走する状況では、思い切ったレースは望めません。駒澤は16位、躍進が期待された明治も17位に沈むなど、1年生起用が失敗に終わったのは明らかですし、2位の東海大、塩澤(稀夕)選手は、ペースを上げようとして余計な消耗をしてしまいました」

当のスーパールーキー三浦も、トップと31秒差の11番目で襷をリレー(順位は10位)と振るわず、「1年生の箱根」の難しさを象徴するような結果となった。

近年のトレンド“箱根の高速化”は止まったのか?

続く2区では、“規格外”の下馬評通り、東京国際大のエース、イェゴン・ヴィンセントが、1時間05分49秒で区間新記録を達成。厚底シューズによる箱根高速化の象徴ともいえる相澤晃(東洋大・現旭化成)の記録を1年で塗り替えてしまった。

結果的に、今大会の区間新記録はこのヴィンセントの驚異的な記録のみ。1区の超スローペースもあり、全10区間中7区間で区間新が生まれた2020年に比べると「高速化」のトレンドが薄れた印象が強い。

「2020年と比べたらたしかにそういう印象を持ちますよね。しかし、昨年は往路の2区から5区で連続区間新、さらに復路でも6区、7区と6区連続区間新という記録的な年だったわけです」

天候など好条件がそろい、総合優勝タイムが10時間45分23秒(青山学院大)だった昨年は別格として、今年の10時間56分04秒は、2019年の10時間52分09秒(東海大)、2018年の10時間57分39秒(青学大)と比べても遜色ないタイムです」

細野氏によれば、高速化の波は今年、そして来年以降もまだまだ続くという。

「そもそも厚底シューズの恩恵というのは、『ただ履けば速くなる』というものではないんです。底が厚いから、カーボンプレートが入っているから速くなっていると誤解している人が多いのですが、世界陸連(ワールドアスレティックス)が今後の過度な厚底化を制限することで現行シューズの使用を認めたように、“ドーピングシューズ”といわれるような代物ではないんです」

では厚底による高速化はなぜ起きているのか? 細野氏は、ナイキの厚底シューズが革命的なのは、推進力へのサポート力ではなく、物理的、生化学的に正しいフォームを身に付けることができる点にあるという。

「底の厚さは速く走るための重心移動を可能にする前傾姿勢を、スプーン状にかたどられたソールに内蔵されたカーボンプレートは、足の運びを意識せずとも重心移動に足がついてくる感覚を容易にしてくれています」

エリウド・キプチョゲ(ケニア)の前人未到の2時間切りプロジェクト「Breaking2」に象徴されるように、ナイキの厚底シューズは科学の粋を集めて人類の限界に挑戦する試みだ。そこから生まれたヴェイパーフライやアルファフライは、世界最速クラスのランナーの膨大な詳細データをもとに、走るという行為を徹底解析した結果生まれたシューズということになる。

「日本では体格の違いから『世界トップクラスのまねをしても速くなれない』という識者が多かったのですが、人種の違いよりも物理的な作用の方が勝っていることは、日本人選手の記録、箱根の高速化が雄弁に物語っていると思います」

細野氏は、こうした事実を根拠に厚底適応が終わった選手たちが、さらに記録を伸ばす可能性が広がるのが、これからの箱根駅伝だという。

選手の「高レベルでの均質化」が混戦の要因

話を今年の箱根に戻そう。

「厚底シューズによるフォーム改革」以降、特にトラックでの記録向上は目覚ましく、エース級の27分台の選手数はさほど変わらなくても、28分台前半、28分台の選手は明らかに増えている。

「フォームの改善で高いレベルでのタイムの均質化が起きているのは間違いないです。“厚底以前”は、選手の先天的なフォームで勝敗が決していました。しかし、厚底によるフォームの矯正で、後天的に良いフォームを身に付けタイムを上げる選手が出てきた」

今大会、往路1位、総合2位と大躍進を果たした創価大にしても、エントリーメンバー16人の1万mの平均タイムは29分25秒23で21チーム中16位(実走メンバー10人では29分13秒16にまで縮まる)、同1位の明治大(28分41秒90)、総合優勝を果たした駒澤大(28分51秒29で3位)と、さまざまな要素でタイムが乱高下する箱根路では、トップに迫ることがあり得ない差ではないところまで各校の実力が拮抗(きっこう)している。

「創価大は強かったというより、ミスがなかった。取りこぼし区間が少なかった分、無理をしてフォームを大きく崩した選手もいなかったですし、淡々と1位をキープしていった印象です。唯一、石川(拓慎・駒澤大)選手に追い上げられた10区の小野寺(勇樹)選手が、脱水症状のような兆候が見られたこともあり、結果的にブレーキとなってしまいましたが、総合2位は創価大にとっては望外の結果と言っていいでしょう。

 ベストの走りを見せた創価大を最終10区でかわし、劇的な総合優勝を飾った駒澤大については、層の厚さ、伝統校ならではのコンディショニングのうまさが功を奏しました。往路で12位に沈んだ青学大は、神林(勇太)選手の不在、5区の竹石(尚人)選手のブレーキなど、層の厚さでカバーしきれないアクシデントに見舞われながらも、復路で巻き返したのはさすがでした」

今年の傾向として明らかになったのは、総合優勝、勝負の行方に対する復路の重要度が増したことだ。山上り区間を擁することもあり、人気、注目度ともに高い往路だが、今後は復路の存在感が増す可能性があると細野氏は分析する。

“山の神”はもういらない? 厚底改革で変化する勝負の分かれ目

復路の重要性が増す理由の一つは、“山の神”の存在感が薄れてきていることだ。

「山上りの5区では、厚底の恩恵を得られないんです」

厚底シューズがつくり出す理想の前傾姿勢が有効なのは、地面と水平に立てる平地でのこと。アップダウンに対応はできても、急勾配の上りが続く箱根の上りではその機構があだになる。

「平地では重力に対して斜め前に跳ねるように進む厚底シューズが有効なのですが、山上りでは平地よりも真上方向に向かって跳ねる必要があります。今井正人選手(順天堂大・現トヨタ自動車九州)、柏原竜二選手(東洋大・2017年引退)は、そもそものフォームが山上りに適した真上に跳ねる力が強いランニングフォームでした。だからこそのスペシャリストだったわけですが、彼らが厚底を履いても記録は伸びないどころか良さが消えてしまいます。3代目・山の神の神野大地選手(青学大・現在はプロランナーとしてセルソース所属)は、平地と山で走りを変えられる柔軟性を持った選手ですが、いま山上り区間を走るなら薄底を選ぶのではないかと思います」

山上りに限っては厚底が裏目に出てしまうとは驚きだが、もちろん厚底で身に付けたフォームを山上りにアジャストさせて、驚異的な記録を出す新世代の山の神の登場がないわけではない。

「ヒントは神野選手の走りにあると思います。重心移動とバネ、斜面でも位置エネルギーを感じながら運動エネルギー最大化できるポイントとタイミングをつかめるような選手が出てくれば、山の神の復活はあるかもしれません。ただ、フォーム的な山への対応が進むここ数大会は“神と民”に5分の差が付くようなことはなく、山上りは『勝敗を決する区間』から『ミスのできない区間』という扱いになっています」

厚底シューズ普及によってもたらされたフォーム改善、全選手の高速化が、山上り区間と“山の神”の存在にすでに大きな変化をもたらしている。

「ランニングフォーム革命が起き、上位と下位のタイム差が縮まった。2019年も今年同様、総合優勝、往路・復路の優勝校がそれぞれ別の大学だったのですが、それ以前となると2006年の第82回大会、その前は山梨学院が連覇を達成した1995年の第71回大会までさかのぼることになります。97回の歴史を誇る箱根駅伝でも9回しか起きていないことが2019年と2021年に起きている。それだけ本命不在、混戦の傾向がはっきり出ているということです。しかも、東海大の黄金世代が引っ張った“高速世代”が抜けた直後だったとはいえ、決してレベルが低下したわけではありません。誰でもヒーローになれる箱根の新時代が始まったと見るべきでしょう」

箱根の混戦は来年以降もしばらく続くというのが細野氏の見立て。箱根駅伝は、スーパールーキーがそろった今年の1年生が4年生になる2024年には第100回大会を迎える。歴史と伝統の中で進化を続けてきた箱根は、何度目かの変革期の途中にあるのかもしれない。

<了>







PROFILE
細野史晃(ほその・ふみあき)
Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。


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