智弁和歌山・中谷監督が“複数投手制”に拘る理由。忘れ得ない“悲劇のエース”の存在 ~高校野球の未来を創る変革者~

REAL SPORTS / 2021年2月11日 10時24分

高校野球界屈指の伝統校である智辯和歌山が近年、大きく変貌を遂げている。その中心にいるのが、3年前の夏に名将・高嶋仁氏からバトンを渡された男だ。プロの世界で高い壁にぶち当たったからこそ持ち得た信念で母校の変革に努め、特に“投手起用”には人並みならぬこだわりを見せている。
新たな時代の高校野球は、育成・指導の在り方はどうあるべきか? そのヒントを探るべく、智辯和歌山・中谷仁監督にその哲学を聞いた――。

(取材・文・撮影=氏原英明)

元プロ・中谷仁監督が、母校・智辯和歌山での指導に懸ける想い

2020年時点、元プロ野球選手の中で、学生を指導するために必要な学生野球指導資格を獲得したのは1200人に上る。

昨年12月、報道などでも話題になったイチロー氏による智辯和歌山の指導など、その関わり方は千差万別だが、元プロの指導者が活躍する機会は増えている。

ひとくくりにして「元プロ」とはいえ、イチロー氏のような名選手もいれば、在籍2、3年ほどの元選手、レギュラーではなかったものの10年以上のキャリアを持つ者もいる。指導者として大事なことは現役時代の実績ではないことは当たり前だが、持つべき姿勢は野球界のトップを経験したことをいかに還元するかという気持ちだろう。

どうすれば、プロの舞台で活躍できるか。

自身がぶち当たった壁を後輩たちが乗り越えるためにすべきことを、指導法から組織の在り方までさまざまな部分に目を配るのが彼らの役割といえる。

プロ15年のキャリアがある元プロ選手、智辯和歌山の中谷仁監督は「自分がお力になれるのであれば、と。高嶋(仁)先生や智辯和歌山への想いが強くて帰ってきた」と母校への復帰の経緯を語る。やはり彼自身が指導する中で心掛けるのは、自身が苦労した原因をいかに指導へとつなげるかだ。

「僕が経験してきた高校を出てからのプロの生活で、もっとこうすればいいのになという理想は持っています。ただ、今感じているのは思う通りいかない現実があるということです。生徒一人一人にマッチする指導というのが、こんなに難しいものなのかと日々勉強しています」

賛否両論が渦巻いた、2019年国体「木製バット使用の試み」

そんな中谷監督の指導方針に注目が集まったのは、就任1年目の夏の甲子園を終えて、国体が始まる時のことだ。

国体における高校野球は夏の甲子園ベスト8を中心に選抜される。特別競技という位置づけのため、それほど真剣さが問われているようには思えないが、高校野球を引退した3年生が最後の力を出し切る舞台として認知されている。

その2019年の国体において、中谷監督率いる智辯和歌山は「木製バットで大会に挑む」と初戦の対戦相手の星稜(石川)と共に発表したのだ。これには賛否両論が渦巻いた。

金属バットの弊害は昨今、高校野球を取り巻く環境下で議題に上がっている。トレーニングの技術革新が進み、筋力のついた体が金属バットを使うことによる危険、打球が飛ぶため投手への負担が大きい、上半身主導の動きを覚えてしまうため木製バットに苦しむ――などの意見だ。

「金属バットに慣れた打ち方では上の世界で活躍できない」という強い風説も出るほどで、プロの成功率が少ないとやゆされることも多い智辯和歌山が木製バットを使用するという試みには新しい息吹を感じたものだ。

ただ、中谷監督の思惑は極めてシンプルだった。

「一つはリクルート。当時のチームにはドラフト候補2人、黒川史陽(現楽天)と東妻純平(現DeNA)がいて、彼らの木製バットの対応力を見せられなかった。そこで国体でやろうか、と。2人だけ木製にするのがいいのかどうかというのも思ったので、チームメートに話したところ、みんなでやろうということになりました。ただ、根回しはしないといけないので、和歌山県高野連はもちろん、対戦相手の星稜高校さんにもお話をしたら『うちもやります』と言ってくださったんです」

批判を受けた「木製バット使用」、得られたメリットは何か?

こうして、国体を舞台にして「木製対決」は実現したのだが、反対意見がなかったわけではない。県の高野連からも一筋縄ではいかないだろうと指摘を受けていたとはいえ、想像以上の反発があった。

ただ、その批判を受け入れること以上の効果がこのチャレンジにはあった。

一つは投手の球数が減ったことだ。金属バットならファールになるはずがファールフライになる。詰まった打球がヒットにならない。当然、バットの先で打ってフェンス直撃になるようなこともなかった。投手の球数が減り、それは同時に技術がないとヒットは生まれないことを示唆した。投打ともにいろんな作用が生まれたのだ。

中谷監督は自身の体験を含めて、金属バットと木製バットへの移行の難しさをこう語る。

「僕の時代は金属バットが800グラムくらいでしたから、余計に難しかったですね。まず、バットを振れない。慣れるのに1年くらいかかりました。高校時代にどういう指導をするかにもよりますけど、本質的なスイング自体は変わらないはずでも、成功体験を積んでしまうのが大きいんじゃないかと思います。少し体が大きくてバットが振れる選手なら、金属バットを持てば、ヘッドを利かせたスイングで体を回すと飛びます。そこで変な癖が残ってしまう。木製バットになってつまずいた時も、この成功体験があるから“あの時のスイングをもう一度”というふうに考える癖がついてしまう」

プロを目指す生徒もいれば、高校で野球をやめる生徒もいる

もっとも、中谷監督はそうした癖が出てしまうからと高校野球全体へ警鐘を鳴らしたいわけではない。

「高校球児の中には、卒業後はおやじさんの家業を継ぐから野球は高校までという子もいます。その子に関しては、金属バット打ちでも問題はないですから。上を目指す子にはそうではない教え方が必要ということですね」

実際、国体を終えてからの選手の取り組みは実体験を踏んでいるから伝えやすかったという。大きな大会において「木製で戦う」という気概まではないが、試す機会をうかがっているというのが中谷監督の中にはある。

「国体は甲子園に出た選手たちが勝ち取ったわけですから、そこでチャレンジさせてもらいました。次もできればやりたいですし、県大会でも春ならできるのかなというビジョンは持っています」


投手の起用法に見える、中谷監督の“元プロ”ならではのこだわり

中谷監督の指導法でもう一つ特色を見せているのが投手の起用法だ。

これまでの主要な大会では先発完投をさせた試合がほとんどないほどで、2019年夏の3回戦、星稜との延長14回の死闘でも、相手エース・奥川恭伸(現ヤクルト)が一人で投げ切った中で、中谷監督は3人の投手を送り出している。

中谷監督には元プロらしい投手起用のこだわりがある。

「生徒が1学年12~13人で投手が4人ほどですけど、全員を起用できる戦力にしたいというのがあります。ですから、ちょっと苦しいかなという投手でも、しっかり戦えるようにしています。この選手だけは試合で投げないという状況をつくりたくない」。

一つは全員野球という観点がある。それほど多くない部員数だから、何かしらの形で試合に関わるように心掛けている。それは「温情」ではなく、中谷監督自身の「指導力」という意味合いだ。

彼の起用がうまいのは、ワンポイントの投手をつくりながら、複数の選手を起用するすべを心得ている点だ。ここが元プロっぽい采配だ。

「状況を説明して、腕を下げることから提案する選手もいます。そして、練習試合から少しずつ自信を持たせていきます。こういう起用ができるのはセ・リーグにいたことも影響していると思います。例えば、ある投手をワンポイントで使ったら、その後打席が回ってくれば代打を送るじゃないですか。そこで、野手も出場機会が創出できるんです。そうやって少しでも試合に関わる選手を多くつくることができればと思っています」

決して忘れることのできない、悲劇のエースの存在

当然、故障防止の観点からの複数投手起用の理念もある。高校野球では、本来はいたはずの投手が故障などでいなくなり、やむなく「うちは複数投手です」と語る指導者を見かけるが、これは意図した複数投手ではない。中谷監督の場合は信念がある。

「投手一人のチームをつくって、そこが壊れたら終わりって、普通に考えたらおかしいですよね。それはチームとしてもよくないです。必死にバットを振っている選手もいるわけですから。投手一人に頼ることは考えないです。会社でもそうですよね。大きなプロジェクトを一人に任してつぶれてしまうことがあってはいけないじゃないですか」

ただ、そうした考えに至る背景にはやはり高校時代の経験がある。高校2年春の選抜、準優勝投手に輝きながら、同大会での登板がたたって、野球人生に影を落とした当時のエース・高塚信幸(元近鉄)のことは忘れたことがない。

「高塚のことは頭にありますね。2年生にして甲子園で準優勝、それもストレートとカーブだけであそこまでいったわけですから、すごい投手でした。僕はその後、プロの世界に進んで、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)も含めればたくさんの投手のボールを受けましたが(※)、高塚が投げていたボールの質は、田中将大(楽天)、菅野智之(巨人)、澤村拓一(ロッテ)らと比べても遜色なく、彼ら(のような一流投手)になり得たと思います。今、淡路島ですしを握っていますけど、将来のある選手が故障してしまうかもしれないリスクを負わせることなんてできないですよ」
(※2013年のWBCにブルペン捕手として日本代表に参加した)

元プロ選手だからこそ持ち得る経験を次世代に生かす

中谷監督の指導理念に基づいているのは長い野球生活の体験だ。高校時代に甲子園制覇という大願成就を果たしたが、その後の過程の中でいろんな出来事に触れてきた。

自身の苦しみ、チームメート、後輩の苦悩、葛藤。それは高校野球で活躍してプロで15年もキャリアを積んだからこそ得られたものだった。

元プロとしての経験値を次世代に生かしていく。中谷監督が今現在実践している指導こそ、元プロが果たすべき役割といえよう

「僕が高校野球を変えたいとか、変革しようとか、そういうわけではないんです。うちに来た高校生たちが成長していってほしい。次の舞台で必要とされる選手になってほしい。ただそれだけですね」

中谷監督は今の新チームが3代目の指揮となる。まだ指導者人生は始まったばかり。ただ今後の高校野球界をけん引していく「名将」になり得る息吹を感じる指導者である。


<了>






PROFILE
中谷仁(なかたに・じん)
1979年5月5日生まれ、和歌山県出身。智辯和歌山で甲子園に3度出場し、主将を務めた3年夏に優勝。1997年ドラフト1位で阪神タイガース入団。その後、東北楽天ゴールデンイーグルス、読売ジャイアンツを経て、15年のプロ選手生活を終える。2017年母校・智辯和歌山のコーチに就任、翌年夏の甲子園大会終了後に勇退した名将・高嶋仁氏の後を継ぎ、同校監督に就任。元プロ選手としての知見・経験を生かした指導を行う。

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