「肌色の色鉛筆。親の顔を描くのが一番辛かった」オコエ桃仁花の発言に知る、寄り添う側の無知
REAL SPORTS / 2021年4月30日 11時30分
2020年6月15日の深夜、プロ野球選手・オコエ瑠偉がTwitterで「炎上覚悟で投稿します」と自身の過去の体験を赤裸々につづったツイートは大きな反響を呼び、5万件近いリツートでさまざまな反応を生んだ。その投稿の中で「唯一心の痛みを分かち合えた妹」として登場し、自らもこのツイートに呼応する投稿をしたのがオコエ桃仁花。女子バスケットボール日本代表として東京五輪出場を目指すオコエ桃仁花は、どのような思いで兄とともに自らの思いを発信したのだろうか。
(文=守本和宏、写真=Getty Images)
寄り添うつもりのあなたが根底に持つ「肌色の色鉛筆」一瞬で目が離せなくなった。
ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動が盛んに叫ばれていた昨年6月。女子バスケ日本代表オコエ桃仁花は、一つのツイートを投稿した。
プロ野球選手である兄のオコエ瑠偉。彼がTwitterで、「誰も責める気はない」「おんなじ境遇の人、またその両親の少しでも励みになれば」と前置きして始めた発言。そこには子どもの頃、黒い肌を持つが故に受けた息苦しい記憶がつづられていた。それに妹として呼応し、「これを読んだ時涙が止まらなかった」と、兄への感謝・共感を表したつぶやきだ。
それから2時間ほどだろうか。関連ツイートを読みあさった。いつしか涙もにじんだ。彼女の友人やチームメートの温かい反応にも救われた。
その中で、特に心を揺さぶられたのが、以下のツイートだ。
「肌色の色鉛筆」
このツイートを見て、ハッとした。自分たちが何気なく生活している上で、どれだけの人を無意識に傷つけているのか、と。自分は寄り添う側の人間だと思っていた。しかし、違う。ごく普通の生活の中に差別は存在し、無意識下に浸透している。さらにいえば、「肌色」の違和感に気付いても、いつか忘れている。
その気付きは衝撃的でもあった。
そして、短くつづられた言葉の裏側に何があるのか、伝えたいと思った。
差別の問題だけに焦点を当てて書くこと、それで彼女自身を知ったつもりになるのは、アンフェアだと思う。この問題を理解するなら、まず彼女がどんな人物なのか知ってほしい。それは同時に、彼女にこのテーマを語ってもらいたい理由でもある。
ナイジェリア人の父と日本人の母を持つオコエ桃仁花は、幼少期、フラダンスに打ち込む少女だった。観月ありさ主演のドラマ『CAとお呼びっ!』に憧れ、CAも夢見たが「大きすぎるのがネックで(笑)」と断念。オーディションにも受かり、本格的にフラダンスに取り組んだが、小学6年生でバスケに転向する。
バスケを始めると持ち前の努力と恵まれた身体能力を生かし、中学・高校と活躍。アンダーカテゴリーの日本代表にも選ばれた。ただ、実業団に入ってからは、能力の高さこそ認められていたものの、定位置確保には至らず。日本代表合宿への参加をきっかけに、「もっとうまくなりたい、頑張りたい」と実感。出場機会を求め、移籍を決意した。
そんな時、移籍先選定に大きく寄与したのが、HC(ヘッドコーチ)の言葉だった。
「チームとして優勝するために欲しいのではなく、君を一人の人間としてバスケや競技以外も育てていきたい」
チームのコマの一つではなく、個人として尊重されたこと。それが彼女の心を動かしたのだ。
移籍して2年。彼女は持ち味のインサイドの強さに加え、新たにスリーポイントシューターとしても成長を遂げている。そんな、彼女だからこそ。個の大切さを知り、新たな環境で挑戦を続ける彼女にこそ、この問題を話してほしい。そう、願ったのだ。
そして、オコエ桃仁花は「どんな言葉を使うかでけっこう問題になるから、少し怖さはあります。でも、自分の使命だと思うから」との意識のもと、話し始めてくれた。
言葉の一つで一生が変わる。その重さを知ってほしい――昨年6月、お兄さんの発信に応える形で、人種差別問題に関してTwitterに投稿されていました。どんな心境で発信されましたか?
オコエ:賛否両論があるので、兄と一緒にすごく悩みました。でも、自分たちが批判されるより、同じ境遇にいる子どもたちを助けたい気持ちが大きかった。私たちの発言で救われる子どもがいるなら、それでいいという話になったんです。
――投稿する前に話し合いがあったんですね。
オコエ:メッセージでそういうこと(人種差別問題)に対して反応しないのかと、逆にたたかれることもあったんです。SNSはいろいろな意味でたたかれたり称賛されたりする。自分たちの中には、そこに入りたくない気持ちや、「うーん……」という感覚がありました。でも、同じ境遇の子どもたちが声を欲しがっている。私もMIXの子どもたちから声を上げてほしいと言われたので、“やらなきゃ”という思いでした。
――みんなの反応を見てどう感じましたか?
オコエ:MIXの子どもたちが苦しんでいる実態に関して、知らなかったという声が多くて、「やっぱりそうだよな」じゃないですけど……。知ってもらえてうれしい反面、知らなかった大人の多さにも驚きというか、“まだまだだなぁ”と思いました。
――温かい声もたくさんあったと思います。
オコエ:親から子どもたちに、このことを教えたいという方も多くて、それは良かったです。いろいろな言葉や何気ない一言で、MIXの子どもたちは傷つく。親が子どもたちに、その事実を教えることで、かなり変わると思っています。
――「兄がいなかったら内気でバスケもやってなかった。兄の背中は偉大」と発信されました。お兄さんがどんな存在か教えてください。
オコエ:私は、兄がいて本当に救われたし、いなかったら自分に自信のない人間になっていたと思う。学校にも行かなかったんじゃないですかね。子どもの頃は、一つの言葉ですごく傷ついていました。相手は子どもだから何気なく言っているのかもしれないけど、それで一生が変わってしまう子もいること、言葉の重さをもっと知ってほしい。それは本当に、兄がいるから乗り越えられました。
誰かを責めるんじゃない。環境が変わらないとダメ――「I CAN'T BREATHE(息ができない)」と書かれたテープで口を塞いだ女性の写真とともに「私たちの小さい頃を思い出さす写真『私は息ができない』」と書かれたツイートをされました。実際に子どものころ、どんな体験をされたか、よければ教えていただけますでしょうか?
オコエ:いやもう、いっぱいありすぎて(笑)。語り切れないですけど、言葉の暴力みたいなものはたくさんありましたね。“実験失敗”とか言われたり、触ったら手を払われたり。でも、私はそれをいじめと受け取っていなくて、偏見としか思っていません。
子どもの時って、自分がどういう人間か知っていく時期。なぜ自分の肌は黒いんだろうとか、日本に生まれたのになんで黒いのかとか、いろいろな感情が生まれてくる。そういう時はたくさんの人の助けが必要だと思います。
――差別的な発言をしてきた方々に対して、お兄さんは「責める気はない」と言っています。同じような気持ちですか?
オコエ:そうですね。教育される環境がないので、もし自分が“純粋な日本人”として生まれていたら、どんな言葉を発していたかわからない。誰かを責めるより、環境が変わらないとダメ。誰かが子どもたちに、自分たちと肌の色が違う人がいると、教える環境をつくるのが大事だと思います。そういうのは遅れている感じがしますね。
――人生を前向きに捉えられるようになった出来事が過去にありましたか?
オコエ:高校3年生の時、ケガをしてウインターカップ(全国高等学校バスケットボール選手権大会)に、チームを連れて行けなかったんです。その年は、テレビやニュースでウインターカップを見るのがすごく嫌だった。そんな時、お父さんからナイジェリアに行ってみないかと提案されたんです。初めてナイジェリアに行って、そこで根本的な考え方が変わった気がします。
――ナイジェリアに行ってどんなふうに気持ちが変わりましたか?
オコエ:ナイジェリアでは、同い年だったり、自分より若い子どもたちが、必死に仕事をして生きていました。自分の悩み事が、逆に幸せじゃないですけど、小さなことだなと思ったんです。誰かに何か言われたぐらいでへこたれてる場合じゃない。ナイジェリアの同い年の子みたいにハングリー精神を持って生きなきゃって思いました。その子たちはお金がなくても、笑顔で生きていた。環境が良いのに幸せじゃないって、本当にもったいないと思う。
――今、いわれのない差別を受けている子どもたちにメッセージを伝えるなら、どんな言葉を贈りますか?
オコエ:周りの人たちの言葉を真に受けていたら、本当につらくなる。私は今、MIXのコミュニティでZoomなどを使って話をさせてもらっているのですが、やっぱり(参加者に)子どもたちが多い。みんな助けを求めているはずなので、ヘルプを出してほしいと思います。同じ境遇の人たちと一緒にいることは、本当に大事だと思うので。
――そういった場で話すのは自分の勇気にもなりますか?
オコエ:この子たちのためにも、活動も続けていかなきゃいけないし、気持ちがわかるからこそ、こうやって先頭に立って話していく人は大事だなって思います。
肌色の色鉛筆で親の顔を描くのが一番つらかった――ツイートされた時期、ブラック・ライヴズ・マター運動に関連して、大坂なおみさんなども声をあげていました。社会的な流れをどう受け取っていましたか?
オコエ:時代はけっこう変わってきているし、動こうとしている人や団体も出てきた。その一方で、まぁ変わってない。毎年同じような運動をしている。やっぱり、全世界的に教育面で変えていかなければならないんだろうなと思います。
――知ることから始める、そういう感じですか?
オコエ:親が白人主義だと、子どももその道を歩んでしまう。日本もそうで、肌の色が違う人に触れることが全然ない。だから、教育が変わればかなり変わると思いますね。
――「肌色の色鉛筆」の投稿を見た時に、世の中にどれだけ無意識な差別があるか、気付きました。日本における人種差別問題について、どう思っていますか? より良い社会にするため、何が必要だと思いますか?
オコエ:肌色の色鉛筆があること、親の顔を描くのが一番つらかったんですよ。(人を)肌色で描いてくださいっていうのが、もう「えっ」ていう感じで。つらかった。なんでこれが「肌色」なんだろう。肌の色はこうあるべきなんだって、自分で思ってしまうんです。
自分もやっと最近自信が持てるようになりましたけど、そういう差別から、どんどん自信がなくなるんです。人生において。だから、少しの差別もなくさないといけない。最近は「うすだいだい色」などに変わってきましたけど、なんでこれが肌色なのかは、すごく疑問でした。
――無知であることは、ある意味で罪だと思います。ただ、全知全能の人などいないように、ある程度は仕方ないことでもある。相手を傷つけないようにするため、大事なことはなんでしょう? その人自身に寄り添うことでしょうか?
オコエ:難しいですけど、その通りだと思います。
「自信がなくて絶対にできなかった」その新しい髪型は、超クールに誇り溢れる――自信が持てるようになったのは最近なんですか?
オコエ:2~3年前ぐらいですかね。チームの中心選手になった時、いろいろな監督から「あなたはどうしてそんな自信がないの」って言われた。友達にもよく言われるんです、「そんなに身長があってカッコいいのにどうして自信がないの」って。だから、オリンピックに出たいとか、マスコミの前で口が裂けても言えなかった。自信がなくて、自分から「なりたい」とは言えなかったんです。
本当に自分で自信がないんだなって、わかってたけど、その頃に改めて気付いた。以降はMIXのコミュニティで先頭に立って話すようになり、責任感や自信がついてきた気がします。
――その積み重ねが自信になった。逆に、いろいろ言われ続けてきた蓄積が、あなたから自信を奪っていたともいえますか?
オコエ:そうですね、何しろ目立たないように生きてきたので。本当に人混みが苦手だし嫌いで、電車に乗るのもイヤでした。すごく見られるから。1人ではあまり乗れなかったですね。
――今もそう?
オコエ:今は乗り越えたし、こういう髪型もできるようになりました(そう言って彼女は超クールな編み込みヘアを指さした)。自分はMIXであって、日本のことを誇りに思ってるし、ナイジェリアのことも誇りに思ってる。だから自分の好きなように生きたいと思って、オープンにキャラを出すことにしています。子どもの頃とか、自信がなくて絶対にこんな髪型できなかったから、やっぱり変わったなと思いますね。
――MIXのアスリートの中でこういった発信について話題になりますか?
オコエ:あまりその件についてはしゃべらないかな。ただ、日本にいる兄や私たちにとって、使命なのかなと思いますね。良い意味でも注目されているので。
――心が苦しい時、助けてくれる人は、常に隣にいる友人や仲間だと思います。あなたにとって友人やチームメートはどんな存在ですか?
オコエ:チームメートも大切な存在ですし、心から話せるのはMIXの友人たちです。同じ境遇を知っているし、テンションが同じというか、好きな食べ物が同じだったり、共感できることが多い。何気ない会話が救いになる。そんな友人たちは、私の心の支えです。
無意味に傷つけられた誰かを癒やすのは愛でしかないここからは、私見として書かせていただきたい。
2020年、ブラック・ライヴズ・マターに端を発する、人種差別への反発運動は、アメリカを中心に世界を巻き込んだ。大坂なおみはメッセージを書いたマスクでコートに登場し、グラミー賞の年間最優秀楽曲はH.E.R.の「I Can't Breathe(アイ・キャント・ブリーズ)」だった。
「BTSがグラミー賞逃す!」と報じられた日本で、ナイキの広告を見て「日本に差別はない」と主張する人がいる。これは間違った認識だ。確かに、差別主義者は少ないだろう。ただ、国際感覚の鈍さからくる無意識の差別は、日本に溢れている。
差別もいじめも偏見も、世界からはなくならない。
なら私たちにできるのは、その過ちを知り、繰り返さないことだけだ。
誰かが傷つく回数を一回でも減らす。まず必要なのは、その努力。しかし、愚かな人間は、一度覚えたことさえ忘れる。無知からくる軽々しい発言で相手を傷つけてしまう。
そんな時、政治家などはよく言うのだ。「蔑視する意図は全くなかった」と。違う。全く違うのだ。そんな釈明では誰一人、救われない。
無意味に傷つけられた誰かを癒やすのは、その人を知ろうとし、寄り添う姿勢である。心から謝罪し、その人の肩を抱き寄せ、「君は誰にも傷つけられず生きる権利があるんだ」と伝える、その心である。オコエ桃仁花がもし傷つけられたら、兄や友人やチームメートは、力の限り戦うだろう。その愛こそが彼女を救うのだ。
忘れてはいけない。この不平等だらけの世の中で、傷ついた誰かを癒やせるのは、隣にいるあなたの愛でしかないのだ。
肌色の色鉛筆は今、ペールオレンジ(うすだいだい)と呼ばれている。日本代表になりたいと間違っても言えなかった少女は今、東京五輪日本代表を目指して「このチャンスをつかみたい」と口に出して戦っている。
自分を信じるには時間がかる。でも、信じよう。あなたにも社会にも、いつか変化は訪れるのだ、と。
<了>
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