観客数“最下位”から「B1のさらに上」への挑戦。京都ハンナリーズ・森田社長が挑むプレミア参入
REAL SPORTS / 2021年5月10日 11時44分
今年1月、B1・京都ハンナリーズは初の外部出身経営者となる森田鉄兵を新社長に迎えた。学生時代はサッカーとアメリカンフットボールに明け暮れ、社会人になって革新的な野球事業を成功に導いてきたスポーツビジネスの専門家が今度はプロバスケットボールチームの改革に乗り出す。森田が見据えるのは2026年をメドとするBリーグ“プレミア化構想”だ。「B1のさらに上」を目指すハンナリーズが描くプロスポーツチームのあるべき姿とは?
(文=大島和人、写真提供=KyotoHannaryz/B.LEAGUE)
見据える先はBリーグの“プレミア化構想”京都ハンナリーズはB1初年度(2016-17シーズン)から勝率5割前後をキープし、健全経営を保ってきたクラブだ。マスコットの「はんニャリン」、オフィシャルチアダンサー「はんなりん」とコート外の魅力もある。ただし観客数を見ると、過去4シーズンのうち3シーズンがB1最低。社員数もB1では少ない体制で、果敢な投資が難しい状況にあった。
39歳の外部経営者登用は、改革の意思表示に違いない。新社長の森田鉄兵は大手広告代理店の電通を経て、ベンチャー企業にて高校野球のネット配信サービス「バーチャル高校野球」のような新規事業にも携わったキャリアの持ち主。スポーツビジネス、マーケティングの専門家だ。
「最終的には、チームやリーグで仕事をしたいと思っていた」という森田だが、京都と最初のコンタクトがあったのは2020年10月。彼はオファーを受けた理由にBリーグの“プレミア化構想”を挙げる。
「私がなぜこの仕事をやることを決断したかというと、2026年の未来構想があります。日本のスポーツビジネスの歴史を考えたとき、ここまで大規模にリーグの形態が転換する例はほとんどなかったはずです。自分自身、アメリカのスポーツに憧れてここまでやってきたのもありますし、Bリーグがアメリカ型のプロスポーツリーグになろうとしている。各クラブは(年間売上高)12億円、(平均観客数)4000人、エンタメ型のアリーナ、この3つの条件を満たさないとそのリーグに入れません。各クラブが頑張る中で、自分の地元でそういうチャレンジができるのは誇らしいと思って『やりたい』とお伝えしました」
新B1とも称されているが、Bリーグには2026-27シーズンから最上位カテゴリーのハードルを上げる構想を進めている。ハンナリーズは現時点でその条件を満たしていないが、「B1のさらに上」を目指して動き出している。
「ハンナリーズは年間の事業収入が6億で、コロナ前の1試合あたりの平均観客数は約1800人。コロナ後で1000人です。アリーナは西京極の京都市体育館(旧ハンナリーズアリーナ)ですけれども、いずれも条件を満たしておりません。6億円から12億円、1800人から4000人にしなければいけない。リーグが求めるエンターテインメント型のアリーナ要件を満たすことも非常に高いハードルです」
府は京都府左京区にある京都府立大の敷地内に、1万人規模のアリーナを建設する計画を進めている。府立大と府立医科大、工芸繊維大の3大学合同体育館として設置しながら、民間企業がエンターテインメントの興行で利用できる施設となる計画だ。アリーナだけでなく、隣接する植物園なども含めた「北山エリア」を再開発するプロジェクトでもある。
官民が連携するスキームが想定されており、今年から来年にかけて事業者が公募される。早ければ2025年度中に利用が開始される予定だ。まだ計画中の事業で、ハンナリーズがそこにどう関わるかも決まっていないが、実現性の低い構想ではない。
スポンサーの経営課題の解決につながる提案が必要しかし仮に立派なアリーナができても、観客数や事業規模が今のままならば新B1にはチャレンジすらできない。森田はまずクラブ経営の足元をこう説明する。
「ハンナリーズは社員が13人で、リーグでも少ないほうだと聞いています。プロスポーツの組織として、アグレッシブな改革、チャレンジが難しかったのかなと思います」
採用の他にもアクションに入る以前に解決するべき問題がある。
「チケット、ファンクラブ、マーチャンダイジング、広報・プロモーション……。そういったB to C事業のマーケティング戦略を練るにも、データがありませんでした。もちろんチケットやファンクラブの最低限の顧客情報はありますが精緻化されていません。かつ、観戦経験者の情報入手経路や観戦動機など定量的なデータがないので、戦略を練りようがない。なので、まずは、マーケティングの専門家をチームに引き入れ、基本的なウェブ調査を実施しました」
京都市は住民の10人に1人が大学生という学生の街だ。しかし若者やカップルにどうすれば鴨川の河岸から西京極まで足を運んでもらえるのか?と考えても、「来ていない人」のデータがなければ効果的なアプローチ、コミュニケーションができない。
もちろん来場者の性別や年齢、居住地といったレベルのデータならあるはずだ。ただ森田は大手広告代理店でより緻密なマーケティング施策を練ってきた当事者。調査会社に依頼し、「今までアリーナに来ていない人のデータ」「観客を増やすために必要な数字」を取らなければ、観客を増やすための手をきっちり打てない。
B to B、スポンサーへのアプローチについて彼はこう述べる。
「ハンナリーズは180を超える多くのスポンサーさまに支えられています。しかし、新型コロナウイルスの影響もあって、業績が厳しいスポンサーさまもいらっしゃる。その中で既存のスポンサーシップのあり方を見直さざるえない状況です。今まで以上に企業さまとのコミュニケーションを大切にし、経営課題の解決につながるようなアクティベーションの提案をしていく必要があります」
アクティベーションは一般のスポーツファンにとってあまりなじみのない表現だが、スポーツビジネス界では頻出する単語だ。森田はこう説明する。
「企業の経営課題解決のために、クラブを使ってもらうということです。最近だと社会の課題に対して企業とスポーツチームが一緒になって、課題を解決していくスタイルもあります」
一般論で考えても売上アップ、認知度向上、人材採用、社員の健康、取引先の開拓、社会貢献と企業のニーズは無数にある。「ニーズをつかむ」「解決するプランを提案する」となると少し高い壁だが、世界のスポーツクラブはこのアクティベーションで稼いでいる。
レジェンドと共に歩み始めるスクール事業森田が最後に強調する投資のポイントはスクール事業だ。
「現在、バスケスクールとチアスクールを運営していますが、ここも立て直しが必須です。他のクラブでスクールが成功しているところを見ると、プロスポーツチームとしてしっかりしたコーチがいて、メソッドがあって、そこに憧れて子どもたちが入ってきています。うちはそういったスタンダードが残念ながらない」
クラブは京都のバスケと縁が深いある“レジェンド”に白羽の矢を立て、スクール監修兼クラブアンバサダーとしてオファーを出している。アンバサダーは英語から直訳すると大使の意味。分かりやすく言うと「地域とクラブを結び付ける顔」だ。
「学校訪問などの地域活動に選手が参加しますよね。でもシーズン中だと選手がなかなか行き切れないところがある。そういうときに参加してもらったり、スポンサー企業さまとのイベントに出てもらったりする予定です」
プロスポーツチームが向き合うべきは「ブースターおよび街」新社長は強調する。
「チームが勝つことは大前提なのですが、ブースターを喜ばせる、元気づける、勇気づける……。そして京都の街全体を盛り上げるというのが、プロスポーツチームの存在意義だと思うんです。プロスポーツチームとして、向き合うべきはブースターおよび街。府も市も両方、大切にしたいと考えています」
京都は世界の中でも傑出した伝統と洗練された文化がある街。プロスポーツに頼らずともお祭りはあまたあり、観光客が次々にやってくる特別な土地だ。「プロスポーツ不毛の地」という定評もあり、実際に大阪、兵庫と違ってプロ野球チーム、Jリーグのビッグクラブはない。京都サンガF.C.は素晴らしいスタジアムを亀岡に用意したがカテゴリーはJ2。ハンナリーズは創設から10年を経るクラブだが、観客数の低迷に苦しんできた。
森田もそんな壁の高さは当然ながら理解している。しかしそれを「言い訳」にする様子はない。
「前職で川崎フロンターレの天野(春果/現タウンコミュニケーション部 部長)さんにインタビューをさせてもらったことがあります。そのときに彼は、フロンターレも川崎市と真のパートナーになるのに10年かかった、とおっしゃっていました」
新社長は意気込む。
「京都府にも京都市にもさまざまな部署があり、それぞれの課題があると思います。それらの一つ一つに耳を傾けていきながら、クラブとしてお役に立てることは何かないか、常に探っていきたいです。まさに10年仕事だと思っています」
古都のバスケチームが経営的な飛躍を遂げるために、まだ足元の課題は多い。しかし森田新社長はこのクラブをより良いものにするための広い知見、実行力を持っている。京都は洛南、東山と高校バスケの名門が覇を競い、中学生以下からこの競技が盛んな土地だ。魅力的な新アリーナの構想も進んでいる。ポテンシャルを生かすも逃すも、それは当事者の取り組み次第だ。期待を込めて、ハンナリーズのチャレンジを見守りたい。
<了>
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