安藤梢と猶本光が語る“日本と海外の違い”「詰められるなと思ったら、誰も来てなくて…」
REAL SPORTS / 2021年5月28日 16時30分
どちらが正しいという優劣の話ではないが、海外でプレー経験のある選手が自ら身をもって体感した「日本と海外の“違い”」に関する指摘には総じて一考の価値がある。
三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢と猶本光。
昨年のなでしこリーグを制したチームを牽引する2人には共通点が多い。共にレッズレディースからドイツを経て、レッズレディースに帰還。日本と欧州のそれぞれのサッカーの素晴らしさを知る2人が語る日欧の違い、日本女子サッカー発展のヒントとは?
(文=中野吉之伴、写真=GettyImages)
「世界が…」「日本は…」ではない姿勢と取り組み日本サッカー界には素晴らしい取り組みや誇れる積み重ねがたくさんある。情熱的で、献身的で、本質を大切にしてきた方々の尽力があったからこそ生まれた数々のポジティブな変化だ。日本にサッカー文化がないなんてことはない。これまでの取り組みすべてが今の日本のサッカーを形づくっている事実を忘れてはならない。
一方で、サッカー先進国、あるいはそうした国と常に戦っていく立地にある国々にも切磋琢磨を繰り返す中で培われた興味深い考え方や取り組みがある。何事もその国だけで完結されるものではなくて、その先にはもっといろんな世界が広がっているのだ。
「日本はこうだから素晴らしい。海外と比べるべきではない」
「海外はこうやっているんだから、日本もそうするべき」
そうではなくて、どこにどんな違いがなぜ生じるのかを知り、そこからさらなる成長や発展のためのヒントを探し出そうとする姿勢が大事なのではないだろうか。
今回は、日本とドイツという異なる2カ国でのプレー経験を持つ三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢と猶本光に両国の違い、その中で自分たちが取り組むべきことについて話を伺った。
「詰められるなと思ったら、誰も来ていなくて…」まず、ドイツでプレーした後、なでしこリーグの試合に戻った時に率直に感じた“違い”について2人はどう感じたのだろう。
安藤「日本はディフェンスの選手が全然ガツンと当たりにこない。そのことに驚きました。ドイツだったらガツンと来るところが『あれ、来ないな?』って。逆に自分がドイツでやっていたようにガッツリ行くとファウルを取られてしまう。あとドイツのサッカーは縦に速いので、自分がこのくらいかなと思って前に出したボールが、日本ではまだ前に上がってくる人がいなくて早すぎた。自分を追い越してくる人がいないな、と感じました」
猶本「(安藤梢)ねえさんと同じようなことは私も感じていたんですけど、帰国後一番最初に思ったのは、当たりにくるタイミングですね。相手がコンタクトしてくるタイミングが全然違うので、ドイツの感覚だとDFが当たりにくるタイミングで、日本だと相手が引いていたりということがけっこう多かったですね。この距離だと次はここに詰められているな、と思って早くプレーしようとしたら、誰もプレッシャーに来ていなくて1人で焦ってプレーしているような感じになってしまったりとか……」
ボールに対するアプローチスピードと距離間、そして強度。これは男子でも女子でもよく言及される大事なポイントだろう。世界のサッカーのスタンダードレベルで見た時に、そこで簡単に振り向けてしまうことがあるというのは改善しないといけない点なのだろうか。
猶本「ドイツではガツンと行って奪えなかった時に、入れ替わるリスクがあると思います。そういう意味では日本では引いている分崩すのが難しいというか、一発で入れ替わることがあまり起こらない守備なのかなと思います。結局、両方必要です。全部が全部強引に奪いに行って、そのたびに攻守がクルっと変わるのも良くないですし、かといって奪いに行く守備ができないのも困る。ねえさんはどう思いますか?」
安藤「(猶本)光が言っているのは、日本ではリスク管理をしっかりするということだと思うんです。でもそのリスク管理が優位になりすぎて、球際のところに強く行けていない。強く奪いに行く戦い方が日本でもスタンダードになったら、(FIFA女子)ワールドカップやオリンピックでも世界の強豪相手と当たり前に戦えるようになれる。でも、日本ではその強度が全然足りていないので、海外の相手と当たった時にびっくりしてしまって、自分のプレーが出せなくなる。それは実際に自分もドイツに行って経験してきました。だからドイツで半年ぐらいプレーしてからアジアの大会に出た時には、すごく楽に感じたところがありました。ヨーロッパに比べたら全然激しくなくて、余裕でプレーできると思ったこともありました。日本も試合の中の強度をもっと上げなきゃいけない。そこは国内だけで考えるのではなくて、やっぱり世界基準で取り組んでいくべきだと思います」
日本人の良さに“強度”を融合するためのカギ日本ならではの強みにつながるやり方は武器として残しつつ、世界基準も見据えた取り組みもしていく。どこでボールを取るのか、そのためにどのように強度を高めていくのかという考え方も必要になるし、それを身につけることで自分たちのクオリティをバージョンアップしていくことができる。
ではその融合を果たすためにどのような心構えを浸透させていくことが大事になるのだろうか。
安藤「日本人は気が利くので、1人がチャレンジした後のカバーをグループでやることには長けているというのは良さだと思います。そこで球際で相手のプレーを遅らせるだけではなくて、1人目から取りに行くという意識へ変えていく必要があると思います。自分がドイツでやっていて本当にびっくりしたんですけど、ただ行くだけでは全然評価されなくて、相手ごと狩るくらいの強度で行かないと監督に評価されないんです。ファンも球際の闘いでボールを奪いに行くことを求めていて、それができない選手にはすごく厳しいブーイングをします。そのあたりのサッカーの考え方の違いは大きかったですね。日本にとってはその強度をプラスすることで、グループで守る日本人の良さが生きてくるんじゃないかと思います。光はどう思う?」
猶本「融合ですよね。良さは両方にあるけれど、日本のリーグで勝てるやり方と、世界、例えばヨーロッパやアメリカを相手に勝てるやり方は全然違う。日本のリーグで有効な戦い方をしたら、確かに日本では勝てるけれど、それがそのまま代表戦で世界を相手に通用するかどうかはわからない。だからといって、ヨーロッパのチームや代表を相手にした時の距離感や強度で日本のリーグで戦うと勝てない可能性もある。難しいですね」
安藤「サッカーが違うといえば違うよね。ドイツに行って、ヨーロッパサッカーの良さや文化を光も学んだと思うけど、逆に日本人の良さを感じることもあって、それが融合されると日本が強くなっていくのかなと思います」
プレー強度を上げていくためにはそれに対応できるフィジカル能力とコンディションが必要だ。ヨーロッパでは試合中に疲れない状態をできるだけ長く維持するために、持久系トレーニングが行われるといわれることがある。そしてドイツでは『サッカーに必要なフィジカル能力は、サッカーをしないと身につかない』という考え方を持っている指導者が多いことも確かにある。ただだからといって、それぞれの能力を高めたり、ケガを防止するためのフィジカルトレーニングをしないというわけではないのだ。
欧米の選手は最初から足が速い、フィジカルが強いと思われがちだが、トップレベルの選手はそれをさらに鍛えて、成長させるためのトレーニングを定期的に行っている。安藤はドイツ時代、スプリントコーチ、フィジカルコーチがいて、週に1〜2回は必ずスプリントトレーニングやウエイトトレーニングが練習メニューの中に組み込まれていたと明かしてくれた。ドイツ代表選手などは、ケルンスポーツ大学と連携して、さらに専門的なトレーニングを行っていたという。欧米の選手はもともとフィジカルが高いうえに、さらに鍛えられているという事実を私たちは知らなければならない。
安藤「ドイツでは強度が高いプレーを求められるので、高強度のプレーから早く回復させるためのトレーニングが多かったです。日本では確かに疲れた状態でも頑張れるかどうかの練習は多いです。その分90分を通して最後まで粘り強く戦えるのは日本人の良さかもしれません。でも集中して高い強度で戦うというところは、練習内容にも違いが出ていると思います。最初にドイツに行った時、1対1の練習を行う際、急いでスタートの位置に戻って、もう1回1対1を始めようとしたら監督に『早い早い。落ち着いて、ちゃんと回復して100%の力を出せるようになってから1対1をやりなさい。そのための練習だから』って言われて、けっこうびっくりしました。日本だと走って戻ってまたすぐスタートとなるんですけど、『Ruhig!(落ち着いて)歩いて帰ってきなさい』って言われちゃいました」
違いがある=見方を変えれば“いろいろな発見”がコンディションに対する考えはオフや体を休めることに対する考え方にもつながってくる。本人的にはちょっとした風邪やケガと思っていても、ドイツだと調子が悪い時にスポーツをやるなんておかしいという捉えられ方になる。
安藤「以前ですが日本だとちょっとぐらいの不調なら頑張ってやりながら治すと言われていましたが、ドイツでは『100%でやれないならまずしっかり体を治しなさい』って言われる。みんなが当たり前に自分から『ちょっと咳が出ているので休みます』って自己管理しているのは全然日本と違ったし、ケガも根性論みたいなところは全くなくて、『痛かったら休みなさい。しっかり治して100%やれるようになってから出なさい』という考え方が浸透していました」
猶本「自分の中では日本の感覚でやっていたからかもしれないですけど、多少痛くてもできると思っていたところがあったんです。ドイツでは自分が『やります』と言っても、ドクターストップだったらやらせてもらえない。監督も『ドクターの言うことを聞いてください』って徹底していましたね」
安藤「痛いまま試合に出て、その時は無理すればプレーできるかもしれないけれど、将来的にずっと痛みを抱えたままプレーすることになってしまうかもしれない。自分がしっかり100%、120%出せるような状態でプレーすることが大事だと、ドイツに行って考え方がすごく変わりました」
厳しい練習が必要なこともあるし、そうすることで殻を破れる機会もあるのだろう。だがそれだけでしか人は成長しないわけではないし、ケガをしたら元も子もない。練習でも試合でも100%の力を出すために普段からどんな準備をしておくべきか。十分な休養を取れないと成長にはつながらないわけで、ではそのためにどんなスケジュールで稼働すべきか。これも日本でスポーツに関わる人みんなが考えるべき大事なテーマだろう。
海外のさまざまな国や地域で培われていること、物事をどのように解釈し、どのように受け止めて、どのように向き合っているかは、日本のそれとはまた違う。冒頭でも書いたが、無条件に「海外から学びましょう」というわけではないし、「海外のほうがすごい vs 日本のほうがすごい」という構図をつくる必要だってない。
違いがあるということは、見方を変えればそこにはいろいろな発見があると捉えることができる。自分たちの今を精査し、自分たちの取り組みは何のために行っているのか、どこを目指しているのかを見つめ直し、参考にできることを見つけ出し、取り入れて、アレンジして、よりよい道を考えていくことが重要なのだ。
安藤と猶本の話からはそのことの大切さを改めて感じさせられた。
<了>
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