なぜ長谷部誠はドイツ人記者に冗談を挟むのか? 高い評価を受ける人柄と世界基準の取り組み
REAL SPORTS / 2021年5月31日 16時30分
惜しくもUEFAチャンピオンズリーグ出場権は逃したものの、ブンデスリーガ5位と健闘を見せたフランクフルトを中盤の底から支え続けた長谷部誠。7年間を過ごしたクラブと1年の契約延長を果たし、38歳を迎える来季もブンデスの舞台でプレーすることになった。長谷部が日本から遠く離れたドイツの地で多くの人々から愛され、これだけ長く第一線で活躍を続ける理由とは一体なんだろう?
(文=中野吉之伴、写真=GettyImages)
会場がどっと沸いて盛り上がる長谷部誠の記者会見2021年3月10日、フランクフルトは長谷部誠の契約を1年延長すると発表したが、この時のリモート記者会見に参席して改めて思ったことがある。
コミュニケーション能力って大事だ。
この記者会見は最初にドイツ人記者と行われ、そのあとに日本人記者との場が設定されていた。長谷部のドイツ語はサッカー選手としてはとても流ちょうであるが、とはいえ母国語レベルで使いこなせるわけではない。
だからだろうか。誤解が生じないように、難しい言い回しを使うことなく、いつも気をつけながら話をしようとしていると感じる。ドイツ人記者もそれをよくわかっているから、丁寧に長谷部の言葉を受け止めようとする。
コミュニケーションとは意思を伝えるということだけではない。意思は受け止めてもらわなければつながらない。だからコミュニケーションがうまいという人は、伝え方がうまいだけではなく、受け止められ方がうまいとも解釈できる。自分が話をする相手がどんな人たちで、どんなことを求めているのかが常に頭の中で整理されていることが求められる。
そういえば、長谷部は日本人記者とのやり取りだとあまり冗談めいたことを口にしないが、ドイツ人記者からの質問にはけっこう冗談を間に挟むし、それで場がどっと沸いて盛り上がることがよくある。キャラクターにもよると思うが、ドイツでは面白いことを言おうとしていること自体をほほえましく受け止める空気があったりするのだ。それには長谷部の普段からの丁寧な立ち振る舞いが、彼らの心を射貫いていることも関係しているのだろう。
今季は最速時速33kmで走ったという試合もあったがスピードでも成長しているのかという質問に、「たぶん、機械が壊れていたんじゃないかな?(笑)。そんなに速く走れない」と答え、1年契約でもすごいことであるのに「3年契約にサインできたらよかったけど、まあ1年で大丈夫(笑)」としれっと言ったりする。
さらに長谷部はどんな時でも相手の立場に立って接することができる。試合に負けた後でも、自身のミスがあった時でも、針のむしろに立たされる覚悟をもって、報道陣の前に立ち、言葉を荒げることもなく、自分の言葉で語る。そうした姿勢を日ごろから見ているから、選手も指導者も首脳陣も報道陣も、何があっても長谷部のことを悪く言ったりはしない。時にはプレー内容についてシビアな評価はするけれど、人柄や取り組みにはいつでも最上級の評価している。
「マコトは親近感があって地に足のついた選手」フランクフルトの地元紙「ヘッセンシャウ」の記者オリバー・マイアーがこんなふうに長谷部のことを話していた。
「マコトは親近感があって地に足のついた選手だ。数年前の合宿のことを思い出すよ。あれはFC東京との親善試合後のことだ。当時フランクフルトでプレーしていた乾貴士がインタビューに応じてくれたんだけど、ただどうもうまくやりとりができなくて、困っていたんだ。そこへマコトが足を運んでくれた。日本語だからはっきりとはわからないけど、こちらとの間をうまく取り持ってくれたんだ。そのあとにマコトにもインタビューをお願いしたんだけど、20分以上もこちらのインタビューに可能な限り丁寧に答えてくれたんだ。ドイツ語でのやりとりは簡単ではないのは僕らもわかっている。そして最後に、自分のドイツ語がつたないことについて謝ってもくれた。そんなことする必要なんかないのに。選手としてだけではなく、人間としても本当に素晴らしい人だと思ったよ」
地元紙の記者を大切にするということは、その後ろにそこから発信される情報を楽しみにしているたくさんのファンを大切にしているということにもなる。
自分の言葉で自分のメッセージを届けようとしてくれる選手をファンは信頼する。少ない言葉でも、片言な表現でも、その姿勢を持った選手は「自分たちのクラブのために、そして自分たちファンのために、心から一緒に戦おうとしてくれるんだ」というアイデンティティを感じ合うことができるわけだ。だから長谷部はフランクフルトファンにも心からリスペクトされている。
選手間で良好な関係性を築けるかどうかも海外生活においては重要だ。2008-09シーズン、ともにヴォルフスブルクで優勝を祝ったチームメートのズベズダン・ミシモビッチが最近のインタビューで当時の様子を振り返って次のように語っていた。
「あの時は本当にみんなとよく食事に出かけていたんだ。エディン・ジェコ、グラフィッチ、アンドレア・バルザーリ、マコト・ハセベがよく一緒だった。言葉ということだけ見たら僕とジェコだけが理解し合えるはずなんだ。グラフィッチは当時まだドイツ語は全然だったし、バルザーリはイタリア語だけ、マコトは日本語だけだったんだ。でも、その食事の席は本当に楽しくて素晴らしかった。言葉はわからなかったのに、僕らはジェスチャーだけですごく理解し合えていたんだ」
相手を理解し、相手に理解してもらうために必要なツールは言語だけではない。もちろん当地の言語を話せるに越したことはないし、言葉がわからないがために苦労することはたくさんある。でも話せれば話せるほどお互いに理解できるようになるわけではない。それは日本人同士のやり取りでもわかるはずだ。お互い母国語で会話をしていても、わかり合える人とわかり合えない人は間違いなく存在する。
厳しめの当たりで相手を吹っ飛ばしてみせる理由試合中、それぞれの選手のしぐさや顔色、立ち位置や体の向き、試合の流れなどから、相手が求めていることを理解し、同時に自分のプレー意図も相手に理解してもらい、ズレや誤解が生じた時にそれをピッチ内外で修正できる能力。それがサッカーの現場で実際に求められるコミュニケーション能力というものだろう。
試合中の長谷部を観察していると、そうしたやり取りがいつでも見られる。例えば以前ビルドアップからなかなか相手の守備を崩せない試合があった。自分たちでボールを保持はしているけれど、チャンスがつくれない。動きが停滞し、相手に簡単に対応されてしまう。そんな時あえて早いタイミングでポーンと相手守備裏のスペースにパスを送ることがある。味方が走り込んでいないのに、だ。当然ボールはタッチラインを割って相手ボールとなり、味方選手もなんでそんなところにパスを出すんだと怒ったりする。長谷部は涼しい顔で「なんで走り込んでないんだ?」というジェスチャーをしてみせる。結果としてその場ではミスパスとなるかもしれないけれど、そうしたアクションで自分たちがどんなプレーをすべきかを改めて思い出させる。
あるいは普段はスマートに相手ボールを奪取するが、味方の戻りが遅かったり、守備へのインテンシティが足らない時は厳しめの当たりで相手を吹っ飛ばしてみせたり、体を張って守った後、味方に向かって激しいジェスチャーとともに怒鳴ることで味方選手の士気を目覚めさせようとする。
ただこうしたアクションがコミュニケーションとして成り立つのは、サッカーに対する共通認識があるからではないだろうか。
ドイツで長く活躍する長谷部は、この国における「サッカー」の意味を深いところから理解しているし、そこから逃げずに戦い続けている。
「(1対1に)行くところと行かないところで分けてやっているんですけど、そういう1対1の戦いでフィジカル的に負けるようになったら、ブンデスでは厳しいかなと思っています。やっぱりブンデスリーガは1対1の戦いのリーグなので、フィフティーフィフティーで当たったら勝ち目のない相手でも、そこにどう勝ち目を見出していくか。そういうことを考えながらやっています」
これはブンデスリーガ通算300試合を達成した2019年12月19日のケルン戦後のコメントだ。ブンデスリーガとはどんなリーグなのか。何が求められているのか。それを整理して受け止め、どのようにプレーをすることが必要なのかを突き詰めてきているから、どの選手とも、どの監督のもとでも、信頼されるパフォーマンスを出し続けることができている。
組織の中で遺憾なく力を発揮するためのヒントサッカーは「世界の共通言語」と呼ばれるが、逆にいうと自分たちのプレーが共通言語となっていなければサッカーにはならない。その国やクラブならではの伝統や美徳、武器や特徴はある。でも世界の中でスタンダードとなっているものから目をつぶっていたら、いつまでたってもその差は縮まらない。共通言語としての説得力のあるプレーというものがわかっていないと、受け止めてももらえない。
自分の武器を最大限に有効活用し、相手の良さを最小限度に抑え込み、状況が刻一刻と変わっていくピッチ上で、瞬時にプレーの優先順位を判断して実践できなければ仲間や監督から信頼なんてされっこないではないか。ベースとなる共通認識もないままコミュニケーションがうまく取れるわけもない。
長谷部は長いドイツ生活でそうしたことをずっとやり通してきている。丁寧な人間関係を築き、意思のやり取りを明確に持ち、物事のバックボーンを理解し、実践しようとする姿勢がいまの成功を築き上げてきた。そのキャリアからは選手としてだけではなく、一人の人間として組織の中で、どうすれば遺憾なく力を発揮することができるかのヒントがたくさん詰め込まれているのだ。
<了>
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