経験ゼロのアメフト挑戦に「不安は全く無い」。DeNAでは登板1試合で引退も、田村丈の揺るがぬ自信の理由
REAL SPORTS / 2021年7月18日 14時12分
元横浜DeNAベイスターズの田村丈が、アメリカンフットボールに挑戦する。球団職員としてセカンドキャリアを歩んでいた男に突如訪れた“サードキャリア”の道で、再び勝負の世界に身を投じる決意をした。現役の4年間で1軍登板は1試合だけ。はたから見れば、決して“成功”とはいえないプロ野球人生だったかもしれない。それでも、まったく経験のない世界への挑戦に「不安はない」と言い切れるのは、そのプロ野球の世界での経験があったからだという――。
(取材・文=石塚隆、写真提供=横浜DeNAベイスターズ)
充実していたセカンドキャリアに一石を投じた、元チームメートの驚きの転身意思があるところに道は拓く――というが、田村丈には明確な目標があったわけではなかった。2019年に現役引退をするとDeNA球団から誘われ、職員としてジュニアスクールの指導者として過ごしていた。セカンドキャリアとして仕事は充実していたし、とてもやりがいのあるものだった。
「子どもたちと一緒に体を動かす日々は楽しかったですね。また自分も体を鍛えるのが好きだったのでジムに通ってウェイトトレーニングとかしていたんですよ」
体が資本の職場である以上、自身のコンディショニングは仕事の一部だ。ただ、トレーニングしているうちに「何かやりたいな」となんとなく思いながら、子どもたちの指導をするようになっていたという。
そんな折、今年5月11日にDeNAを引退した石川雄洋のアメリカンフットボールに挑戦するという発表があった。この驚きの転身は、田村の心に一石を投じることになる。石川のニュースを聞いた時、田村は球団OBの荒波翔と一緒にいた。すると荒波は次のように話しかけてきたという。
「おまえもできるよ。やりなよ」
田村のフィジカルの高さを知る荒波は、本気とも冗談ともいえない表情でそう言った。田村は「いやいや、無理ですよ」と笑いながら応えたが、心の奥底では「やってみたいな……」と、思っている自分がいた。
朗報は西から訪れる。
石川のニュースがあった翌週、社会人アメリカンフットボールチーム『イコールワン福岡SUNS』の関係者から田村のもとに連絡があった。入団の打診でありトライアウトを受けないかという話だった。
「え、嘘だろうって……。実はその関係者というのがベイスターズの先輩だった山下峻さんで、球団の代表と話してみないかと言われ、ぜひお願いしますという話をしたんです」
なんでも石川のニュースが話題になった時、山下は福岡SUNSの球団関係者にいい選手はいないかと相談され、ベイスターズ一番のフィジカルを誇った田村を推薦したのだという。
まったく想像していなかった出来事。その話を耳にした時、田村は体内にアドレナリンがあふれ出てくるのを感じた。
「専門外とかやったことがない競技だとか関係ありませんでした。新しい世界に飛び込む恐怖心など一切なく、これしかないって」
田村はDeNAの直属の上司に相談をした。育成出身であり現役時代はたいした成績を残せなくても雇ってくれた球団に恩義はあったが、自分の気持ちを止めることはもはやできなかった。挑戦してみたいという旨を伝えると上司は次のように言った。
「大事なのは、やりたいのか、やりたくないのか。もし本気でやりたいのであれば全力で応援するから」
田村にとって背中を押してくれる、ありがたい言葉だった。その後、木村洋太球団社長や三原一晃球団代表の耳にも入り「素晴らしいこと。新しい挑戦を応援したい」と、エールを送られたという。
田村はトライアウトを受けると、自慢の身体能力を存分に披露し、見事に合格。想像以上の高評価だったという。DeNAの入団テストをクリアしてから6年、田村は再び“縁”と“自力”で新たな道をこじ開けた。
未経験のアメリカンフットボール挑戦にも揺るぎない自信の理由意外だったのは、ピッチャー出身ということでチームの司令塔であるクォーターバック(QB)での獲得かと思いきや、走力や身体をコントロールする能力が買われ、前線でQBのパスを受けるワイドレシーバー(WR)での採用だったということ。
もう一つ意外だったのは、田村の出身大学はアメリカンフットボールの名門である関西学院大学だっただけに、そっちのラインからの転身話かと思いきや、まったく関係のないところからの打診だったことだ。
「本当ですよね。自分でもこんなことがあるのかって思いましたからね」
田村はそう言って感嘆した。数奇な出来事ではあるが、まだ何も始まってはいない。けれど田村は、このサードキャリアともいえるアメリカンフットボール挑戦に期待と明るい未来しか見ていない。いくら野球とアメリカンフットボールの間に親和性はあるといっても、そう簡単にモノにできるとは思えない。だが田村の揺るぎない自信を支えているのが、プロ野球での経験だ。
「プロ野球も言ってみれば身体能力で入ったようなもので、あの狭き門の世界で頑張れたのならば、アメリカンフットボールでもやっていけるはずだし、どこまでいけるのかすごく楽しみにしているんですよ。やるからには日本代表、そして海外を目指したい。プロ野球をやってきて“育成から支配下になれた”じゃないですけど、目標をもって努力を重ねていけば必ず結果は出ると思って挑んでいきたいですよね」
気の早い話ではあるが、DeNA出身で、WRという同じポジションの石川との絡みも今から非常に楽しみである。
「実は石川さんから連絡をいただいて、一緒にアメリカンフットボールを盛り上げられたらいいねってお話をさせてもらいました。試合で対戦する日を楽しみにしていることはもちろん、その他の面でも一緒に盛り上げていきたいと思っています」
それにしてもこんな未来、誰が想像していただろうか、とあらためて田村に言うと「僕もそう思います」と笑った。
「これもすべては横浜DeNAベイスターズに入団することができたからだと思っていますし、28年の人生の中で、めちゃくちゃ大きな存在です。ですから、しっかりイコールワン福岡SUNSで結果を出して、恩返しをしたいと思います」
新しいキャリアに向かい、恐怖もなければ不安もない。ただ、あるのは無限の可能性のみ。果たして今後、田村がどのような“突破力”を見せてくれるのか、ぜひ注目していきたい。
<了>
PROFILE
田村丈(たむら・じょう)
1992年11月20日生まれ、兵庫県出身。関西大北陽高、関西学院大を経て、2015年ドラフト育成3位で横浜DeNAベイスターズに入団。2018年に支配下登録、1軍デビューを飾る。2019シーズンをもって現役を引退し、同球団でジュニアスクールの指導者としてセカンドキャリアを過ごす。2021年7月、アメリカンフットボール社会人リーグのイコールワン福岡SUNSへの加入を発表。新たなサードキャリアの挑戦を始める。
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