「子供がかわいそう」「エゴ」出産後の復帰に批判も…寺田明日香があえて“ママアスリート”を自称する本当の理由
REAL SPORTS / 2021年7月30日 17時0分
“ママさんハードラー”として知られる寺田明日香が初めてのオリンピックに挑む。2019年に7人制ラグビーから陸上競技に復帰すると、8月には13秒00の日本タイ記録、9月には12秒97の日本記録を達成。オリンピックシーズンとなる2021年は12秒96、12秒87と記録を連発している寺田は、産後の競技復帰がレアケースである日本のスポーツ界の未来にとっても重要な存在だ。意図的に「ママさんアスリート」として露出している側面もあるという寺田に話を聞いた。
(インタビュー・構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部])
「前例がない」ことが一番の問題――ママさんアスリート、ママさんハードラーのような取り上げ方がなくなって、それが当たり前になるのが理想だとは思うのですが、出産を経て競技に復帰するアスリートが少ないのが現実です。ここのところ、特に陸上界ではどんなことが障壁になっていると思いますか?
寺田:まずは「これまで少なかった」ことが一つの壁になってると思います。陸上は体一つでやる競技なので、自分の体が変わる怖さは大きいと思います。誰もやっていなことだから自分にできるわけないという心理的障壁はすごく大きいのかなと思います。
海外の例を見ても、復帰後に成功していると報道されて私たちが目にするのって、本当にトップオブトップの人たちじゃないですか。そういうスーパースターと自分を比べて、あの人たちは特別だからできる。私には無理みたいな思いがやっぱり強くなっているところがあるような気がします。
――身近に成功例どころか先輩もなかなかいない中で、自分の選択肢としてそれを考える人が少ない。
寺田:短距離の選手が妊娠して出産して戻ってくるデータ自体が少なくて、「戻れますよ」という科学的根拠がどうしても少ないわけじゃないですか。日本人に限っていえばこれまでほぼなかったわけですから、戻りたい気持ちがあっても、何をどうしたらいいのか、どういう道を歩めばいいのかわからないというのは、かなり大きな壁なんじゃないかと思います。
もし「次」があればJISSにデータを提供したい――出産後の体の変化というのは、物理的に必ずあると思うのですが、寺田さん自身は、ラグビーに復帰する際、陸上に復帰する際、ネガティブな受け止め方はしてなかったんですか?
寺田:私は出産後にアスリートに戻ると想定せずに出産をしているので、戻るときはもちろん大変でした。初めから競技復帰を決めて出産したほうが復帰は早いでしょうね。出産の仕方も、例えば無痛分娩での出産の方が明らかに早いですし、出産日自体をある程度コントロールできるので、練習可能な期間も延ばすことができますよね。情報としてあまり出てきていないだけで、復帰前提に適した出産というのはあると思っています。
――もちろん専門的な知識になりますし、医師と相談してということになりますが、情報が少ないのは事実ですね。
寺田:私たちは、その情報を取りにいかなくてはいけないし、これからの人たちのために得た情報を出していかなければいけないと思っています。私の場合は、完全にアスリートではない状態で出産して、普通にお母さんをしてから戻っているのでまた別なんですけど、もしまた妊娠することがあれば、競技を続けながらきちんとデータをとって、JISS(国立スポーツ科学センター)などの機関に提供しようと思っているんです。
社会の仕組み、子育ての難しさはアスリートに限らない――それは後に続く女性アスリートにとって大きな助けになると思います。ゴルフ界では、横峯さくら選手が復帰を宣言して出産から復帰までの過程を語ったりするなど、いい流れはありますよね。
寺田:本当にそうですね。女子ゴルフでは、JLPGA(日本女子プロゴルフ協会)が託児所を設置したり、結構進んでいるんですよね。
――JLPGAには3年の産休制度があるようですが、まだ活用されているとは言いづらいですし、制度自体の使い勝手、充実も必要なようです。他の競技では、働きながらというケースもありますし、配偶者と一緒に子育てをやっていく前提であっても両立はなかなか大変ですよね?
寺田:企業に所属している選手は、就業形態の問題もあると思いますが、正社員として働いていて、かつその競技活動が社業と認められていれば、練習会場に行っている日数も仕事として認めてくれて週5日勤務となるんですが、そういうケースばかりではないですからね。
保育園の申請を出す際には出勤形態が問われるので、時間に自由があると判断されると、認可保育園はまず無理です。近くに住んでいれば親に頼るか、シッターさんをお願いするしかないのですが、お金の面で難しいですよね。
必要なときに子どもを預ける場所は、社会の仕組みとしてもすごく難しい部分があって、ママアスリートで集まると「預けるときどうしてます?」という会話から入ります。
――アメリカとかでは練習に連れて行くアスリートも多いですよね。
寺田:そうそう。あとはシッターさんが一緒に住んでいたりするんです。日本では、労働基準法の関係でできないので(ベビーシッターを家事使用人として労働基準法の外に置く議論はあるが、判例ではベビーシッターは労働者となっている)、その点は社会の問題、今後変わっていくことなのかもしれません。
自分の人生の選択に「子どもがかわいそう」という声があがる日本――仕組みのほかに、世間の意識の問題も大きいですよね。
寺田:環境も重要ですが、私が復帰したときも、「小さい子どもがいるのに自分のエゴでスポーツをやってどうするんだ」「母親に会えずに子どもがかわいそうだ」という声があったんですね。
女性が自分のキャリアを形成していくための一つの手段としてスポーツがある。会社で働くこと、起業することがあってもいいし、いろいろな選択肢があってもいい、それが認められる社会になればいいと思います。
それはもちろんパパに関してもそうで、パパがメインで子育てをすることだってあるでしょうし、日本でももっと多様な家族のあり方が認められるようになればいいと思います。
――我々、報道する側が寺田選手にそういう役割を求めているところもあると思うんですけど、もしかしたら、ご自身も意図的に「ママさんアスリート」という露出の仕方を意識しているのかなと思うのですが、戦略的にそうしている側面はありますか?
寺田:そうです。「ママアスリート」ってやっぱりちょっと引っかかるじゃないですか。しかもこのフレーズを使える人は限られているし、日本ではまだまだ少数派なので、使える人が使っていかないと世の中に広く知られる存在にならないんです。
これからの人たちのためにも「ママアスリート」として世に出ていくべきだし、自分から「ママ」とか言ってなんなの? と思われたとしても、そういう議論が起きること自体が、出産後に復帰したアスリートのことを認識してもらって、みんなで考えるきっかけになっているということですから。賛否両論、議論も含めて自分がやっていかなければいけないところだと思っています。
<了>
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PROFILE
寺田明日香(てらだ・あすか)
1990年1月14日生まれ、北海道札幌市出身。小学校4年生から陸上競技を始め、小学校5・6年時ともに全国小学生陸上100mで2位。高校1年から本格的にハードルを始めインターハイ女子100mハードルで史上初の3連覇、その後日本選手権でも3連覇を果たす。2009年には世界陸上ベルリン大会に出場、アジア選手権銀メダル。2010年にはアジア大会で5位に入賞など、さらなる活躍が期待されたが相次ぐケガ・摂食障害等から2013年に現役を引退。結婚・大学進学・出産を経て、2016年夏に7人制ラグビーに競技転向する形で現役復帰を果たすが、2018年12月、ケガによりラグビー選手としての引退と陸上競技への復帰を表明。2019年 8月には19年ぶりに日本記録と並ぶ13秒00をマーク、9月には12秒97の日本新記録を樹立して10年ぶりに世界陸上に出場。2021年には、12秒96、12秒87と記録を連発、史上最長ブランクとなる11年ぶりの日本選手権優勝を果たし、初のオリンピック出場を決めた。
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