女子選手の化粧はNGどころか…「メイク」がメダルに影響する、新体操とアーティスティックスイミングの知られざる世界
REAL SPORTS / 2021年8月1日 17時0分
新型コロナウイルスの影響により、1年遅れで迎えた東京五輪。厳しい状況の中でも、今大会にさまざまな思いをもって挑む選手たちの勇姿に注目が集まっている。競技ごとに多種多様なアスリートの魅力を知ることができる中でひと際華やかさを放つのが、新体操やアーティスティックスイミングといった「美しさ」を表現する競技である。昨今、アスリートのメイクに対してさまざまな議論がされているが、メイクが表現方法の一部である競技では、結果にどのような影響を与えているのか?
アスリートビューティーアドバイザーとして活動している花田真寿美さんに、アーティスティックスイミング元日本代表の荒井美帆さん、元新体操日本代表の坪井保菜美さんへのインタビューをもとに解説してもらった。
(インタビュー・文=花田真寿美、トップ写真=Getty Images、本文中写真提供=荒井美帆、坪井保菜美)
「メイク」は採点に影響するのか?アーティスティックスイミング元日本代表の荒井美帆さん、元新体操日本代表の坪井保菜美さんによると、アーティスティックスイミングも新体操も、「競技においてメイク(化粧)は必須ではないが、メイクをせずに五輪に出る選手やチームはいない。メイクをしていないからといって減点になることはなく、メイクが上手だからといって“直接”点数につながるということでもないにもかかわらず。」とのことだ。
ただ、アーティスティックスイミングならば採点項目に①同調性②難易度③技術④演技構成などがある。
荒井さんは「④の演技構成は、演技構成、表現力、音楽の使い方でインプレッションの点をつけているので、メイクは『表現』として影響する可能性があると考えられます。競技の得点に重要な順番としては、楽曲に合った演技、水着・髪型(髪飾り)、メイクではないか」と語る。
また、メイクがあまりに派手すぎると試合前に落とすように注意されることもある。数年前のロシアは、まつげをアイライナーで描く舞台メイクのようなデザインで出演したが、「五輪はショーではない」ということから、それ以降禁止されたらしい。
大会時、メイクに使用する色や濃さに明確な規定はないが、あくまで「スポーツである」ということに重きが置かれている。
一方、新体操に関してはどうか。
「採点の1つに『芸術点』というものがあり、アーティスティック要素として、音楽に合った構成、動き、表現、リズム、多様性が採点の要素になるかと思います。衣装に加えて手具(ロープ・フープ・ボール・クラブ・リボン)の配色も採点の対象とまではいかないが、影響はあるのではと考えています。そしてメイクは表情を大きく見せる役割を持つため、『表現』の中に入るのかもしれません。緊張して顔色が悪く見える、曲調と表情が合っていない、構成や曲、表現に対しあまりにも違う衣装であったり、既定のものでないと減点対象になる場合もある」と、坪井さんは言う。
ちなみに他競技では、空手の形も採点に直接結びつくとはされていないが、表現の一つとして目力アップのためにアイメイクや眉メイクの研究をしている選手は多い。
個人と団体では求められる「見え方」が異なるアーティスティックスイミング、新体操の両競技は「シンクロした美しい演技」を競うことから、全員が同じ顔に見えるようにメイクをすることが重要である。
「アースティックスイミングは、ナショナルチームの講習会でKOSE(コーセー)のメイクアップアーティストからメイクを教わる際に、メンバーと並んだ時にどう見えるかという基準で、近距離と、会議室の壁に沿って立ち離れたところからの2カ所からチェックされます」(荒井さん)
「新体操は、審査員との距離、そして一番離れた観客席との距離を考え、離れた場所からチェックします。選手一人ずつ顔の特徴があるが、団体では五つ子のように見せなくてはいけないため、奥二重、二重、一重など目の形の違いに合わせてアイシャドウの入れ方やアイラインの太さ、長さ、ノーズシャドウの濃さを変え、顔を調和させます」(坪井さん)
協調性や同一性が採点要素となる団体戦ではメイクにおいても没個性が求められるが、個人戦では選手の特徴を生かした個性のあるメイクをする。個人戦と団体戦ではメイクの方向性が異なるという点にも注目したい。
演出のテーマに合わせて自身でメイクをする
アーティスティックスイミングは、大会時は自身で20分ほどかけてメイクを行う。
「デュエットとチームの2種目を演じる五輪では、他の世界大会に比べて種目数が少なく(※他にソロ、ミックスデュエット、フリーコンビネーション、ハイライトといった種目がある)時間に余裕があるということと、曲によってコンセプトが違うため、1曲ずつ衣装とメイクを変えます。大会時のコンセプトは、五輪に向けて一年前に曲、テーマ、振り付け、水着が決まり、その後にメイクが決まります。
メイクは、水に強いことはもちろん、水中でも鮮やかでクリアに見えるような発色を意識して行います」(荒井さん)
新体操の場合はどうだろうか。
「大会当日に自身でベースメイクや大まかなパーツメイクを仕上げて、会場に同行しているPOLA(ポーラ)の美容コーチに仕上げやメイク直しをしてもらいます」(坪井さん)
POLAは2007年より新体操のナショナル選抜団体チーム「フェアリー ジャパン POLA」のオフィシャルパートナーとしてビューティーサポート活動を行っている。
「曲が変わる際には衣装は変えますが、メイクは汗でくずれたところを直す程度で基本的には変えずにそのまま競技を行います」(坪井さん)
五輪において体操では団体と個人はそれぞれの種目に専念するため、アースティックスイミングのように何種類ものメイクパターンを用意はしない。
「曲や振り付けは1~2年前には決まり、ひたすら練習を重ねる。そしてメイクのコンセプトについて伝えられ、POLAの美容コーチに教わります」(坪井さん)
また、「海外の選手はもともと顔立ちがはっきりしていることもありよりメイクによる表現も映えるが、日本人の場合はいかに目鼻立ちを深くし印象的な表情がつくれるかも研究しています」と坪井さんが教えてくれた。アーティスティックスイミング、新体操ともに大会上位常連の国ロシアは、メイクが非常に上手な点も注目したい。
まねしたい!水中の演技でも崩れないメイクに使用しているアイテムは意外にも…アーティスティックスイミング日本代表の「マーメイドジャパン」はKOSEとオフィシャルスポンサー契約を結んで以来、2006年からサポートを受けている。信頼しているメイクアップアーティストから、水の中でも崩れないメイク商品を教えてもらい、それらを使ったメイク方法を学んでいる。
水中で演技をしても美しく鮮やかなメイクをキープするためにどのような商品を使っているのか気になるところだが、競技用に開発された特別な商品ではなく、「FASIO(ファシオ)」や「Visee(ヴィセ)」といった、すべて市販されているKOSEブランドの商品を使用しているそうだ。大会後に返却する商品もあるが、メイクアイテムだけでなくメイクボックスやメイクブラシなどの道具も選手たちには提供される。新体操もPOLA美容コーチから汗に強いウォータープルーフ仕様のメイクアイテムを教わるのだそう。
余談だが、大会では、競泳のレースはアーティスティックスイミングの演技の前に行われる(※東京五輪では競泳は7月24日~8月1日、アーティスティックスイミングは8月2日~いずれも東京アクアティクスセンターで開催)。アーティスティックスイミングを先に行うと、メイクが落ちたり髪のセットに使用するゼラチンでプールの水が多少汚れるため、その順番になったそうだ。
結果を生み出す「表現」をつくる、競技とメイクの関係に注目元日本代表としてそれぞれの競技の第一線で活躍してきた2人から、競技とメイクの関係について話を聞いていく中で、よく出てきた言葉が「表現」だった。
彼女たちは、競技を始めた頃から、どう表現したら美しく見えるか、細やかなところまで繊細に意識を張り巡らせてきたのだ。
筆者自身はバドミントン選手として競技をしていたが、プレー中に「美しさ」や「表現」について考えたこともなかった。競技によってこれほどの意識の違いがあることも、スポーツ観戦を楽しむ新たな視点の一つではないだろうか。東京五輪では、開会式での各国の選手たちの登場シーンの多種多様な「表現」にくぎ付けとなった人も多いと思うが、各競技でも、選手たちの姿からのインパクトや、音楽、振り付け、衣装、メイクでそれぞれのテーマをどのように表現されているのか、さらに注目したい。
<了>
PROFILE
荒井美帆(あらい・みほ)
1988年生まれ、東京都出身。元アーティスティックスイミング日本代表。小学校3年生からアーティスティックスイミングを始め、数々のオリンピアンを輩出する東京アーティスティックスイミングクラブに在籍。世界水泳選手権に3大会連続出場し、2010年、2014年のアジア大会ではチームで準優勝に輝く。2015年の日本選手権のソロで準優勝し、大会終了後に現役を引退。現在はメイクアップアーティスト、アーティスティックパフォーマーとして活動しながら、アーティスティックスイミング選手の指導やショー出演なども行う。
坪井保菜美(つぼい・ほなみ)
1989年生まれ、岐阜県出身。元新体操日本代表。5歳から20歳までの15年間新体操を続け、新体操日本代表選抜団体チーム「Fairy Japan POLA」として、2008年北京五輪に出場。2009年世界新体操選手権大会では種目別決勝4位入賞を果たし、同年現役を引退。その後早稲田大学を卒業し、新体操の指導やヨガのインストラクターとして活動する他、絵を描くアーティスト、タレントとしても活動中。
花田真寿美(はなだ・ますみ)
1987年生まれ、富山県出身。アスリートビューティーアドバイザー®。現役アスリートを中心に、引退後のアスリートや学生アスリート、スポーツを楽しむ多くの方に向けて、粧い(よそおい)と内面の両方を磨く「美」をテーマに、女性が自信をもって目標を達成するためのプログラムをプロデュース。学生時代は、バドミントンでインカレ出場。Precious one代表。
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