高谷惣亮、レスリング界の隠れた革命児 “+12キロ”階級上げ、一人5役で献身した弟と誓う金メダル
REAL SPORTS / 2021年8月3日 9時42分
レスリングの2020年全日本選手権・男子フリースタイル92kg級で優勝を果たし、大会10連覇を達成した高谷惣亮。2011年の74kg級での初優勝から階級を上げ続け、18kg差をまたいでのまさに偉業の達成となった。
迎えた東京五輪。3大会連続のオリンピック出場となる高谷は、74 kg級で出場した過去2大会から一転、86kg級代表として戦う。「86kg級でもオリンピックに出場できたということは、階級を上げてもパフォーマンスをどんどん上げていける証明になった」との強い思いを胸に、レスリング史に新たな歴史を刻むことができるか。
(文=布施鋼治、写真=Getty Images)
「悪ふざけがすぎる」と眉をしかめられた少年時代レスリング男子フリースタイル86kg級代表の高谷惣亮はレスリング界の隠れた革命児である。少年時代から髪の毛は長かったが、当時の少年レスラーは短髪が主流。大きな大会に出るたびに、大会役員から「髪の毛を切れ」という指導を受けた。
また、優勝したら必ず行う派手なパフォーマンスはいまや高谷の定番だが、やり始めの頃は「悪ふざけがすぎる」と眉をしかめる関係者が多かった。
学生時代から周囲に何をいわれても、高谷は自分のスタイルを貫き続けた。見た目はソフトながら、意志の強さは筋金入りだ。
「レスリングは硬派な競技。昔は丸坊主が当たり前だった。(日本レスリングの創始者)八田一朗さんを揶揄(やゆ)するわけではないけど、八田イズムは昔から根強く残っている」
八田イズムとは、動物園で猛獣とにらめっこしたり、夜中に代表選手をたたき起こしてそのまま練習させる。あるいは負けたら頭だけではなく陰毛までそるという、ユニークである一方で超スパルタ方式の八田式指導方法を指す。いまなら間違いなく人権問題に引っ掛かる指導もあるが、当時のマスコミはこぞって破天荒な練習に飛びついた。そういった空気はいまだ残っているということか。
それだけではない。高谷は年齢を重ねるにつれ階級を上げてきたことも、歴史への挑戦だった。オリンピック初出場となった2012年のロンドン大会と続く2016年のリオデジャネイロ大会には74kg級で出場している。今回は+12kgの86kg級。他の階級制格闘技と比較すると上げすぎという指摘もあるが、高谷にとっては理にかなった階級変更だった。
「もともとの体重が82~84kgくらいあった。そこから急激にウエートトレーニングを増やしたり、いっぱい食べて(体重を)増やすということは全くしていない。ナチュラルなまま、まずは非オリンピック階級の79kg級に上げ、それからまた上げていった。最終的に86kg級に上げ、徐々に徐々に慣らしていった感じ」
これで結果を残せなければ、後ろ指をさされそうだが、高谷は5月の世界最終予選で優勝し、ギリギリのタイミングで東京五輪の出場切符をもぎとった。
階級を上げてもパフォーマンスを上げられる証明常識は疑え。そして自分に合うように修正しなければならない。高谷は自身の大きな転機として、階級変更を挙げる。「この5年間は、本当にレスリングを楽しんできたと思います」。
減量には、いまだ「過酷」「ハード」といった戦後の日本スポーツを覆っていた根性論を想起させる言葉がつきまとう。案の定、日本ではいまだ減量に苦しむ選手が多い。今年4月、カザフスタンで行われた東京五輪のアジア予選ではフリースタイル57kg級に出場予定だった樋口黎が当日計量で失格。続く世界最終予選の同階級にはライバルの高橋侑希が派遣されることになり、高橋がそのチャンスを見事につかんで出場権を勝ち取った。
高谷は「減量自体は否定しない」と前置きしつつ、「過度な減量については否定させてもらっている」と説く。
「レスリングの場合、当日計量によるダメージはすごく大きい」
2018年1月からレスリングの計量は、当日行うというルールを三十数年ぶりに復活させた(※日本では、前年度12月開催の全日本選手権から実施)。計量を終えてから数時間で試合に臨まなければならないので、リカバー(回復)するための時間はほとんどない。そこでUWW(世界レスリング連合)も体のダメージを危惧し、「ナチュラルな体重で闘いましょう」と呼びかけている。
「僕もそのメッセージに従った。というのも僕自身は減量が自分の体にどれだけダメージを与えるのかということを(74kg級時代に)体感している。実際著しくパフォーマンスは落ち、それによるメンタルの低下も感じる。86kg級でもオリンピックに出場できたということは、階級を上げてもパフォーマンスをどんどん上げていける証明になったと思う」
一人5役を演じた弟・大地と二人三脚で手にした3大会連続出場だからといって、高谷一人の力では厳しかったことは確か。所属先のALSOK、練習の拠点である母校の拓殖大学、フィジカル面で指導を受ける松栄勲氏、妻・奈美さんらのサポートがなければ、オリンピック3大会連続出場は成し遂げられなかった。
中でも自衛隊に所属する実弟・高谷大地の兄への献身ぶりは、はたらから見ていても、「兄弟の力でオリンピック出場を決めた」と思わせるだけの説得力があった。アジア予選や世界最終予選にも同行し、その後も高谷の練習パートナーとして寄り添う大地は弟、コーチ、トレーナー、栄養士、そして母と一人5役を演じたことを打ち明ける。
「(世界最終予選から帰国後の)隔離期間中は自衛隊の隔離施設に泊まらせてもらっていたんですけど、だいたい兄が何時くらいに起きるかを聞いておいてそれに合わせて食事を用意する。食べたら掃除をして、兄貴の前にコーヒーをポンッと置いて。それから部屋でトレーニング。外ではできなかったので、そういう生活を2週間ほど続けました」
兄が忘れそうなものを事前に用意しておくのも弟の役目だ。「歯間ブラシ、綿棒、耳かき、つめ切り……。僕、兄貴御用達のポーチを持っています。あと体重計も用意しましたね」。
世界最終予選でブルガリアに行く際には2つのスーツケースを持っていったという。「一つは洋服や体重計。もう一つは全部食料を入れていきました」。待ち合わせた空港のロビーで2つのスーツケースを抱えた弟に高谷は問いかけた。「それは何? 誰の?」。すかさず大地は返した。
「全部兄貴のだよ」
世界最終予選前、大地は隔離期間があったにもかかわらず、調子がよすぎる兄のコンディションを肌で感じた。
「一緒にスパーリングをしていて、こっちが脳振とうを起こすくらい。でも、勝ってもらわないと困るし、痛がったら遠慮する。結局、『俺は壊れてもいい』と覚悟を決めて相手をしていました。最後はもう気力だけでやっていましたね」
オリンピックに複数回出場する中で階級を上げ、好成績を残した前例はない。高谷は日本オリンピック・レスリング史に新たな一頁を刻むのか。
<了>
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