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空手の未来に必要なのは「完全な数値化」?「イチローの理論」? 再び五輪種目指し求められる変革とは

REAL SPORTS / 2021年9月30日 12時6分

空手人気の高いフランスで開催されるパリ五輪での採用種目落選を受け、東京五輪が「唯一のオリンピック」になるのではと危惧される日本発祥の武道・空手。世界中に多くの競技者を抱える“KARATE”が再びオリンピックの正式種目になるためには何が必要なのか? 海外目線を持つ空手家、ワールドカラテアカデミーの月井新代表が語る「空手の未来」とは?

(文=布施鋼治、写真=GettyImages)

東京五輪・空手の実施は成功? 海外での評判は?

東京五輪で初めて公式種目として実施された空手は、日本発祥の武道であるだけに国内における評価は上々だった。地上波でずっと放送され続けていたという事実がそれを如実に物語っている。

では、海外での評判はどうだったのか。

海外4カ国でナショナルコーチを務め、40カ国で指導経験があるワールドカラテアカデミーの月井新代表は「世界中の人々が見たということで、間違いなく認知度は上がった」と分析する。

「空手関係者や空手をやっていない人が見たという意味は大きい。これまでどんな世界規模の大会でも、空手は競技者や関係者ばかりが見るケースが多かった。今回はオリンピックということで、一般の人々が注目してくれた」

月井氏は「抜きん出た強豪国がいなかったこともよかった」と考察した。

「トータルで20カ国の代表がメダルを取りました。組手と形を合わせて男女計8種目あった中で、金メダル獲得は8カ国ときれいに散りました。オリンピックの次回開催国であるフランスが金を取れば、2028年の開催国であるアメリカも銅メダルを取った。空手はもともと他の競技と比べたら散る傾向があるんです」

かつての海外での空手=ブルース・リー、ジャッキー・チェン

海外赴任経験の長い月井氏は日本人としては珍しく海外からの目線で空手を見ることができる空手家である。青年海外協力隊として初めて赴任したニジェールでは大きなカルチャーショックを受けた。

「もう空手=ブルース・リー、ジャッキー・チェンのような認識でしたね」

ブルース・リーやジャッキー・チェンがベースとしているのは中国武術のカンフーだが、アフリカではマーシャールアーツが全てごっちゃになって扱われていた。それだけムービースターの影響が強い時代だった。

「だから組手をやると、アチョーという奇声を発しながらサイドキックばかり出してくる生徒もいました(笑)」

現地の空手勢力図はまさにカオス。伝統派とフルコンタクトを大別するという分け方はナンセンスといっていいような世界が広がっていた。

「ほとんどはなんちゃって流派。『たまたま入手したビデオが松濤館(しょうとうかん)のものだったので、私は松濤館のマスターです」という方もいれば、極真空手のマスターを名乗っている人もいました。2人とも本部とのつながりはない。もっというと、日本とつながっている人はゼロでしたね」

オリンピックで5階級から3階級に圧縮された影響は?

それから40年の歳月が経った。いまも日本で指導を続け、フィリピン代表として国際大会で活躍する次女・隼南のコーチを務めることもあるだけに、ルールの変更や条文化されない変化にも敏感だ。

例えば、オリンピック種目になったことで、女子の組手の試合時間は2分から3分に変更された。月井氏は試合時間の変更よりインターバルのあり方が重要だったと考える。

「勝ち上がるにつれ、次の試合までの休憩時間が短くなる。一試合挟んで、すぐまた試合というケースも出てくる。連続して試合をやる場合には試合時間と同じ時間だけ空けなければならないけど、休憩時間が3分程度だと元の体力には戻らない」 

ではどうすれば、いいのか。月井氏は発想の転換を促す。 

「どこまでスタミナが切れないで持つかではなく、試合が終わって切れかけたスタミナをどれだけ戻せるか。いかにリカバーするかが重要だったと思います」 

組手はオリンピック競技になるため男女とも5階級から3階級に圧縮された階級統合を危惧する向きもあった。例えば非オリンピック階級の男子60 kg級の選手は67 kg級で、女子50 kg級の選手は55 kg級で闘わなければいけなかった。以前、プロボクサーとして活動したキャリアを持つ月井氏はボクシングだったら5~7kgも違えば、パンチ力が全く違うことを身を持って知っている。そこで階級統合によって軽い階級の選手は不利と想像していた。 

「でも、実際に殴り合うわけではないので、ハンディはほとんどありませんでしたね。体重が軽くても、スピードで勝負できる。ハンディがゼロというわけではないけど、10くらいあると想像していたハンディは2程度でした」 

試合を見れば一目瞭然。階級が軽い選手はフットワークを駆使して闘うケースが多かった。 

数値化への期待と、一方で生まれる武道の本質との乖離

一方で、今回初めて空手に接した市井の人々からは「ルールがよくわからない」という声があったことも事実。ポイント制が採用されている組手はともかく、形のほうは空手観戦歴数年の筆者から見てもチンプンカンプンなことが多い。月井氏も「そこが問題」と語気を強めた。 

「例えばフィギュアスケートや体操競技だと、解説者の話を聞いているとどちらが勝ちなのかがだいたいわかる。対照的に空手の形は点数が出るまでわからない。解説者がわからなかったりすることもありますからね」 

月井氏は形では全国Aランクという審判ライセンスを持っているだけに説得力がある。形の採点はテクニカル・パフォーマンス(技術面)とアスレチック・パフォーマンス(競技面)に大別される。前者は「立ち方や流れるような動きなど、正しい形ができているか」を、後者は「スピード、力強さ、バランスを伴った効果的な技が出せているか」を審査する。 

オリンピック競技になったことで、形はよりわかりやすい競技を目指して旗判定から採点方式に変更されたというが、その採点方法はいまだ複雑といわざるをえない。月井氏は、もっとわかりやすい数値化をしたほうがいいと訴える。

「フィギュアスケートのジャンプ不足のように、こうしたらプラス0.1、こうしたらマイナス0.1。形に関していえば、完全な数値化が求められるのではないかと思います。ただし、そうしてしまうと、数値化できない武道の本質から離れてしまうジレンマもあるのですが」

旗判定から採点方式に変更されたことで、それまでにはない勝ち方も出てきた。 

「例えば女子の形で説明すると、従来の旗判定だと、多数決で旗の数が多いほうが勝つ。しかし、いまの採点方法だと例えば5人が清水(希容)を支持したとしても、サンドラ(・サンチェス)を支持した2人がものすごく高い点数を出していたら、サンドラが勝つ可能性が出てくる。実際私は国内の中学生の全国選手権でそういうケースに遭遇しました。4人の審判が支持した選手より3人の審判が支持した選手が勝ってしまった。後者の審判のほうがつけた点数が高かったからです」 

今後、不確定要素が多いルールを是正し、再びオリンピックの正式種目になるためにはどうすればいいのか。組手の場合、月井氏はテコンドーのように、センサー付きの安全具などを着用して闘うのも一案と提案する。 

「セミコンタクトまではありにしてね。ただセンサーにも誤作動があり、擦っただけで反応するケースもある。そこは人間の目が見て判断するようにしないといけないでしょう」

月井隼南を破って東京五輪出場のイベト・ゴラノバが金メダル

現在、月井氏は61歳。以前は組手で国際審判のランセンスを持っていたが、更新はしていない。なぜなら「年齢を重ねるにつれ、技が見えにくくなってしまった」からだ。

「私の勉強・努力不足もありますが、これ以上私が組手の審判を続けると闘っている選手に迷惑がかかってしまうのではないか。だったら若い世代に道を譲ったほうがいいと思いました」 

コートに入るレフェリーとジャッジは比較的若い世代、試合を監督するマッチエリアコントローラーは年配の世代にすると、新旧交代はスムーズに進むと思われる。しかし、まだそのような分類化はできていない。 

今年6月にパリで行われた東京五輪最終予選。女子最軽量の55kg級では月井氏の次女でフィリピン代表としてオリンピック出場を狙っていた月井隼南がイベト・ゴラノバ(ブルガリア)に敗れた。完敗ならば仕方ないが、試合中月井のポイントになっていると思われる蹴りがポイントになっていない場面もあった。 

これは何を意味するのか。その理由の一つとして月井氏は「審判の高齢化」を挙げる。

「試合開始早々、隼南は中段蹴りをきれいに入れた。本来ならば、その攻防を一番見ている位置の審判が旗を挙げたら、他の審判もサポートして挙げる。それで2人以上の旗が挙がれば、ポイントになる。でも一番見えている審判が挙げないと、他の審判が挙げることができない」 

意図的に挙げなかったということ? 

「いや、意図的ではなく、隼南の中段蹴りに反応しきれなかったんだと思います。私も経験がありますが、相手の意表をついた技は審判も反応できない場合があります。自分の経験から意図的にどちらかに勝たせるということはまずないと思っています。ただ、残念ながら見える位置にいるジャッジが反応せず、さらにビデオレビュー用のカメラが2台しかなかったので上腕に当たった相手の蹴りが“YES”になってしまいました」 

初戦で月井を破ったゴラノバはその後も勝ち進み、東京五輪出場の切符を手に入れた。そして本番では全くのノーマークだったにもかかわらず、優勝候補のトルコ代表セラプ・エズチェリクアラポウルらを撃破し見事優勝。このゴラノバと女子61kg級で優勝したヨバナ・プレコビッチ(セルビア)は隼南とともにセルビアで何度も合宿しながら一緒に汗を流した仲だった。 

「今後は筋肉を超えた部分での争いになる」

現在、月井氏は空手と他のスポーツとのリンクに興味を抱く。 

「強くなるためにはパフォーマンスを向上させないといけない。陸上競技でも、体の使い方次第で自分の記録を少しずつ縮めることが可能になってくる」 

空手の理論を応用して、短距離走のランナーのタイムを100分の1秒縮めるためにはどうすればいいか。最近は他のスポーツ分野の先生と組む機会も多い。 

「ラグビーのスクラムも、空手の理論を応用すれば、もっといい方法があるのではないか。柔道だったら奥襟をつかんだときに空手のつかみ方をするともっと簡単に崩すことができるんじゃないかと考察しています」 

その発想の源にあるのは空手発祥の地・沖縄に残る空手の身体操作だ。 

「最大限に潜在能力を発揮させることができる身体操作法が残っている。日本人でも一部の人しかそれに気づいていないんですけどね」 

月井は「今後は筋肉を超えた部分での争いになる」と声を大にして予想する。 

「武道本来の抜き差し(力を抜いて気配を消したり、間髪入れず攻撃したりするなどの自由な力の出し入れ)、重心移動に加え、浮身、沈身、あるいは沖縄独特の伝統技法であるガマク(腰回り)の使い方に、世界が注目する時代になるのではないですかね。私はそう願い、次世代の選手を育成しています」 

他のスポーツに例えると? 

「メジャーリーグのパワーに対して、最大負荷による筋肥大を否定したイチロー氏の理論です。彼の調節方法は、伝統空手の考えに非常に近いものがある」 

沖縄の伝統技法に気づき始めた海外の空手家もおり、すでに行動に移しているという。数年後には、いわゆる「古流」と言われる空手が体育として普及する以前の形に注目が集まるかもしれない。沖縄には、われわれが知っていそうで知らない財宝がまだ眠っているのか。

<了>






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