現役サッカー選手が2つの会社を経営し、斬新な活動を始めた理由。「試合で履くスパイクをファンに購入してもらう」って?
REAL SPORTS / 2021年10月25日 18時0分
2020年5月に立ち上がったオンラインサロン『蹴球ゴールデン街』では、「日本のサッカーやスポーツビジネスを盛り上げる」という目的のもと、その活動の一環として雑誌作成プロジェクトがスタートした。雑誌のコンセプトは「サッカー界で働く人たち」。サロンメンバーの多くはライター未経験者だが、自らがインタビュアーとなって、サッカー界、スポーツ界を裏側で支える人々のストーリーを発信している。
今回、多様な側面からスポーツの魅力や価値を発信するメディア『REAL SPORTS』とのコラボレーション企画として、雑誌化に先駆けてインタビュー記事を公開する。
第12弾は、J3・ロアッソ熊本で選手としてプレーしながら株式会社resolist、一般社団法人Ultrasの代表の顔を持ち、社会貢献活動やオンラインサロンの運営も行う浅川隼人選手に、現役選手でありながらさまざまな活動を行う背景や想いを語ってもらった。
(インタビュー・構成=辻本拳也、写真提供=浅川隼人)
サッカーの枠を超えた“レンタルJリーガー”の活動が「自分の価値」を知るきっかけに――浅川選手は桐蔭横浜大学から2018年にJ3のY.S.C.C.横浜に加入しましたが、その経緯を教えてください。
浅川:Y.S.C.C.にはセレクションで入りました。桐蔭横浜ではキャプテンもやらせてもらいましたが、結果を出せずJリーグからのオファーはありませんでした。JFLなどのクラブからはオファーをいただいたのですが、「子どもたちに夢を与えられる存在になるためにJリーガーになる」と決めていたので、Y.S.C.C.の一般セレクションを受けることにしました。学生から社会人まで約300人が受けて最終的に合格したのは自分1人だけでした。
――Y.S.C.C.2年目には「レンタルJリーガー」という企画を始めますが、そのきっかけは?
浅川:もともとは(2019年4月に)noteで「Jリーガーからサッカーを教わろう!」と投稿して、チームではなく個人でサッカー教室や個人レッスンを行うという企画を始めたのがきっかけでした。その後にフィリピンのセブ島でボランティアサッカー教室を行うためにクラウドファンディングを行ったことなどを機に「夢を追い続けられる環境をつくる」という夢ができたのです。
そうなった時に「サッカーが好きな人にしか自分の価値が届かないのはダメだな」と感じて、オリエンタルラジオの中田(敦彦)さんの『労働2.0 やりたいことして、食べていく』(PHP研究所)を読んだら自分の思っていることを言語化することができ、イメージが湧くようになりました。そこからサッカーという枠を全部取り払って、仕事内容も金額もレンタルする人に全部決めてもらうスタンスで「レンタルJリーガー」を始めました。本を読んだ次の日には、レンタルJリーガーを打ち出していましたね。
――レンタルJリーガーの活動の後、ヒュンメルとのコラボでスパイクプロジェクトをスタートしたんですよね。
浅川:レンタルJリーガーの企画やクラウドファンディングを通して自分の価値をある程度知ることができた頃でした。2年間、ヒュンメルからスパイクを提供してもらっていた中で何もお返しできていなくて悔しさや歯がゆさがあって。「ヒュンメルに何か恩返しできないか」と思ったのですが、自分に価値があるのなら、自分の価値と物々交換する形でスパイクをファンの方に届けてもらえるのでないかと考えました。そこで、「HAYATO DREAM PROJECT」という社会貢献活動の一環で、ファンにヒュンメルのスパイクを1カ月ごとに2足購入してもらい、試合で履いた後に購入者へ1足お返しするという内容で、スパイクプロジェクトをスタートしました。3月から12月まで続けて、10人のファンに参加してもらいました。
――ヒュンメルにスパイクプロジェクトの話を持ち掛けた時はどんな反応でしたか?
浅川:「面白そうだからやってみなよ」とポジティブな反応をもらえました。もともと、セブ島でボランティアサッカー教室をするためにクラウドファンディングを行った際に、集まった資金で現地の子どもたちへ届けるスニーカーをヒュンメルで60足分くらい購入していました。そうした背景もあったかと思いますが、ヒュンメルはこうした活動をやりたいという想いに対して柔軟に対応してくれるので、本当に感謝しています。だからこそ、ヒュンメルと共に歩んでいきたいですし、ただ商品の宣伝をするのではなく、ブランドストーリーや想いなどの魅力を伝えていきたいです。
「選手が家族のように身近に感じられた」というファンの声も
――2020年7月に株式会社resolistを設立していながらも、スパイクプロジェクト単独で2021年8月に一般社団法人Ultrasを立ち上げたのにはどんな理由があったのですか?
浅川:もともとresolistの事業としてやっていたのですが、一般社団法人のほうが社会貢献活動をしやすいですし、周りからの印象も良いのではないかと思ったのが理由です。Ultrasは、J2のブラウブリッツ秋田に所属する下澤悠太選手と大手企業に勤務しながらスポーツの仕事にも関わっている向井晟貴さんが理事として協力してくれています。彼らが僕の活動やビジョンに理解を示してくれていて、3人でUltrasを設立しました。
――Ultrasに参加する選手のメリットは何ですか?
浅川:選手のメリットは3つあると思います。1つ目はスパイクを購入する金額をケアなどにあてられることです。Ultrasに参加している選手はメーカーからスパイクの提供を受けていない選手が多く、自分で購入しています。ファンに購入してもらうことでそのお金をパフォーマンス向上のために使えることは大きいと思います。
2つ目は、ファンをより身近に感じ、応援してもらうことで自分の価値を可視化できることです。スパイクは唯一、選手が自分で選んで身につけることができるものなので、ファンが購入してくれることでより応援してもらっている感覚になると思います。実際、Ultrasの活動がきっかけで自分のブランドやコミュニティを立ちあげたり、YouTubeを始めた選手もいます。
そして3つ目は、物を大切にするようになることですね。ファンが購入してくれたスパイクを履いたことで、今まで自分でスパイクを磨いていなかった選手が磨くようになったこともありました。
――支える側のメーカーとファンにはどんなメリットがありますか?
浅川:メーカーのメリットは2つあり、一つはファンがスパイクを購入してくれることで売り上げにつなげられることです。もう一つはスパイクプロジェクトをきっかけに選手やファンと一体となって面白い取り組みができることですね。今はまだ選手側からそのような提案をできる段階に至ってはいませんが、今後そのような取り組みもしていきたいです。
そしてファンは、自分が買ったスパイクを履いてプレーする選手を見ることができます。応援の気持ちがスパイクに乗っかるわけです。試合で着用したスパイクは後日購入者に届くのでより直接的に応援できるのがメリットだと思います。
――Ultrasの活動に参加した選手やファンからはどんな声が届いていますか?
浅川:選手からは、コロナ禍でファンと触れ合う機会が減っている中で関係を持てる良いきっかけになったという声や、「自分が応援してもらえるとは思わなかった」という声も届いています。そして、これは偶然かもしれませんがUltrasでスパイクのサポートを受けるようになってから試合で活躍する選手も増えています。ファンからは「選手をより直接応援している感覚になった」「選手が家族のように身近に感じられた」といった声が届いています。中には、「サポートしている選手が自分のスパイクでゴールを決めた」という感覚になる人もいるでしょうね。コロナ禍で直接的な応援が難しい中ですがポジティブな感想をもらっています。
「スポーツを通して夢を追い続けられる世界をつくりたい」
――Ultrasは今後、どんな選手やファンに参加してほしいですか?
浅川:選手は、スパイクをもらえるから参加するという人ではなくプロジェクトを通して社会に貢献したい、夢を与えたいという想いを持っている人に参加してほしいですね。その中で想いはあるけど、一歩踏み出せない人もいると思うので、そういった人たちに参加してもらいたいです。もともとUltrasを設立したのが「スポーツを通して夢を追い続けられる世界の実現」が根本にあるので、そうした想いや情熱のある選手に参加してほしいです。
そしてファンは、選手を応援して終わりではなく、Ultrasに参加しているメンバーだという当事者意識を持っている人に参加してほしいです。例えば、選手に企画を提案してくれてもいいでしょうし、こういう選手を入れてほしいというリクエストをしてくれてもいいと思います。ファン目線での意見をどんどん伝えてくれる人が理想ですね。
――Ultrasを今後、どんな団体にしていきたいですか?
浅川:Ultrasは年末にかけて今より参加選手を増やし、リニューアルしたいと考えています。今はスパイクプロジェクトのみで活動していますが、その他の企画も行っていきたいと思っています。そして、スポーツをする子どもたちや学生のサポートも行っていきたいです。現在、日本では子どもがスポーツをするために借金をする世帯もあると聞いたことがあります。他にも両親がいなくてスポーツができない子どもがいたり、公園でスポーツができなくなってきています。そういった環境下の若い世代の人たちが気軽にスポーツを楽しみ、大人になってもスポーツをしたいと思えるような社会にしていきたいです。
――Ultrasをよりいい団体にするために今後必要なことは何ですか?
浅川:「スポーツを通して夢を追い続けられる世界をつくる」という理念を掲げていますが、それをさらに具体化していく必要があると思っています。例えば、Ultrasの活動で収益があがった時にそれを何に還元していくかを明確にしていくことがカギになってくると思います。それらをこれから関わる人たちで話をしていきたいです。
――浅川選手がさまざまな活動をする中で大切にしている理念はありますか?
浅川:僕の夢は「夢を追い続けられる環境をつくること」です。夢を持ってもらうきっかけを与えたり、夢を追えるようにサポートしていきたいと思っています。レンタルJリーガーやUltras、その他の活動もそのために行っています。全ての活動はこの共通の理念に基づいて行っています。子どもたちにも「こんな選手になりたい」「自分も夢を追ってみよう」と思ってもらえる存在になりたいです。
――最近、浅川選手以外にもピッチ外でさまざまな活動を行う選手が出てきていますが、浅川選手がJリーガーになった時に比べ、選手のピッチ外での活動の意識が高まっていると感じますか?
浅川:新型コロナウイルスの影響でSNSなどで日々発信する選手が増えましたよね。その影響で僕のアンテナに引っかかるようになって、いろんな選手に活動内容や想いを聞いたりするようになりました。コロナの影響でそうしたことが表面化してきたのだと考えています。選手は負けた時などSNSを更新すると「サッカーに集中しろよ」といった声が多くありました。それがコロナでサッカーすらできていない状況が続いていた中で、選手たちが自分の現状などを多く発信するようになって周りの反応が変わってきています。そうしたことで選手のピッチ外での活動や、感じていることが表面化してきたのだと感じています。
「選手としてのステップアップは“目的”ではなく“手段”」――今後のサッカー選手としてのビジョンを教えてください。
浅川:Jリーガー・浅川隼人としての存在を確立するために、上のカテゴリーに上がれば違った世界が見えてきてより多くの人に自分の想いなども届けられると思うので、選手としてはJ3で得点王になってJ2昇格を目標に掲げています。ただ、上のカテゴリーに行くのは「強くなって優勝すること」だけではなく、そのクラブのビジョンや目的を達成するための手段だと思っています。もちろん、プロとして結果を出すことや勝利することは必要ですが、その上で「どうしていきたいか」明確になっていることも重要だと考えています。
――引退後、やりたいことはありますか?
浅川:そうですね。現役中でもできることが意外とあると思うので、具体的にこれをしたいというのは正直、今はイメージできないです。最近はクラブチームを持ってみたいと思っていたりもしますが、それも現役中でもやろうと思えばできてしまいます。引退後は、今やっているピッチ外での活動をより手広くやっているのではないかなと。そして、「夢を追い続けられる環境をつくる」ための活動はしているでしょうね。
<了>
PROFILE
浅川隼人(あさかわ・はやと)
1995年5月10日生まれ、千葉県出身。ジェフユナイテッド千葉U-15から八千代高校に進学し、全国高校サッカー選手権大会や全国高校総合体育大会に出場。桐蔭横浜大学を経て、2018シーズンからセレクションでJ3・Y.S.C.C.横浜へ加入。1年目は出場ゼロで終わるものの2019シーズンは32試合に出場し、13ゴールを挙げる。2020シーズンにJ3・ロアッソ熊本に完全移籍すると、28試合で11ゴールを記録。Y.S.C.C.時代からレンタルJリーガーやスパイクプロジェクトなど、ピッチ外での活動も注目されている。株式会社resolist代表取締役、一般社団法人Ultras代表理事を務める。
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