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“長友専属シェフ”誕生秘話。もう一人の恩人と深夜のラブレター、そして生まれた新たな職業

REAL SPORTS / 2021年10月27日 12時0分

先日11年ぶりにJリーグでプレーしたFC東京の長友佑都。2011年から7年半所属したイタリア・セリエAの名門インテルでは、UEFAチャンピオンズリーグでベスト8進出、コッパ・イタリア制覇を成し遂げ、その後もトルコのガラタサライ、フランスのマルセイユで活躍、ヨーロッパの最前線で戦ってきた長友が、「間違いなく一番重要な要素」と語るのが、毎日の食事だ。体幹トレーニングやヨガなどさまざまなものを貪欲に取り入れ、ストイックに自らのコンディショニングを整えてきた長友は自ら口にする食材の栄養価、調理法にも気を使い、パフォーマンスの最大化のために“専属シェフ”を雇い入れていることでも知られる。日本人アスリートの中でも傑出した結果を残し、35歳の今も日本代表の不動の左サイドバックとしてトップフォームを保つ長友の「食」を支える加藤超也シェフに話を聞いた。

(インタビュー&構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真提供=株式会社Cuore)

はじまりは一つのツイートだった

ある日の終電。当時シェフを務めていたレストランのクローズ作業を終えて、何気なく目にしたスマホに表示されたツイートがすべての始まりだった。

ツイートの主は、2014年、ブラジルで行われたFIFAワールドカップでのグループリーグ敗退、その後は所属クラブのインテルでも相次ぐケガで戦列を離れることが多くなり、「このままではいけない」と変化を切望していた長友だった。

「当時、Twitterはやっていなかったんですけど、スマホで情報を追っていたらたまたま長友選手のツイートが出てきたんですよね。長友選手自身、ケガによる離脱が多い時期で、テニスのジョコビッチ選手の食事法の本を読んだとか、自分も食事を切り替えて、ケガをなくせるんじゃないかとか、いろいろ試してそれをツイッターに上げていた時期だったんですよ。『今日はここを意識して、これを食べました』とツイートしていたんですね」

長友のツイートを目にしたとき、一日の仕事を終え、疲れてぼんやりしていた加藤の頭は突如覚醒モードに入ったという。

「自分の中で『この人をサポートしたい』という思いが瞬間的に浮かんだんですよね。もう一瞬で」

電車の中で長友の過去のツイートをむさぼるように読んだ加藤は、何とかして長友本人に連絡を取ろうと思い立った。

「家に戻ってTwitterのアカウントをつくって、長友選手だけをフォローしてDMを送ったんですよ。夜中の2時くらいでしたね」

長友が感じている危機感と、その解決の中心に「食事」があるのでは? というアプローチ。自分はそこを追求したいし、プロサッカー選手として、ヨーロッパで奮闘する日本人選手としてさらなる成長と飛躍を切望する長友と「料理人として同じ熱量を持っている、同じ方向を向いて歩んでいける」。そんな長文のDMだった。

その日は、“深夜のラブレター”を書き終えたことに満足し眠りについたが、翌朝9時には長友から返信が来ていた。

これが長友専属シェフ誕生の第一歩だった。

もう一人の“ミスターストイック”中澤佑二との出会い

そもそも加藤はなぜ長友の「ケガと食事」「パフォーマンスと食事」を意識しているというツイートにこんなにもビビッドに反応したのか? 実は、長友以前、加藤に“アスリートの専属シェフ”という職業に導いたサッカー選手がいた。

高校を卒業し、青森から上京しサラリーマンとして働いていた加藤は、21歳のとき一念発起して料理の世界に飛び込んだ。元々素養があったのか、4年後にはシェフを任されるまでになっていた。

出会いは、加藤がシェフを務めていた横浜のとあるレストランだった。

「むちゃくちゃ大きくて、ただならぬオーラを放っている人が店に入ってくるのを調理しながら見ていたんですけど、近づいてきたらすぐに誰かわかりました。どなたがお客さまでも冷静にしなければいけないんですけど、ちょっと興奮したのを覚えています」

店を訪れたのは、横浜F・マリノスに所属し、日本代表のセンターバックとして絶対的な存在だった中澤佑二だった。

「こちらの興奮と裏腹に、中澤さんはものすごく冷静に、メニューを見ながら淡々と注文されていたんですね。驚いたのは、リクエストの細かさでした」

サラダはドレッシングをかけず、オリーブオイルと塩を別添えに。豚肉のグリルは、脂身を全部カットしてほしい。そのほか頼んだメニューすべてに細かな指定がされていた。

注文の際、アレルギーや、好き嫌いを伝えてもらい、それに応えるのは料理人として当然のことだと思っていた。それでも、ここまで細かいリクエストは初めてだった。

シェフとして感じた「恥ずかしさ」と「可能性」

「恥ずかしいという気持ちになったんですよね。中澤さんがサッカー選手であることはわかっています。体が資本で、栄養面に気をつけていることもわかっています。でも、中澤さんの細かいリクエストの『なぜ?』がわからなかった。なぜドレッシングじゃだめなのか?脂身を避ける本当の理由は?中澤さんの意図するところがわからないまま、指定されたとおりに料理をつくるしかない自分が恥ずかしいし、つくっていてすごく気持ちが悪かった」

料理人としてはスタートが遅かった加藤は、料理を論理的に解釈し、ある種数学的な要素でひもとくことでキャリアの差を埋めてきた自負があった。今の旬の食材はこれ、とれたての食材を組み合わせるとこういう料理ができる、だから今日はこれを食べてほしい。そんなふうに論理的思考から料理を提供してきた加藤は、中澤が持っている確固たる理論をまったく理解しないまま料理を提供することにこれまでにない違和感を覚えていた。

「自分はお客さまにものすごく失礼なことをしているんじゃないか」

加藤はこの日から、栄養学やアスリートに必要な食事についての勉強を始めた。

「トップアスリートの人たちが実践していて、しかも理論もきちんとしていて効果を実感している食事があること、それを知らずに料理を提供していたことを改めて恥ずかしいと思いましたし、直接口にするもの、体に入るものを扱う人間として失礼。なにより自分のそれまでの料理は、少なくともトップアスリートを幸せにはできないなと思ったんです」

中澤はサッカー選手の中でも特に食事にストイックな選手として知られる。現役引退後、バラエティー番組などで「20年ぶりのラーメンと唐揚げ」を堪能するシーンが話題になったが、本来の好き嫌いとは別に、現役中は「サッカー選手として必要な食事」にフォーカスし、それを徹底していた。

加藤の意識が伝わったのか、中澤はたびたび店に訪れるようになった。試合前日、試合の翌日にどんなものを食べるのか? 前々日はどうだろう? リカバリーの日は? そんな試行錯誤を重ねていると、週に3回、時には昼と夜の1日2回、中澤は加藤の料理を食べにくるようになった。

“アスリート専属シェフ”という新たな職業

「中澤さんとの交流で、料理がアスリートのパフォーマンスに少しでも関わっていけるという可能性を見つけて、その面白さにどっぷりはまっちゃったところはありました。中澤さんに料理を提供するのが純粋に楽しくて仕方なかったんです」

日本にはおいしい料理をつくれる人はたくさんいる。世界にも名店で腕を振るうようなスゴ腕シェフがたくさんいる。そんな中で自分が進むべき道はどこにあるのか? 「今にして思えば」と加藤は振り返るがそのときは半ば本能的に、スポーツ栄養学とはまた違う、「アスリート×料理」の持つポテンシャルに確信を持っていた。

長友ツイートに心を揺さぶられたのは、決して思いつきでも、有名なサッカー選手に話しかけてみたいというミーハーな動機でもなく、こうした経緯があってのことだった。

「中澤さんとの出会いから、お店のシェフとお客さまという関係性ではなく、二人三脚で追求していきたいという思いはずっとあったんです。そう考えたときに、選手自身が食に対する思い、熱量、そしてその先に明確なビジョンがないとうまくいかないだろうなと思っていて」

具体的にサポートするアスリートを探していたわけでも、新たに職を求めていたわけでもなかったが、そっち方面のアンテナは常にフル稼働していた。そこに飛び込んできたのが、長友の一連のツイートだったというわけだ。

思いの強さ、熱量は大切だが、長友の専属シェフが当然DMだけで決まったわけではない。

何度か連絡を取り合った後、長友は「じゃ、何か料理をつくって食べさせて」と加藤に言った。日本に帰国した際に、いわゆる面接と実技試験を行うという意味だった。

料理面接でつくった渾身のスペシャリテ

長友との初対面は、「初めまして」のあいさつから5分後には調理を開始するという慌ただしいものだった。

その料理が何より加藤を物語るものだったということだろう。つくったのは5品だったが、最初の一品を口にした長友は「決まりやな」と笑った。

加藤としても、最初の一品にすべてをかけていた。提供したのは、とうもろこし、白玉ねぎ、枝豆のポタージュだった。水と塩、それぞれの食材を使ったシンプルな一皿は、加藤のスペシャリテで(レストランの顔、シェフの代名詞になるような得意料理)もあり、アスリートに必要な食の追求への思いを込めた一品だった。

「お水とお塩とオリーブオイルしか使っていない。白玉ねぎに関してはお水も入れていない究極の“シンプル・イズ・ベスト”を表現したんです。素材だけで構成された余計なものが入っていないポタージュは、『私は嗜好(しこう)性と機能性を両立する料理がつくれる、そこを目指している』というメッセージでもあったんです。これで伝わらなければ仮に合格したとしても、長友選手の役に立てるかどうかわからないし、自分の考えてきたことはここで終わりだなというくらいに考えていました」

一口目を飲んだ長友は、「決まりやな」といった後、すべての料理が出終わるのと同時に「お願いします」と握手を求めてきた。

長友が初めて口にした加藤の料理は、その後も頻繁に食卓に上り、昨年には「THE POTAGE」として商品化もされた。

サプリメントやプロテインなどで“補う”ことも重要だが、天然の素材、食材を生かしたシンプルな料理で、体をつくっていく。引き算ができる人は足し算も当然できるという判断が長友の中にあったのかもしれない。そして長友がこのポタージュを口にするたびに加藤にいうのが「おいしい」という一言だ。

「アスリートにとって最大のパフォーマンスを引き出すための料理って、理論や論理だけでもダメなんです。人間はロボットじゃないから、おいしくないもの、心引かれないものを口にしてもいいパフォーマンスは発揮できない。食事制限がストレスになって能力を制限することもあるかもしれません」

加藤にアスリートと食の可能性を追求するきっかけを与えてくれた中澤も長友も、自分のパフォーマンスを引き出すためにストイックに努力を重ねるアスリートの代表格だが、食事はトレーニングであり、すべての人にとっての癒やしや楽しみでもある。

「自分の立場からこれを食べた方がいいと強制は絶対にしちゃいけないと思っているんです。知識とか理論に寄り過ぎてしまうと、食べる楽しみを奪ってしまうことにもなりかねない。アスリートも人間だし、食は楽しみでもあるということを前提に食事を提供することを心がけています」

栄養士でもなく、単なる調理師でも、行きつけのレストランのシェフでもない。加藤が切り開いた“アスリート専属シェフ”という新たな地平は、アスリートが世界で戦うための新たな可能性を秘めている。

<了>









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