いつか自分が退任しても…ラグビー日本代表“世界と伍するスクラム”の立役者、長谷川コーチの秘策
REAL SPORTS / 2021年11月4日 12時12分
2019年、ラグビー日本代表は列島中を熱狂の渦に巻き込んだ。初のワールドカップ8強を成し遂げた躍進の原動力となったのは、紛れもなくスクラムだった。コーチとしてその武器を磨き上げてきた長谷川慎は、2023年のフランス大会はもちろん、その先をも見据えている。いつか自身がその任を退いたとしても、組織として成長を持続できるように――。「世界一」のスクラムを目指す男の挑戦は続く。
(文=向風見也、写真=Getty Images)
世界一のスクラムを目指し、スクラム番長は「いつか」を見据える人を夢中にさせる。ラグビー日本代表の長谷川慎アシスタントコーチは、2016年秋の就任時から選手にこう伝えてきた。
「自分たちのスクラムが好きになるための、自分たちのシステムをつくろう。システムができれば努力する。やがて関心を持たれ、期待され、責任感が芽生えることでもっと頑張る。どこの国もそうして強くなってきた……」
通称「慎さん」が担当するスクラムは、ラグビーにおける攻防の起点だ。両軍の屈強な戦士が8対8で向き合い、レフリーの合図に沿い、つかみ合い、押し合う。その真下を楕円(だえん)球が通る。この競技では、ボールの位置より前でプレーできない。スクラムの優劣はその後の試合展開も変え得る。
大柄な選手の力を生かして圧をかけたり、揺さぶったりする強豪国に対し、日本代表は8人の力をやや低い位置で濃縮させる。仲間同士が前後、左右で密着する。お互いが接する面はさながら「壁」。深く沈める膝の角度、地面にかませるスパイクのポイントの数も厳密に決まっている。
チームは2019年秋、ラグビーワールドカップ日本大会で史上初の8強入りを果たす。原動力の一つが、緻密に練られたスクラムだった。優勝候補ともいわれたアイルランド代表を押し返した一本は、大会後に何度もテレビで繰り返された。
あの瞬間、韓国出身の具智元がガッツポーズを作り、その後ろにいたオーストラリア人のジェームス・ムーアも叫んだ。「コアが短い日本に合ったスクラム」の決まり事が、他国籍から成る現代表に浸透していた。ここに、伝え手の力がにじむ。
「重心を後ろに下げない」というメッセージを一言で…約1年7カ月ぶりに代表活動が再開した2021年春、長谷川は新たな言葉を用いる。
「丹田(※)」
(たんでん。へそ下の下腹部辺りを指す)
姿勢を取る際、身体の中心部に力を込めるよう促す。ワールドカップ日本大会以前から一貫してきた「重心を(後ろに)下げない」というメッセージを、異なる角度から伝えようとしたのだ。
「今までやってきたことをいかに飽きさせないか、と考えました。外国の人って、『間合い』などの日本語が好きなんです。『重心を下げたくない』と伝えるのに、『センター・オブ・グラビティ』なんて言うよりは『丹田!』の方が分かりやすい。結果、『今までやろうとしていたことは丹田に力が入っていないとできない』『相手がなぜうまく組めていないのか。丹田に力が入っていないからだ』と、(指導に)使いやすかったです」
プレゼンテーションへの意欲は、これまでの仕事仲間にかき立てられてきた。
現代表のジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチとトニー・ブラウン アシスタントコーチ、国内のサントリー、ヤマハなどでバディを組んできた清宮克幸氏(現日本ラグビーフットボール協会副会長)は、いずれも説明がうまかったと長谷川は見る。冗談を交えて言う。
「それぞれ、人一倍、勝ちたいと思っています。だから思いつきでしゃべらないように、すごく考えて、根拠のある話をしているのだと感じます。……知らんけど」
オーストラリア戦でスクラム陣が学んだこと10月23日、昭和電工ドーム大分でオーストラリア代表と激突。ワールドカップ日本大会以来となる国内代表戦では、そのスクラムで苦しんだ。相手と接近して組みたい日本代表だが、この日はレフェリーに互いの距離感を保つように告げられた。
実は本番でそうなった際の準備もしていたのだが、左プロップで先発した稲垣啓太はこう驚く。
「正直、ここまで距離が空くとは思っていなくて……。もう少し、早く対応すべきだったと思います」
もっとも試合終盤は、全体的な足の位置を前方へ寄せて対応。修正できた。10月29日以降の欧州遠征では、このトライアル・アンド・エラーも肥やしにする。ワールドカップ日本大会でぶつかったアイルランド代表、スコットランド代表など3チームとぶつかる。
「(オーストラリア代表戦で学んだことは)アジャストする力。対応力です」
稲垣がこう言えば、具はこう続けた。
「しっかり組めれば、いい感じで組めた」
ワールドカップフランス大会でさらなる飛躍を目指した取り組み選手が直近の勝負に没入する傍ら、長谷川は、それと同時に未来への投資にも注力する。
今度の遠征への候補合宿では、もともと若手育成機関の名称だった「ナショナル・デベロップメント・スコッド」の枠を設置。将来性のある若手を招いた。スクラムを先頭で組む右プロップの淺岡俊亮はその一人で、正規メンバーにも残った。
社会情勢に問題がなければ、学生選手の短期的な招聘(しょうへい)も検討されたかもしれない。事実、長谷川はこの夏、長野の菅平高原で各大学の合宿を視察していた。
「日本(代表)の組み方ができる選手をもっと増やしていきたい。『今、強い、弱い』ではなく、『自分たちの組み方にはまるかはまらないか』みたいな目で選手を見ていかなくては」
目指すは、2023年のワールドカップフランス大会での上位進出である。それには選手層の拡大が不可欠だと、日本大会時のスタッフは感じている。長谷川もこうだ。
「今の組み方は、今の選手、コーチでやっているもの。人が替わると組み方が変わるかもしれないのは分かっています。ただ、(2023年に向けた)選手層という意味でいえば、今から立て続けにけが人が出たら厳しいですよね。(今の組み方にフィットする)可能性のある選手に関しては、(初代表の時点で)一からのスタートにはしたくない」
「今の日本代表は、もしかしたら世界一きつい練習をするかもしれない。そこで頑張れるマインドセット、スキルのある選手が『チーム(所属先)の組み方でスクラムがうまくいっていない』というだけで選考から外れることのないようにしたいです。その選手が(今の日本代表の)スクラムにはまるかどうか、どう(練習や試合に)取り組んでいるかを見ると、(日本代表で戦えるかどうかの)イメージが湧きます。大学生で、何人かいい選手がいました」
たとえリーダーや担当者が代わっても、組織としての継続性を途切れさせないフランス大会と同時に、その先も見据える。
世界中で「ステイホーム」とうたわれた2020年春には、ワールドカップ日本大会で組んだスクラムを全てレビュー。一つ一つにコメントを付けた。さらには今日のスクラムをつくり上げた基本方針、実戦を通して施してきたマイナーチェンジの過程もまた。
いわばその資料に、日本代表が強豪国とスクラムで伍するまでの「5W1H」がまとめられているのだ。
この資料はあくまで、以後の練習計画を立てるために作った。ただしその延長で、後進への引き継ぎにも活用できそうだ。仮に自身が2024年以降に続投しないとしても、スクラム強化の継続性は担保したい。
リーダーや担当者が代わったとしても、組織としていかにプロジェクトの継続性を保てるか。これはどの競技の現場でも、さらには各地のビジネスシーンでも請われる視座ではないか。
「最近は(コロナ禍のため)塩漬けになっていますが、日本人のスクラムコーチが自分のところに何かを聞きに来たとき、できるだけ分かりやすく説明できるよう自分で(資料を)持っています。これ(資料)があるとないとでは違います。自分自身、前のスクラムコーチから何の引き継ぎも受けていないので、一からスタートした厳しさは分かっているので。もし交代するときが来た場合、(新任コーチが)それを見る、見ないは別として、しっかりとした引き継ぎ(の資料)は必要かなと」
現役時代は日本代表の左プロップとして、1999年、2003年のワールドカップに出場。「スクラム番長」の異名を取った。今では自らも支えてきた列島のスクラムを「世界一」に引き上げるべく、セコンド役として独自色を打ち出す。
さらに、選手と共に歴史を塗り替えたその過程を第三者に伝わるよう言語化しているのだ。これから「世界一」を目指す未来の「スクラム番長」をも後押ししつつ、目の前の敵をにらむ。
<了>
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