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ベンゼマから見えてくる“サッカー界の闇” 有名選手と取り巻きのグロテスクで危険な関係

REAL SPORTS / 2021年11月15日 11時58分

カリム・ベンゼマは昨年5年半ぶりに復帰したフランス代表でも、在籍13年目となるレアル・マドリードでも絶対的なエースとして君臨し、11月29日に授賞式が行われるバロンドール候補にも名を連ねている。その一方で、2015年に事件が明るみになって以来、捜査と裁判が続き、フランス中を巻き込む対立まで生んでしまった、いわゆる「セックステープ事件」の被告という立場で今月判決も控えている。すでに6年がかりになっているこの事件のその後を振り返ると、その恐ろしさが改めて浮かび上がってくる。 

(文=結城麻里、写真=GettyImages)

なぜベンゼマは6年近く苦渋をなめることになったのか?

フランスを初めて世界王者に導いた伝説の監督エメ・ジャケが、20年前にこう言った。「最もハイレベルのフットボーラーは、“よく取り巻かれる術(すべ)”を知らねばならない」。独占インタビューをした時の言葉だった。当時は深い意味を実感できなかったが、種々の事件を取材するうちわかるようになった。特にカリム・ベンゼマの事件は、スター選手と取り巻きの危険な関係をよく表している。

ベンゼマはレアル・マドリードの絶対的エース。つい先日もUEFAチャンピオンズリーグ(CL)におけるクラブ史上1000番目の記念ゴールを決めたばかりだ。夏にはフランス代表にも5年半ぶりに復帰し、UEFA EURO 2020でチーム得点王に。次いで秋のUEFAネーションズリーグ・決勝ラウンドでも輝きを放ち、フランスを優勝に導いた。この活躍でベンゼマは、ついに2021年バロンドール候補にも浮上している。

だがここに至るまでベンゼマは、6年近く苦渋をなめることになった。キャリア絶頂期を半ば台無しにしてしまったのだ。一見くだらない事件で、取り巻きに警戒を怠り、少なくとも軽率な言動をとったためだった。俗にいう「セックステープ事件」である。

この事件では、最新の法廷が10月20日から同22日までヴェルサイユ司法裁判所(軽罪裁判所)で開かれ、全貌が明らかになってきた。あっけにとられるほど愚かで、グロテスクなほど軽率な内容だった。魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちとスター選手の関係をまとめてみよう。

有名選手たちの“お世話”をビジネスにする“なんでも屋”

まず原告は、ベンゼマと代表チームメートだったマテュー・ヴァルブエナ。被告は、アクセル・アンゴ、ムスタファ・ズアウィ、ユネス・ウアス、カリム・ゼナティ、ベンゼマの5人だ。

このうちアンゴは、有名選手たちの“お世話”をビジネスにする“なんでも屋”。とくにテクノロジーに長け、映画満杯ハードディスクの扱いや種々データの送受信を助けたり、パソコンや携帯の困りごとを解決したりと、商売繁盛だったらしい。6年前当時の顧客も、サミル・ナスリ、ジブリル・シセ、バフェティンビ・ゴミス、ベンゼマをはじめ、他国にもいた。そしてヴァルブエナも顧客の一人だった。

ズアウィも、スター選手と“お友だち”になるのが大得意の“商売人”で、“お世話”のかたわら相手に本物か偽物かわからない「ルイ・ヴィトンのクッション」や「高級オーディオ・イヤフォン」を売ったり、アラブの王子相手に「CLファイナルで使用されたボール」や「ターミネーター3でアーノルド・シュワルツネッカーがつけていた腕時計」を売ろうとしたりしていたという。すでに複数の前科があり、スイスでは3年間の刑務所暮らしも経験していた。

この2人はすでに2008年、シセのプライベートファイルを見つけ、流出を防ぐと持ち掛けて、まんまとシセから1万5000ユーロ(約195万円)をせしめた経緯があった。

うまくいかなかったジブリル・シセルート

アンゴがヴァルブエナ宅で、携帯の修理中に「セックステープ」を見つけたのは2015年3月。この時アンゴとズアウィは、ちょうど借金を抱えていた。高級腕時計を買うために別のフットボーラーから2万5000ユーロ(約325万円)を借り、いつの間にかカネも時計も消えて、借金返済だけが残っていたという。そこでアンゴはすぐズアウィに連絡した。

シセの件で味を占めた2人は、シセを使えばヴァルブエナからもカネをとれると思ったらしい。ところがすでに犠牲者だったシセは2015年5月、不穏な動きがあることをヴァルブエナに伝え、気をつけたほうがいいとアドバイス。恐喝の仲介役にはならなかった。

シセルートがうまくいかないと悟ったズアウィは、マルセイユで知り合った友人ウアスに連絡する。このウアスには前科がないが、やはり別のフットボーラーの取り巻きだったため、ズアウィは有益と見込んだらしい。このウアスが2015年6月、ヴァルブエナに直接電話する役目を授かった。フランス代表が本拠地クレールフォンテーヌで合宿している最中のことだった。

これでヴァルブエナは、代表セキュリティを担当していた警官に相談し、5日後に警察に被害届を提出した。背後に誰がいるのかは知らないままだった。捜査が始まった。

ベンゼマの親友ゼナティが登場

ズアウィがもっと手っ取り早いルートも追求しようと決断したのは、その後。ベンゼマの取り巻きで、ベンゼマの30年来の幼なじみであるカリム・ゼナティに目をつけたのだ。ゼナティは12歳の時から窃盗など24件もの前科を抱えていたが、ベンゼマは彼を自分の企業に雇ってやり、3000ユーロ(約39万円)以上の月給を与え、救い続けていた。

そのゼナティが2015年8月、マドリードでベンゼマと一緒に昼食をとっている場所に、ズアウィを導いたようだ。ベンゼマによれば、「ゼナティとレストランにいたらその人がやってきて、ルイ・ヴィトンのクッションをプレゼントされた。彼は座ってしゃべり出し、ヴァルブエナのテープの話を始めたが、僕は知らない人物なので無視し、そんな話はやめろと言った。後はそのまま一緒に食事して、別れただけ」と供述している。

だがゼナティがこうして登場し、ベンゼマにヴァルブエナと話すよう勧め始めた。警官の潜入捜査では6回の通話が録音されている。そして2015年10月のクレールフォンテーヌ合宿で、ベンゼマがヴァルブエナを自室に呼び、状況を管理できる人物を紹介してもいいと語り、直後ベンゼマは親友ゼナティに電話し、ヴァルブエナの怯えぶりを馬鹿にして大いに笑った。警察に録音されていたとも知らずに……。

こうして「首謀者」とみられるズアウィとアンゴ、電話したウアスと並んで、スターの幼なじみゼナティも「恐喝未遂」容疑を受け、ベンゼマ本人は「恐喝未遂共犯」容疑を受けることとなった。ベンゼマが取り調べを受けて大騒動になったのは2015年11月。スタッド・ド・フランスとパリ市内で大規模な連続自爆テロ事件が起きる直前のことだった。

善意を欺き“カネのなる木”に集まる魑魅魍魎

取り巻きと取り巻きは友人で、別の取り巻きも2人の友人になり、選手の幼なじみは選手の親友で、親友の友人はみな友人……。“カネのなる木”にいかに多くの魑魅魍魎が集まるかが、よく見えてくる。ミックスゾーンで何度も見たベンゼマは、いつもルイ・ヴィトンのバッグを持っていた。ズアウィはしっかり狙いを定めて、クッションを贈呈したに違いない。

200~300万円は庶民には大金だが、プライベートジェットやフェラーリをぽんと買えるスター選手たちにすれば、“はした金”だ。多くのスター選手も、金があるゆえに自分で努力せず、何でも取り巻きに依頼する。成功に胡坐(あぐら)をかかず、本当に善意から、寄ってくる取り巻きを助けてやる選手も多い。だが問題は、“よく取り巻かれる術”を知ることなのだ。

人々のおかげで自分の成功があると感謝し、社会に役立つよう金を使うのは重要だ。また前科者でもそれだけで差別すべきではない。社会復帰を助けてやるのも人間として大切なことだ。だが「友人の友人は友人で……」という安易な基準と習慣で取り巻かれれば、やがてツケが回ってくる。

その後の成り行きは周知のとおりである。加害者かもしれないベンゼマと被害者ヴァルブエナが会うことは捜査上禁止され、当然の帰結として2人はそろってフランス代表招集対象外となった。そうこうするうちフランス代表はベンゼマなしで回り始め、フラストレーションを溜めたベンゼマは「ディディエ・デシャン監督は人種差別主義者に譲歩した」などと発言してしまう。

この結果フランスは、多民族融合社会を反映するかたちで、ベンゼマ派対ヴァルブエナ派、ベンゼマ派対デシャン派などに真っ二つに割れ、ピッチでベンゼマの後を継いだオリヴィエ・ジルーまで巻き込まれて、ベンゼマ派対ジルー派の対立も生まれるなど、おぞましくもつれ合った奇怪な構図ができあがってしまった。だがフランス代表は、ベンゼマなしで史上2回目の世界王者に君臨することになった。

ベンゼマは家庭を築いて代表復帰を果たし、ヴァルブエナは…

今回の法廷では、有名弁護士の舌戦も繰り広げられた。原告側弁護人は、ヴァルブエナがプライベートファイルを盗まれたうえ、恐喝されそうになった被害者であることを再強調。だが被告側弁護人は、性行為を相手の承諾なしで撮影するのも法に抵触すると牽制した。またベンゼマの弁護人は、親友との電話でヴァルブエナを馬鹿にしたのは道徳的に追及されても仕方ないが、「道徳と刑法上の違反は別ものだ」と突っ込んだ。

当のベンゼマはレアル・マドリードの試合日程から法廷に出席しなかったが、インタビューで「僕は助けてあげようと思っただけ。カネの話などしていない。唯一後悔しているのは電話で馬鹿にしたことだ」と釈明している。

スターがいなければ、しみったれた額のたかり未遂で、ローカル紙の一面記事にもならない愚劣な事件だ。だがスターと取り巻きが闇の中で怪しく踊るその姿が、フランスを分断するほどの大事件に発展させてしまったのである。多くの人を傷つけ、翻弄しながら――。

検察側のベンゼマに対する論告求刑は、「10カ月の禁固及び7万5000ユーロ(約975万円)の罰金」と、かなり厳しかった。一方弁護側は無罪放免を求めている。最終的に潔白と出るのか有罪と出るのか、いまのところは不明である。

ベンゼマは家庭を築いて父親になり、代表にも復帰を果たしたが、ヴァルブエナはオリンピアコスで活躍しているものの代表には復帰できないまま、妻とも離婚、家庭崩壊に陥った。フランス代表の元司令塔とエースアタッカーは、死ぬまで対立し続けねばならないのだろうか。

唯一救われるのは、ベンゼマが純粋スポーツ面で謙虚に努力を重ね、人間としても成長したことだ。レアル・マドリード前監督のジネディーヌ・ジダンや、不当な人種差別者呼ばわりを水に流してくれた現代表監督ディディエ・デシャンに支えられ、ついに“よく取り巻かれる術”を知ったのかもしれない。

外野のベンゼマ派からたたかれ続け、ベンゼマ復帰でフランス代表に招集されなくなったジルーは、11月6日付「レキップ」紙でこう語っている。「(僕ら2人の間では)一度も問題なんかなかったんだよ。それにカリムも変わった。成熟して、いい方向に進化したと思う」。

判決は、バロンドール受賞式の5日前にあたる、11月24日に予定されている。

<了>





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