宇野昌磨を更なる高みへ誘う『ボレロ』。ランビエールとの絆で歩む“世界一”への道程
REAL SPORTS / 2021年11月29日 19時44分
完全復活ののろしを上げた瞬間だった。2年半ぶりの自己ベスト更新。平昌五輪以来、悩み苦しんだ時間を過ごし、涙を流したこともあった。時に回り道をしながら、それでも一歩ずつ前に進んできた。そして迎えた、特別なシーズン。“世界一”になれると信じてくれる師との絆が生み出す至極の『ボレロ』が、宇野昌磨をさらなる高みへといざなう――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
北京五輪シーズンのフリー『ボレロ』には、宇野昌磨の個性と魅力が詰まっている宇野昌磨の今季フリー『ボレロ』は、師事するステファン・ランビエール コーチが振り付けている。『ボレロ』は、1984年サラエボ五輪・アイスダンスで優勝したジェーン・トービル&クリストファー・ディーンがフリーで滑り、芸術点で全てのジャッジから満点の評価を得た、フィギュアスケートにおいては特別な名曲だ。ランビエールコーチが選んだという『ボレロ』は、よく使われているものとは趣が少し異なるバージョンで、その選曲にもランビエールコーチが見せたい宇野の個性が感じられる。
『ボレロ』を披露した4月のアイスショー『スターズ・オン・アイス』で、宇野はテレビ局のインタビューに答え「すごく運動量の多いプログラムになっています」と説明している。
「ステファン・ランビエール コーチとつくっていて、これからもブラッシュアップしていくと思います。なるべくこの運動量や動きを(保って)、より良いものにするのはいいのですが、ジャンプのためになくならないように、これ以上の演技ができるように、シーズンを迎えていきたい」
『ボレロ』の最後を飾るステップは、濃密で激しく、今までにないような宇野の動きが見られる。宇野の表現力に対するランビエールコーチの期待が込められたステップといえるだろう。ステップの途中で見せるバレエジャンプについて、宇野は両足で着氷するのが難しいことを説明した上で、次のように語っている。
「なんかステファンらしい振り付けだなとも思いますし、またなんかやっていて『かっこいいんじゃね?』って思ったりするし。難しいけど、やりがいがあるって感じですね」(プレミアム音声サービス「NowVoice」より)
『ボレロ』に懸ける宇野の思い。「たとえどれだけ打ちのめされても……」4種類5本の4回転、2本のトリプルアクセルを組み込む『ボレロ』のジャンプ構成は、難度の高さにおいて世界屈指といっていい。今季初戦のジャパンオープン(10月2日)の前日練習の際、宇野は『ボレロ』に懸ける熱い思いを語っていた。
「正直(クリーンに)できる確率は現状かなり低いものだとは思っていますけれども、たとえ明日失敗しようとも、このワンシーズン通してこのプログラムを完成させたい。自分がこのプログラムをできる段階まで成長して『世界のトップと戦える選手になりたい』という気持ちを込めて、たとえどれだけ失敗して打ちのめされても、これをやりたいと僕は思っています」
特に宇野の意欲が表れているのは、冒頭の4回転ループだ。平昌五輪シーズンを最後に試合では跳ばなくなっていた4回転ループに、今季は出場した3試合全てで挑戦している。
ジャパンオープンでは4回転ループで転倒、続く4回転サルコウは2回転になってしまい、さらに4回転トウループでも着氷で前傾してセカンドジャンプをつけられなかった。しかし、宇野の決心は揺らがない。
「どのジャンプも一つ一つやったときの成功率は上がっていても、どうしてもプログラムを通したときに、ループとサルコウ、この2つの高難度ジャンプがなかなか安定しない。これを次の試合に向けてどれだけ重点的に練習できるか、どのようにして改善できるような練習をしていくか、というのが、僕の今後の課題になるのかなと。また、今回は後半に(なるに)つれて、いいジャンプを跳び始めていました。ちゃんとこの後の試合でも、こういう高難度構成で前半失敗しても崩れない基盤となるプログラム、自分をつくっていければいいなと思っています」
またジャパンオープンでは、振り付けたランビエールコーチのイメージ通りの表現を目指す意向を示してもいる。『ボレロ』ではステップの最後に短く入っている、宇野のトレードマークでもあるクリムキンイーグルについて「もっと入れていくのか」と問われた宇野は「なんとも言えないですね」と答えている。
「ステファンコーチが、どこに入れたいのか。プログラムのイメージというのは振付師の方がイメージしているものだと思うので、振り付けていただいたものを最大限イメージ通りになるように表現していくのが、僕の仕事かなと思います。今日も、どうしても頭がジャンプをメインに考えてしまったので……ステップや表現力に意識がいくような、試合が終わってこの場(ミックスゾーン)に座っているときに『ちょっと表現力が』って言えるほど余裕なプログラムをできるように、今シーズン中にやりたい」
「君が世界一になるには、何が必要だと思う?」ランビエールの問い掛け課題の4回転ループについては、今季2戦目となるスケートアメリカ(10月21日~24日)でも手を着いてしまったが、3戦目のNHK杯(11月12~14日)では今季初めて加点のつく出来栄えで成功させている。NHK杯では続く4回転サルコウも決めており、鍵となる冒頭2つのジャンプを克服したものの、宇野本人は後半の4回転フリップが2回転になり、4回転トウループでもセカンドジャンプがつけられなかったことに目を向けていた。
「(今季の試合)ジャパンオープンとグランプリシリーズ(のスケート)アメリカで滑った時は、最初の2つを失敗していたので、追い込まれた状況の中で後半まとめる、そういった力が出ていたのかなと思いますが、今回のようにうまくいってしまうと、また後半での緩みが少し出てしまったんじゃないかな」
合計点で自己ベストを更新しての優勝という結果にも、宇野は「すごくうれしいですけれども、一刻も早く帰って、もっと今回見つかった課題を練習したい」と意欲的だった。
「もっともっと、もっと難易度の高い構成をできるように、練習をもっとしていきたいとも考えています」
そのモチベーションの高さの理由として、宇野はランビエールコーチの存在を挙げている。
「自分を支えてくれている皆さんの期待だったり、僕が世界一になれる実力を持つことができると信じてくれているステファン、いろんな人の期待に応えたいと思って。『僕はもっとできるんじゃないか』って」
2006年トリノ五輪銀メダリストであるランビエールコーチは、宇野にこんな問い掛けをしていたという。
「君が世界一になるには、何が必要だと思う?」
宇野の答えは「ジャンプ」だった。
「『スケートは全ての要素があって成り立っている』ということは自覚しているのですが、最近の傾向や点数の出方を見ると、ネイサン・チェン選手がいる限り、やはりジャンプを跳ばないと、2位・3位狙いはできたとしても1位は無理だ、と。たとえその結果4位・5位になっても、『1位を目指すためには、そのリスクを背負って試合に挑まなければいけない』と思いました」
宇野は、ランビエールコーチと食事をしたマネージャーやトレーナーからも、間接的にランビエールコーチの自身への期待を聞いていたという。
「それだけ強い思いで見てくれている、それに応えたい」
その思いが、宇野の視線をさらなる高みへと向けている。
2人の絆が“世界一”へと押し上げる。北京五輪への道程宇野は、NHK杯の会場で受けた優勝者インタビューで「再び世界のトップで競い合う存在に戻ってこられた」と発言している。なぜそう実感したのかと問われた宇野は、次のように答えた。
「僕が今回やった演技で自分が満足し切っていない、というところがまず一つと、スケートに対する気持ち。スケートに対する日々の気持ちというのは、公式練習一つ見れば、どの人がどれぐらいの気持ちでやっているのか、なんとなく分かる。これは周りと比較するものではないですけれども、『自分の精神状態が、トップを目指しているところに存在できているな』ということを、周りの雰囲気から実感していますし、僕はもっとうまくなれると自分では思っています」
2020年の初めに正式に宇野のコーチに就任したランビエール氏は、当初から教え子に大きな期待を寄せていた。
「僕からは、彼の限界は見えません。彼は自分自身に挑むのが好きです」(オリンピックチャンネルより)
ランビエールコーチが振り付けに込めたイメージ、そして「世界一になれる」という期待を現実にするため、宇野は『ボレロ』を滑る。
<了>
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