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Jクラブが背負うべき使命とは? STVV立石敬之が考える「クラブが稼いで地域に還元する」仕組み

REAL SPORTS / 2021年12月9日 11時10分

コロナ禍を経て、スポーツビジネスは変革の刻を迫られた。アイデアやテクノロジーを活用し、社会課題と向き合う。スポーツの在り方にまったく新しい価値を生み出すイノベーションが求められる中、先進的・挑戦的事例を推進する目的で昨年スポーツ庁がINNOVATION LEAGUE コンテストをスタートさせた。
日本のスポーツシーンをけん引するフロントランナーはどのように思考し、アクションしたのかを尋ねる連動企画3回目は、シント=トロイデンVV CEO、Jリーグ理事でありコンテストの審査員を務める立石敬之氏にフットボールクラブのありたき姿について聞いた。

(インタビュー・構成=五勝出拳一、写真提供=STVV)

世界に負けない日本人をつくる

――まず、シント=トロイデンVV(以下、STVV)のこれまでのチャレンジと手応えについて教えていただけますか?

立石:合同会社DMM.comによるSTVVの買収は「日本から世界へ人材を送り込む」ことを標榜して始まったプロジェクトです。従って、サッカー選手の輩出が分かりやすい切り口ではあるのですが、日本の人材やモノづくり、感性が世界に負けないところを証明すべく事業を進めています。

「日本人って、世界に出たらリーダーになれるんだっけ?」という問いに対して、サッカーは欧州の文化の象徴であり、フットボールクラブは彼らにとって非常に重要な存在なので、この領域で日本人がリーダーシップを発揮することは一つの解になるのではないかと考えました。

 当時は長友佑都選手や香川真司選手のように欧州のマーケットで一定以上の評価を得られる選手が出てきていましたが、メガクラブで真に成功する選手が継続的に出てこない現状もありました。そのような背景で「メガクラブで成功する日本人選手の育成システムの構築」にチャレンジしています。

 Jリーグも海外の主要リーグと肩を並べていきたいのであればやはり資金が必要で、外資にとって魅力的な投資対象にならなければいけない。私はいずれそのタイミングが来るんじゃないかと仮説を立てているのですが、海外から入ってくる人材と対等以上に渡り合える人材が日本のスポーツビジネスシーンにどれだけいるのか。選手たちが欧州のトップレベルに近づいている一方で、世界で活躍する日本人指導者が出てこない現状も変えていきたいと考えています。ヨーロッパで活躍している選手たちが現地で指導者ライセンスを取って戻ってくる仕組みや、あるいは日本で結果を残した指導者が海外へ挑戦できる仕組みをつくっていきたいですね。

 このプロジェクトが始まってまだ4年ではありますが、STVVに所属していた遠藤航、冨安健洋、鎌田大地らが日本代表の中核を担っている点からも一定の手応えを感じています。


――立石さんは「ノンフットボールビジネス」を提唱されていますが、フットボールクラブがフットボール以外で稼ぐ意義や目的について教えてください。

立石:シント=トロイデンは人口が約4万人しかいない小さな街で、集客やグッズ売上で稼ごうとしても限界があります。ベルギー全体でも約1100万人なので東京都よりも少ない計算です。そもそものマーケットが小さい上に、クラブの収益構造が選手の移籍金や日本からのスポンサー収入に依存する財政状況は健全ではありません。したがって、われわれのアセットを生かしながらフットボール以外の部分で事業をつくれないかと「ノンフットボールビジネス」の構想を進めていきました。

 例えば「スポーツ×食」の領域では農林水産省と連携させていただき、日本産食材のプロモーション施策を実施しています。2019年には、われわれのホームスタジアムで「ジャパン・デー」を開催し、試合観戦者に対して欧州へ輸出可能な食材、食品を無償で提供し、日本⾷・日本産⾷材をPRしました。また、日本産食材を使っている飲食店の情報がまとまっているサイトをつくり、SNSでその情報を拡散したりと、フットボールクラブでありながら広告代理店のような機能も持っています。来年はベルギーだけでなく、フランスでも日本産食材のプロモーションを実施予定です。

 STVVは基本理念に「スポーツを起点にさまざまな産業で日本とヨーロッパの橋渡しとなる人材や事業をつくる」ことを掲げており、すべての活動がひいては日本サッカーの発展につながると考えています。


――「ノンフットボールビジネス」の取り組みの中で、テクノロジーを活用している事例はありますか?

立石:キャッシュレスシステムを今シーズンから本格導入し、カード一枚でスタジアム内の全ての決済が完結するようになりました。今度はその仕組みをSTVVの街全体へ展開して、スタジアムを中心として地域のキャッシュレス化を進める構想を市長と検討しています。またわれわれのそのような動きを聞きつけて、先日はある日本企業からキャッシュレスの決済システムの営業があり、ビジネスチャンスが広がるといった好循環が生まれ始めています。

――フットボールクラブのオーナー企業だからこそ、スムーズにヨーロッパの経済圏に入っていくことができるのでしょうか?

立石:その通りですね。現地でビジネスをする際は、欧州でフットボールクラブのオーナー企業であることによって、一定以上の信頼を得られた状態からスタートすることができています。

Jクラブは地域の真のリーダーになれるのか

――日本のスポーツ界に「ノンフットボールビジネス」の要素を持ち込もうとした場合、どのような取り組みが可能でしょうか?

立石:たくさんありますね。Jリーグは2018年から「シャレン!」(※)を推進していますが、地域貢献やボランティアにその範囲を留めずに、フットボールクラブが社会の中に入り込んでいってさまざまな事業を展開するようなモデルを目指すべきだと私は考えています。

(※シャレン!〈社会連携活動〉とは、社会課題や共通のテーマに、地域の人・企業や団体・自治体・学校などとJリーグ・Jクラブが連携して、取り組む活動のこと)

 東京と沖縄では地域が抱える課題の中身は異なるので、財源が限られる自治体では特に、フットボールクラブが事業の輪を広げて教育や医療などの領域もカバーする地域のインフラになることで、FCバルセロナではないですが「フットボールクラブ以上の存在」に近づくことができるのではないでしょうか。ない袖を振るのではなく、事業拡張の中で稼いだお金を社会貢献や地域の課題のために使っていくことが「シャレン!」のあるべき姿であり、地域密着を謳うJクラブの使命だと思います。

「スポンサーしてください、応援してください」と求めるだけでなく「私たちが稼ぐので、課題を解決するために資金を使ってください」と地域に対して解決策を提示できる存在になれるのかどうか。コロナ禍で多くのクラブの財政が厳しいことは重々理解していますが、地域の課題を財源の部分も含めて解決するためには、サッカービジネスだけやっていては十分ではありません。

――どのような領域が「ノンフットボールビジネス」と相性がいいのでしょうか?

立石:コロナ禍であらためて浮き彫りになりましたが、どんな不景気だろうとなくならないテーマは「医療」「教育」「食」。スポーツクラブは人の生活や地域と密接で、なくなることがないこのような領域で事業を展開していくべきだと思います。

 以前、学生アスリートやスポーツ少年少女を対象として大分トリニータが治療院を大分市につくったのですが、サッカースクールの生徒や下部組織の選手を中心に他の競技にも評判が広がり、最終的にはシニアの方も通うような人気施設になりました。

 またFC東京時代は立命館アジア太平洋大学が実施している産学連携授業に着目しました。アジア各国からの留学生とアジア市場に進出したい企業担当者とを一同に集めて商品開発のワークショップを行い、そのプログラムにスポンサーを付ける取り組みを行う企画を模索しました。 

「教育」に関してはサッカースクールだけでなく他の種目や教科をカバーする教育機関をつくったり、「医療」に関してはアスリートの大量のデータとノウハウを持つスポーツクラブが医療施設をつくったりと、Jクラブにやれることはまだまだ残されていると思いますね。地域に求められる事業をつくり、そこでかせいだお金をサッカーや地域のために還元するモデルを生み出していきたいと考えています。

INNOVATION LEAGUEで事業共創を

――立石さんはINNOVATION LEAGUE コンテストの審査員を務めていますが、INNOVATION LEAGUEは「ノンフットボールビジネス」にどのような貢献ができると思いますか?

立石:INNOVATION LEAGUEはIT×スポーツという産業に切り口を提示するプロジェクトですが、私としてはJリーグとJクラブと社会をつなぐのは「教育」だと思っています。学校が抱える多くの課題をスポーツを通して解決したい。小学校の子どもたちが全員パソコンかタブレットを持っている時代ですからね。

 先日、京都市が過去最大の赤字を公表していて、学童をなくすことを検討しているとのニュースが出ていましたが、お金がない自治体もかなり増えてきています。その意味でも、スポーツベッティングなどの新たな財源確保の手法にはとても期待してます。現状、スポーツベッティングは賭博のネガティブなイメージが先行していますが、スポーツベッティングを「スポーツで稼いだお金を教育や地域に再投資する資金調達の方法」と捉えている経産省は素晴らしいと思います。

――最後に、スポーツ界はINNOVATION LEAGUE コンテストの機会をどう活用すればいいのでしょうか?

立石:昨年、審査員という立場を通じてたくさんのアイデアに触れたのですが、そのいくつかからは勝手に刺激を受けさせていただきました(笑)。コンテストにはたくさんの方の知恵が集まってくるので、自社の事業を前に進めるアイデアを求める機会として最適だと思います。

 ポイントは、集まった知恵やアイデアをどう事業化するのか。スタートアップや事業会社のテクノロジーやサービスを拡張するためには、表彰されるだけでなく事業化を進めなければいけません。アイデアを持ってコンテストにエントリーする応募団体を増やすのと同時に、スポーツやITを活用して課題を解決したい事業主を集めて、事業共創の機会をマッチングしていくことが重要だと思います。INNOVATION LEAGUEは今後、スポーツと他領域の掛け算が無数に起こるような場所になっていくといいですよね。私としてもSTVVやJリーグを前に進める機会として存分に活用していきたいと考えています。

<了>

INNOVATION LEAGUE コンテストはスポーツや、スポーツを活用した新しい取り組み、優れた取り組みを表彰する賞。企業、団体、スポーツチーム、個人など、どなたでも応募可能。第2回応募は2021年12月10日(金)23:59まで
▼詳細はこちら







PROFILE
立石敬之(たていし・たかゆき)
1969年生まれ、福岡県北九州市出身。国見高校時代に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝、大学時にブラジルやアルゼンチンへ海外留学を経験した後、ECノロエスチ(ブラジル)、ベルマーレ平塚(現 湘南ベルマーレ)、東京ガスFC(現 FC東京)、大分FC/トリニータなどで選手として活躍。その後、エラス・ヴェローナ(イタリア)や大分トリニータ、FC東京にてコーチ、強化部長などを歴任し、2015年からFC東京ゼネラルマネージャーとしてチームの強化に尽力。 2018年よりベルギー1部のシント=トロイデンVVのCEOに就任。

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