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サッカー選手には“読書”が必要? 浦和レッズ・岩尾憲が実践する「チームを一つにするメソッド」

REAL SPORTS / 2022年3月7日 11時50分

優れたビジネスパーソンに読書家が多いのはよく耳にする話だ。では、アスリートと読書にはどのような効果や関係性があるのだろうか? 読書家であり、取材の受け答えがインテリジェンスに富む選手として知られるJリーガー・岩尾憲。6シーズン在籍した徳島ヴォルティスでは主将を務めてJ1昇格に貢献し、今季から浦和レッズでプレーする彼にとって、読書は単なる趣味ではなく、選手としての葛藤の末にたどり着いた“救い”だった。

(インタビュー・文=佐藤亮太、写真=Getty Images)

明瞭で魅力的な言語化能力。聞けば読書家だという

はじめに気になったのはその語り口だった。

オンライン取材での彼は言語化が明瞭で機知に富み、かといって木で鼻をくくったような口ぶりでなく、言葉の一つ一つにしっかりと喜怒哀楽が込められていた。今季、J1浦和レッズに加入したMF岩尾憲の語り口はとても魅力的だ。

安定したプレーとキャプテンシー。

昨季まで在籍した徳島ヴォルティスでのうわさは耳に入っていた。その発言を追うと、ここまでしっかり話す選手がいるのかと驚いた。その驚きは浦和に加入してから拍車がかかった。うわさ通り、いやそれ以上だった。

聞けば読書家とのこと。こちらの当て推量をもとに読書について、オンライン会見で質問してみた。聞いて意外だった。岩尾にとって本を読むことは単なる趣味ではない。藁(わら)をもすがる思いでつかんだ救いだった。筆者はすぐさま彼に読書についてのインタビューを申し込んだ。

リカルド監督と互いを疑い合う負のスパイラル

2018シーズンが終わったある日、岩尾はある人物に会うため、東京都新宿近くにある事務所に向かった。その脳裏に浮かぶのはこの2年間の葛藤だった。

2017年、J2徳島ヴォルティスにリカルド・ロドリゲス監督が就任。難解な戦術のもと、選手が奮闘。一時、順位を3位まで上げたものの、最終的に7位で終えた。ただ中規模クラブの宿命か、オフシーズンには中心選手の多くが移籍。徳島を去った。

その影響も避けられなかった2018年、徳島は序盤から戦績は振るわなかった。さらにこの年の夏の移籍期間にJ1に移籍する選手が続出した。それでもなんとかプレーオフ圏内をうかがう位置にいただ、最終的には11位で終えた。

浮き沈みを味わったこの2シーズン、キャプテンの岩尾は何もできない自身の無力さにさいなまれていた。

リカルド監督にとって日本での初めての指揮。文化の違いやコミュニケーションの取り方に苦労した。監督は監督なりに歩み寄ったものの、選手にうまく伝わらない場面も多く、意思疎通ができないでいた。

岩尾から見て、本来、選手は監督をもっと理解しなければならないのに、互いに要求し合ってばかり。勝っていればまだいいが、勝てなければ、なおのこと、互いを疑い合うようになる。チームが負のスパイラルに陥る局面が多くあった。

チームメートから渡された1冊が「読書の原点」

「キャプテンとしていったいどうすればいいのか?」

監督とチームのあいだに立つ岩尾は「チームとは何か」「コミュニケーションとは何か」を考え始める。この解決の糸口はごく近いところにあった。当時のチームメートで5つ年下の井筒陸也だった。

岩尾は井筒を「たぐいまれなる読書家。彼の考え方は新しさを感じるとともに、これまで感じたことのない人間味、魅力を感じた」と話す。年齢差はあるものの、意気投合した2人は練習の行き帰りも同じだというほど仲が良かった。そんな岩尾はチームの相談をするなか、井筒から1冊の本が手渡された。

『宇宙兄弟 「完璧なリーダー」は、もういらない。』(長尾彰著、学研プラス刊)

本書の内容は、選ばれた優秀な人物といったこれまでよく語られた理想的なリーダー像である必要はなく、意見を聞き、周囲に助けてもらいながら、一つの方向に導く愚者風リーダー像へのススメが書かれた一冊。

こうしなければならない。こうあらねばならないというリーダー像に固執する必要はないことに岩尾は気づかされた。

「自分が知らないだけで答えはあることに気づいた。知れば知るほど、チームとリンクすることが多い」

チームメートから渡されたこの1冊が読書の原点となった。

共通理解を広めていくメソッド、“WE”メッセージ

岩尾は縁にも恵まれていた。井筒はこの本の著者でこれまで企業団体、スポーツ、教育の現場でチームビルディングを行った組織開発ファシリテーターの長尾氏と面識があるということ。ならばと岩尾は直接、話を聞くべく、2人で事務所に訪れた。

岩尾は2年間、主将の立場から感じた思いや葛藤をひと通り話すとこう切りだした。

「こんな僕は何を学べばいいですか?」

すると長尾氏は「ちょっと待ってね」と言って席を外すと、8冊の本を岩尾の前に並べた。コーチング、コミュニケーション術、言葉の使い方に関する本だった。そして「この順番で読んでください」と告げられた。本を手にした岩尾はオフシーズン、8冊、一気に読み上げた。

そのなかの1冊が、
『WHYから始めよ!インスパイア型リーダーはここが違う』(サイモン・シネック著、栗木さつき翻訳、日本経済新聞出版刊)

岩尾によれば、「なぜサッカーをしているのか」「なぜ徳島にいるのか」「なぜチームを良くしたいと思うのか」、改めて自問自答し、突き詰めて考えることで整理できたという。自分自身に問いかける一冊となった。

とはいえ、本で書かれている学びを100%すべて生かすことは無理な話。本から得られる知識はせいぜい2~30%。そこで得た知識を、消化し、つなぎ合わせ、実践した。

その一つがコーチングスキル。例えば、この3つの伝え方は岩尾の言語化能力に大きな影響を与えた。

■“YOU”メッセージ
「あなた、頑張っているよね」と言うと、こちらは評価しているつもりでも、受け手は「いや、そんなことはないよ」と思い、十分に伝わらない。

■“I”メッセージ
「私は、あなたが頑張っていると思うよ」と言うと、受け手としては、相手の意見なので言い返せない。とともに、受け手に達成感を抱かせる。

■“WE”メッセージ
「私もそうだけど、あの人も、この人も、あなたは頑張っているなと思っているよ」と言うと、Iメッセージより評価された充実感を得られる。

共通理解を広めていくメソッドだ。

「自分たちは成果を出すに値する集団になりえるのか」

迎えた2019シーズン。徳島は序盤、思うように勝点を伸ばせない時期が続いた。これは徳島に限らず、選手たちは結果が出ないとチームメート、監督、戦術のせいにしたがる。さらに雰囲気の悪さが染み出るように集合時間に遅れる選手、ルールを守れない選手が出てくる。

この頃、岩尾は成績や状況に限らず、頻繁にチームミーティングを行っていた。これは単なるガス抜きではない。チームを一つの方向に向かわせるきっかけとなる大事な時間だ。

岩尾はチームメートに訴えた。
「なぜ、自分たちは徳島にいるのか」
「その徳島でこの1年、どうありたいのか」
「自分たちは成果を出すに値する集団になりえるのか」
そう問いかけた。

繰り返し開かれたミーティングのなかで、チームはある一つのキーワードにたどり着く。それは「助け合い」。

足の遅い選手が短い期間で劇的にスピードが速くなることはない。ならば、走れる選手が走ればいい。ボールコントロールが下手な選手がいるからといって、その選手をとがめていては決して助け合いにはならない。

勝敗の前に、まずチームは何をしなければならないのか。その答えが「助け合い」だった。

「僕は助け合わずして、地力は発揮できないと思っています。当時の徳島にはスペシャルな選手はいませんし、クラブに豊富な資金があるわけでもありません。答えはののしり合うことではない。助け合うことが勝つことへの近道。これがチーム全体の共通理解になったんです」

すると、変化が出た。

試合直前、円陣を組む際にかけられる声が「試合に勝とう」ではなく、「俺たち絶対、助け合っていこう」という言葉がチーム内から自然と出るようになった。さらに選手のインタビューやコメントに「助け合い」という言葉、あるいは意味の近い言葉がたびたび出るようになった。

「チームが前に進んだ感じがした」。岩尾が実感した瞬間だった。

これが功を奏したのか、序盤つまずいた徳島は最終的にチーム最高タイの4位。J1参入プレーオフに進出。決定戦まで勝ち上がり、J1・16位の湘南と1―1で引き分けたが、レギュレーションにより昇格はかなわなかった。

迎えた翌2020年、このシーズンも大幅に陣容は入れ替わったものの、「助け合い」の共通意識は徳島に息づき、首位で堂々、J1昇格を果たした。

「本は希望でもあり、そして宝物」 最近読んだオススメ本は…

本を読み始めて約3年。岩尾は気になった本、知人に薦められた本はすぐに購入する。そしてもっぱら紙にこだわる。途中で読むのをやめてしまう本もあれば、読まずに積読(つんどく)状態の本もある。本はいつの間にか増え続け、自分より身長の高い大きい本棚を購入。徳島から埼玉への引っ越しは大変だったという。

では、なぜ、岩尾は本を読むのか?

「生きているあいだに読める本の量は限られています。選ぶ本から得られる知識も限られます。最近はあまり本を読まない方もいますが、知識の差、引き出しの差で身のまわりの世界が違って見える。いまも本に助けられていますが、これから歩む人生でも助けられる本はたくさんあるはずです」

岩尾が最近読んだオススメの本は、
『多様性の化学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(マシュー・サイド著、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)

画一的な考えに固執することがいかに組織にとって危ういか。さまざまな人と交わることで多様性を得ることがいかに大切なことか。実際に起きた事例から分析した一冊だ。

岩尾にとって本とはなにか?
「本は希望でもあり、そして宝物なんです」
街角の書店で新たな希望、宝物を探す岩尾憲の姿を見かけることがあるかもしれない。

<了>







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