鍵山優真「笑顔の通り、嬉しく楽しく」。五輪の大舞台すら愉しむ18歳の向上心と新たな決意
REAL SPORTS / 2022年3月14日 18時3分
キスアンドクライで自身の得点を確認し、一度うなずいて両こぶしを握り締めた。誰より信頼する父は、その隣で感極まったように紅潮していた。ハイタッチを交わし、2人は湧き出てくる喜びを表現し続けた――。シニア転向後、想像をはるかに超える成長曲線を描いてたどり着いた、初めてのオリンピック。18歳とは思えぬ堂々とした立ち居振る舞いで大舞台を楽しみ、手にした銀メダル。それでも止まることを知らない鍵山優真は、4年後に向けて決意を新たに走り始めている。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
初五輪で銀メダルをつかんだ18歳・鍵山優真、苦しんでいたシーズン序盤「変なプレッシャーとか緊張とかは全然なくて、むしろとても楽しく最後までできたかなと思います」
北京五輪の団体戦・男子フリーで、鍵山優真は鮮烈なオリンピックデビューを果たした。「とにかく僕がやりたかった」と強い覚悟で跳んだ4回転ループは、着氷でオーバーターンになったものの0.60の加点がつく。今季序盤からフリーに組み込んでいたがクリーンな成功はなく、全日本では封印した4回転ループへの挑戦は、鍵山が強みである攻めの姿勢を取り戻したことを象徴するようだった。後半には初めての試みとなる4回転トウループ―オイラー―3回転サルコウを決めており、4回転ループ以外は完璧といっていい滑りを見せている。
ミックスゾーンに現れた鍵山は、上り調子の選手だけが持つ明るい雰囲気を漂わせていた。自己ベストとなる208.94というハイスコアに「びっくりしました」としつつ、「200点は超えたいなという気持ちはとてもあったので、まずはよかったです」と狙い通りであったことも示唆している。
「今日はチームのみんながいたのでさらにうれしさを感じられたというか、みんなが一緒に喜んでくれて『これが団体戦だな』ということをしっかりと感じ、雰囲気を楽しめたのでよかったです」
五輪でプレッシャーも緊張も感じなかった理由。父と共に積み重ねてきたもの鍵山は、初の大舞台を心底楽しんでいる様子だった。
「今日6分間(練習)の時から謎の自信と、緊張を全然感じなくて。ある意味オリンピックっていうか普通の試合みたいな気持ちの持ち方、そういう感じです」
そこまで緊張しなかったのは初めてかと問われると、鍵山は2位に入った昨季の世界選手権について言及している。
「世界選手権の時もそこまで緊張はしなかったので、同じ感じでした」
「本当に、オリンピックに来られたので。『せっかくのオリンピックなので、変に緊張して悔いを残したくない』という気持ちが大きかったので、楽しく。今までは緊張して、自分をだますために『楽しまなきゃ』とか思っていたんですけど、今日は心の底から楽しく過ごせました」
大舞台を楽しめる余裕の背後には、幼いころからオリンピアンである父・正和コーチと積んできた地道な練習が隠れている。団体戦・男子フリーで1位となり、日本チームの銅メダル獲得に大きく貢献した鍵山は、根拠ある自信を得て個人戦に臨んだ。
個人戦ショートでも自己ベスト。踊る楽しさを表現する鍵山らしいプログラム鍵山の今季ショート『When You're Smiling』は、まだ少年らしさも残る18歳の鍵山の魅力が詰まったチャーミングなプログラムだ。個人戦の男子ショート、最終グループ3番目の滑走者としてリンクに入った鍵山が滑り始めると、首都体育館が明るくなったように感じられた。2本の4回転とトリプルアクセルを含む全ての要素がプラス評価で、演技構成点のスケート技術と演技力の項目には満点の10.00が1つずつついている。ベテランスケーターのような熟達したスケーティングと、踊る楽しさを感じさせる表現力を持つ鍵山の評価の高さを示す数字だといえる。
ミックスゾーンで滑り終えた時に笑顔だったことを指摘され、鍵山は「あの笑顔の通り、うれしく楽しく」と個人戦のショートも楽しんだことを口にしている。
「いいプログラム、やっと自分らしいプログラムを滑ることができたかなと思っています」
ショートに芽生え始めていた苦手意識も…北京で揺るぎなくした自信「今までショートプログラムは、うまくいかない演技が続いていた」と言う鍵山は、その原因を「やっぱり気持ち的な部分が一番大きくて」と分析している。
「いろいろ自分で勝手に背負わせてしまったりしていたので、そこがプレッシャーになっていたんじゃないかなと思っています。勝手に、去年の結果のことだったり、いろいろ期待されている中で『もっと新しい自分を出していかなければいけないな』と考えていたのが、マイナスの方向につながってしまったかな」
昨季の世界選手権で銀メダルを獲得し、世界的にも注目される存在となった鍵山は、今季序盤の試合では苦しむ姿を見せていた。今季初戦は8月だったが、その1週間前、新たに習得を目指していた4回転ルッツで転倒し、右手を痛めてしまう。試合後の検査で骨挫傷と診断され、約2週間ジャンプの練習ができなかった。10月に出場した関東選手権とアジアンオープントロフィーでは、昨季は安定していた4回転サルコウにミスが出ている。
11月に出場したグランプリシリーズ初戦・イタリア大会のショートでも鍵山はジャンプのミスを重ね、7位発進となる。追い詰められた鍵山は、フリーの前に父・正和コーチから立場や成績を気にせず練習してきた成果を出すことに集中するよう諭され、気持ちを切り替えることができたという。フリーで会心の演技を見せた鍵山は大逆転での優勝を果たし、スランプを抜け出した。
グランプリシリーズ2戦目・フランス国際でも優勝した鍵山は、グランプリファイナル進出を決めている。ファイナルは新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン株の感染拡大の影響で中止されたが、気持ちを切り替えて臨んだ全日本選手権で3位に入り、北京五輪日本代表に選ばれた。その全日本でも転倒があり苦手意識が芽生えていたショートを、北京五輪の個人戦でミスなく滑り切ったことで、鍵山の自信は揺るぎないものになったのだろう。
フリーの演技後にリンクで見せた姿に、飽くなき向上心がうかがえるシニア2年目の壁に苦しんでいたものの大舞台で自分の滑りを取り戻した鍵山には、真の強さが備わっている。団体戦・フリーに続き個人戦・ショートでも自己ベストを更新する108.12というハイスコアをマークした鍵山は、2位でフリーに臨んだ。
シーズンが進むにつれてスケール感を増してきた鍵山の今季フリー『グラディエーター』は、北京五輪でメダリストにふさわしい壮大なプログラムとなった。4回転ループの着氷でステップアウトして片手をつき、トリプルアクセルからの連続ジャンプで団体戦では3回転トウループにしていたセカンドジャンプが2回転になったが、その他はミスなく滑り切った。ジャンプを全て跳び終えた後の加速していくコレオシークエンスでは、鍵山の最大の魅力である質の高いスケーティングを見せている。演技を終えてリンクサイドに戻りながら失敗したループの踏み切りを確認する動作に、飽くなき向上心がうかがえた。
合計点でもまた自己ベストを更新する310.05を得て300点超えを果たした鍵山は、銀メダルを獲得した。メダリスト会見で、鍵山は「スケートを始めてから夢として描いてきた数年間の全ての努力が詰まっている銀メダル」と喜びを語っている。
「新たな自分を創り出したい」。4年後の金メダルへ、決意を胸にともす銀メダリストとして一夜明け会見に臨んだ鍵山は、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪に向け、意欲を示した。
「4年後のオリンピック、出たいと思っています。ですが、今目の前にあるやるべきことをこなしていかなければならないので。4回転ループの精度を上げたり、表現力をもっと磨いていかなければならない。そういうところを毎日コツコツとやっていって、4年後につなげていけたらいいなと」
そして、さらなる高みを目指すことも明言している。
「金メダルはまた4年後に目指して新たに頑張りたいと思いますし、そのための4年間はとても大事なものになると思う。また新たな4回転の種類や新しい表現力など、いろいろな可能性が今回の大会で見えてきたので、それをいろいろ試したりしながら、新たな自分を創り出していけたらいい」
そして、3月には世界選手権(フランス・モンペリエ)に出場する。
「世界選手権では今回以上の演技をすることがやはり一番だと思いますし、4回転ループもまだ完全に決め切れていないところがあるので、そこはずっと挑戦し続けていきたいと思っています。あとは自己ベストももちろん更新したいですし、メダルも狙っているので、努力をし続けていきたい」
シニアデビュー以来右肩上がりで世界選手権2位まで上り詰めた昨季とは異なり、今季前半の鍵山は自らの好成績に苦しめられた。しかしオリンピックの大舞台に向かう過程で楽しむ気持ちを思い出したことにより、本来の強さを取り戻したといえるだろう。「一分一秒、楽しんでやりたい」という姿勢が、伸び盛りの鍵山に北京五輪の銀メダルをもたらした。
<了>
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