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佐々木朗希はなぜあれほど三振を奪えるのか? 長身だけではない投球角度の秘密と「大谷以上」の投手としてのポテンシャル

REAL SPORTS / 2022年4月12日 12時5分

佐々木朗希(千葉ロッテマリーンズ)が、10日のオリックス・バファローズ戦でプロ野球史上16人目の完全試合を達成した。20歳5ヵ月での達成はNPB史上最年少記録。佐々木は同じ試合で13連続奪三振の日本新記録、1試合19奪三振の日本タイ記録も樹立した。高校時代から日本の将来のエースとして期待され続けてきた佐々木にとっては、順調な成長ともいえるが、佐々木の投じるボールはなぜ打たれないのか? 恵まれた長身から投げ下ろす速球は佐々木の代名詞だが、作家・スポーツライターの小林信也氏は、佐々木の投球角度には身長だけでは説明できない特徴があるという。奪三振ショーの秘密に迫った。

(文=小林信也)

想定を超える投球と、大谷翔平にもない衝撃

まさに胸のすく快投だった。

高卒後にプロ入りして3年目。昨季は11試合に登板して3勝2敗。シーズン終盤には安定した投球を重ね、クライマックス・シリーズ初戦の先発を任され、6回1失点、10奪三振の好投で勝利に貢献。今季のさらなる飛躍に期待が膨らんでいた。そして今季は2試合に登板して1勝0敗、この日が3度目の先発だった。

高校時代の佐々木のピッチングを初めて見た時、私は言葉を失った。190cmを超える身長と160km/h超の球速ばかりが強調されていたので、正直それほど大きな期待はしていなかった。

190cm台の速球投手は過去に何人もいたし、現在もいる。アメリカ・メジャーリーグ、ロサンゼルス・エンゼルスで投手としても結果を出している大谷翔平はその代表格だが、佐々木に感じた衝撃は、大谷を見たときとはまったく別のものだった。佐々木のピッチングには、想定を超えるミステリアスな興奮があるのだ。

私が見た映像はネット裏から映されたもので、つまりほぼ打者目線のものだった。
(この球は打つ場所がない)
それが最初の印象だった。

打者からすれば、バットにボールを当てる場所がない……。

よく、「打者は線と線で打つ」とか、「線を点で捉える」などと表現するが、これだけ上から来ると、点と点で当てるしかない、しかもその角度でさらにフォークが鋭く落ちるのだから、もうお手上げだ。これほど角度のある投球は見た経験がなかった。

佐々木よりも背の高い投手は他にもいるのに、なぜ佐々木の投球はこれほどの角度を感じさせるのか?

その答えを探る前に、まずは今季の成長、この日の快投の要因から押さえておこう。

今季の飛躍の要因に捕手・松川と吉井コーチの存在

捕手・松川虎生の存在は大きな力だろう。高卒ルーキー松川のサインに、佐々木はほとんど首を振らずに投げ抜いた。2人が打者を打ち取るイメージをしっかり共有している、佐々木が松川を信頼している、松川とバッテリーを組むことを喜んでいる。それは完全試合達成の大きな要因だろう。試合後のインタビューで、「松川を信じて投げた」と、捕手を呼び捨てにした。2つ年下のルーキーだから当然だが、20歳の佐々木が2年後輩を相手に投げる居心地のよさも、佐々木にとっては稀有な幸運だったろう。

そして、プロ入り3年目で飛躍を遂げた大きな要因が吉井理人コーチの存在であることも忘れてはいけない。ドラフト制度があって自ら球団を選べず、指導者も指導方針も指導環境も自分で選択できないという恐ろしく理不尽なプロ野球界。私は千葉ロッテが佐々木の指名権を獲得した際、千葉ロッテのファームに佐々木ほどの大器を適切に育成する能力があるのか、とても不安に感じた。

一縷の望みは吉井コーチだった。しかし、一軍担当の吉井コーチがずっと佐々木を指導できるわけではない。妙な自尊心を振りかざしたコーチが佐々木をいじったら大変なことになる。ところが、千葉ロッテは見事な方針でこの不安を解消してくれた。佐々木を一軍に帯同させ、吉井コーチが佐々木を指導し続けたのだ。

吉井コーチは自らの日米での野球経験を通して、独自のコーチ論を築き上げて指導にあたっている。『最高のコーチは、教えない。』という著書もある吉井コーチだから、日本の野球界にありがちな教えたがり屋のコーチとは違う。誰に対しても経験的な持論を当てはめ、選手の良さやイマジネーションを壊すこともしていないことが、佐々木の飛躍とこの日の快挙につながったのだろう。

だが、高校時代のフォームとこの日のフォームを比較すれば、決定的に進化しているところはもちろんあるから、そこは吉井コーチが助言し、改善をサポートした点ではないかと思われる。

“常識的な投球フォーム”からの脱却

全体的に言えば、投球フォームは変わっていない。佐々木自身からすれば、高校時代とそれほど大きくリズムを変えたとか、足の上げ方を変えたつもりはないだろう。

一つ、最も顕著に違うのは、左足を踏み出してからボールを放すまでの時間の短さだ。

高校時代の佐々木は、左足を踏み出した時、右手はまだ後方にあり、トップの位置にさえまだ上がっていなかった。スタンドで応援するファンが掲げている佐々木の象徴的な投球フォームのイラストがそれを表している。

プロ、アマ問わず大半の指導者たちが、投手は左足を踏み出した時にしっかり右腕はトップの位置を作り、そこから両足の力を使って強い球を投げる、それが正しい投球の基本と信じている。だから佐々木もそうだし、大半の高校生投手までもがその“常識”を身につけている。ところが、メジャーリーグの投手たちのイメージは違う。私はもう10年以上、折に触れてこの違いを書いているが、日本の常識は根強く、なかなか変わらない。プロ入り後、そこを見事に変えたのが佐々木であり、メジャー経験を通してその重要さに気づいた吉井コーチの指導だったのではないだろうか。

打者の先手をとる投球術は現在も進化中

佐々木は、左足をゆっくり打者に向けて下ろしていくとき、いまも右手をタオルのイラストと同じような位置に保っている。ところが、左足が着くか着かないかの最後の局面で、上半身の動きが変わっている。

わかりやすく表現すれば、高校時代の佐々木は左足を着いた時まだ、胸のマークが三塁方向に向いていた。右腕は後方。打者から見れば横向きで、ボールは遠い位置にあった。しかし現在は、左足を着く直前に上半身をツイストして、足が着いた時には胸のマークが打者に向いているイメージにだいぶ近づいているのだ。

左足を着いた時の右手の位置はかなり高くなっており、着いた時には投げ出す感じが強くなっている。だから、球速以上にボールが出てくるタイミングが早く、しかも打者に近いところから飛び出す印象になるから、打者はその時点で佐々木に圧される感じになる。上半身の切り替えを完全にマスターし、足が着いた瞬間に右手が前に出るようになれば、佐々木は打者にとってますます手に負えない投手になるだろう。

私が最初にこのカラクリにはっきり気付いたのは、上原浩治が巨人入団1年目から白星を重ねた時だ。球も速かったが、上原が誰より速かったのは足を着いてからボールを放すまでの間だった。多くの打者がそのリズムに戸惑ったのではないだろうか。そこに注目してメジャーの速球投手を見ると、多くが上原的な投法だった。

長身だけではない、佐々木朗希の投球角度の秘密

最初に提示した謎に戻ろう。長身の投手は他にもいるのに、なぜ佐々木だけが驚くほどの角度を感じさせるのか?

その理由は、三塁方向から映した投球フォームに垣間見えた。

誰もが佐々木は長身を生かして、真上から投げ下ろしている、と思い込んでいるのではないか。私もそう感じていた。しかし、横からの映像を見ると違う。

指先とミットを線で結べば斜め下方向の軌道になる。佐々木はその線の上、地面と平行に投げ出しているのだ。投げ下ろすのでなく、むしろ、もっと遠くに投げ上げるような感じ。それがズバッと低めに決まる不思議なのだが、意識か無意識か佐々木は強いボールを遠くに投げる感覚で放っているように見える。

打者からすれば、一度上に向かってから来る。佐々木の手を離れてから、ボールはすぐに降下せず、高い位置を保って、打者に近い位置からズバッと突き刺さってくるから格別に角度を感じさせるのではないか。自分に近い位置から斜めに飛んでくるボールを打つのは至難の業だろう。しかも、佐々木と松川のバッテリーはその高低差をさらに際立たせるように、“フワッと抜いたフォーク”を高めから落として相手の虚をついた。このボールがオリックスの強打者たちの重心を浮かせ、低めのボールへの集中を削ぐ効果を高めていた。

高校時代の選択の正しさを証明。快挙にも過度の負担は禁物

佐々木は、すでに日本中の注目の的だった高校3年の夏、岩手県大会決勝の登板回避で国民的な議論の主人公となった。賛否両論あり、大船渡高校を率いる国保陽平監督への非難の声も少なくなかった。しかし、この日の快投は、あの決断があったことで守られたのかもしれない。

国保監督と佐々木自身の選択が正しかったこと、高校野球に過剰な情熱を注ぎ続け、自らを省みることをほとんどしない日本の野球界が冷静に、「何が大切か」に目覚めるきっかけになればうれしい。

快挙を成し遂げた“令和の怪物”に期待が集まるのは仕方ないことかもしれないが、多くの選手のピークがそうであるように、佐々木が本領を発揮するのはまだまだこれから。高校時代の選択が現在につながっているように、今季の登板、投球が佐々木の将来を左右する。純粋な投手としては大谷を超えるであろう逸材に、現時点での過剰な期待、近視眼的な起用は禁物だ。

<了>







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