【特別対談:木村敬一×中西哲生】海外挑戦で成功する選手、失敗する選手の違いとは?「それができない人は誰かのせいにしてしまう」
REAL SPORTS / 2022年5月18日 12時8分
日本の競技レベルや個人競技かチーム競技かにかかわらず、多くの日本人トップアスリートが海外に拠点を置いてプレーしている。東京パラリンピックで悲願の金メダルを獲得した木村敬一もその一人。2018年から約2年間アメリカを拠点に活動していた。しかし、海外に行けば誰もが成功するかといえば、決してそうではない。サッカーの久保建英や永里優季ら海外で活躍するトッププレーヤーのパーソナルコーチを務める中西哲生氏は、彼らに共通する成功の理由をどう見ているのか。競泳とサッカーというまったく異なる競技の二人が、“海外で成功するための秘訣”について語り尽くした。
(インタビュー・構成=篠幸彦、中西哲生さん写真=本人提供、木村敬一さん写真=Getty Images)
国内の環境が良いからといって本当に強くなるかは別問題――サッカーと競泳という異なる競技において、それぞれ海外でプレーすることの必要性やメリットはどんなところにあると考えていますか?
中西:サッカーではまず、圧倒的な競技力の高さですね。日本はまだ(FIFA)ワールドカップでベスト16までしか行ったことがありません。それ以上を目指すには、ワールドカップで優勝したことがあるような世界トップクラスの国々に勝たねばいけません。ただ、代表チームとしてそうした国と真剣勝負の経験を積める機会は、カタール大会のグループリーグでドイツ、スペインと同組になったように、ワールドカップ本番しかありません。ですから選手個人単位でのレベルアップが必要不可欠で、トップクラスの国の選手たちと生活をともにして、戦うという環境に身を投じることは非常に意味のあることだと思います。
木村:競泳の場合はサッカーと違って個人競技なので「強い選手から刺激を受けるために」というのは、本当にピンポイントで狙っていかなければ難しいと思います。それよりも不慣れな環境に飛び込むことで生活力が上がったり、思い通りにいかないことに対する対応力だったり。競技力というより精神的な部分の成長が一番のメリットかなと思います。
中西:それはサッカーも同じですね。日本ではすべてが用意されていて、環境はどんどんよくなっています。ですが、環境がよくなったからといって本当に強くなるかは別問題で、また違う難しさが出てくるんです。
木村:そう思いますね。
中西:整った環境では自分の内的な部分をしっかりと磨き込むことができる一方で、外的な要因が発生したときに、そこで何も動じずに対処する能力が求められます。海外で生活をして、難しい状況になったときこそ、選手は新しい能力が開発されることもあるので、木村さんがおっしゃったメリットはサッカー選手にとっても重要なことだと思います。
ベストパフォーマンスではなく、“負けないレース”を――木村選手はアメリカに渡った2年の間に自己ベストを更新されています。先ほどの精神的な成長もそうですが、競技面も含めてアメリカの2年間で得たものはどういったところでしょうか。
木村:競技面でいいますと、海外に行く前に日本である程度しっかりとトレーニングを積んでいるという準備、前提がないとダメだと思います。例えばコンディションのつくり方やトレーニングの基礎的な知識を身につけておくこと。アメリカでは自分が思ったような食事が取れるとも限らないし、あるものの中で選択肢をつくっていかなければいけない。トレーニングだってすべて欧米人のまねをしていれば速くなるわけではありません。必要なものを自分で選んでやっていけるベースがないと難しいと思います。
中西:それは本当におっしゃるとおりだと思います。
木村:ウォーミングアップ一つとっても日本みたいに丁寧にやる時間は取ってくれないし、そのなかでセルフでしっかりと準備できなければケガにつながります。日本でそうしたベースを身につけず、やみくもに向こうへ飛び込むだけではつぶれてしまうと思います。私はリオ(デジャネイロパラリンピック)で金メダルに届かなかったですが、アスリートとしての基礎を日本で徹底的に教えてもらえたことは非常に良かったと思っています。
中西:海外に渡る前にしっかりと身につけるべきベースがあって、それを身につけて初めて向こうでのトレーニングにも意味があるというわけですね。
木村:そうですね。東京よりリオのほうが良いタイムを出せましたが、あの2年間で自己ベストのベースは上がりましたし、コンスタントに良い結果や記録を出し続けられました。ベースアップしつつ、いつどんな状況でもそのときの最善手を指す、最大限のパフォーマンスを発揮するという準備ができていました。その上で東京では今まで感じたことのないプレッシャーにさらされたので、100パーセントの状態でレースに臨めないことは最初からわかっていました。そのなかでベストなパフォーマンスではなく、負けないレースをやりきれたのは、アメリカで完璧ではない状況での戦いを何度も強いられてきた成果だと思います。
自分が変わり続けられる人間でなければ進化し続けることは難しい
中西:リオ大会までは日本の整った環境のなかで自分の限界値を上げていった4年間だとすると、東京大会までは自分の最低レベルを引き上げていった5年間だったということですか?
木村:そうですね。ただ、前提として基本的に最高レベルも上げ続けてはきました。その上で、どんなにコンディションが悪くても「これくらいは泳げて、それがあれば負けない」という自信がありました。
中西:その自信が最後は自分を支えてくれたんですね。
木村:そのとおりです。プレッシャーは結局、自分で自分にかけているものが一番大きいわけじゃないですか。いかに自分が自分に期待しているか。別に僕が勝てなかったからといって誰の人生が変わるわけでもない。でも私の人生だけは大きく変わってしまうんです。
中西:いろんな人の人生を変えていると思いますよ。
木村:ありがとうございます。でも、私が一番、木村敬一という選手に負けてほしくないと思っていて、もし自分が負けたときにどんなことになってしまうのかが怖かったんですね。でも結局、リオでは勝てなかった。だから、東京でもリオと同じ結果になることは避けたかった。「負けないんだ」という自信がほしかったんです。勝てる自信よりも、負けない自信のほうが安心できる。その自信はあの2年で、ベストなコンディションでない状況での練習の中で自然と培われたのだと思います。
中西:どんな職業の人にも確実に当てはまる素晴らしい話ですね。これは世の中には自分で変えられるものと、変えられないものがあって、それをちゃんと分けられることが重要だということです。例えばサッカーでは自分で監督を選ぶことができないわけです。
木村:確かにサッカーはそうですね。
中西:監督の構想に合わなければ試合に出ることさえできません。自分では変えられないものに対して、自分が変わるしかない。自分が変わり続けられる人間でなければ、進化し続けることは難しいわけです。そこで自分を変えられない人は、最後は誰かのせいにしてしまう。そうなったとき、本番の大事な場面で持っている力をどれほど出せるのか。だから自分が変わるんだという姿勢は常に持って生きることが大事だと思います。そういう意味で木村選手は、変えられないものに対応するバリエーションをアメリカで増やせたことが、成功した要因なんでしょうね。
サッカー選手・久保建英、中井卓大と、競泳選手・木村敬一の共通点――中西さんはスペインでプレーする久保建英選手や中井卓大選手、アメリカでプレーする永里優季選手などサッカー選手のパーソナルコーチをされていますが、彼らが海外で活躍できている要因に共通点はありますか?
中西:各々の環境のなかで、どれだけ自分自身の技術を磨き、自分を最大化できるか。それは木村選手が話してくださったこととまったく同じだと思います。言葉が話せるからといってたくさんコミュニケーションが取れるかというとそういうわけではないですよね。周りの人たちから愛されるためには、自分のパーソナリティーを出していかなければいけないわけです。それは言葉が話せるという以前のコミュニケーション能力ですよね。木村選手はそれを持っていたからアメリカでいろいろな方の助けを得られたのだと思います。
木村:私の場合は目が見えないので、しゃべらないとどうしようもないわけですね。だから、まずは言語を成長させることを最優先に考えていました。普段の生活やトレーニングで最低限困らない言語の習得は、アメリカに渡った当初、最も一所懸命取り組んでいたところです。
――パーソナリティーを出すという点で意識されていたことはありますか?
木村:意識していたこと。なんでしょうね。
中西:それは誰にでも話しかけることじゃないですか。照れずに誰にでも話しかけるというのは、日本人は苦手な人が多いと思います。
木村:そうですね。それはもう意識するうんぬんではなくて、話しかけないと何も進まないし、生きていけないので(笑)。毎日何人もの人に電話をかけて助けを求めていました。周りの人たちがとても温かくて本当に助かりました。
中西:そうなんですよね。私も中学時代にアメリカに住んでいた頃は、学校で授業ごとに教室が違うので、次の授業がどこでやるのか誰かに聞かなければわからなかった。だから必然的に話しかけるしかなかったので、勝手にたくましくなっていきますよね。
木村:逆にそうなるとわかっていたら行けなかったかもしれないです(笑)。わかっていなかったから飛び込んでいけたと思いますね。
中西:それはそうですね。私もあんなに苦労すると知っていたらアメリカなんて行きたくないと言っていましたね(笑)。
うまくいかなかったことより、うまくいったことを言語化する重要性
――逆に、成功できない選手の特徴はどんなところにあると思いますか?
中西:本来その選手に合った成長の仕方があるわけで、海外に行って成功できなかったというより、もっと自分に合う違った方法がどこかにあるんだと思います。私はいつもそのように捉えていて、なぜうまくいかなかったかを分析して、言語化することも大切だと感じています。ただ、それよりも自分がうまくいったときのことを言語化するほうがより重要だと思っています。なぜこれがうまくいったのか」とコーチが問い本人に成功体験を言語化させる、それが論理になって、再現性を高めていくことに繋がりますし、成長において重要だと思っています。
――うまくいった理由を言語化して、再現性を高めるという点においては、木村選手の「負けない自信」という点にも通ずるところはありますか?
木村:確かに今の話を伺って、うまくいった理由を言語化することは大事だと思いました。うまくいかなかったことは、ミスを探せばいいのでわりと言語化しやすいと思うんです。反対にうまくいったレースを言語化するのはけっこう難しい。ただ、それが言語化できれば「こうすれば速く泳げる」という論理が自分のなかに確立されて、再現性が生まれてベースが上がると思います。僕も自分ではわかっていますけど、それを人に説明できるほど再現性を確立できていなかったですね。
中西:ここまでお話をお聞きしていて、木村選手は十分言語化できていると思います。ただ、これは2つに分けて言語化する必要があります。まずは試合前の段階。競技が始まる24時間前に何を食べて、どういう行動をしているかということも実は重要じゃないですか。
木村:確かに重要ですね。
中西:一つ一つ良いところは残して、それ以外は外していくだけで、競技が始まるまでの質は上がっていきますよね。それから競技中の段階。競技が始まったらそのなかでうまくいったことを探して言語化していくことで再現性が上がっていくと思います。
海外挑戦によって携えられる大きな武器――木村選手のように海外でトレーニングをしようという若い選手も出てくると思います。そんな選手たちにアドバイスを送るとしたらどんな言葉をかけますか?
木村:まずは日本で自分なりの競技観、トレーニング観という軸をつくってほしいと思います。いきなり海外に行ってとんでもないブレイクスルーを遂げることもあるかもしれないですけど、基本的に自分の軸から逸脱しないほうがいいと思うんです。中西さんがおっしゃったように、選手にはそれぞれ自分に合った強くなり方があると思います。それは国内のほうが探しやすいと思うんです。それがあった上で、精神的な強さを得る、あるいはもっと他の楽しみを得るために海外に行くというステップを踏んでほしいと思いますね。
中西:サッカーにおいても木村選手がおっしゃったことと基本は変わらないと思います。その上で、世界レベルの選手と生活をともにして、言葉を交わすだけで試合の緊張感はまったく違うものになります。ワールドカップ優勝経験国のようなトップレベルのリーグの選手と日々練習で一緒にプレーしていたら、彼らがどんなプレーをするかわかるわけです。そこを知っているかどうかはものすごく大きな違いだと思います。
――中西さんはアーセン・ベンゲルさんが監督をしていた頃に、イングランド・プレミアリーグの強豪アーセナルの練習に参加されています。
中西:当時、ティエリ・アンリやデニス・ベルカンプといったトップ選手と一緒に練習して、1対1で守備をしたときに「こんなにすごいのか」と感じました。でも同時に「ここはビビることはないな」と思う部分もいくつかありました。それは日常の練習で世界トップクラスと触れることで生まれる良い意味での慣れみたいなものなんです。その“慣れ”というのがワールドカップ本番でも自分が揺るがないことにつながっていくと思います。それが海外挑戦によって携えられる大きな一つの武器になると思っています。
<了>
[PROFILE]
中西哲生(なかにし・てつお)
1969年9月8日生まれ、愛知県出身。スポーツジャーナリスト/パーソナルコーチ。同志社大学卒業後、1992年に名古屋グランパスエイトに入団。1997年に川崎フロンターレに移籍し、1999年には主将としてJ2優勝とJ1昇格に貢献。2000年に現役引退。引退後は、スポーツジャーナリストとして活動しながら、パーソナルコーチとしてサッカー選手の永里優季、久保建英、中井卓大、斉藤光毅らを指導。TBS「サンデーモーニング」、テレビ朝日「GET SPORTS」などのテレビ番組でコメンテーターとして出演するほか、TOKYO FM「TOKYO TEPPAN FRIDAY」ではラジオパーソナリティーを務める。
木村敬一(きむら・けいいち)
1990年9月11日生まれ、滋賀県出身。東京ガス所属の競泳選手。2歳のときに病気により視力を失う。10歳から水泳を始め、筑波大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)で水泳部に所属し、日本大学では健常者の水泳同好会に所属。パラリンピックには2008年の北京大会から4大会連続出場。ロンドン大会で銀・銅1つずつ、リオデジャネイロ大会では銀・銅2つずつのメダルを獲得した。2018年4月から約2年間アメリカを拠点に活動。2021年の東京大会では、100m平泳ぎの銀メダルに続き、100mバタフライで悲願の金メダルを獲得。2021年に初の著書となる自伝書籍『闇を泳ぐ 全盲スイマー、自分を超えて世界に挑む。』(ミライカナイ)を刊行。同年よりHEROsメンバーとして活動し、さまざまな社会貢献活動に参加。同じく2021年に紫綬褒章受章。
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