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「怒らなくてもチームを強くする」秘訣とは? 浦和レッズレディースを変貌させた、森栄次の指導手腕

REAL SPORTS / 2022年6月10日 17時16分

女子プロサッカーリーグ・WEリーグ初年度となる2021-22シーズンは、INAC神戸レオネッサの優勝で幕を閉じた。一方、リーグ戦では惜しくも2位に終わったものの、ベストイレブンに6選手が選出されるなど三菱重工浦和レッズレディースの強さも際立ったシーズンだった。
2019年に「彼女たちの頑張りが報われるよう勝利に結び付けたい」との強い思いを持って就任し、3年半でリーグ・皇后杯でそれぞれ優勝を果たし、今季終了後に退任を発表した森栄次総監督は、いかにして“良いチーム”どまりだった浦和レッズレディースを“強いチーム”へと導いたのか? そこから見えてきたのは、性別やスポーツの枠を超えた「指導の本質」だった。

(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)

良いサッカーをする良いチームが“強いチーム”へと変貌

「このたび2019年から指揮を執りましたレッズレディースを離れることになりました。魅力的なチームをつくる、魅力あるサッカーをつくるために、悩みながら、試行錯誤した3年半でした」                          

2022年5月22日、WEリーグ最終節を終え、ファン・サポーターにあいさつを行った三菱重工浦和レッズレディース・森栄次総監督(総監督就任は2021年)。途中、少し声を詰まらせたが最後まで笑顔を見せた。

在任約3年半の戦績はプレナスなでしこリーグ 優勝1回・準優勝1回。皇后杯優勝1回・準優勝2回。2021-22シーズンのWEリーグ初年度は準優勝。6月7日に開かれたWEリーグアウォーズではベストイレブンに6選手が選出されるなど、浦和を誰もが認める女子サッカーの強豪チームへと復権させた。

森の監督就任後、チームが優勝争いに加わるようになったことと比例するように、なでしこジャパンにも多くの選手を輩出。2年連続リーグ得点王FW菅澤優衣香、先日来季の海外クラブへの移籍が発表されたDF南萌華、GK池田咲紀子の代表常連組のほか、東京五輪でメンバー入りを果たしてシンデレラガールとなったMF塩越柚歩、持ち前の戦術眼の高さに加えて近年得点力が上がったMF猶本光、クラブと代表で南の相棒を務めるDF高橋はならが代表に名を連ねている。

なぜ浦和は森栄次監督に白羽の矢を立てたのか?

クラブの成績においても、選手個々のクオリティーにおいても、3年半でここまで高めることができた背景には、やはり森の存在は欠かせなかった。

2019年の就任会見の際、「オファーに驚いた」と話していたように、森はもともと東京ヴェルディの前身である読売クラブでプレーしていた選手で、引退後に最初に監督を務めたのも日テレ・東京ヴェルディベレーザの前身である読売西友ベレーザという経歴を持つ東京ヴェルディ畑の指導者。2015年から2017年にも日テレ・ベレーザで監督を務め、リーグ3連覇に導いている。

そもそも、なぜ浦和は森に白羽の矢を立てたのか?

森の就任前年の2018シーズン、十分な陣容をそろえるなか、就任2年目の石原孝尚監督のもと、個の能力の高さと組織の融合を試みるものの、大事な試合になると勝負弱さが露呈した。同年10月に石原監督を契約解除。正木裕史コーチが内部昇格し、リーグ4位で終えた。

日テレ・ベレーザ、INAC神戸レオネッサに追いつけ追い越せとさまざまな取り組みはしているものの、あと一歩及ばず、何かが足らなかった。良いサッカーをする良いチームではあったが、決して強いチームではなかった。

強いチームにするために誰に指揮を託すか。

2018シーズン終了後、当時の中村修三GMが森に白羽の矢を立てた。新監督選考の話し合いのなか、森について現役時代からよく知る宮崎義正レッズレディース担当部長(現:レッズレディース本部長補佐)は、優しく信頼できる人柄であり、選手をのびのびプレーさせ、かつ、育てることができる女子サッカー向きの指導者。リーグ優勝経験など実績も申し分なく、適任であると判断した。日テレ・ベレーザというライバルチームで長年指導に携わった人物へのオファーであることについて宮崎は「良い選手、良い指導者なら、(ルーツは)関係ない」と交渉に入り、まとめた経緯があった。

このような浦和サイドの思いを受け、森は就任当時、「彼女たちの頑張りが報われるよう勝利に結び付けたい」と強い決意を語っている。

選手の自主性を重んじ、個を成長させる手腕

森のモットーは選手の自主性を重んじること。

「ある程度こちらで道筋は与えるが、強制するのではなく、選手が考えて判断するようにしたい」
「選手のアイデアを大事にしたい」
「選手をどうやって光らせるか、そのことしか考えていない」
と、あくまで選手自身がピッチ上で考えてプレーするというスタンスを貫いた。

その過程で選手へのスパイスとなったのが“コンバート”だ。

代表的な一つの例が、FW起用が多かった清家貴子のDFへのコンバートだろう。直線的な推進力のあるスピードを生かすため右サイドバックに移した。森は後日談として、DFとしての起用当初は「守備がハチャメチャだった」と振り返りながらも、「一緒にやるにつれて、少しずつ守備の連携がとれてきた」と根気強く成長を見守った。清家は2019年になでしこジャパン入りを果たし、今年はDFとしてWEリーグ初年度のベストイレブンにも名を連ねた。

さらに長年FWや攻撃的MFとしてプレーしてきた安藤梢を、攻撃的な選手でありながらも守備時の強度と読みの正確さを持ち合わせている点を評価し、ボランチに抜擢(ばってき)。森も「あの年齢でよく動けている。本当にたいしたもの」と舌を巻く安藤は、7月に40歳を迎えるなかで、清家同様に今季のWEリーグのベストイレブン選出を果たしている。

森の指導者としての手腕は、的確なコンバートだけではない。

確かな才能がありながらも長年ケガに苦しんだ塩越の本来の力を引き出し、“良い選手”から一段上の選手へと導いている。

ケガ明けの2020シーズン、主力としてリーグ優勝を終えた直後、塩越は「森監督になり、みんなが生き生きとプレーでき、自分もやりたいポジションをやらせてもらい、サッカーを楽しいなと思えるシーズンだった」と振り返り、さらに「森監督のパスサッカーがみんなに定着しつつあり、自分の持つサッカー観ともフィットしている。みんなが流動的に動いてポジションにこだわらないのが森監督のサッカー。自分がというより、みんなで穴埋めをしています」と個人&チームとして手応えを感じていると語った。

どの選手に対しても平等な「明確な基準」

複数のポジションができる選手を各所に配置することで、塩越の言う「ポジションにこだわらないサッカー」が表現できるようになり、2020年のリーグ優勝につながった。

ただ、そこに至るまでには明確で厳しい基準が存在した。その一つが全体練習で必ず行うパス&コントロール。ここに相互補完の森サッカーの基本の“キ”が詰まっている。いつも少し遠くの位置からトレーニングを観察する森は「ボールを持っている選手」より「ボールを持っていない選手がどう動くか」を常に見ていた。いかに味方と助け合えるか、いかに次のプレーを予測できているか、そのためにどう動いているかを観察し、選手起用の基準としていた。

こうした厳格な基準はどの選手にも平等だった。2020年1月にドイツ・フライブルクから浦和に復帰した猶本に対しても同様だ。海外経験を得た代表レベルの選手。通常なら無条件に起用したいところだが、森は違った。

2020年の開幕当初は先発起用はするものの、その後は前半のみの起用が続いた。第3節、日テレ・ベレーザ戦後の会見で、猶本について「パワーとキック力がある。セットプレーも大きな武器」と評価する一方、「昨年、1年間一緒にサッカーをやってきた選手ではないので、うまく入り切れていない。『いま、行くところ』『いまは行くところではない』などのコンビネーションでまだちょっと周りとのズレがある」と語った。その後、猶本は終盤にかけて出場時間は伸ばしたが、先発フル出場は18試合中3試合のみにとどまった。森は猶本がチームに順応するまでじっくりと見極めながら起用を続けた。

サッカーは楽しいもの。しかめっ面でやって、選手は伸びるのか?

選手の自主性を重んじるとともに選手の能力を最大限生かすためのコンバート。それに伴う厳しい基準。もう一つ付け加えるなら、森が醸し出す雰囲気も特筆に値する。

以前、南が「どこにでもいるいいおじいちゃんみたい」と表現したように、練習の合間に選手と冗談を交わすなど、温和なキャラクターでチームを温かく包み込んだ。

今回の退任に当たって、選手たちに森について聞いてみると、みな口をそろえて「怒られたことがない」と話す。

「森さんはどんな悪い試合内容でも怒ったことがなく、ポジティブな言葉で選手を鼓舞してくれた。それに選手もついていった。自分自身も森さんのサッカーを経験して楽しくサッカーができた。森さんがレッズに来てくれて本当によかった」(菅澤)

「内容が悪い試合でも怒ったりせず、終わったことは仕方がないと次に向けて切り替えていた。だから選手はネガティブにならず、前向きになれた」(遠藤優)

「森さんはいつもニコニコしていた。だからこそ、真剣に選手に思いを伝えるときには強い意志が感じられた」(主将・柴田華絵)

なぜ、選手を怒らないのか? 前述の宮崎は森との普段の会話から、そのヒントを語った。

「楽しくなければ、面白くない。面白くなればうまくはなれない。つまらなくやってはうまくもなれない。しかめっ面でやって、選手は、チームは果たして伸びるのかと」

サッカーは楽しいもの。サッカーは楽しむもの。ここに森サッカーの根源がある。

魅力的なチームをつくる。魅力あるサッカーをつくる

WEリーグ終盤を迎えたある日、森はこんなことを語った。
「選手が自分たちをコントロールできるようになり、試合運びがわかるようになった。例えば時間の使い方とか、組み立て方とか……。同じメンバーでやっている分、共有できるようになった。勝負どころがわかってきて、ここは一気に攻めよう、いや、この時間は我慢しようとか。時間帯やスコアを考慮しながら全員の考えが一致してきている」と成長に目を細めた。

魅力的なチーム、魅力あるサッカーをつくるため、悩みながら進めた3年半の結実がこの言葉に込められている。就任当時に語った選手の頑張りが報われるチームへと変貌した。

「私についてきてくれた選手・スタッフとともに優勝を味わえたことは指導者人生においても忘れられない思い出です。WEリーグ初代チャンピオンは逃しましたが、素晴らしいチーム、選手とともに戦えたことは誇りに思います。本当に幸せです」

最終節の退任セレモニーで、森は込み上げる感情を抑えるように、書き上げた原稿を淡々と読み上げた。後ろで並んだ孝行娘たちにはそうそう涙は見せない。そんな含羞(がんしゅう)がうかがえた。

クラブハウスから練習場まで、歩くと10分以上とやや距離がある。その道のりを森が自転車に乗り、鼻歌交じりに軽やかに通り抜ける姿をしばしば目にした。今後はレッズレディース・アカデミーダイレクターとして、この光景はもうしばらく見られそうだ。

<了>






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