フィジカルだけで勝負できる選手は世界でも一握り。ラ・リーガ育成トップが語る、評価される選手の共通点
REAL SPORTS / 2022年7月19日 8時39分
毎シーズンのように目まぐるしく変化する欧州サッカー界のトレンド。それはティキ・タカなど独自の文化を育んできたスペインであっても例外ではない。スペインのプロサッカーリーグ「ラ・リーガ」は現在、バルセロナやレアル・マドリードなど各クラブとも連携しながら、世界中に自分たちの育成プログラムを広めるプロジェクトを展開している。今年6月に日本で行われた「ラ・リーガキャンプ」で来日したラ・リーガのカルロス・カサル(スポーツプロジェクトコーディネーター)とサウール・バスケス(シニアテクニカルスペシャリスト)の2人は、育成部門のトップを務めながら世界中を往来し、ラ・リーガの育成現場を最もよく知る人物だ。日本サッカーにも明るい2人が、スペインで今求められている選手像、フィジカルについての正しい認識、評価される選手の共通点などを明かした。
(文・本文写真=栗田シメイ、トップ写真=Getty Images、取材協力=ワカタケ)
センターで完璧なフィジカルを持つ選手はルカ・モドリッチ?――まず、ラ・リーガが考える「良い選手の基準」を教えてください。
カサル:われわれの中では大きく分けて4つの基準があります。まずはメンタルとコンデイショニングのうまさ。この2要素で1つの基準となります。メンタルが伴わないとうまくコンディショニングができないからです。あとは技術、戦術、フィジカル。その上で大事なのは、現代サッカーでは最低限のフィジカルがないとピッチに立つ資格がない、ということでしょう。それはラ・リーガでも同じことです。その上で技術、戦術理解といった要素が上乗せされる。この傾向は年々強くなっているようにも感じます。
バスケス:ただ一言でフィジカルといっても非常に複雑なんだ。なぜなら所属するリーグのカテゴリーやチーム、与えられたポジションにより求められるフィジカルの質は異なる。例えばレアル・マドリードとオサスナでは求められるフィジカルの強度は違うだろう。センターフォワードとボランチでは資質も違う。つまり、フィジカルの一つ一つが違うものであるということだ。われわれの仕事はリーガの各クラブの指針を吸い上げ、それをメソッド化して世界中に届けている。フィジカルとは単純に足の速さやジャンプ力、体の大きさを指すものではない。それはリーガで活躍する選手を見てもらえればわかるはずだよ。
――ラ・リーガが考えるフィジカルの要素とは具体的にどのようなものですか?
カサル:例えばウイングやサイドバックだと90分間走れる持久力が必要となります。そして、密集地帯であるセンターのポジションでは抜け出すための一瞬の速さが求められます。シャビや(アンドレス・)イニエスタ、最近でいうと(セルヒオ・)ブスケツにペドリ。このあたりの選手は長い距離のスプリント力ではなく、相手を外すコンマ数秒の速さとキレがある。これも立派な中盤のポジションに求められるフィジカルといえます。だから、彼らのことを「フィジカルが足りない」というような批判はスペインでは耳にすることはありません。つまり、与えられた役割の中での戦術、判断力を踏まえた上でのフィジカルと考えているということです。
バスケス:完璧な選手なんてどこにもいないからね。ただ、そのポジションでの完璧なフィジカルを持つ選手は(ルカ・)モドリッチだろう。中盤のあのポジションで考えると彼の持つ能力は、まさに完璧といっていいね。歴史上でも、彼のような選手は稀有だ。あとは個人的にはミリトンもDFに必要な要素を兼ね備えていると思う。特筆すべきはあのバックステップだ。あれだけ早い足回りのバックステップができるため1対1で絶対的な強さを発揮し、その点が彼の最大の強みでもある。
ペドリのプレーは体が大きくない選手にとって非常に参考になる――日本サッカー界では、フィジカルの面で世界との差は大きいという認識があります。これらはトレーニングにより改善されるものでしょうか?
カサル:集団でのボールを使ったトレーニングの中でフィジカルメニューを取り入れることはラ・リーガでもやってきたことです。重要なのは、個々の選手により個性がまるで違うということを指導者が理解すること。特にユース世代では、課題や強みが違う中で、同じトレーニングメニューをこなしていく必要があるのか、ということは考えてほしいです。もちろんフィジカル要素というのはトレーニングである程度まで高めることはできますが、それをどう使うのか、というコーディネーションが重要です。現代サッカーにおいて、単純にフィジカルだけで勝負できる選手というのは世界でも限られたひと握りの選手だけです。
バスケス:わかりやすい身体能力というのは遺伝的な要素も大きい。ただしサッカーという競技はリアクションのスポーツであり、純粋な身体能力で勝敗が決まるスポーツではない。相手のアクションを読んで受け止める能力、その状況に変化を与えることでも改善できるんだ。わかりやすい例として、体が大きいとはいえないペドリがトップレベルで活躍できるのは、リアクションを読むことに長けていることも理由の一つだ。特にトップスピードから急停止するプレーは彼のフィジカルの強さだろう。ペドリのような選手のプレーというのは、体が大きくない世界中の選手たちにとって非常に参考になるはずさ。
なぜ日本人はリーグやクラブが変わると活躍できなくなるのか?――2人が持つ日本サッカーへのイメージはどのようなものですか?
カサル:これは決してリップサービスなどではなく、実は日本のサッカーはかなり昔から見てきました。Jリーグができてから、これだけ早いスピードで発展を遂げた国というのは世界的にも珍しい。少なくともアジアのトップであることは疑いようもありません。今後のわれわれの活動にとっても、一つのモデルケースになる可能性を秘めているとさえ思っています。もちろん個別の選手もよく知っています。ケイスケ・ホンダ(本田圭佑)、シンジ・カガワ(香川真司)。南野(拓実)、冨安(健洋)、乾(貴士)、久保(建英)、ピピ(中井卓大)もそうです。
バスケス:その一方で、日本人選手で目につくのが、欧州でインパクトを残しても、次の移籍先のクラブで思うような活躍を残せないことだろう。ドルトムントの時の香川、エイバルの時の乾、ザルツブルク時代の南野。当時所属したクラブで印象的なパフォーマンスを繰り広げたことはスペインでもよく知られている。ただし、その後も十分に欧州でやれるポテンシャルはあるのに、それをリーグやクラブが変わると継続できていないのが気になる。さまざまな理由があると思うが、一番は育成年代のころからどれくらい競争力がある環境でサッカーをしてきたか、という点が大きいように思う。欧州では当たり前のように17、18歳を前にデビューして、どんどん環境が変わっていく。出場機会がない選手は、例えば隣接する国のトップリーグに移って活躍の場を探す。それがどこのリーグでも大きなレベルの差はない。そういった環境が競争を生み、彼らの才能を伸ばしている。適応力という意味で、ヨーロッパとの環境の差をどう埋めていくかが、今後の日本サッカーの鍵になってくるだろうね。
子どもの可能性を大人が奪うのは、最も恥ずべき行為――実際に日本の子どもたちと接した印象を教えてください。
カサル:技術的なベースでいえば、十分に高いものがあると思います。練習に取り組む姿勢も素晴らしい。一方で足りない部分は、戦術的な理解と、判断力。どこで何をすべきか、というサッカーに対する理解はもっと深めていくべきでしょう。
バスケス:子どもにとっては楽しんでサッカーをすることが一番大切で、その中で時に厳しさも必要なんだ。子どもたちは個々に能力や個性が違うので、日本の指導者はそれをより尊重してあげることも意識すべきじゃないかな。
――あなたたちは指導の中で厳しさを持ちながらも、同時に褒めることも多い印象を受けました。一方、日本の育成年代ではいまなお指導者の体罰が取り沙汰されることもあり、子どもたちを怒鳴りつけるような指導もよく目にします。この点についてどう感じますか?
カサル:スペインでも必要に応じて厳しく子どもたちに接することはあります。子どもたちを正しく導くために必要なとき、そういった判断をすることもある。それでも、たたく、殴るといった行為はありえない。一番やってはいけない行為です。あくまで子どもたちの成長を助けるために、言葉でフィードバックすることが大切ではないでしょうか。少なくともスペインの指導者の中で、そういった心と体への暴力を行う大人の話はほとんど聞かないですね。
バスケス:個人的な意見だけど、サッカーという競技は長く続けていくことが実はとても難しい競技だとも思う。特にラ・リーガやイングランド・プレミアリーグのような世界最高峰の舞台となればなおさらだ。そんな厳しい環境の中で、何百万人という子どもを見てきて感じるのは、サッカーが好きな子どもは伸びるのが異常に早いということ。好きだから自分で考えて練習するし、うまくなるために陰でも努力する。その可能性を大人が奪うのは、最も恥ずべき行為だと思うよ。よくスペインサッカーはプレーリズムや戦術が優れているともいわれるが、何よりも育成世代で指導者が意識しているのは「子どもたちにサッカーを好きになってもらう」ということだ。世界中どこに行ってもこれは変わらない。言葉で言うのは簡単だけど、それがどれほど難しいか、ということを指導者は改めて考えるべきだと思うよ。
<了>
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