卓球王国・中国勢に大逆転劇! 張本智和が見せた意外な技術。ロングサーブのリスクと攻撃性
REAL SPORTS / 2022年8月4日 12時0分
2022年7月に行われたWTTチャンピオンズ・ブダペスト、男子シングルス。日本の張本智和が、実に1年4カ月ぶりとなる、久々の国際大会での優勝を飾った。決勝戦では中国の林高遠を相手に「奇跡」ともいえる大逆転劇を演じた張本。インタビューでは「神様が味方してくれた」という言葉が飛び出した。しかし、試合の終盤。見ていた者の多くが「奇跡が起きそう」と感じたのではないか。その伏線となったのはある一つの技術だった。
(文=本島修司、写真=Getty Images)
ある一つの技術。「ブダペストの奇跡」はこうして起きたWTTチャンピオンズ・ブダペスト、男子シングルス決勝戦。この試合は、立ち上がりから林高遠の「一発で打ち抜きに来るバックドライブ」が目立つ形で始まった。左利きから放たれ、台の角へ刺さるように入る角度のあるバックドライブに、序盤から張本智和は苦戦することになる。
1セット目。張本は持ち前のフォアドライブで積極的に攻めることができたが、林はブロックをミドル寄りに集めながら試合の主導権を握り、圧倒。その流れのまま突入した2セット目も、バックの打ち合いで林高遠の精度が高く、取られてしまう。
3セット目になると、フォア前を鋭くフリックする張本得意のプレーが徐々に発揮された。林のバックドライブにも、少しずつタイミングが合ってくる。流れをつかみ、ゲームポイントを張本が取り、張本陣営がタイムアウトも取る形に。ただし林にとってもここが勝負所なのは同じ。再びしぶといプレーでジュースに持ち込まれ、このゲームも落としてしまう。こうして、少しずつ“負け試合のムード”が漂ってくる。
しかし、ここから張本と林の試合を見ていた多くのファンが、張本から頻繁に放たれる一つの技術に、大逆転の予感を感じ始める。張本がこの試合の打開策として使ったものは、「ロングサーブ」だった。
「緊張」と「リスク」との戦い。ロングサーブの2つのリスク一般の卓球の試合においても、例えば「右利き対右利き」の場合、セット間に「相手のフォアへ意表を突くロングサーブを出そう」という指示や打ち合わせをすることがある。しかし、ロングサーブとは本来“1球目から攻撃的に仕掛ける”ためのプレー。
ロングサーブは、主に2つのリスクを伴う。
1つ目のリスクは、失敗するリスクだ。速いサーブは、サーブミスをする確率が高くなる。選手一人一人によって得意・不得意に差があるとはいえ、やはりサーブは「スピードの遅いサーブ」、シンプルな小さめの下回転サーブ等のほうがミスをしにくい。しかし、ロングサーブは「スピード」をつけなければいけない。自分でトスを上げたボールを強く打たなければいけないからだ。ロングサーブにも、速い斜め下回転、速い縦横回転、ナックル性の回転のないものなどいろいろあるが、攻撃的に出すのであれば「ある程度のスピード」が求められる。もし、高く浮き気味になったり、スピードがないロングサーブになってしまうとどうなるか。その時は2つ目のリスクが襲いかかってくる。
2つ目のリスク。それは、「長いサーブはいきなり強く打たれてしまう」というリスク。卓球は基本的に、台から出ないツーバウンドする短いサーブのほうが「いきなり打たれない」とされている。例えばダブルスでは、「短くツーバウンドする短いサーブ」の練習を繰り返し行う。その上で、思い切ってロングサーブを出せるかどうかという練習の仕方が多い。ロングサーブが台の上でツーバウンドせず、“長いもの”である以上、常にいきなり強打で打たれてしまうリスクはついて回る。
こういったことから、8―8や、9―9などの競り合いでロングサーブを出すことは、誰にとっても緊張するものだ。失敗するのではないか。一発で打たれて終わるのではないか。こういった「緊張」と「リスク」との戦いとなる。
しかし、現代の卓球では、たとえ短いサーブを完璧に出したとしても、チキータで2球目から攻撃されるシーンが当たり前のように増えてきている。チキータは、基本として台上プレーの一環で、短いサーブに対応する技術だ。そういった意味では、ロングサーブには「チキータ封じ」という意味合いもある。ロングサーブで、思い切って相手をフォアへ動かしたり、バック側に食い込ませてチキータしたい相手を詰まらせる効能を持ち合わせているのだ。
タイムアウト明けのここでも…。ブダペストの奇跡、中盤~後半ブダペストでの張本は、左利きの林に、勝負所でロングサーブを使えた。これが大きかった。
中盤。4セット目、5セット目、6セット目と、張本のチキータが鋭さを増してくる。まず、これにより張本のプレー全体に本来のキレが戻ってくる。そしてそこに、ロングサーブが加わった。
6セット目。一度は5-10と追い込まれ、完全に「負けたか」という場面。しかし、6-10から、張本は縦横回転系の攻撃的なロングサーブを使う。これがサービスエースとして決まる。7―10。林は、ここでタイムアウト。張本にはYGサーブという武器もある。何を出すか迷う場面だ。しかし張本は、タイムアウト明けのここでも再度、縦横回転系の“攻める”ロングサーブを使った。
この時のサーブのフォームは、切る寸前まで下回転系のままだった。出す瞬間にラケットの角度を変えて、縦横回転系の高速ロングサーブにしている。そしてこれも、見事にサービスエースとして決まった。そのまま流れをつかんで6セット目を取り、7セット目の逆転勝利が生まれた。後半、林は常にロングサーブを気にしながらの試合になった。
新しい武器を手にした張本が挑む世界の頂点試合終盤、林は勝ちを意識したぶん少し弱気になっているようにも感じた。表情や仕草からも、それは感じられた。中国勢の中では、最初からトップに上り詰めたわけではない林だからこそ、勝ちたい気持ちが強かったのだろう。この試合は、どちらの選手も「絶対に勝ちたい」という気持ちが表面化した歴史に残る好カードだったと感じる。
後半に見せた、張本の新しい決め手。それは、猛練習を積み重ねてきたことがひと目でわかるような、キレがあり、スピードがあり、台の一番奥へ鋭く食い込む、“1点も落とせない場面でも躊躇なく出せる”ロングサーブだった。
この逆転劇の持つ意味は、今後に向けて大きなものになりそう。9月に始まる、世界卓球(ITTF世界卓球選手権)。張本智和の世界の頂点取りへの道は、大きく開けたといえそうだ。
<了>
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