今こそ本気で「夏の甲子園“改革”」を考えませんか? 球数制限・日程改善に立ち塞がる問題
REAL SPORTS / 2022年9月3日 11時0分
今年も大きな盛り上がりを見せた全国高校野球選手権。仙台育英の優勝は多くの人々に感動と勇気をもたらすなど、高校野球の人気と注目度の高さを示す大会となった。風物詩として日本の夏を彩ってきた夏の甲子園だが、気候変動の影響を考えると、100年後も今のままの形で継続していくのは不可能と言っていいだろう。選手の健康を考えれば急務といえる「夏の甲子園改革」を、今こそ本気で考えたい――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
「継投」を象徴する仙台育英が優勝したのは、決して偶然ではない第104回全国高校野球選手権大会(以下、夏の甲子園)は仙台育英の優勝で幕を閉じた。
史上初めて、深紅の大優勝旗が東北にもたらされる記念すべき大会となったのはもちろん、それ以上に「高校野球界の変化」を感じることができる大会だったように思える。
筆者は夏の甲子園を現場で取材する立場にはないが、10年ほど前から毎年、編集者・ライターとして「高校野球雑誌」の制作に携わっている。その中で、多くの高校野球指導者、選手への取材もしてきたが、現場レベルでの意識の変化を感じることも多くなった。
特に「選手の負担軽減」への意識改革はここ数年、確実に進んでいる。
いわゆる「強豪校」でも日々の練習に休養日を設定する学校が増え、一昔前のような「詰め込み式の練習」「スポ根」を見る機会はめっきり減ったように思える。
仙台育英の甲子園制覇で最も注目された「継投」も、その証左といえよう。
初戦となった2回戦・鳥取商戦でベンチ入りしていた投手5人全てを起用するなど、5試合全てを継投で勝ち上がり、決勝戦までで延べ16人をマウンドに送り込んだ。また、1試合あたりの最多投球回数、最多投球数も決勝で先発した斎藤蓉が記録した7回/100球で、大会を通して8イニング/101球以上を投げた投手は一人もいなかった。
高野連は2020年春のセンバツから、「1週間500球以内」という投球制限を設けた。同年はコロナ禍によって春夏ともに甲子園が中止となったが、「球数制限元年」に入学した選手たちが3年生となった今年、「継投」を象徴するチームが夏の甲子園を制したことは、決して偶然ではない。
とはいえ、「球数制限」を含めた高校野球界の改革、変化が完成の域に達しているかというと、そうではないだろう。まだまだ「変えなければいけないもの」は多々ある。変革には逆風が伴うものだが、間違いなく良い方向に進んでいる今だからこそ、あらためて高校野球の「変革案」を考えてみたい。
改革論議(1):エビデンスをベースにした「球数制限」の改善現行の「1週間500球以内」という球数制限が、選手の負担軽減、複数投手育成の潮流を加速させたのは事実だろう。ただ取材していて感じるのは、この「制限」が直接的に指導者たちのブレーキになっているというより、「意識の改革」を促しているということだ。「球数制限があるから」ではなく、球数制限が設けられたことで「選手の負担」を考え、それを行動に移す指導者が増えたという印象が強い。
とはいえ、この「1週間500球以内」という制限自体に、何か科学的な根拠があるのかというと疑問符もつく。率直に言ってしまうと、昨今の風潮、世論に背中を押される形で、“ひとまず”制限を設けたというのが現実だろう。例えばアメリカの場合、日本よりもさらに厳しい球数制限がガイドラインとして採用されている。高校生年代でいえば15~16歳が1日95球まで、17~18歳が1日105球まで。さらに実際に投げた球数によって必要な休養日が細かく設定されている。
全てにおいてアメリカに倣え、というつもりはないが、日米でこれだけガイドラインに「差」があることは、現実として受け入れなければいけない。
例えば日本でも一律で「1週間500球以内」と設定するのではなく、
・学年別の球数制限
・1週間だけではなく1日単位の球数制限
・球数によって必要な休息期間の設定
といったように、より細かく、エビデンスをベースにしたガイドラインを設定することは決して不可能ではない。
「球数制限は地方の公立校が不利になる」の問題は…もちろん、これにはデメリットも存在する。球数制限の導入時から叫ばれ続けているのが「投手の少ない地方の公立校などが不利になる」という現実だ。
確かに、そうだろう。事実、今夏の甲子園を制した仙台育英は、甲子園“初”優勝ではあったが、長きにわたって東北の高校野球界をけん引し続ける“名門校”だ。充実した設備に加え、能力のある中学生が集まっていることも、否定できない。
しかし、そもそも野球とは「一人の突出した選手がいるだけでは勝てない」チームスポーツだ。
現に、「ドラフト指名間違いなし」というような打者が一人いるだけのチームでは、地方大会を勝ち上がり、甲子園で優勝することは難しいだろう。同じように「投手」も一人だけでは勝てないのは、野球というスポーツの特性上、本来は当たり前のことだ。
そういった意識改革は、現場の指導者、選手だけでなく、高校野球を取り巻くすべての人間に必要なことかもしれない。当然、それを伝えるメディアの役割も重要になる。
複数投手を育成するために必要なことは? ダルビッシュ投手にヒントがあるまた、「球数制限」をより細かく設定するのであれば、複数投手の育成と大会日程もセットで考えるべきだ。「投手が一人しかいない」のなら、「育成」する以外にない。
幸いにして、現在の野球界には「投手育成のプロフェッショナル」も存在する。
いわゆる強豪校では外部のプロフェッショナルを招聘(しょうへい)し、投手育成を担うケースも増えている。当然、そこには一定の費用がかかり、これもまた高校野球の格差を生む、という批判が生まれるかもしれない。
ただ、高野連自体が投手育成に定評のある指導者や、外部のプロフェッショナルを招き、複数投手育成のマニュアルやガイドラインを作成することは、不可能ではないだろう。
野球界では昨今「オープン・シェア」という言葉が浸透しつつある。サンディエゴ・パドレスに所属するダルビッシュ有投手がSNSなどで自身の持ち球や握りを公開し、“企業秘密”であるはずの技術や知識を隠さずに明かしたことから広まった言葉だが、高校野球界にもこの「オープン・シェア」の考え方が広まれば、裾野は広がり、より多くの選手にチャンスが生まれることにもつながるはずだ。
改革論議(2):「日程面」の改善は選手の負担を軽減するが、デメリットも…今夏の甲子園では、3回戦、準々決勝、準決勝の終了翌日にそれぞれ1日ずつ、計3日間の「休養日」が設けられた。これによって「連戦」が避けられ、選手たちにも文字通りの休養が与えられることになった。球数制限と同様に過密日程の緩和は選手たちの負担軽減につながる。休養日そのものも以前より増え、ここからも高校野球における変革は見て取れる。
ただ、単純に「選手の負担」だけを考えると、現行の「休養日3日間」は決して十分ではない。決勝まで勝ち上がったチームに関していえば、確かに連戦はなくなるが、3回戦から決勝までの4試合をすべて中1日で戦うケースも出てくる。今夏でいうと、準優勝の下関国際が8月16日~22日までの7日間で4試合を戦っている。
特に負担の大きな投手についていえば、「7日間で4試合」という試合感覚はやはり厳しい。複数の投手を起用したとしても、誰かにしわ寄せがいくのは明白で、これも可能な限り余裕を持った日程調整が本来であれば望ましい。
ただ、話はそう簡単ではない。先に「選手の負担」と述べたが、日程を延ばす=大会開催期間を延ばすとなると、クリアしなければいけない問題も出てくる。
それが、「甲子園の使用」と「学校側の負担」だ。
「甲子園の使用」と「学校側の負担」をどうクリアする?ご存じの通り、阪神甲子園球場はプロ野球・阪神タイガースの本拠地だ。8月はレギュラーシーズン真っただ中でもあり、その期間、阪神は甲子園以外での試合を余儀なくされる。現在では大阪ドームでの試合開催もあるため、「死のロード」と呼ばれた以前ほどの負担はなくなったが、それでも簡単に「高校野球のために甲子園をもっと長期間使用していいですよ」となるわけではない。
さらに大きな問題が「学校側の負担」だ。甲子園出場校に関しては監督1人、責任教師1人、ベンチ入りメンバー18人の旅費が高野連から支給され、滞在費についても金額制限はあるが一定の額が援助される。しかし、ベンチ外の選手や応援団、保護者に関しては基本的に資金援助は行われない。
ちなみに、学校関係者であっても甲子園の入場料はかかる。チームが勝ち上がり、滞在期間が延びれば延びるほど、莫大(ばくだい)な費用がかかってくる。
甲子園出場校ともなると、部員100人超えも珍しくない。そこにブラスバンドやチアリーディング、保護者も加えれば、数百人単位の移動費、滞在費が必要になる。そのため、甲子園出場校は多額の寄付を募ったり、近年ではクラウドファンディングを駆使して資金を調達する学校も珍しくない。
「学校側の負担」を軽減させるためには、やはり高野連の協力が不可欠だろう。
昨今は甲子園の入場料値上げが話題になっているが、「出場校への資金援助をより充実させるため」であれば、多くのファンもそれに納得してくれるはずだ。
ちなみに高野連が公表している2021年度の収支予算書を見ると、経常収益は9億6239万8000円。コロナ禍前2019年度では約11億4783万2000円にも上る(決算報告書)。これは、「高校スポーツ」のカテゴリでいえばダントツの数字だ。当然、収益の全てを学校の援助に使うことはできないが、「選手ファースト」を考え、甲子園出場校への資金援助を少しでも充実させることができれば、「日程緩和」のハードルのうち、一つはクリアできるかもしれない。
真夏の甲子園は野球をする環境といえるか?「朝夕2部制」検討も「真夏に甲子園球場でプレーする」ことの危険性は、すでに多くのメディアでも取り上げられているが、夏場の気温上昇が顕著なこの日本で、今後数年~数十年にわたって現行のスタイルで夏の甲子園を行えるか……というと、不可能に近い。30度超えの真夏日は当たり前、35度超えの猛暑日も珍しくなくなった今、日陰もなく、照り返しも強いグラウンド上の気温が40度を超えることもある。はっきり言って、「スポーツができる」環境ではない。
各校、熱中症対策や水分補給は十分行っているだろうが、それでも試合中に足をつる選手の姿はここ数年、目に見えて増えている。
高野連は来年以降の暑さ対策として「朝夕」の2部開催を検討し始めているそうだが、これにも当然、クリアすべき問題が生じる。
一つが、前述した項とも重なる「日程面」だ。現行のスケジュールの場合、夏の甲子園では1試合最大4試合が行われる。これを例えば午前中2試合、夕方以降2試合にした場合、第1試合が長引いた場合、第2試合は結果的に昼頃の気温が上がるタイミングになる可能性もある。試合開始を8時ではなくさらに繰り上げることも不可能ではないが、「試合時間が読めない」野球というスポーツではどうしても無理が生じる。
となると1日の試合数を減らす必要があるが、そうなると今度は前述の「日程」がどうしても過密になってしまう。
改革論議(3):「複数球場開催」と「秋開催」は現実的か?そこで考えられるのが、「複数球場での開催案」だ。例えば大阪ドームのように屋根付きの球場であれば「猛暑」は基本的に考慮する必要がない。大阪ドームでなくとも、関西圏には高校野球の試合を行うに十分な施設を備えた球場がいくつもある。
例えば午前中1試合、午後2試合を甲子園+他球場で行えば、1日で計6試合を消化できる。そうすれば、「日程の緩和」も十分可能だろう。
ただ、高校野球における「甲子園球場」の特別さは、やはり無視できない。「どこでやろうが一緒」という意見も分からなくはない。しかし、100年以上の歴史を誇る高校野球において「全国大会」と「甲子園」はもはや同義語といっていい。
「選手ファースト」の観点でいえば、可能な限り聖地・甲子園でプレーさせてあげたい、というのが本音でもある。
暑さも避けて、なおかつ甲子園での開催にこだわるのであれば、大会開催期間そのものを真夏ではなく秋以降にずらすのも手だが、そうなると今度は前述の「プロ野球公式戦」との調整も必要になってくる。
秋といえば、プロ野球レギュラーシーズンも佳境のタイミング。当然、夏場の開催よりも調整は難儀になるはずだ。
「球数制限の導入」に始まり、「コロナ禍」に見舞われたここ数年の高校野球界。その変化は間違いなく見て取れる。
だからこそ、その歩みを止めず、さらなる変化・進化を見せてほしい。
超えなければいけない問題も、確かに多い。ただ、この「良い流れ」を断ち切るのはあまりにももったいない。変化のうねりを、止めてはいけない。
<了>
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