56号本塁打の期待が高まる村上宗隆への申告敬遠は是か非か?「プロ野球のあるべき姿」を考える
REAL SPORTS / 2022年9月28日 11時38分
2021年のペナントレースもいよいよ大詰めだ。セ・リーグでは東京ヤクルトスワローズが連覇を決めたが、まだまだ見逃せないのが村上宗隆の個人記録だ。日本人単独最多の56号本塁打への期待が高まる中、気になる数字がある。この10試合、村上は44打席で10個の四球、うち4つが申告敬遠。球場に訪れたファンからはため息が漏れ聞こえた。勝負を避けて歩かせるのは、是か非か。プロ野球のあるべき姿を考えたい――。
(文=中島大輔、写真=Getty Images)
日本人単独最多56号への期待が高まる村上宗隆との勝負を避けた申告敬遠の是非東京ヤクルトスワローズが29年ぶりにリーグ連覇を決め、セ・リーグの焦点は大きく2つに絞られた。巨人、阪神、広島がクライマックスシリーズ(CS)の3つ目のイスを懸けて繰り広げる争いと、ヤクルトの主砲・村上宗隆が目指す2つの偉業達成なるかだ。今季MVP級の活躍で優勝の立役者になった村上はすでに55本塁打を放って史上2位タイとしている記録をどこまで伸ばし、そして2004年に松中信彦(元ダイエー)が達成して以来の三冠王に輝けるのだろうか。
2つの焦点は絡み合っているから、プロ野球ファンは最後まで目が離せない。9月27日の阪神戦を終えた時点でヤクルトは残り5試合。内訳は阪神、広島とそれぞれ2試合で、ペナントレース最後には10月3日に本拠地・神宮球場でDeNA戦が組まれている。
CS進出を目指す阪神、広島にとって、とりわけ警戒するのは村上だろう。あらためて今季の成績を見ると、いずれもトップの打率.320、55本塁打、132打点と圧巻だ(今季の成績は9月27日終了時点、以下同)。9月13日の巨人戦で54、55号本塁打を放った後の10試合は33打数3安打で「不調」と指摘する声もあるが、連覇を目指す重圧から解き放され、気分新たに打席に迎えることがプラスに働く可能性は十分にある。
球場に訪れたファンが期待する力と力の真っ向勝負プロ入り5年目の村上が今季見せているすごみを表す数字の一つが、「四球」の数だ。すでに116個を選んでおり、77個の丸佳浩(巨人)、59個の大山悠輔(阪神)ら2位以下を大きく引き離している。
55号本塁打を打った後の10試合では44打席で10個の四球があり、そのうち4つが敬遠だった。ホーム、ビジターにかかわらず、球場に詰めかけるファンは村上が日本人最多の56号を記録する瞬間を待ちわびており、歩かされるたびにブーイングやため息のような声がテレビ画面越しにも聞こえてきた。
歴史的偉業を見守る観客が、村上の敬遠に落胆の声をこぼすのは至極当然だろう。プロ野球は「興行」だ。お金を払って見に来てくれるファンやスポンサーに支えられており、彼らが見たいものを提供できなければ価値は低い。三冠王達成となれば18年ぶり、セ・リーグに限れば1986年にランディ・バース(元阪神)が達成して以来36年ぶりで、村上の打席はそれほど貴重な“コンテンツ”といえる。王貞治(元巨人)が1964年に達成した年間55号本塁打を塗り替えれば、58年越しの記録更新だ。
ファンの期待が象徴的に表れたのは、9月18日に甲子園で行われた阪神対ヤクルト戦で0対0で迎えた2回、村上が先頭打者で臨んだこの試合の初打席だった。マウンドの藤浪晋太郎がフルカウントから内角高めにストレートを投じると、村上の打球はライトへの大きな飛球となり、佐藤輝明がフェンス際で好捕する。直後、甲子園の大観衆は大きな拍手を送った。おそらく力と力の真っ向勝負を繰り広げた藤浪と村上、そして好プレーを見せた佐藤への賛辞を表したのだろう。
ファンはこうしたシーンを楽しみに球場に足を運んでいるといっても過言ではない。藤浪が村上に勝負を挑んだからこそ見られたプレーで、プロ野球の醍醐味(だいごみ)が凝縮されていた。
プロ野球は「興行」であると同時に「スポーツ」。優先すべき順序は…ただし、プロ野球は「興行」であると同時に「スポーツ」である。スポーツではプロアマ問わず「スポーツマンシップ」が重要になり、チームと選手が何より求めるべきは全力で勝利を目指すことだ。「プロスポーツ」における順序としてはスポーツマンシップがまずあり、その上でエンターテインメントをいかに成立させるかが肝になる。
そうした意味で、9月18日の阪神対ヤクルトは「プロスポーツ」として絶妙に成り立っているように感じられた。前述した村上の初打席の後、ヤクルトが1点リードした6回一死2塁の第3打席で阪神ベンチは申告敬遠を選択した。甲子園の観客は落胆の声を表したが、阪神とすればリードを広げられるわけにはいかず、塁を埋めた方が守りやすくなる。「エンターテインメント」として村上への故意四球は最悪だが、「勝負」の観点から見れば致し方ないといえるだろう。
個人的にも阪神は村上と勝負して抑えるのが「理想」と考えるが、敬遠は作戦の一つだ。現在はボール球をわざと4球投げなくても、「申告敬遠」がルールとして認められている。阪神は勝利を最優先して手を打った。
試合はそのまま進んでヤクルトが1対0で迎えた8回一死に迎えた村上の第4打席で、カイル・ケラーはフルカウントから真ん中低めのフォークで三振に仕留めている。一発を避けるなら歩かせることもあり得る場面だったが、真っ向勝負で打ち取ってみせた。
この試合の他に、村上が55号本塁打を放った後に敬遠された場面は3回あるものの、いずれも「致し方ない」といえる状況だった。そのうち2つは最下位に沈む中日によるものだが、当時はまだCS出場の可能性があった。数字的に可能性が無くなるまでは諦めず、仮に“消化試合”になったとしても目の前の勝利を目指すのがスポーツマンシップの観点から見ても重要だ。加えてプロ野球選手は「仕事」としてプレーしており、チームの勝ち負けは「お金」にも影響を与える。そうした観点を踏まえると、チームの勝利を優先して村上を歩かせるのは「仕方ない」と個人的には感じた。
「昭和・平成」と「令和」のプロ野球で変わったもの村上が歴史的なシーズンを送っている中、あらためて驚かされるのは“穴”が極端に少ないことだ。テレビ中継で表示されるストライクゾーンを9分割したチャート表を見ると、今季はどのコースも満遍なく打っていることが分かる。2021年は外角低めが打率.200、内角低めが同.226だったが、今季は克服してきているのだ(データは『2022プロ野球オール写真選手名鑑』参照)。
穴が無く、少しでも甘くなると長打の危険性があるから投手たちは厳しいコースを狙うしかない。そこに持ち前の選球眼の高さが加わり、ダントツの四球数になっている。そしてペナント終盤、対戦相手にとって落とせない試合が続き、敬遠で歩かされるシーンも目につくようになってきた。
ただし、村上が55号本塁打を放った以降の打席を追いかけていくと、故意に歩かせても不思議ではない場面でもセ・リーグの投手たちは基本的に勝負を挑んでいる。コントロールミスは許されないと内外角ギリギリを狙った投球ばかりで、村上と対戦しながら投手たちは成長を果たしているはずだ。
海の向こうに目をやると、MLBア・リーグ最多本塁打記録に王手をかけるアーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)に、相手がわざと勝負を避けたという報道も目にする。
対して最終盤のセ・リーグでは、勝利を優先するためには仕方ないような場面でしか、故意に歩かせるシーンは見られない。昭和・平成のプロ野球では個人記録を優先して故意に四球で歩かせるシーンがペナントレース終盤では決して珍しくなかったが、令和4年の今年は変わった。
残りわずかの今季ペナントレース。白熱したCS出場争いと村上の大記録にファンの視線が注がれる中、一流アスリートらしい高潔な勝負を最後まで続けてほしい。
<了>
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