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「逃げるわけにはいかない」。桃田賢斗が“勝てない”苦悩の日々も、決して変わらぬ真摯な信念

REAL SPORTS / 2022年10月17日 19時0分

男は今、苦境の中にいる。世界の頂点に君臨したあのころが嘘のように勝てない日々が続く。「苦しい」。そう吐露する男には、それでも背負い続けたいものがある。桃田賢斗は、必ず立ち上がる。それだけの強い思いがあるから――。

(インタビュー・構成=野口学、写真提供=株式会社UDN SPORTS)

「自信がなかったり、楽しめていない感覚が大きい」。桃田賢斗の現在地

桃田賢斗は今、バドミントン人生で最も苦しい時間を過ごしている。

2018年、2019年世界選手権を2連覇し、最も歴史と権威のある全英オープンも制した。2018年9月から約3年にわたり世界ランキング1位に君臨。2019年にマークした国際大会11勝は、「男子シングルス年間最多勝利数」のギネス世界記録に登録された。東京五輪に出場する全競技の日本人選手の中で最も金メダルに近いといわれた。

だが大きな期待を背負って迎えた2020年初め、マレーシアで交通事故に巻き込まれた。選手生命も危ぶまれるほどの重傷を負い、しばらくは物が二重に見えるなどの症状も残った。1年延期された東京五輪は予選リーグで敗退。その後も、思うような結果を残せずにいる。

「試合をしていても、自信がなかったり、楽しめていない感覚がすごく大きいです」

今の状況をどう見ているのかという問いに対する、桃田の答えだ。

「バトミントン自体は楽しいんですけど、試合をしているときは、苦しい……。負けるのを恐れて縮こまってしまったり。自分で自分の試合を振り返ると、すごく自信なさそうにプレーしているなと感じます」

これまでのバドミントン人生でも逆境はあった。そんなときは、ダッシュやランニングなどの苦手なトレーニングメニューに取り組んだ。心身ともに苦しい時間をあえて自分に課し、苦しい自分に打ち勝つことで“強い気持ち”を手に入れる。そうして苦難を乗り越えてきた。

もちろん今も同じことはやっているという。それでも「流れが来ないというか、苦しい状況が続いているという感じです」と口にする。

新たな取り組みも始めた。動体視力を高めるビジョントレーニングや、新しいトレーナーと共に体の使い方にも改善を図っている。それでも「良い方向には進んでいるなと思います。プレーしている感覚は悪くはない……ですけど、自分の思うような結果が出せていないので」とうつむく。

「一つ一つ受け止めていって…」。成長できているという確かな手応え。

だが、成長と結果の時期は、必ずしも一致するとは限らない。

例えば、鉄棒の逆上がり。成功するには、足を振り上げる動作、腕で体を鉄棒に引き付ける動作、体を丸めて鉄棒に巻き付ける動作の3つが必要になる。1つの動作ができるようになったとしても、逆上がりは成功しない。「逆上がりができる=結果」と捉えれば、結果は出ていない。だが成長もしていないのかといえば、決してそうではない。1つの動作ができるようになれば、それは間違いなく成長だといえるし、実際成功に近づいてきたという実感を抱くだろう。成長を続けたその先に、全ての動作がかみ合うようになってようやく逆上がりは成功するようになる。

こうしたことはどんな場面でもみられる。成長はしていても、結果がすぐに出るとは限らない。だが、成長した要素がかみ合ったとき、しきい値を超えたとき、突如として結果は現れ始める。

「成長できているという手応えはあります。今まで苦しかったことが簡単にできるようになったり、できるようになったことも増やせていると感じているので」

桃田の視線は、力強かった。決して強がりや願望などではなく、確かな実感があるからこその言葉だと感じさせるものだった。

「自分の持ち味はコントロールとディフェンス力、そこの技術だと思っているので、プレースタイルは変えるつもりはありません。何かを変えるというよりは、そこをベースにちょっとずつできることを増やしていく。(2年前の事故による)けがで少なからずできないことは増えたと思います。でも逆に、だからこそ違うことができるようになった可能性もあります。一つ一つ受け止めていって、という感じですね。そこはぶれないように取り組んでいかないといけないなと思っています」


「逃げたくない。しっかり向き合って、受け止めたい」。真摯なまなざし

苦しい日々を過ごしながら、桃田にはもう一つ、変わらないものがある。

この取材の中でも、取材の前に行われたトークセッションでも、「感謝」「恩返し」という言葉を何度も耳にした。この2つの言葉は、何年も前から口にし続けているものだ。

「言葉にするって、本当に大事だと思っています。言葉にしないと伝わらなかったり、ちょっとずつ薄れていってしまうものだと思うので、あえて言葉にし続けています。もしかしたら“アイツ、また言ってるよ”って思う人もいるかもしれませんが、僕は言葉にするのが大事だと思っています」

中学から6年間を過ごした福島県は、バドミントン人生が培われた地だ。高校1年生のときに、東日本大震災が起きた。ここには先の見えない時間を過ごしている中でも支え続けてくれた人たちがいる。違法賭博問題の後も変わらず応援の声を届けてくれた人たちもいる。感謝の気持ちを忘れることなど決してできないし、結果で恩返ししたいという気持ちは誰よりも強い。

そうした思いは実に桃田らしいし、桃田を桃田たらしめている。筆者はそう感じている。

だが同時に、背負い過ぎてはいないだろうか、と感じることもある。勝たないといけない、結果を出さないといけない、恩返ししないといけない――。そうした思いがプレッシャーになってはいないか。筆者が感じていることを率直に桃田に伝えた。

「そうですね。調子が良いときは自分の思うようにやれば良い方向に進むんですけど、流れが悪いときはどうしても考え過ぎてしまったり、しっかり結果を出して応えなきゃって思えば思うほど空回りしてしまうことが最近多いので……。かといって、その人たちの応援から逃げるわけにもいかないですし、逃げたくない。しっかり向き合って、受け止めたい。応援してもらえることを、本当にもっと力にできるようになれたらいいなと思っています」

「毎日の積み重ねが、一瞬の奇跡を生む」。桃田の一番好きな言葉

桃田は自分自身を弱くてもろい人間だと評する。だが決してそんなことはない。桃田賢斗は強い。自分が決意したことから逃げたりしない。私はそう思う。

今は確かに苦難の時期にいる。言葉を選ばずにいえば、“どん底”だ。だがそこから這い上がる姿は、必ずや被災地の方々への勇気になるだろう。今も変わらず応援し続けてくれる人たちへの恩返しにもなるだろう。

「毎日の積み重ねが、一瞬の奇跡を生む」

メジャーリーグ(MLB)で殿堂入りを果たしたイチロー氏の言葉で、桃田が一番好きだというものだ。

これから桃田はどんなキャリアを歩むことになるだろうか。

自らが望む“結果”を求め、毎日を積み重ねて、一歩ずつ成長も続けている。だからこそ、安易に復活を期待するような言葉をつづることに、筆者はためらいを覚えてしまう。誰よりも本人がそれを希求し、苦悩していることが分かるからだ。

それでも一つだけ願うことを書かせてもらうとすれば、ただただ楽しんでバドミントンをする桃田賢斗の姿が、屈託のない笑顔がまた見たい。

<了>

本取材は、水沼が所属するスポーツマネジメント会社、UDN SPORTSが新たに始動したSDGsプロジェクト『地方からミライを』のトークセッション後に行った。

橋岡優輝(陸上)、楢﨑智亜、楢﨑明智(共にスポーツクライミング)、水沼宏太(サッカー)、大竹風美子(7人制ラグビー)らと共に本プロジェクトのアンバサダーを務める桃田はトークセッションに参加。「関心の高いSDGsの17の目標は?」という質問に対して「すべての人に健康と福祉を」を挙げ、「自分でバドミントンの施設を造るだとか、既にある体育館や公園でバドミントンをやるような活動ができたらいい」と語り、「中学からは福島県に住んでいたので、恩返しの意味でも子どもたちと触れ合うイベントに積極的に参加していきたい」と目標を掲げた。


後編では、桃田の福島への忘れ得ぬ想いを聞いた。







PROFILE
桃田賢斗(ももた・けんと)
1994年9月1日生まれ、香川県出身。中学から福島県で過ごし、富岡高校1年生の2011年に東日本大震災が起きる。富岡高校が避難区域に指定されたことに伴い、同校バドミントン部は猪苗代町に拠点を移転した。2013年NTT東日本所属。世界選手権2018年、2019年連覇。BWFスーパーシリーズ/ワールドツアーファイナルズ2015年、2019年優勝。全英オープン2019年優勝。2018年9月27日~2021年11月23日の3年以上にわたり世界ランキング1位を維持。2019年は国際大会で11勝をマーク、「男子シングルス年間最多勝利数」のギネス世界記録に登録された。

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