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「東京五輪は見たくなかった」。戦うことさえ叶わなかった、楢﨑明智・大竹風美子の偽らざる本音

REAL SPORTS / 2022年10月27日 12時0分

スポーツクライミングの楢﨑明智と、7人制ラグビーの大竹風美子。競技も性別も異なる二人には、一つの共通点がある。東京五輪の日本代表選考から、“戦わずして”漏れてしまったことだ。誰より悔しい思いをした二人は、大会期間中をどう過ごしていたのか。そしてどのように前を向くことができたのか。その本音に迫った――。

(インタビュー・構成=野口学、写真提供=株式会社UDN SPORTS)

出場できなかったことより、戦えなかったことが悔しい。二人の若者の本音

――明智選手と大竹選手は初対面だそうですね。実はお二人には共通点があるんですが……分かりますか?

楢﨑明智(以下、明智):えっ、そうなんですか!? 年齢ですか?

――まさに!

大竹風美子(以下、大竹):まさに!?(笑)

――お二人とも1999年生まれです。

大竹:でも私の方が年上ですよね?(※大竹は早生まれ)

――もう一つありまして、東京五輪に“不本意”な形で出場できなかったことです。

明智:そうなんですか? それは知らなかった。

大竹:私も知りませんでした。

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ここで経緯を説明したい。

東京五輪のスポーツクライミング代表は、各国で男女それぞれ最大2枠。(以下、男子に絞る)
1つ目の代表選考対象大会である世界選手権が、2019年8月に開催された。上位7人に出場権が与えられるこの大会で、楢﨑智亜が優勝。日本勢では原田海(4位)、楢﨑明智(5位)、藤井快(6位)が7位までに入った。日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)は、楢﨑智亜に出場権を与え、もう一枠はその後の選考対象大会の結果も含め、出場資格のある選手の中から日本独自の選考方法で決めるとしていた。しかし国際スポーツクライミング連盟(IFSC)は、世界選手権の上位2選手(楢﨑智亜と原田海)で代表は決定したものと通告。JMSCAはスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したが、約1年後の2020年12月に棄却された。

世界選手権で日本勢3位となり、2019年11月に開催されたオリンピック予選大会でも日本勢2位(全体3位)と、当初JMSCAが独自に設定していた選考基準に残っていた明智だが、CASの裁定をもって選考レースは打ち切られることになった。
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明智:本当に大変でした。JMSCAの選考方法ではあと一枠を3人で争うところまで残っていたんですが、予定されていた最後の選考大会の直前になって東京五輪には出場できないことが決まってしまいました。1年間、コロナ禍の中でもめちゃくちゃ準備したんです。それがなくなっちゃったんですよね。

――選考レースが打ち切られると聞いたときはどんな心境でしたか?

明智:正直、若干諦めていたんですよね。厳しいかもしれないとずっと聞いていたので。智くん(兄の楢﨑智亜)も、今となってはお義姉ちゃんとなった(野口)啓代さん(※)も出るので、一緒に出たいなって気持ちもありましたし、ものすごくずっと頑張り続けていたので、出られなくなったのは悲しかったですね。戦って負けて出られないのなら納得できたんですけど、相当調子を上げていて、スピードでは自己ベストを出していたので、もし最後の選考大会が開催されていたら、絶対勝てる自信がありました。それを試せなかったのが一番悔しかったですね、出られなかったことよりも。(※2021年12月、楢﨑智亜と野口啓代が結婚した)


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大竹風美子は、陸上・七種競技から転向してわずか1年半で7人制ラグビー女子日本代表に選出。過去2度のワールドカップでは全敗に終わっていた日本代表に初勝利をもたらす原動力となり、東京五輪での活躍が期待される存在となった。だが目指していた舞台まで目前となった2021年2月、代表候補合宿中に負ったけがにより、その夢は断たれてしまった。
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明智:どこのけがだったんですか?

大竹:左膝の前十字靭帯ですね。

明智:クライミングの選手もよくやるんですよ。嫌ですよね、膝は長いから。

大竹:長かったあ……。

――当時の心境は覚えていますか?

大竹:練習試合でやってしまったんですけど、治るのに1年ぐらいかかるけがなので、もうその瞬間に“終わった”と。本当に目の前が真っ暗になるってこういうことなんだと思って……。痛かったですし、ゴキッていう変な音がしましたし、これはもう奇跡が起きない限りは無理だろうなと思って、涙が止まらないまま病院に行きました。(明智選手と)同じでセレクションのフィールドにも立てないというのがやっぱり悔しかったですね。


東京五輪を見るのは「つらかった」。アスリートの偽らざる本音

――東京五輪が始まってから、お二人はどのように過ごしていたのですか?

明智:智くんと啓代ちゃんが出るので、二人が万全のコンディションで臨めるように、ひたすら裏方に徹していましたね。クライミングではトレーニングのために新しい課題をどんどん作って、選手に近いレベルの人が試して登ったりしながら、よりコンペに近い状態に持っていくんですけど、ひたすらその役割をやっていました。あとは、リードのビレイ(※ロープを使ってクライマーの安全確保)は全部僕がやっていましたし、ホールドの外しも全部やったり。すごく元気で調子もいいのに出られなかったので、もうひたすら掃除をしたり裏方に徹していました。

――そのときはもう吹っ切れていたのですか?

明智:すっきりしていたわけではないですけどもう仕方がないので、とにかく二人に勝ってほしいという思いだけでした。そこに集中しないとたぶん何もできなかったので、逆に僕はやることがあってよかったなと思いました。

――智亜選手は4位という結果でした。金メダル候補に挙げられるなど相当のプレッシャーもあったかと思いますが、近くで見ていてどう感じましたか?

明智:正直、実力でいえば、事前の予想通り、メダルを取れないはずはなかったと思います。でも、オリンピックには魔物がひそむってよく言いますけど、あれはたぶんオリンピックにひそんでいるんじゃなくて、周囲が変わっちゃうんだと感じました。ずっと近くで見てきたり応援してきた選手には、やっぱり誰でも勝ってほしいと思うじゃないですか。選手がやることはどの大会でも同じなので、いつもと同じように臨んでほしかったんですけど、想像以上に、本人以上に、周囲の方が気持ちが高まっちゃって。“オリンピックだから絶対頑張って”とか、花道を作ったりとか。そんなことは今までなくて、やっぱり普段とは違うなと。本人も応援してもらえることをすごく喜んでいましたし、誰が悪いとかじゃないんですが、でもやっぱりものすごくプレッシャーになっているんだろうなとは感じました。

――大竹選手はどのように過ごしていましたか?

大竹:もう手術も終わって割と歩けるようになっていたんですが、まだ走ることはできなくて、地道なリハビリをしながらの観戦でした。ずっと一緒に頑張ってきた仲間が画面の向こうで戦っているのを見て、すごく応援している気持ちもありましたし、この場に立てなかった自分がみじめというか、自分を責める気持ちもありました。でもそのときの気持ちは絶対忘れないようにしようと思って、ちゃんと見ていました。

――あえて見るという選択をしたのですね。

大竹:しっかり目に焼き付けようと思って。

明智:見るのつらいですよね。

大竹:ホントに。

明智:見たくない。

大竹:つらい、ホントに。

明智:僕は智くんだから見られたんだと思います。他の選手だったら、もちろん仲は良いですけど、見たくはない。

大竹:見たくはない、本当にそう。

明智:日本人選手に勝ってほしいんですよ、やっぱり。日本には強くあってほしいので。でも勝たれたら置いていかれる、みたいな。一緒に戦ったメンバーだから、やっぱり悔しい。

――気持ちの中ではきれいごとだけで片付けられないのは当然のことだと思います。

「怖いんですよ、啓代先生は(笑)」。二人が再び前に歩き始めた理由

――お二人が前向きになれたきっかけはあったのですか?

明智:結構長い期間、空元気だったんですよ、正直。クライミングは大好きで練習はしていたんですけど、大きな目標がなくて全然燃えなかったんですよね。選考レースがどうなるのか決まるまですごく時間がかかりましたし、どうにか気合いで乗り越えてきたのに、結局出られなくて……。そうした経緯を全部間近で見ていた啓代ちゃんに、「その悔しさをバネにパリ五輪で活躍している姿が見たい」と喝を入れられて、“やるしかねえ!”と頑張ったって感じです。

大竹:そうなんだ、本当にお姉ちゃん。

明智:啓代先生、怖いんです。

大竹:先生?(笑)

明智:怖いですよ、啓代先生は(笑)。

大竹:でもそれがあっての……。

明智:そうですね、今頑張れているので。

――大竹選手はいかがですか?

大竹:私も本当に空元気でやっていましたね。普段なかなか会いに行けない応援してくれる友達、近所の方、ファンの方に会いに行けたので、それがプラスに働きました。“オリンピックに出られなくてもあなたのことを応援しているよ”って言ってくれる方がすごくたくさんいることに気付けましたし、オリンピックオリンピックという気持ちでずっとやっていたんですけど、それだけじゃないんだなって。もちろんパリ五輪は目指していきますけど、一つ一つ目の前の大会を、競技を楽しむことがすごく大事なんだなって思えるようになりました。


“スポーツ化”し過ぎることへの危機感。子どもと触れ合うことで感じたこと

――お二人が所属する株式会社UDN SPORTSは、所属アスリートの社会貢献活動を積極的に後押しするなど日本のスポーツマネジメント会社で異彩を放つ存在です。お二人は社会貢献、地域貢献についてどう考えていますか?

明智:地元に貢献する活動は昔からやりたいと思っていたので、すごく頑張りたいなと思っていますね。

――明智選手の地元は栃木ですよね。

明智:実は僕、栃木愛がめちゃくちゃ強いんですよ。“レペゼン栃木”って感じです(笑)。それは冗談として、例えば学校にクライミングの部活を入れる活動をしたいなと考えています。クライミングの部活をつくるには教える人が必要になるので、僕が教える人を教える活動をしたり。クライミングをやる人がもっと増えていくようなことができたらいい。みんなもっと体を動かして健康になれたらいいなって考えています。

――部活にクライミングがあれば、より多くの子どもがクライミングに触れるきっかけになりますし、アウトドアクライミングに行く人も増えるかもしれませんね。

明智:クライミングを始めると、インドアでやっている人も絶対外岩に行きたくなって、崖を登ったりする活動が増えるんですよ。そうすると、ゴミを持って帰るとか、うるさくしないとか、近所の人たちの迷惑になるようなことはしないとか、クライマーの人たちはものすごく気を付ける。自分たちは山があるから活動できるわけですし、汚したり荒したりすることは、自分たちで自分たちの環境を悪くすることになるので。自然を大切にする意識にもつながっていくと思います。

――確かに子どもに対して直接的に「自然を大切にしよう」と言ってもなかなか響きにくいかもしれません。

明智:でもいざ自分がクライマーになったら、やっぱり自分が大好きなものを大切にしようと思うので、そこはつながっていくと思いますね。

――大竹選手はいかがですか?

大竹:今年2月にUDN SPORTS所属アスリートの皆さんと一緒に海のゴミ拾いをしたんですが、こういう活動は本当に簡単に始められますし、ペットボトルをマイボトルに替えるとか、身近なことから始めていけたらいいなと思いました。

――大竹選手は思い出の場所に舎人公園(東京都足立区)を挙げていますよね。

大竹:そうですね。足立区はなかなかラグビーができる環境がなくて、小さいころからラグビーを始める子どもが少ないので、まずはそこから何かできればいいなと考えています。

 オンラインではあったんですけど、この前、初めて子どもにラグビーを教える機会をいただきました。すごく自分の刺激になりましたし、子どもって本当にすごく純粋に「なんでこれはしちゃいけないの?」とか思いも寄らない質問をしてくるので、それも自分の中でラグビーの新しい気付きになりましたね。

――無意識の中にある“当たり前”とか“思い込み”に気付かされたりしますよね。

大竹:そうですそうです。そこを疑問に思うんだ、なるほどね、深いな、みたいな。

――自分の成長にもつながっているんですね。

明智:僕も栃木県の子どもたちにクライミングを教える活動をやってきたんですが、最近感じることとしては、クライミングが“スポーツ化”し過ぎてきているように思います。やるからには、楽しむというよりも、競技を目指して人と競って勝たなきゃいけない、みたいに。小学校低学年の子どもから「大会で勝つにはどうしたらいいですか?」と聞かれたりするんですが、自分は子どものころそんなことを考えてやったことないなって。楽しんで好きにならないと続けられないと思いますし、僕たちトップの選手がメッセージを伝えていかなきゃ大変なことになるなと感じています。

――なぜそうした変化が生じたのでしょうか。

明智:オリンピックの影響はあったと思います。スポーツとしてのクライミングから入ったり、親御さんも“オリンピックに出てほしい”みたいな気持ちを持って子どもと話したり。でもそこは、クライミングを楽しめるような機会をもっと増やしていけたらうれしいなと思っています。


本取材は、両選手が所属するスポーツマネジメント会社、UDN SPORTSが新たに始動したSDGsプロジェクト『地方からミライを』のトークセッションに併せて実施された。

所属アスリートの社会貢献活動を積極的に後押しし、昨年SDGs(持続可能な開発目標)に積極的に取り組むと宣言するなど、スポーツマネジメント会社としては異彩を放つ存在でもある。

新プロジェクト『地方からミライを』では、所属アスリートの出身地やゆかりのある地方を活性化させ、ゆくゆくは日本全国を元気にすることを目標に掲げる。スポーツの大会やイベントを通じて子どもたちとの触れ合いや競技の促進を目指すだけでなく、コロナ禍で打撃を受けた地方企業、中小企業と連携をして、新たなビジネスの創出にもチャレンジしていくという。

桃田賢斗(バドミントン)、橋岡優輝(陸上)、楢﨑智亜(スポーツクライミング)、水沼宏太(サッカー)らと共に本プロジェクトのアンバサダーを務める両選手はトークセッションに参加。「関心の高いSDGsの17の目標は?」という質問に対して、大竹は「海の豊かさを守ろう」、明智は「すべての人に健康と福祉を」を挙げた。


<了>







PROFILE
楢﨑明智(ならさき・めいち)
1999年5月13日生まれ、栃木県出身。兄・智亜の影響でクライミングを始める。2012年、2014年にジュニアオリンピックカップ大会優勝。2016年、国内最大規模コンペのTHE NORTH FACE CUPで智亜を抑えて史上最年少優勝を果たす。同年、ワールドカップ初参戦。以降、アジアユース選手権、世界ユース選手権など国内外の大会で優勝を重ねる。京五輪は国際連盟と日本協会で代表選考基準の解釈の齟齬により選考レースが打ち切られた。兄弟で一緒にパリ五輪出場を目指す。

PROFILE
大竹風美子(おおたけ・ふみこ)
1999年2月2日生まれ、埼玉県出身、東京都足立区育ち。高校3年生の冬に陸上・七種競技から7人制ラグビーに転向。1年半で日本代表に選出された。2018年ラグビーワールドカップセブンズに出場、日本代表初勝利と10位躍進の原動力となる。東京五輪は左膝前十字靭帯損傷のけがで不出場。翌2022年、ワールドラグビー・セブンズシリーズのコアチーム昇格、ラグビーワールドカップセブンズで史上最高成績の9位に貢献した。パリ五輪出場を目指す。

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