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いまなおシュミット・ダニエルが成長続ける理由。日本人GKにとっての理想のパスウェイとは?

REAL SPORTS / 2022年11月20日 12時0分

いよいよ目前に迫ったFIFAワールドカップ。グループリーグで格上のドイツやスペインと対峙する日本にとって、劣勢を跳ね返す可能性を秘めた選手の一人として注目を集めるのが、9月のエクアドル戦で正守護神候補に名乗りを上げたGKシュミット・ダニエルだ。本格的にGKを始めたのは高校に入ってからという異色の経歴を持ち、ロアッソ熊本時代に指導を受けたGKコーチ・澤村公康との出会いがサッカー人生の転機となり、日本代表にまで上り詰めた。現在は後進の育成に情熱を注ぐ澤村は、シュミットの育ってきた環境をどのように捉え、「話を聞いて正直驚いた」と語る海外移籍時にどんなアドバイスを送ったのか。今後、シュミットのように海外で活躍する日本人GKを輩出するために、という視点も含めて話を聞いた。

(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images)


日本人GKにとっての理想のパスウェイとは? 大学経由は正解?

――シュミット・ダニエル選手は、中央大学を経由して、J1・ベガルタ仙台に加入。翌年から期限付き移籍でJ2クラブで経験を積み、仙台に復帰して活躍。その後、海外へ。GKとしては一つの理想的なパスウェイにも感じますが、シュミット選手の歩んできた道のりについて澤村さんはどのように見ていますか?

澤村:僕はGKというのは、3番手、4番手ではなく、少なくとも2番手で控え選手としてベンチに座る経験は若いうちからするべきだと思っています。求められる技術や得られる経験など、ゲームと練習ではまったく違うものなので。その意味で、さまざまなカテゴリーを渡り歩いたダンの経歴はすべてが抜群のタイミングだったのではないかと思います。

――正GKがベストだというのは理解できるのですが、2番手と3番手でそれだけ大きな差があるとは思っていませんでした。

澤村:大きいと思いますね。大観衆の中でウォーミングアップをする、ベンチに座る、ファーストキーパーにアクシデントが起きたらいつでも出られるようにする心身の準備……。もちろん、プロの世界には仮に3番手、4番手でも、1番手、2番手と変わらぬモチベーションで取り組める選手もいますが、自分がゲームに行くと思ってやるのと、自分はゲームには関わらないと思ってやるのでは、やっぱり取り組み方は変わってくると思います。

――大学を経由してのプロ入りについてはどのように捉えていますか?

澤村:僕は今の日本のサッカーにおいては、大学経由は悪くない選択肢だと思います。当時、川崎フロンターレに帯同していたダン(シュミット・ダニエル選手の愛称)もそうですが、大学に所属しながらプロの試合に出場できる特別指定選手制度もありますし。ただ、欧州に目を向けると、18、19歳で大金を稼いでいる選手も多くいるわけなので、まだ世界のスタンダードではないという表裏一体なところはありますが。非常に環境の整った施設を持つ大学も多いですし、日本の大学サッカーは今後改善するべき点があることも含めて、ポテンシャルを秘めているカテゴリーだと思います。

ワールドカップのような舞台で活躍するためには…

――シュミット選手の2019年の海外挑戦に際してはどのようなアドバイスを送られたのですか?

澤村:最初に相談されたときは驚きましたね。仙台で正守護神として定着して、キャプテンマークも巻いて、その安定した環境を捨てて挑戦するのかと。ただ、それはダンには伝えませんでした。彼がやろうとしている挑戦の成功を信じて後押しすることが僕にできる役割だと感じたので。一切否定は口にせずに「そういう決断もあるよね」と話したことは覚えていますね。

 結局、海外移籍って、すべて本人次第なのだと思うんです。不安すら楽しめるかどうか。本人がポジティブに向かっていくのであれば、おそらくネガティブなことが起きてもポジティブに変えられるのだと思います。あのときのダンからは、ネガティブをひっくり返すメンタリティーが感じ取れたので、驚きはしましたが心配はしなかったですね。

――シュミット選手がベルギーのシント=トロイデンVVに所属して今季で4シーズン目になります。海外に出て一番成長を感じられた点はどこですか?

澤村:異国の地で異国の指導者に認められて、ゲームに出続けることで、選手はさらに成長できるものなんだなと。人間的なところは全然変わっておらず、謙虚で明るくて、本当にいい青年なのですが、GKとしての器はより大きくなって、日本にいた頃よりも日々メンタル面がたくましくなっていると感じます。ケガなどもあり試合に出られない時期も経験しましたが、欧州での学び多き日々の中で、コツコツ努力を重ねたからこそ今があるのだと思います。

 ダンからも「サワさん、海外でGKはすごくリスペクトされているポジションなんです!」という話を何度も聞いていますし、欧州でのプロ生活が彼には合っているのだと思います。彼には娘さんが2人いるんですけど、帰国時に会った際は「サワコーチ、私、縄跳びで二重跳びができるようになったから見て!」など、グイグイ自己発信してくるわけです。その成長が素晴らしいなと思って。欧州でダンも成長したけど娘ちゃんもすごい成長だねと話したら、「サワさん、海外では発信しないと相手にされないんです」と。そういう部分が選手としての成長にもプラスになっているのだと思います。

――シュミット選手は、さまざまな国の選手がそろう雰囲気と強度のなかでやれることを日本と欧州との違いとして挙げ、「欧州に来なければワールドカップのメンバーに選ばれていなかった」とも話しています。

澤村:これははっきり言って、慣れだと思います。ワールドカップで戦う相手は日本人ではないわけですから、いろいろな大陸のさまざまな特長を持った選手と試合を重ねることは大事ですよね。その意味で、今回、日本代表に選ばれたGKが3人とも海外で戦う、海外で戦った経験を持つ選手であることは妥当な選出だったのかなと思います。日本の若いGKたちも、ワールドカップのような舞台で活躍するためには、海外に出ることを意識するべきなのかもしれません。

「ウサギとカメ」に例えると彼は“カメさん”

――たらればの話ですが、高校から本格的にGKをやるようになったシュミット選手がもう少し早くGKを始めていたら、日本代表入りや海外挑戦がより早まったのでは、という思いはあったりするものですか?

澤村:これはたらればなので、わからないです。でも、わからない中でも、ダンの性格や取り組み方の部分で、彼の今があるなと感じるのは、彼はやりたくないと言ったら絶対にやらないんですよ。やりたいって言ったら必ずやるんです。このような考え方を持つには、子どもの頃から周りの大人が子どもがやりたいと言ったことをリスペクトすることが大切です。外力でやらせるのか内力でやるのかでは、結果は大きく変わってくると思うので。親御さんも素晴らしいご両親で、いい育て方をされたんだなと思いますね。

 「ウサギとカメ」に例えると彼はカメだと思うんです。運動能力でいうとずば抜けてウサギなのですが、考え方、取り組み方はカメさんなので。そういう意味では、急がば回れじゃないですけど、紆余曲折を経た彼だからこそ、今があるのだと思います。

――シュミット選手がフィールドプレーヤーだった中学生時代に、素人にボールを奪われた経験が悔しくてサッカー部をやめてバレーボール部に入ったというエピソードも印象的です。

澤村:まさにそうですね。持久力がないからサッカーに向いていないと考えて、その頃に身長も伸びてきたので高さを生かしてバレーボール部に入ったというのも理由の一つにあるようです。結局、やっぱりサッカーがやりたくなってサッカー部に戻ったあと、サイズとバレーボールの経験を生かしてGKをやり始めたと聞いています。

――直感に忠実でありつつ、よく考えてもいるわけですね。特にGKはサイズが重要になってきますし、早くから固定してプレーすることが選択肢を狭めてしまう可能性があります。

澤村:僕は、さまざまなスポーツを経験して、いろんな運動能力を開発することはすごく大事なことだと思うので、ダンには良いモデルケースになってもらえたらいいなと思っています。日本では一つのスポーツを一途にやり続けることが美談になることが多いですが、そのために他のスポーツに向いていた才能がクローズアップされないまま失ってしまう面もあると思うんです。

シュミット・ダニエルから子どもたちが学べること

――シュミット選手は30歳を超えたいまなお成長しているようにも感じられますが、幼少期からGKだけをやってこなかったからこその武器や、GKを遅く始めたために現在でも伸び代があるということはありますか?

澤村:間違いなくあると思います。育成年代で試合経験をお腹いっぱい経験していないので、とにかくいまゲームに出ることが本当に楽しいんじゃないですかね。だから代表戦なんかは特に、まったく緊張している表情ではなかったですし、ワクワク感が上回っているのだと思います。GKはやっぱりエネルギーがあるとゴールが小さく見えますし、相手が嫌がるプレーヤーになれますよね。

――2015年にロアッソ熊本で最初に指導されたときに、基礎技術の部分でまだ不足しているなと感じることはなかったですか?

澤村:技術面には僕は何もクレームはつけなかったですね。例えば、ゴールライン方向に倒れていたローリングダウンを、「もっと前で、相手からボールを奪おうよ!」と伝えたり、考え方やマインド面の指導をしたことしか覚えにないです。シーズンを通しての試合経験がまだ足りていないと感じる部分はありましたが、基本の技術的な部分はしっかりと習得しているGKだと当時から評価していました。

――高校生からGKを始めたとしても、適性があれば遅くないということですね。

澤村:子どもの頃から基本的な運動能力を高めることさえやっていれば、GKとしての基礎技術の習得は高校生からでも遅くないと思います。

――サッカー少年少女の育成に関わる方々や、これからGKをやってみたいと感じた子どもたちは、シュミット選手からどういうことを学べるでしょうか?

澤村:彼は、明るくて、元気が良くて、礼儀正しい。そういった人間的な能力は、僕は小さい頃から身につけられるものだと思いますし、ダンのように他人から素晴らしい人間だと思われるGKを目指してほしいなと思います。あとは、自分からこうしたいああしたいと伝えられる発信力が、若い年代からもっと出てくるといいなと。GKの細かなテクニック的な要素以上に、そういったところを大事にしていくべきだと思います。いま伝えたことは、世の中に出てからどんな仕事をするにしても必ず必要になってくるものです。育成って、サッカー界に生きる人間だけを育てることじゃないと思うので。そういったところは、選手たちにも育んでもらいたいですね。

子どもたちが本物を見て、触れて、感じることで成長する

――澤村さんは現在グラスルーツのGK育成を中心に活動されています。2019年までJ1のサンフレッチェ広島で指導されていた中で、育成年代の指導に携わることの重要性を感じられて、実際にそこを活動のメインに据えた理由は?

澤村:ダンにしても広島時代に指導した大迫敬介にしても、プロでもマインドが変わればプレーが大きく変わるということを僕自身、彼らから学ばせてもらいました。プロでも変わるのであれば、トップカテゴリーに固執をしないで、育成年代からアプローチすれば、もっと多くの選手のGKとしてのサッカー人生、人としての人生が幸せになるのではないか。そのような思いを持って今の活動をさせてもらっています。

――12月にはJリーグのオフシーズンに合わせて、現役JリーガーのGKキャンプと、子どもたちのGKクリニックを掛け合わせた「ゴーリースキームキャンプ」を東京で開催されるとのことですが、今後はどのように活動を広げていこうと考えているのですか?

澤村:GKスクールやゴーリースキームキャンプのような活動を通して全国を回りたいですね。これまで培ってきた指導を全国に広げるようなシステムを構築したいと考えています。僕の恩師である平岡和徳先生が率いる大津高校から常に良い選手が出てくる一つの要因に、OBが指導者やトレーニング参加という形で母校に帰ってきて、本物を子どもたちの目の前で見せることで、子どもたちが本物を見て、触れて、感じることで、取り組み方が変わっていく良いサイクルが生まれています。僕はGKでそこをやっていきたいと思っています。

――澤村さんは現役の選手はもちろん、多くのGKコーチも育てられているので、教え子である指導者とも連携すれば全国展開もすぐに実現できそうに感じます。

澤村:そうなったら一番理想ですね。おかげさまで現在アカデミーからトップまでJクラブの3分の1ぐらいは教え子がGKコーチを務めているので。まずは全クラブに教え子を輩出して、彼らが各地でGKを絡めたさまざまな地域貢献活動を行えるような枠組みをつくっていきたいですね。

 日本サッカー協会や各Jクラブの尽力で、育成年代からGKとして高い能力を備えたトップオブトップの選手たちが充実した指導を受けられる体制は整いつつあると思います。一方で、グラスルーツの部分ではまだまだできることがあると思うので。子どもたちがGKって面白そうだな、やってみたいなと思ったときに、その思いに応えてあげられるような環境をつくりたいと考えています。

<了>






[PROFILE]
澤村公康(さわむら・きみやす)
1971年12月19日生まれ、東京都出身。GKアカデミー「ゴーリースキーム」代表。「Footballcoach」主宰。三菱養和SCユース、仙台大学でプレー。1995年に鳥栖フューチャーズの育成GKコーチに就任。以降、ブレイズ熊本アカデミー、大津高校、日本高校選抜、JFAナショナルトレセンコーチ、浦和レッズアカデミー、女子日本代表、川崎フロンターレアカデミー、青山学院大学、浜松開誠館中学校・高校などさまざまなカテゴリーでGKコーチを歴任。2015年からロアッソ熊本、2019年はサンフレッチェ広島でトップチームのGKコーチを務めた。これまでシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GK、JクラブのGK、GKコーチなどを数多く輩出している。12月17日(土)には現役プロ選手もスペシャルコーチとして参加する「ゴーリースキームキャンプ」を開催する。

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