“ジャイキリ”はこうして起きる! セネガル、コスタリカ…W杯史上に残る番狂わせを振り返る
REAL SPORTS / 2022年11月22日 12時13分
カタールの地で激闘が繰り広げられているFIFAワールドカップ。大会2日目が終わり、ここまでは下馬評通りの試合展開が続いているといえるかもしれない。ただし、過去大会を盛り上げてきたワールドカップの風物詩の一つが“ジャイアントキリング”だ。誰も予想できなかった躍進を見せて“死の組”を勝ち上がった2014年ブラジル大会のコスタリカを筆頭に、これまで数多くのアップセットが実現し、世界を驚かせてきた。今大会で日本代表が史上最大の番狂わせを起こしてくれることを期待しつつ、過去大会の印象的なジャイキリを振り返る。
(文=篠幸彦、写真=Getty Images)
ロシア大会で起こったランク格差60のジャイキリジャイアントキリング、アップセット、番狂わせ……。その出来事を表現する言葉はさまざまある。弱者が強者を打ち負かす瞬間、それを目撃した人々の歴史的な一幕を見てしまった熱狂と独特の高揚感、あるいは考えもしなかった現実を目の前にした絶望感でスタジアムが覆い尽くされる。スポーツの世界ではそんな瞬間がしばしば訪れる。
とりわけサッカーの世界では、ジャイアントキリングが起こりやすいといわれる。コントロールの難しい足でボールを扱うためミスが起こりやすく、他の競技よりロースコアなゲームのため、ワンチャンスで決めた一つのゴールで勝敗が決することは珍しくない。トーナメントになればPK戦という実力差が出づらく、運要素も強い勝負の決め方に持ち込むこともできる。
そこにFIFAワールドカップという舞台の要素が加われば、選手は強烈なプレッシャーにさらされ、良くも悪くも通常の精神状態ではなく、パフォーマンスに多大な影響を与える。そうなればもう何が起こっても不思議ではない。そうしたさまざまな要素が絡み合い、ワールドカップでは数多の弱小国が強豪国を食って歴史に名を刻んできた。
記憶に新しい2018年ロシア大会。決勝トーナメント1回戦で、開催国ロシアが国民の大歓声を背にスペインをPK戦の末に破り、準々決勝へ進出した。当時、ロシアのFIFAランキングが70位で出場国の中で最下位だった。それに対してスペインが10位で、60ものランク格差をひっくり返す大番狂わせとなった。ランク格差でいえば、当時61位の日本が16位のコロンビアを2-1で下したことも波乱だったが、その上をいく大波乱を起こしたのは韓国。57位の韓国が1位のドイツを下し、前回王者がグループリーグ最下位で大会を去ったことは世界中に衝撃を与えた。
強豪国フランスがジャイキリされてきた理由大国がグループ最下位で大会を去ったケースは、2010年南アフリカ大会でも起こっている。グループリーグ第3戦、開催国の南アフリカがブブゼラの鳴り響くホームの後押しを受け、フランスを2-1で破ったのはまさにジャイアントキリングだった。レ・ブルーは1分2敗で勝ち点1しか獲得できず、あえなく敗退となった。ただ、この大会のチームは内部崩壊によって結果以上に醜態をさらしていた。
第2戦のメキシコに敗れたあと、FWニコラ・アネルカが監督のレイモン・ドメネクに暴言を吐き、大会途中にもかかわらず追放される。この懲罰に不満を抱いた他の選手たちが、練習をボイコットする事態にまで発展。もはやチームとしてのまとまりは皆無であった。どんなに多くのタレントを抱える強豪国であっても、団結力を失ってチームとして戦えなければ打ち負かされてしまうのがサッカーである。
同じフランスでも2002年日韓大会のチームは、自国開催の前回大会に続き、EURO2000も制した圧倒的な王者だった。ティエリ・アンリやダヴィド・トレゼゲ、パトリック・ヴィエラ、マルセル・デサイーなど、すべてのポジションにタレントを擁し、まさに豪華絢爛。優勝候補の筆頭で、大会連覇に大きな期待が寄せられていた。そんな絶対的王者を襲った出来事が、大会直前の親善試合で負傷した大黒柱ジネディーヌ・ジダンの欠場である。
歯車が狂った王者を開幕戦で破ったのはワールドカップ初出場のセネガル。精細を欠くフランスの攻撃を統制の取れた守備と少しの運で耐えると、前半30分にカウンターからブバ・ディオプが値千金の先制点を奪取。その1点を残り60分間で守り切り大金星を飾った。これで勢いづいたセネガルはグループを2位で突破し、初出場にしてベスト8という大躍進となった。
フランスが本来の力を発揮できなかったのは、ジダンを欠いたことだけではない。ビッグクラブに所属する選手が大半であるがゆえに、多くの試合をこなしたシーズン後の疲労感。また、1カ月後の決勝進出を見据えた優勝候補が、初出場の格下相手に油断があったことも否めなかった。つけ入る隙を見せれば、たとえ完全無欠に見える王者でも飲み込まれてしまうのがワールドカップという舞台なのだ。
日本の同組コスタリカが起こした8年前の快挙カタール大会で日本が入ったグループEは、ワールドカップ優勝経験国のドイツとスペイン、そこに日本とコスタリカというわかりやすく2強2弱のグループだといえる。ただ、このコスタリカこそ、ワールドカップで印象的なジャイアントキリングを演じてきた国である。
2014年ブラジル大会、コスタリカはウルグアイ、イタリア、イングランドという3強1弱のいわゆる“死のグループ”に入った。多くがコスタリカの3連敗を予想する中、蓋(ふた)を空けてみればそんな予想を次々と覆していった。
初戦のウルグアイは前回大会4位と躍進し、エースのディエゴ・フォルランは得点王とMVPを獲得。中心選手の多くが健在だったにもかかわらずコスタリカが3-1のアップセット。2戦目のイタリアはジャンルイジ・ブッフォン、ジョルジョ・キエッリーニ、アンドレア・ピルロなど、スクデッド3連覇のユベントスを軸にした豪華な陣容だったが、1-0という相手のお株を奪う勝利を挙げた。3戦目のイングランドにも0-0で得点を許さず、2勝1分で首位通過を決めて世界を驚愕させた。
特筆すべきは唯一許した失点がウルグアイ戦のPKでの1失点のみで、流れの中からは一つのゴールも許さなかったことだ。ウルグアイにはフォルランとエディソン・カバーニ、イタリアにはマリオ・バロテッリ、イングランドにはウェイン・ルーニーと、各国ともワールドクラスのストライカーを擁していながらコスタリカの固い守備をこじ開けることができなかった。
決勝トーナメント1回戦ではギリシャに1-1からPK戦で競り勝ち、準々決勝のオランダにも0-0でPK戦に持ち込むも3-4で力尽きた。コスタリカ史上最高のベスト8という結果を残して大会を去った。大会全体を通しても流れから許した失点はギリシャ戦の1点のみで、強固な守備は改めて傑出していた。
コスタリカが強豪国を打ち負かしたサッカーとは小国の堅守と聞くと、自陣深くに引きこもり、ゴール前にバスを止めたような極端に守備的な戦いを想像するかもしれない。たしかに、コスタリカは伝統的に5-4-1という後ろに人数を割いたシステムを採用する国だが、決して自陣深くに引きこもるような戦い方をしていたわけではない。守備ラインを高く保ち、DF5人とMF4人がコンパクトな距離感で相手にスペースを与えず、激しいプレッシングでボールを奪えば鋭くカウンターを仕掛けた。
ウルグアイにはセンターバックとボランチにプレッシャーをかけて中央から締め出し、2トップに効果的なパスを通せなかった。サイドに追いやって窮屈なところで囲い込み、シュートを打たれても守護神ケイラー・ナバスのビッグセーブでシャットアウト。PKから先制を許したものの、後半にサイドの鮮やかな崩しとセットプレーで逆転。終了間際に一瞬の隙を突いたダメ押し弾で勝利を確実にした。
2戦目のイタリアは、ピルロやダニエレ・デ・ロッシがハイラインの裏をロングボールで狙うが、巧みなラインコントロールの餌食(えじき)となり、11度もオフサイドにはめられた。抜け出せたかと思えば素早いカバーリングで奪われ、空中戦でもかなわず、1トップのバロテッリはフラストレーションをためるばかりだった。コスタリカは、前半終了間際にイタリアの寄せが甘い隙を突き、ジュニオール・ディアスの高精度クロスからブライアン・ルイスがワンチャンスを決め、これが決勝点。イタリアが攻撃のカードを次々と切ってもハイラインを保ち、最後までスペースを与えなかった。
近年では弱者が引いて守るだけのスタイルは時代遅れになってきている。アスリート能力が上がったことでハイライン、あるいはミドルゾーンでハイプレスをかけ、強者にスペースと時間を与えず、高い位置でボールを奪ってショートカウンターを狙うのはトレンドの一つ。8年前のコスタリカは、まさにそんなサッカーを練り上げ、決して奇跡ではない2試合連続のジャイアントキリングを達成した。
日本代表が今大会のグループ突破をするためには、コスタリカのような練度の高いタイトな守備と、押し込まれたときの粘り強さは必至。その上で数少ないチャンスをものにできるか。初戦のドイツ、第3戦のスペイン、どちらに勝っても日本のワールドカップ史上最大のジャイアントキリングになることは間違いない。しかし、第2戦のコスタリカも油断ならない強豪であることも忘れてはならないだろう。
<了>
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