男子の4〜6倍!? 女子アスリートの目に見えない怪我のリスク。前十字靭帯損傷、専門家が語る要因と予防
REAL SPORTS / 2023年2月17日 12時0分
女子サッカー界で膝の前十字靭帯負傷が問題になっている。男子選手に比べて、女子選手は前十字靭帯損傷のリスクが4〜6倍高いと言われ、その要因の一つとして月経時のホルモンバランスとの関連性が指摘される。神奈川県の国体U-16女子のメディカルトレーナーを務めるはじめ整骨院makana菊地奈美子院長に、女性特有のケガやコンディション、心の変化と向き合ってきた中で留意する生理とケガのリスクの関連性や、予防に必要なことを聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=菊地奈美子)
前十字靭帯断裂が起こりやすい育成年代のリスクとは?ーーはじめ整骨院makanaは女性のための治療院だそうですが、どのような施術をされているのでしょうか?
菊地:基本的な治療は、筋肉が硬かったら柔らかくするとか、骨盤が歪んでいたり捻れていたら元に戻す骨格調整が専門分野ですが、その他にも、内臓調整の整体や頭蓋骨の歪み調整もしています。肝臓や子宮は解剖学的に正しい位置があるんですが、猫背になると臓器が下に下がったり、内臓が筋肉に引っ張られて正しい位置からずれてしまうことがあります。そういう状態に対して、患者さんの体をソフトに触ることで本来ある位置に誘導して、内臓の機能を高めるのが内臓調整です。
ーー内臓の歪みは体全体に影響しそうですね。
菊地:そうです。たとえば肝臓は大体2リットルぐらいの重さがあって、お酒の解毒や、食べたものをエネルギーに変えたり、免疫を機能させたり、ホルモンを作ったりといろいろな働きがあります。ただ、24時間働き続けると重くなって、肋骨位置が右側だけ下がってくるんです。
内臓が下がると、その下にある腸とか腎臓とかがさらに圧迫されますし、内臓の中では子宮とか卵巣が一番下になるので、影響は受けますね。内臓調整のアプローチをした後に股関節の動きが良くなったり、足が上げやすくなるなど、症状が分かりやすく改善する方もいますよ。
ーー女子アスリートにはどのような形で関わっておられるのですか?
菊地:治療院に来られる方は妊活中の方や産後のママさんが多いですが、学生さんたちの中にはダンスや陸上やソフトボールなど、いろいろな競技をしている女の子がいます。
また、昨年から国体で神奈川県のU-16少年女子の女子サッカー選手たちのサポートにメディカルトレーナーとして関わらせていただいていて、生理痛や体調不良があるときには、筋肉のコンディショニングだけではなくて、内臓の調整もします。その前は尚美学園大学女子サッカー部を8年間ぐらい見ていました。私自身も大学までサッカーをやっていて、今年中学1年生になる娘もサッカーをしています。
ーー前十字靭帯のケガは女子選手に多いですが、育成年代の症例数も少なくないですよね。膝のケガについても様々な症例を見てこられたのですか?
菊地:はい。これから体が成長していく段階の学生やアカデミーの選手たちを見ることが多かったので、女子アスリートや学生時代の前十字靭帯断裂のリスクは以前から課題だと感じていました。私自身も大学1年の時に半月板の手術をして、2年次に同じ場所を手術して、3年の時に前十字靭帯を断裂しました。その時はなぜケガを繰り返すのかはわからなかったのですが、その時にリハビリの先生とのご縁があって現職に就きました。前十字靭帯断裂は術後の痛みが強く、可動域の制限がかかるので、グラウンドに復帰するまでの地道なリハビリは身体的にも精神的にも辛いと思います。
女性の骨格から考える受傷要因と10代の女子アスリートに大切なことーー前十字靭帯断裂の要因はどのようなことが多いのでしょうか?
菊地:一つだけの要因というよりは、複数のことが合わさって起きることが多いと感じます。たとえば、コンタクトスポーツで起きやすい、という傾向はあると思いますし、中学から高校に上がった時のコンディショニングの変化や、グラウンド練習する時間帯が変わるなど、環境の変化なども大きな要因だと思います。もう一つは、栄養面は特に関係性が深いと思って注視しています。
ーー男性よりも女性の方が骨盤の幅が広く、ジャンプの着地や緩急をつけた動きで膝が内側に入りやすいと言われますよね。着地時や反転時などの非接触型も多いですが、特に10代女性の断裂のリスク要因はどうですか?
菊地:一つは、前十字靭帯の断裂を誘発するようなフォームになってしまっていることだと思います。非接触型で断裂する選手の場合、着地の時に足首に対して膝が内側に入るようなフォームが、その選手の癖になっていることもあります。その場合は、たとえば大学でジャンプでの着地フォームをチェックするなど、スクリーニングをする必要性が高いと言われます。膝が内側に入りやすくなる理由としては、私自身は骨格だけではなく、骨盤の動かし方や臀部などの筋力的な部分のバランスもリスクに関わっていると考えています。
ーー筋力トレーニングをする時に、鍛える部位の負荷や他の筋肉とのバランスに配慮した方がいいのでしょうか。
菊地:そうですね。たとえばトレーニングでスクワットをするときに、臀部と腿裏にちゃんと筋肉の収縮を入れながらトレーニングをしている10代の選手は少ないと思います。そうすると、どうしても腿前の優位性が高くなって腿裏との筋力のバランスが悪くなるので。トレーニングフォームや、どの筋肉に刺激を入れるのかは、なるべく学生の早い段階から意識させることが大事だと思います。
ーー学生の時ほど、丁寧な指導が必要になりそうですね。
菊地:それはすごく大切なことだと思います。ただ、サッカーで2時間の練習があった時に、グラウンドで技術的なところを高めることが最優先になりがちで、それ以外のフィジカル面やメンタルトレーニングはどうしても優先順位が下がってしまう、というのが現場で起こっていることだと思います。指導者の方と話していても、「今日はこれだけの練習をやりたい」という希望が第一にあることが多いので、ケガの予防などの準備の部分を短時間で効率よくやっていくことが大事だと思います。
ーーそれは難しい問題ですね。菊地先生は、練習の中でケガの予防などにどのぐらいの時間を割くのが理想だと思われますか?
菊地:世界に通用するための長期的な視点で考えた時には、育成年代は半々ぐらいでもいいのではないかな、と思っています。先日REAL SPORTSで記事になった「East Mallorca Girls Cup 2022」に娘が参加していたのですが、その遠征から帰ってきた時に、彼女が「技術的な差ではなくて、フィジカル面やメンタル面などが同い年とは思えなかった」と話していたんです。それを聞いて改めて、若い頃からその差を埋めていくことは大事なことだと感じましたね。
月経前症候群と痛みのコントロールーー月経の期間の中で、月経前のPMS(premenstrual syndrome=月経前症候群)と言われる時期は特に心身への負担が高まり、ケガのリスクも高まるという研究がありますが、その時期はやはり気をつけた方がいいのでしょうか。
菊地:そうですね。PMSという言葉が注目されてきたのは近年だと思いますが、PMSの一番の特徴は、体と心の症状が両方出ることです。たとえば「頭が痛い」という症状と「イライラが止まらない」という症状が重なることがあります。そのような状況でも、試合が近くてちゃんと練習しなければいけなかったり、ストレスがかかっている状況で試合をすると、ケガをする可能性は高くなると思います。
ーー逆に、月経周期の中でパフォーマンスが高くなりやすい時期はありますか?
菊地:ホルモンのバランスから考えると、生理が終わってから排卵までの時期は比較的元気でパフォーマンスも上がることが多いと思います。中にはその時期が不調になる方もいますが、その時期はホルモンのバランスが整いやすくて体調が良い傾向がありますね。
ーー生理前は関節痛や体のむくみなどの症状が出るとも言われますが、ケガにつながりやすい症状を認識してコントロールすることはできるのでしょうか。
菊地:アスリートと女性ホルモンとの関わり方は課題だと思います。ケガのリスクを感覚で受け止めるのはなかなか難しいので、不調などの感覚をどうにかカバーしていくというよりは、やはり予防に力を入れた方がいいと思いますね。予防にはいろいろなアプローチがありますが、私は食事の観点から、たんぱく質やミネラル、ビタミンB群など、ホルモンバランスを整えるための栄養指導もしています。
低用量ピルを使用するのも一つの方法ですね。以前は副作用に関して抵抗感が強い人も多かったと思いますが、アスリートだけではなく一般女性でも、ピルに対する懸念は低くなってきた印象があります。生理は卵巣の中にある卵子からエストロゲンなどのホルモンが分泌されて排卵が起きますが、ホルモンの調整がうまくいかないと生理痛やPMSの症状が出ます。ピルは卵巣をお休みさせる目的で使いますので、そういう不調の調整を目的としてドクターの指示の下で使うことは、メリットもあると思います。「大事な試合の時にお腹が痛くなったらどうしよう」という心配が、ピルの服用によって軽減されるのもメリットだと思いますよ。
<了>
PROFILE
菊地奈美子(きくち・なみこ)
はじめ整骨院makana院長。8歳から大学卒業までサッカーをしていたが、膝のケガをきっかけに、大学卒業後に国家資格を取得。スポーツトレーナーとしても活動し、尚美学園大学女子サッカー部や神奈川県の国体U-16女子のメディカルトレーナーを務める。治療院では骨格調整や内臓調整の他、ケガ予防やコンディショニング、メンタル的な症状に対して栄養指導によるアプローチも行う。サッカーを愛し、心理学やチームビルディングも学んでいる。
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