実力を100%発揮するには「諦め」が肝心? 結果を出しているアスリートに共通するメンタリティとは
REAL SPORTS / 2023年4月3日 11時49分
多くの人は、本来持っている力のうちわずか10%しか使えていないという。なぜなら、“10%しか使えない”と思い込んでいるから――。メンタルトレーナーの鈴木颯人氏は、その「思い込みのフタ」を外し、アスリートが勝負どころで力を出せるように導いてきた。試合で100%の力を発揮するためにはどうしたらいいのか?意図的に「ゾーン」に入ることはできるのか?逆境を乗り越えるために必要なこととは?プロ野球選手やJリーガーなど、プロアスリートのメンタルをサポートしてきた鈴木氏の答えに耳を傾けてみたい。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=鈴木颯人)
結果を出しているアスリートに共通するメンタルとは?――サッカーや野球、サーフィン、ボディーボード、空手、モトクロスなど、様々な競技のアスリートをサポートされていますが、スポーツメンタルコーチとして向き合うには、それぞれの競技のことも知らなければいけないですよね?
鈴木:もちろん、ある程度のルールは知らないといけませんが、最初は知らない方が良いと思っています。なぜならば、バイアス(思い込み)がかかってしまう怖さがあるからです。というのも、「経験もないのに偉そうなことを言わないでほしい」と思われることもありますから。そんな経験は一度もないですが、私だったらそう思ってしまうので、極力しないようにしています。その選手と知り合って、競技特性を学びながら一緒に成長していく感じも楽しんでいます。昨年はボディービルの選手も見させてもらって世界観が広がりました。
――ボディービルの選手も、メンタルが変わることでパフォーマンスに明らかな変化が出るものですか?
鈴木:ステージの上に立って表現するという意味では、フィギュアスケートなどの表現系の選手と変わらないです。ステージに立つまでに自分のパフォーマンスをベストに持っていくモチベーションや、自己管理の部分でメンタルがすごく大事で、過酷な試練も多いです。メンタル面でどの競技にも共通しているのは、モチベーションの高め方やコミュニケーション力の重要性です。
――サポート選手の中で、オリンピックや世界大会で結果を残してきた選手に共通することはどんなことですか?
鈴木:抽象的ですが、「自分に対して満足できるようになる」ことです。うまくいかない選手の多くは完璧主義に陥っていることが多いです。失敗をしても自分を慰められなかったり、受け入れられなかったりすることが多く、自分を認めてあげる時間が極端に少ないんです。
そのように、自分へのダメ出しをしていたところから「これはできたよね」と考えられようになる割合が増えていくことで、結果が自然と出るようになっていくことが多いです。悪いところばかりに目がいっていた中で、いいところにも目が向けられるようになって、パフォーマンスや日々の過ごし方などが変わっていくからです。
――「完璧でなければいけない」という思い込みを変えるのは難しそうですね。
鈴木:そうですね。そのためにも、まずは深く話を聞くところからスタートしています。最近は「ビッグファイブ」という、心理学的に信頼性が高いと言われているテストも活用しています。いくつかの簡単な質問に答えてもらうことで「緊張しやすい」とか「不安になりやすい」という傾向がわかるので、それをベースに話を進めていきます。これはチームビルディングでも使えるんです。うまくいっていないチームは、お互いのことをわかっているつもりでも表面的で、実は理解できていない仲間の一面がありますから。実際に、それでだいぶ雰囲気が良くなったチームもあります。
――メンタルコーチングの効果が出やすい条件はありますか?
鈴木:クラブやチームのトップの考え方がメンタルコーチの考えと相反してしまうとうまくいかないです。私の場合は相手が受け入れてくれて、お互いの関係性をうまく築くことができるとやりやすいです。そのためにも、自分の考えを押し付けることではなく、まずはクラブやチームのトップの考えを聞くことをとても大事にしています。
「自分らしさ」を発揮するために必要なこと――鈴木さんは著書「メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法」の中で「自分らしさこそ最強の武器」と書かれています。「自分らしさ」を出すためにはどんなことが必要ですか?
鈴木:アスリートの中には完璧主義な人もいますし、モチベーションをどう作っていくかで困っている人がいます。だからこそ、まずはしっかりと話を聞いて、その人のやる気の妨げになっている「思い込みのフタ」を見つけることを大事にしています。そして、自分で気付けるようになれれば、自分らしさは自然と戻ってきます。
例えば、完璧を目指しても、日によってコンディションは違うものだと思うので、いい意味で「諦める」ことも大事です。ただ、頭ごなしに「諦めてください」と言っても抵抗があると思います。アスリートには「諦めちゃいけない」という一種の洗脳がありますから。こちらから誘導することなく、自然と自分と向き合うことができると自分で気付けるようになるのが私がやっているメンタルコーチングの特徴でもあります。知識を伝えるのは簡単ですが、知っているのと理解しているのは雲底の差です。
サッカーならボールタッチやキックの感覚、仲間とのコンビネーションなど、すべてにおいて100%を出そうと意識しすぎると、頭の中で限界がきます。だからこそ「何ができて、何ができないのか」を見極めて、「今日はこれができないなら諦めよう」と割り切る潔さが必要です。仏教の言葉で言うと、「執着を捨てる」ということに繋がります。
――その時にできることを見極めてプレーすることが重要なのですね。
鈴木:そうです。「今日はこれがいい」「これはダメ」「これはちょっと良くなるかも」というように、柔軟に考えられればいいですね。欲張るとうまくいかないことが多いですし、特にチームスポーツの場合は、一人が悪くなると全体に影響するので、早い段階で割り切ることが大切です。これも、頭で分かっていても心が追いつかないこともありますが。
――アスリートには「ゾーンに入る」という感覚がありますが、その感覚は意識的に作り出せるものですか?
鈴木:作り出せると思います。ただ、そのためには自分が「やるべきこと」に意識を向けることが大切です。まずは思い込みのフタになっている執着を捨ててほしいですね。執着があると意識が散漫になって集中できず、ゾーンには入れませんから。
――その前の目標設定の段階で、気をつけた方がいいことはありますか?
鈴木:目標設定はすごく繊細なところだと思います。多くの人は目標と夢を混同させてしまうんですよ。夢は一つではなく、いくつ持ってもいいです。「バロンドールを取る」でも、「いい家に住みたい」でも、とんでもなく高い夢でもいいです。
ただ、目標は違います。具体的な方がいいですし、「目標を口にすることで実現するからどんどん言った方がいい」という人もいますが、実際には諸刃の剣です。言って良くなる人もいれば、それがプレッシャーになって潰れる選手もいるからです。
卒業文集に夢を書いた生徒全員がその夢をかなえているか統計を取ったら、かなっていない人の方が圧倒的に多いはずだと私は思っています。メディアがその部分だけ切り取って伝えてしまうので、いかにも「夢を公言した方が結果が出る」と刷り込まれている人が多いんです。そういうことを軌道修正するのも、スポーツメンタルコーチの仕事です。
逆境を乗り越える「やり抜く力」は、どう身につける?――世界大会などで活躍するアスリートの中には、過酷な練習を乗り切ったことが原動力になったと話す選手もいます。メンタルの強さと練習量は比例しているんでしょうか?
鈴木:ある高校野球のチームは、毎日100mダッシュを100本やっていたそうです。無茶なトレーニングは意味がないようにも思いますが、指導者がそれをやって選手たちに「自分たちはやれるんだ」と思わせれば、やれてしまうこともあるんです。たとえばオフに山登りをすることはフィジカル的に考えたらむしろ逆効果だと思います。ですが、「登り切った」経験が心の支えになったりもするんです。それは、いわゆるグリット(※)という「やり抜く力」に影響してくる部分だと思います。
(※)ガッツ(気力)、レジリエンス(回復力)、イニシアチブ(自発性)、テナシティ(粘り強さ)の頭文字をとってGRIT=「やり抜く力」と定義される。
――メンタル的に「やり抜く力」を身につけるには、肉体的に厳しい状況を乗り越えることも一つの手段なのですね。
鈴木:そうですね。合理的で科学的なトレーニングを重ねれば、技術的にうまい選手は多くなりますが、やり抜いた経験が少なければ、最後の粘り強さとかメンタル的なしぶとさが足りなくなることは考えられます。その「やり抜いた経験」は、気合とか根性に付随するトレーニングからきている場合も多いと思います。一概にダメだと言えないのです。私自身、高校で嫌になるほど走らされました。ですから、個人的には選手がそういうことを乗り越える経験もある程度は必要だと思います。ただ、それを指導者がトップダウンで強制することは諸刃の剣だと思います。
――指導者が選手の自主性に任せて「やり抜く力」を育てることは、難しそうですね。
鈴木:選手の自主性を引き出すボトムアップの指導は、年齢を重ねて経験を積んだトップチームでは相性がいいのです。しかし、成長段階の子どもたちはまだ自分で考える力が十分に備わっていなくて、ボトムアップだけではうまくいかないことが多くあります。だから、トップダウンのチームがいまだに負けない現実があると思っています。
そのジレンマと戦っている指導者はすごく多いです。その上で、トップダウンと、ボトムアップの両方をうまく使い分けられる指導者がこれからは伸びてくるのではないかと思います。
<了>
[PROFILE]
鈴木颯人(すずき・はやと)
1983年、イギリス生まれの東京育ち。プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会代表理事。中学までは野球部のピッチャーとして活躍し、強豪校にスポーツ推薦で入学するものの結果を出せずに挫折。その後、ビジネスの世界でも様々な経験をし、自身の経験を生かして脳と心の仕組みを学び、2011年にプロスポーツメンタルコーチとして独立。プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートをサポート。野球、サッカー、水泳、柔道、サーフィン、競輪、卓球など幅広く、全日本優勝、世界大会優勝などの実績を導いている。これまで8冊の著書を出版。
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